「な、なんてことですの〜〜〜〜〜!?!?」
キャスターのセリフを聞いた途端、頭を抱えて絶叫した千奈と相反して、あたしは絶句する他なかった。考えるまでもないことだ。この聖杯戦争という、日常からはかけ離れた戦いから導き出される、明確な世界の破滅。まるでSF映画のようなフィクションで語られる非日常の事象は、今まさに非日常の世界に身を置いているあたしでも信じるには十分すぎた
「な、なんでっ!?マジでこの世界が、この聖杯戦争をきっかけに終わるってこと!?原因は!?根拠は!?この聖杯戦争に勝った人が、勝ち取った聖杯に世界の破滅を願って、それが叶えられるってこと!?それが広が監督役の麻央先輩を拉致した真の目的だってこと!?」
「それについては私も分からない。私の千里眼は現代の世界の全てを見通すことは出来ても、未来の事象まで見ることは出来ないんだ」
「いやいや!じゃあキャスターの千里眼がどんだけ凄いモンだとしても、未来が見えないってならどうなるか分かんないモンじゃねぇの!?」
「だからこそ、だよレディことね。この先世界がどうなるかは分からない。問題はその可能性を捨て切ることが出来ないという点だよ。ゼロではないのなら、看過することは出来ない」
「ごめんなさい、ちょっと待ってキャスター。聖杯戦争2日目の夜以降の世界が見えなくなったというのは分かったけれど、あなたがこの世界にサーヴァントとして召喚されたのは、そもそもそれよりも4日も前の事じゃない。未来が見えないのなら、どうしてまだ死んでもないはずのあなたが、そんな時間跳躍のような真似をして現界できたの?」
あまりの動揺を隠しきれず、捲し立てるようにキャスターに向かって問いを投げ続けるあたしと違って、あくまでも冷静に状況を考えて質問したのは莉波先輩だ。既にキャスターとは同盟関係にあったという話だが、この話しを実際にされたのは始めであろう彼女の質問に、キャスターはたははと笑いながら続けた
「あはは。それについては、少しだけ無茶をさせてもらったんだよマスター莉波。私は確かに死んではいない。君たち人類の最後を見届けるまでは、このアヴァロンでその瞬間まで見守ると他でもない私自身が決めたことだからね」
「この世界がこの聖杯戦争を機に破滅する可能性がある、なんてことを言った後でややこしいかもしくなるかもしれないけれど、始まりに終わりは付きものだ。人類史であろうと世界であろうと、例えこの瞬間でなかったとしても、遠い未来にいつかは必ず終わりが来る。その末にきっと私も役目を終えて、この矮小な命を使い果たして、英霊の座に招かれる」
「そして英霊の座には時間の概念がない。その気になりさえすれば、この聖杯戦争に未来の英霊を呼ぶことだってできる。その理論を逆手に取って、いつか人類史の未来の果てに死んだ私という解釈でもって、私の単独権限のスキルを行使して、唯一介入可能だったタイミングに私の意識と霊体を無理やりねじ込んだのさ」
「それがわたくしが倉本家別荘の蔵書庫で、召喚儀式の魔術書を読み上げてしまったタイミング…ということですの?キャスターさん」
「そのと〜り!いやぁ流石は私のマスター!察しが良くて感服するよ!偉い偉い!」
「ほ、褒められてるはずなのに、なんだか無性に腹が立ってきますわ〜!」
額に人差し指を当てながら、パンクしそうになっているであろう思考回路で話に追いついてきた千奈の頭を、キャスターはまるで猫を愛でるように撫で回した。衝撃的な事実をいくつも暴露してくる割に、本人の口調と性格そのものは軽薄すぎるキャスターに対して、千奈はプンスカという擬音が聞こえてきそうな身振り手振りで言った
「・・・まぁ、というわけなんだ。流石のボクも、これは看過しかねる…というよりかは、見守り続けるという心情を多少は曲げなければならない局面だと判断して、聖杯戦争に自ら名乗りを挙げたのさ」
「そして迎えた、千里眼で見えていた2日目の夜を終えて、次の3日目の晩。私は事態が一体どう動いているのかを確認するため、戦闘不能になったバーサーカーに代わり、自ら拠点を出て聖杯戦争を行う夜の街へと飛び込んだ」
「その後私は、夜の市街地でランサーとそのマスターに会敵して交戦した。しかしその最中、君達も先ほど目にした、秦谷美鈴という少女が召喚したサーヴァント・アヴェンジャーに乱入され、中々のダメージを貰ってしまったんだ」
「その結果、千奈の令呪によって私はその場から撤退。傷の療養の為に倉本家の別荘から千奈と共にアヴァロンへと引きこもった。そして今晩、アサシン陣営と激闘を繰り広げた君たちを、こうしてこの場所へと招いた…というのが事のあらましさ」
その言葉を最後に、キャスターの話は締め括られた。この聖杯戦争を一つの分岐点にして、世界が破滅に向かう可能性がある…という話は、まずそもそも魔術なんて世界の側面をついこの前まで知りもしなかったあたしには、話のスケールが違いすぎて到底理解が追いつくモノではなかった。しかし、だからこそ。このキャスターの目的は、なんとなく分かってしまった
「・・・だからキャスターは、あたし達を助けたって事?あたし達なら味方に与してくれそうだから、窮地の場面で助けることで恩を売っておこうって?」
「と、棘のある言い方だなぁ。だけれど、つまりはそういう事だよ。君達二人…いや。セイバーとアーチャーも含めた四人、全員が私達の同盟に加わって欲しい。この世界が破滅する可能性を紐解く上で、ないし聖杯戦争に仕組まれた謎を追っていく上で、アサシン陣営とアヴェンジャー陣営は、最大の難敵になってくる」
「あの状況を鑑みるに、この二つの陣営もまた手を組んでいる。今の私達の陣営では、力不足なのは否めない。どうか、この同盟に参加して欲しい。この通りだ」
キャスターは胡座をかいている膝の上に両手を乗せて、そのまま深く頭を下げた姿勢で停止した。あたしにとって、彼が頭を下げるという行為を取ってまで参加を打診してくるのは、彼の飄々とした口調から受けた印象から見れば、少し意外だった
逆に言えば、それだけあたし達を取り巻く状況は切迫しているということなのだろう。見れば、彼のマスターである千奈もあたし達に頭を下げている。そして既に同盟に加わっている莉波先輩も、魔眼を秘める青嵐の瞳を閉じて、頭を下げている。判断に困ったあたしは、咲季に問いかけた
「どうする咲季?一応こっち…というかあたし達としても、味方が増えるのは悪くない話だと思うけど……」
「・・・キャスター。同盟を組むことについては、私としては異論ないわ。だけど私とことねが同盟を組んだ当面の目的は、アサシン陣営を倒して、今も軟禁状態にある麻央先輩を助けることよ」
「世界の破滅については、もちろんこの世界に今住んでいる私達にとっても、看過できない問題であることは重々承知の上よ。けれど一人の恩人も救えないような人間に、世界を救うことなんて出来っこないと私は思う。だから同盟を組む上で、まずは私達の目的を優先させて欲しい。これが私たちが同盟に参加する条件よ」
「もちろんだとも。実のところ、今回の聖杯戦争で起きていることについては、監督役であるレディ麻央の知識も必ず必要になってくるだろうし、莉波も彼女の事を気に掛けていた。こちらとしても、その条件を否定する材料がない」
「・・・分かった。その同盟に、私たちも参加させてもらうわ。ことねとセイバーも、それでいいわよね?」
懇願していた頭を上げてなお、キャスターの顔つきは真剣そのものだった。その表情を以て、この人物…英霊は信用に値すると判断したのか、咲季は瞼を閉じながら一つ呼吸を置いてあたしに問いかけた。それに対してあたしは、まずセイバーに視線を向けて言った
「セイバー、ここはあたしが決める。いい?」
「・・・この短期間で、儂が言いてえことを随分と察してくれるようになったじゃねぇかことね。あぁ、いいぜ。ことねが決めな」
「分かった、あたしもその同盟に乗る。これからよろしく、キャスター、千奈、莉波先輩。後は今ここにいないけど、バーサーカーも」
セイバーは最初かなり面を食ったような顔をしたが、そのままフッと笑って言った。彼の解けた口許に吊られてあたしも、せめてもの友好な態度の表れとして笑いながら返すと、その場にいる全員が笑顔で頷いてくれた
「いやぁよかったよかった!では、次の議題に入ろう!彼女達についてだ」
コン!と小気味良い音がした。キャスターが座った姿勢のまま、右手で杖を持ち上げて、その先端で地面を小突いた時のことだ。千奈と莉波先輩が現れた時のように、花弁を渦巻かせる旋風が二つ吹いて、一人ずつその中心から姿を見せた
「おおっと、ここでおれらの出番ってことかい?また随分と待たせたじゃねェか、話はうまいこと纏まったってことか?きゃすたあよ」
その少女が姿を見せた瞬間、あたしは目を丸くした。間違いない、あたし達が撤退を余儀なくされた時、キャスターの固有結界が発動する寸前に、アサシンの視線が放つ蒼炎を防いだ、和服に花の髪飾りがいくつも咲いたサーヴァントらしき人物
しかし、それ以上に目を丸くせざるを得なかったのは、そのサーヴァントの隣。初星学園の制服に、ピンクのセーターを着た赤髪の少女。曰く、今もあたしの隣にいる少女と、よく似た容姿と性を持つ少女…花海佑芽がそこには立っていた
「う、佑芽─────!?」
「お、お姉ちゃん……」
「紹介しよう、サーヴァント・フォーリナーとレディ佑芽だ。彼女達は………」
佑芽の姿を目の当たりにして、あたしよりも更に驚愕に呑まれた…それこそ世界の終わりでも見たかのような表情で、彼女の姉である咲季は言葉を失っていた。あたし達が花畑に描いている円から少し離れた場所に現れた彼女達に、キャスターが掌を差し向けながら口を開いて間も無く、悪鬼の形相で咲季が立ち上がった
そして、そのまま桃色の花達を無遠慮に踏みつけながら、ドスドスと怒りを露わにしたような足音でキャスターに歩み寄り、座り込んでいたキャスターのローブの襟首に両腕で掴みかかって、自分よりも背の高い彼の体を持ち上げながら咲季は叫んだ
「キャスターッ!これは一体どういうことなの!?どうしてこの場に、サーヴァントなんか連れた佑芽がいるの!?頭から爪先まで嘘偽りなく!きちんと私に説明しなさい!返答次第ではその首いくらでもへし折るわよっ!!」
「ちょ、ちょっと待ってお姉ちゃ…!」
「キャスターさんから手を離して下さいませ!花海さんのおねえさ…咲季さんっ!!」
キャスターを腕づくで立ち上がらせた咲季に、血相を変えて駆け寄ろうとした佑芽よりも先に、彼の隣に座っていた千奈が立ち上がった。彼女は今もキャスターの襟首に掴みかかっている、咲季の右腕にその細い両腕で掴んで、懸命に勇気を振り絞ったのであろう潤んだ瞳と、上擦った声で叫んだ
「分かっているとも、レディ咲季。レディ佑芽が君にとってこの世の誰よりも大切な妹であることも、きちんと分かっている。だからこそ、その説明を今からしようと思っていたところだったんだ。だから申し訳ないけれど、とりあえずこの両腕を離していただけると助かるな。私のマスターも、君が妹を心配するのと同じように、私を心配してくれているようなのでね」
掴みかかられたローブの襟首をそのままに、どうどうと開いた両掌を上げ下げして、キャスターは咲季に言った。彼がその言葉を告げた口と、今も自分を懸命に睨む千奈、それから佑芽とフォーリナーと呼ばれたサーヴァント。それぞれを一瞥してから、咲季は自分を落ち着けるように深く息をして、キャスターの両足が花畑に着くようにゆっくりと両腕を下ろした
「・・・ごめんなさい、取り乱したわ。キャスター、それから千奈も、結んで間もないとはいえ、同盟相手に取るべき態度じゃなかったわ。本当にごめんなさい」
「・・・誠心誠意のモノと判断して、その謝罪は受け入れます、花海咲季さん。ですがもし今後、同じような言動が見られた場合、わたくしの判断で咲季さんとアーチャーさんを、この同盟から除名致しますわ。くれぐれもお忘れなきよう、お願い申し上げますわ」
「ええ、分かってるわ。本当にごめんなさい」
言いながら一度、そして体の前で手を組んで毅然とする千奈に諭すように言われてもう一度、咲季は深々と頭を下げた。一触即発だった空気が元鞘に収まり、ホッと胸を撫で下ろした莉波先輩と佑芽。そしてあたしもまた、見た目に反して肝が据わってんのなぁ…とどこか感心しながら千奈を見て一息吐いていると、咲季が元いた場所にスタスタと歩いて戻り、正座で座り直した
「さて、私の信用の無さを再確認したところで気を取り直して。紹介しよう、サーヴァント・フォーリナーと、彼女のマスターである花海佑芽だ。二人は時間にして今日の夕暮れ頃に、下校途中だったレディ佑芽を千奈と私で呼び止め、同じように同盟に加わってもらったんだ」
「おん。紹介に預かった、ふぉおりなあだ。これからよろしくな、あぁちゃあとせいばぁ、そのますたぁさん達もな」
「花海佑芽ですっ!よろしくお願いしますっ!」
フォーリナー。あたしが知る限りは、麻央先輩から説明を受けた、七つのクラスにはその名前がなかった少女の姿をしたサーヴァントは、横文字を読みきれていない舌足らずな印象を受ける口調で言った。そして彼女のマスターとして紹介された佑芽は、あたしがよく知る彼女らしく、元気一杯天真爛漫な挨拶と共に、それはもうもう凄い勢いで頭を下げながら言った
同盟の仲がいっそ険悪になるかに思われた一悶着を何とか抑えて、あたし達が花畑に作る円が、また少しだけ大きくなった。中心から右向きに、キャスター、千奈、莉波先輩、あたし、セイバー、咲季、佑芽、フォーリナーの順で座り込んで、今は回復中でこの場にいない二人のサーヴァントも合わせれば、10人5組という大所帯の同盟になって、咲季が今一度話の続きをキャスターに促した
「それでキャスター、説明して。このフォーリナーと…あの、秦谷美鈴が連れていたアヴェンジャーってサーヴァントについて。私の記憶が、そして見てきたモノが正しければ、聖杯戦争の基本七クラスのサーヴァントは全て席が埋まっているハズよ」
「それなのに、どうしてそこにプラスして二騎もサーヴァントが召喚されているの?エクストラクラスについても、私はルーラーと、アヴェンジャー…も、名前だけなら聞いたことがある。だけれどフォーリナーなんてクラス名は、本当に聞いたことどころか、その存在を今初めて知ったわ」
「・・・アヴェンジャー。これはレディ美鈴が連れていた、復讐者のクラスのサーヴァント。復讐に関する逸話を持つもの、あるいは生前に過度に虐げられた経験を持ち、それによる憎悪…即ち復讐心を持つ英霊が該当するクラスだ」
「尤もこのクラスが言う復讐とは、逆襲の意味合いを持つリヴェンジではなく、報復の意味を持つアヴェンジ。それ故のアヴェンジャーというクラス名ということさ」
咲季の質問に対して答えるキャスターの口調は淡々としたモノだったが、アヴェンジャー…復讐者。なんともまぁ仰々しいクラス名だとあたしは思った。広の協力者のような形で乱入した美鈴は、あたしに言わせれば見るからに戦い慣れした魔術師に見えた
しかしあたしが中等部から知る秦谷美鈴という少女の人柄は、いつでもおっとりとしていて、そんなクラス名のサーヴァントを呼ぶような人間のようにはてんで見えなかった。そんな事を考えている内に、キャスターは次に自分の横にいるサーヴァントを掌で指し示して続けた
「そして次に彼女。サーヴァント・フォーリナー。ルーラー、アヴェンジャーに並ぶエクストラクラスに分類される、降臨者のクラス。なんだけど…ううん、説明してくれと言われても説明に困るんだよなぁコレが…さて、どう説明したらいいものかな……」
「簡単に言えば、外宇宙、ないしは別次元より飛来した存在に根差すサーヴァントのクラスなんだ。地球が存在する内的宇宙に連なる理から外れた、異次元に存在する何者かと後天的な理由で縁を結び、その力の一端を受け継いだ英霊なんだ。言ってしまえば私たちの目の前にいる彼女は、魔術師はおろか、我々のような通常のサーヴァントよりも遥かな高次元にいる存在…なんだけどぉ………」
「・・・あ、あぁん…?えぇ、おぉ……?」
キャスターの説明に、あたしは図らずもよく分からない唸り声を漏らした。といってもまず説明そのものがよく分からなかったのだ。キャスターが簡単に言えば、とは言ったが彼の説明それ自体も歯切れが悪く、それはあたしと千奈が魔術師じゃないからなるべく噛み砕いて説明しようと思ってそうなったのか、と思って周りのみんなを見た
しかし、逆に例外はなかった。魔術師であるハズの莉波先輩も咲季も、ちんぷんかんぷんだと言った様子で、明後日の方向に視線を向けて頭を傾けているか、頭痛を庇うように頭に手を当てていた。なんなら当のフォーリナーを呼んだ佑芽ですらも理解していないのか、比喩でもなんでもなく頭から煙が上がっている。その様子を見かねてなのか、フォーリナー本人が口を開いた
「いいって、別におれのことなんざ分かってくれてなくてもいい。てかしゃらくせぇんで真名も明かす。葛飾北斎、そう名乗れば多少は通りがいいだろ」
「・・・かつしか、ほくさい…?あ、知ってる…えっとそう…富嶽三十六景!!って…えええええええええええええぇぇぇっっっ!?!?」
逸話や弱点すらも類推することの出来る、いわばサーヴァントの急所。それが真名だとあたしは理解している。その真名を、フォーリナーという謎だらけのサーヴァントは、なんの悪びれもなく名乗った。葛飾北斎。学のないあたしでもその名前と有名な浮世絵を知っている。だからこそ、その名前を名乗る人が目の前にいること、そして名乗ったことそれ自体に驚きを隠せなかった
「ふっふ〜ん!すごいでしょことねちゃ〜ん。補欠合格のあたしでも知ってたもんね〜。この国に住んでる人なら一度は聞いたことがある人だと思うよ!」
「いやいやいや!それにも驚いたけどそうじゃなくって!同盟組んでる以上はまぁ問題ねぇかもしんねーけど、なにをサーヴァントに勝手に真名言わせて挙げ句に胸張ってんだお前はぁ!それがどんだけ大事なことかくらいど素人のあたしにでも分かってんだよぉ!」
「で、でも…それこそ葛飾北斎さんって…史実通りなら男性のハズなんじゃ……?」
「んあぁ、そこの別嬪さんの言う通り、おれは葛飾北斎じゃねぇよ。その北斎の嫡子が三女、葛飾応為だ。真名の葛飾北斎…おれにとってのとと様はこっちさね」
自信ありげに歳の割に発育が良すぎる胸を張って言う佑芽に、事もあろうに魔術師でもないあたしが叱りつけている間に、莉波先輩が言葉そのものに疑問符が付いているように遠慮がちに言うと、葛飾北斎…改め葛飾応為さんが、こっちと言って自分の背後を親指で示すと、その先で空中にプカプカと浮かぶ小さい黒いタコ…のような生物がいた
「おう、俺が葛飾北斎だ。自分が生前描きまくったモンのせいでこんなナリんなっちまったが、まぁ一つよろしく頼むぜお前ら」
「「「え、ええええええええええ!?!?!?」」」
サーヴァントと佑芽以外の女性陣の悲鳴が重なる。流暢な人語を話す黒いタコっぽい何かは、自分を葛飾北斎だと名乗った。咲季のアーチャーが織田信長で、実際は女性だという事実にもあたしはまぁ驚いたが、有名な画家が実はタコでした…という事実にはこの場にいる全員が驚愕で慄いていた
「おう、勘違いすんなべらぼう共め。生きてる時の俺ぁ人間一人、男一つの体でそれなりの絵師だったっての。しかし葛飾北斎って名前は雅号…現代風で言うなら、ぺんねえむってヤツでな。応為と合作で出した画もあったおかげで、俺と応為の二人を合わせて葛飾北斎って英霊として見なされたってこった」
「そんで、さっきそこな金髪の娘が言った富嶽三十六景もそうだが、俺が描いた、蛸と海女って画を知ってるか?ソイツを描くにあたって、やたらめったらと資料やらを取り寄せた時に、海魔にまつわる魔導書が紛れ込んでたようでな」
「ソレを読んだ時に縁が繋がっちまったようでな。今の姿ぁ、さっきそこのきゃすたあとかいうヤツが言った外の世界から来た何かから、応為を庇ったらこうなっちまったんだよ」
「は、はぁん…?まぁ、なんとなく飲み込めたようで…飲み込めてないような…要するにあたしのセイバーと似てるようで…あんまり似てもないって感じ…?」
「・・・正直、儂に聞かれても困る。だがまぁこのフォーリナー…葛飾北斎ってサーヴァントは、親と娘の二人合わせて一人ってこったろう?それで良いじゃねぇか。難しい理屈は抜きにして、そう捉えた方が風情があるじゃねぇかと儂は思うぜ」
「お、風情があるたぁいいこと言うじゃねぇかそこの赤いの。オメェとは何だか気が合いそうだぜ」
あたしが葛飾北斎というサーヴァントの説明を、飲み込めたような飲み込めてないような微妙な感じでセイバーに視線を向けながら訊ねると、セイバーもまた微妙な表情で言った。しかしそれでも彼は彼なりの落としどころを見ていたようで、北斎本人を名乗るタコもセイバーの人とナリを気に入っているようだった。鍛治師と画師。広義には職人に分類される二人同士、何か通じるものがあるのかなぁ、なんて思ったりした
「・・・フォーリナーと、葛飾北斎については、まぁそれでいいわ。次はあなたについてよ佑芽。何の目的があって、この聖杯戦争に参加したの?」
空気がピリリとひりついた。フォーリナーについての身の上話が終わって開口一番、咲季が重たい口調で佑芽を見て問いただした。およそ血を分けた妹と話しているとは思えない、刺々しい態度の彼女とは裏腹に、佑芽はニヤリと口端を吊り上げながら言った
「それはもちろん!お姉ちゃんと戦うためだよ!でもあたしが参加したい!って思った時には、もうお姉ちゃんが勝手に始めてたんだもん!ずる〜い!って思ってたら、急にフォーリナーさんがあたしの目の前に現れたんだよ!だから今夜にはお姉ちゃんに戦いを挑もうと思ってたんだけど、そのために先ずはお姉ちゃんを助ける必要があるってキャスターさんに聞いたから、この同盟に参加したの!」
「私と戦いたいって言うなら、魔術の一つや二つ、何かしらを使いこなせるようになってから来たんでしょうね?私には、佑芽が英霊召喚の儀式を成功させた事すら疑わしく思えるわ」
「それは…えっと…まぁ何とかなるかなって!あたしは確かに魔術師にはなれなかったけど、それでもこうしてちゃんと応為ちゃんと北斎さんを召喚できたよ!」
「・・・え?魔術師に、なれなかった…?それってつまり、佑芽もあたしと同じで、魔術使えないってこと…?咲季の妹なのに?」
「ことね、悪いけれど今は黙ってて。これは私と佑芽の問題なの」
あたしがふと佑芽の発言に疑問を持って聞くと、妹なのに…と発言した瞬間に、あからさまに佑芽が俯いたように見えた。かと思えば、咲季が厳しい視線と口調であたしに言った。彼女の迫力に思わずあたしが押し黙っていると、そのまま咲季は続けて言った
「それに佑芽、何だったら千奈も、この同盟の目的を分かっているの?これはアサシン陣営とアヴェンジャー陣営…ひいては篠澤広と秦谷美鈴を倒すことを目的とした同盟よ?私とことねは承知の上だけれど、あなた達二人は、あの二人と同じクラスで、友人としての縁があったハズよ。その二人と正面切って、なんの後腐れもなく戦えると、心の底から言えるの?」
「だからこそ、だよ。お姉ちゃん」
返す刀だった。佑芽は姉である咲季の威圧的な問いかけに、怯むことなく反論した。あたしは広と美鈴と、大した縁があるわけでもない。だけど今のあたしにとって、麻央先輩を拐かした上で、清夏とリーリヤとライダーを倒したあの二人は、もはや敵以外の何者としても認識できない
けれど特に佑芽と千奈と広の三人は、あたしが見る限り学校にいる間はほとんどの時間を共に過ごしていたハズだ。だからこそ、なのだろう。事実、そう言った佑芽の瞳には、その言葉に相応しい覚悟が宿っているように見えた
「あたしも今、広ちゃんが何をしてるかについては、キャスターさんと千奈ちゃんと、莉波先輩から聞いて、何となく分かってる。美鈴ちゃんが、その広ちゃんに味方してるのも分かってる。だからこそ、あたしはちゃんと聞くよ。どうしてそんな事をするのか、広ちゃん達にとってその行動は、本当にそうしなきゃいけない大事な事なのか、きちんと聞く」
「わたくしも、花海…いいえ、この場にはお姉様もいるので、佑芽さんと同じですわ。篠澤さん達の心根をきちんと聞いて、可能であれば友達として、最後まで説得いたしますわ。それでも篠澤さんと秦谷さんが意地を張るのであれば、体を張って止めて、正しい人としてあるべき道に連れ戻しますわ」
「何の因果か、篠澤さんと秦谷さんという魔術師同士の二人、魔術の扱えないわたくしと佑芽さんの二人、という構図にはなりましたが、そんなの関係ありませんわ。間違った事をして、間違った道に進もうとしてるなら、きちんと話し合って、必要であればお説教をして、喧嘩になってでも止める。それが出来るのが、本当のお友達ではないかと、わたくしは思います」
「・・・うん。あたしもそう思う。お姉ちゃんが、あたしの事を心配してくれてるのも分かるよ。最初はお姉ちゃんと勝負したいだけで参加した事だけど、もうお姉ちゃんが今どれだけ止めても、あたしはこの聖杯戦争を辞めないよ」
どこまでも真っ直ぐな瞳で、二人の少女は咲季に言った。友達を心の底から思う、佑芽と千奈に、咲季はキツく尖らせていた目尻と口角を緩めて、感傷に浸ったように力なく笑った。いつの間にか誰よりも大切な妹に、それだけの友達が出来ていたことを、おそらくは、少しだけ。少しだけ羨ましく、そして寂しく思った姉は、やがて諦めたように細い息を吐きつつ言った
「・・・分かったわ、私の負けよ。意地悪を言ったようでごめんなさいね、佑芽。それと千奈も、私に似て頑固な妹だけれど、友達として面倒を見てくれると嬉しいわ。そしてこの聖杯戦争が、どんな結末を迎えたとしても、あなた達三人は、友達のままでいると約束して」
「うんっ!」「はいっ!」
柔和に微笑んで、誰よりも嫌いなハズであろう『負け』という一言を、咲季は口にした。桃色の花弁が舞い散る理想郷の中で、花のような姉妹と、その友人達が、いつか一緒に笑い合えたらいいなと、あたしは心の底から思った