「我が主よ、ご無事ですか?」
「・・・えぇ、助かりましたアヴェンジャー。しかし、ここは………」
腹部を花海咲季に蹴り飛ばされ、アヴェンジャーの胸で抱き留められた記憶を最後に、凄絶な光を前に瞳を閉じていた美鈴は、従えるサーヴァントの声に応えながら、ゆっくりと瞼を持ち上げた
「・・・察するに、敵サーヴァントの宝具による固有結界の内側だと思われます。マスター」
「ええ、理解っています。そして、そのサーヴァントのクラス、および宝具から推察できる真名はおそらく……」
まだぼんやりと滲む視界の中、目に入ってきた光景は、地平線まで一面に広がる桃色の花畑と、ひらりひらりと踊るように花弁が宙を舞う幻想郷。そしてその中心に聳え立つ、白銀の巨大な物見の塔だった
「やぁやぁ。急なお招きで申し訳ない、ご両人」
美鈴を桃色の花が生い茂る地面へと下ろしながら、アヴェンジャーは言った。美鈴もまたそれに返答しながら、辺りを注意深く見渡していたところ、彼女らの丁度真後ろから軽薄な声が掛けられ、ゆっくりと二人が声の方へと振り返った
「ようこそ、サーヴァント・アヴェンジャー。そしてマスター・美鈴。私の名前はキャスター。人呼んで……」
「花の魔術師、マーリンさん。ですね。かのアーサー王伝説にて名高い、人類史における魔術師の頂点に座す一人。まさかこの目でお会いできるとは、光栄です」
その声の主は、真っ白なローブをその身に纏った、いかにも魔術師といった風貌の男だった。彼は軽いお辞儀と共に、自分にとって慣れ親しんだ挨拶を口にしようとしたが、その最中に美鈴が穏やかな口調で割って入ると、スカートの裾をたくし上げながら、同じくお辞儀を返した
「・・・既にご存知いただけているとは。こちらこそ光栄だよ、レディ美鈴。では続いて紹介しよう、こちらは……」
「いいえ、お心遣いはありがたいですが、お二人についても既に存じています。こんばんは、姫崎先輩、倉本さん」
「・・・こんばんは、美鈴ちゃん」
「秦谷さん………」
丁寧にお辞儀を返されたキャスターは、一瞬だけ口籠もりながらも、なお調子を崩さずに、今度は自分の両隣に立つ二人の少女へと手を差し向けながら言った。美鈴もまた、キャスターと同じく穏やかな素振りを崩すことなく、彼が手を差し向けた二人に対しても軽い会釈と共に声を掛けた
「倉本さんがいるのは分かっていましたが、姫崎先輩もご一緒だったとは、少し驚きました」
「・・・キャスターさんによる幻術越しでしたが、先ほど初星学園の前で、今のわたくしが言いたい事は全てお伝えしました。ですが最後にもう一つだけ聞かせて下さい。どうして秦谷さんは、篠澤さんの味方をするのですか?」
初星学園で同じ1年2組に所属する友人にしてクラスメイト、美鈴と千奈が互いに向ける視線は、およそその関係性から想像できるモノではなかった。だからこそ、その真剣さが伝わったのかもしれない。美鈴は千奈の問い掛けに対し、穏やかな表情を崩さないまま、観念したように肩を上下させて息を吐き、彼女の問い掛けに答え始めた
「・・・私は元から、こんな性格ですから。魔術については秦谷の家系から、親から教わったモノを、ただそういうモノだと受け入れて、私自身の平穏が乱されることがなければ、それでいいと思っていました」
「自分で言うのもお恥ずかしいですが、ただ家系から教わったモノだけで、家族が私に教えられる事はもう何もないと言われる程度には、私も魔術師としてはそれなりになりましたから。後は自分の好きにすればいいと、まりちゃんやりんちゃんと一緒に、初星学園への入学を許してくれました」
「ですから今回の聖杯戦争が開戦する予兆を見せた時も、私は参加するつもりは一切ありませんでした。しかし、参加しなければならない理由が出来てしまった……簡単に言えば、ただそれだけの事なんです。親しい友人とアイドルを目指そうとした私が、もう一度この散弾銃を手に取ってしまった理由なんて」
そう言って美鈴は、二度と手にするまいと思っていたのであろう、古めかしい西洋式の二連式の散弾銃の背を、優しく左手で撫でた。まだ15歳のうら若き少女にはあまりに不相応な無骨な凶器を見つめる彼女の瞳は、どこか虚ろで、のどかな陽だまりと平穏を好む彼女は、次第に悠久の花畑を見つめ直していた
「ですがその時には既に、七人のマスター、七騎のサーヴァントの席、その全てが埋まっていました。聖杯が降臨して魔力が溢れ出した異質な初星学園の中で、今誰が聖杯戦争の中心人物になっているのかは、私でも何となく察しが付きました」
「・・・麻央が軟禁されて以降の、聖杯。サーヴァントの魔力と魂を焚べる、自分自身が持つ聖杯としての機能を儀式に組み込んだ、篠澤さん…」
千奈の問い掛けに対して淡々と答え始めた美鈴は、学園内の至る所でお昼寝する姿を見られている彼女がいかにも好みそうな、一面桃色の花畑が広がる景色を眺めていた。しかし彼女の我関せずといった態度と言葉の節に、何かを察したようにソレを耳にした莉波が言った
「えぇ。おっしゃる通りです、姫崎先輩。それに気づいた私は、篠澤さんに接触を図りました。そして無理を言って、願いを叶える聖杯として完成するのに必要な七つの基本クラスに加えて、新たな席を用意してもらえませんか…とお願いしました」
「もちろん、篠澤さんが今回の聖杯戦争に掛ける願いには関与しないこと。篠澤さんとは共闘関係として、有事の際には援助する事。もし私が勝ち残った際には、召喚したサーヴァントを自決させて、願いを叶える権利を篠澤さんに譲ると契約しました」
「そして篠澤さんは、私の無理な申し入れを承諾して下さり、七つの基本クラスのサーヴァントに加え、エクストラクラスのサーヴァントが召喚可能になるよう、聖杯戦争という儀式の仕組みに手を加えて下さいました」
「そして私は晴れてアヴェンジャーを召喚し、今回の聖杯戦争へと参加しました。しかしエクストラクラスの枠を増やした事によって、佑芽さんまで新たなクラスのサーヴァントを従えて参戦なされるとは、思ってもみませんでしたが」
「・・・なるほど、状況は概ね理解したよレディ美鈴。包み隠さず全てを詳らかにしてくれたのだと信じるとして、なんだけど……一つ私でも解せない事がある。もし自分が勝ち残った際には、召喚したサーヴァントを自決させて、願いを叶える権利をレディ篠澤に譲ると言ったが、君は何か理由があって聖杯戦争に参加したんだろう?」
「その理由に、よもや聖杯は関係ないと…?そしてその条件を、君の隣にいるアヴェンジャーは、正しく理解した上で君に従っているのかい?」
美鈴が全ての告白を終えて、一瞬の静寂が理想郷に訪れた後、その住人であるキャスターが口を開いて訊ねた。それに対して美鈴は、隣に立つアヴェンジャーの仮面を一瞥してから答えた
「それについては、答えかねます。ただ私が聖杯戦争に参加した理由には、私自信が聖杯を使う必要がない、というだけです。その理由を願いと呼んでいいものかは、まぁ解釈次第、といったところでしょうか」
「では、次はそちらに伺うとしようかな。サーヴァント・アヴェンジャー。君は………」
「儂が貴様の問答に応じる必要はない。儂がマスターに従っているのは、儂が聖杯の召喚に応じた時点で、儂がこの世にいるべき理由があるということに他ならぬのでな」
「・・・それ、そこそこ十分に応じてくれてるんじゃないのかな?まぁいいや」
キャスターの問い掛けに対して、返す刀でアヴェンジャーは冷徹な口調で彼に言った。キャスターはその返答を飲み下すのに数秒かけた後、たははと笑って、仕切り直すように咳払いして続けた
「全てを踏まえた上で、こんな状況になった後で愚問だとは自分でも承知の上なんだけれど、私たちが今ここで必ずしも雌雄を決する必要はないと思うんだ。どうだろう、レディ美鈴にアヴェンジャー。ここは互いに停戦という形で………」
「─────ならぬ」
突如としてキャスターの言葉を遮ったのは、アヴェンジャーだった。あまりに短い言葉の節には、得も言われぬ威圧感が込められており、桃色の花弁が舞う穏やかな風を、暗いオーラを纏う一陣の突風が切り裂いた。キャスターだけでなく、千奈、莉波の二人も思わずその気迫に圧され、肩をぴくりと浮かせた
「・・・との事です。姫崎先輩がここにいるという事は、そういう事なんでしょう?篠澤さんは彼女を倒したと言っていましたが、だからこそアヴェンジャーが私に従っていた理由にも筋が通るというモノです」
「先ほどと同じく、単なる霊体化ではなく、幻術か何かで身を隠して、奇襲でも狙っていたのではないかとは思いますが、そのつもりなら姫崎先輩も身を隠しておくべきでしたね。私に停戦を持ち掛ける為に、身内は少しでも多い方がいいと判断しての事だったのでしょうが、元よりこちらにその気はありませんから」
「姿を見せてはいかがでしょうか、サーヴァント・バーサーカー。それとも、源 頼光。とお呼びした方がよろしいでしょうか」
美鈴がその名前を口にした瞬間、莉波とキャスターは生唾を飲み込んだ。またしても訪れる緊張と静寂に、莉波は身構えながら小声でキャスターに言った
「・・・キャスター、もういいんじゃないかな?間違いなく、全部バレてるよ。その上で向こうの口振りだと、セイバーが昨日予測してたアヴェンジャーの真名も、間違いないんだと思う。それなら気を衒って遅れを取るよりかは、真っ向勝負に応じた方が………」
「・・・どうやら、そのようだね。はは、悔やまれるなぁ。では彼女にも召喚に応じてもらうとしようか。ここから先は臨機応変に行こう。レディ美鈴は僕が抑えておく。あまり無茶はしないでくれたまえよ、莉波」
コン!と。キャスターが塔を封じ込めた巨大な杖の先で地面を叩いた瞬間、莉波の真隣に桃色の花弁を巻き上げながら竜巻が巻き起こり、ふわりと風が止んだ内側、花弁で隠された人影の向こう側で、一人の女性サーヴァントが姿を見せた
「─────サーヴァント・バーサーカー。我が真名を源頼光。こうして異なる時代に巡り合わせたのも、我らが時代の宿縁を断ち切るためなのかもしれません。いざ、存分に仕合いましょう。サーヴァント・アヴェンジャー。いいえ、平景清……!」
「おぉ、おおおぉぉぉ…ぉぉぉぉぉ………!!!」
紫紺の長髪を持つ、平安鎧を体の節々に纏う妙齢の武士。その姿を見た瞬間、アヴェンジャーは感動に打ち震えたように小声を口から漏らした。そしてくつくつと笑いながら、素顔が仮面に隠れていても分かるほどに、邪悪な笑みを浮かべながら、その周囲には身の毛もよだつ程の殺意が渦を巻いていた
「一体どれほど、どれほどこの時を待ち侘びたことか…!我が魂、我が怨讐、幾星霜の歳月を経ても決して朽ちる事なし。我が望み、ただ一つ。即ち『源氏、死に候らへ』……!!」
「源氏鏖殺。他に何が要るというのか。源氏鏖殺。この世には源氏が多すぎる。さればこそ、平家の怨は焔とならん!この世は並べて塵芥!怨の一文字、今ここで貴様の髄から血の一滴、屍の灰に至るまで刻み込んでくれよう………!!!」
「源氏…源氏……源氏ィィィッッッ!!!」
それ以上、言葉らしい言葉はなかった。まるで呪詛を吐くように、アヴェンジャーが繰り返した直後の事だ。怒りと憎悪の爆発があって、理想郷で戦いの火蓋が落ちた
尋常ならざる速度で、アヴェンジャーがバーサーカーへ猛然と二刀を振るいながら襲い掛かる。その二刀が自分を切り刻もうと交差する瞬間を見切ったバーサーカーが、腰に帯びた童子切を鞘走らせ、ギィンッ!!という耳障りな高音と火花を散らせながら弾き上げた
「マスター!私の後ろに!!」
「分かってる!お願いバーサーカー!」
「源氏ィィィッッッ!!!」
連続する銀光。絶えずスパークする火花。ぶつかり合う刃の音。アヴェンジャーが押し、バーサーカーが押す。一進一退の攻防はやがて、一瞬の綻びを見せ、互いに体勢を立て直そうとした瞬間、莉波は高速で移動を続けるバーサーカーの声を頼りに、いざというサポートの時に備えて、彼女の背後へと付いた
「・・・それで、君のサーヴァントは真っ先に飛び出して行ってしまったけれど、君はこのままでいいのかい?レディ美鈴」
「そうですね…決して良くはありませんが、召喚した時からアヴェンジャーの腹づもりも分かってはいましたから。それに、質問で装っているつもりでしょうけれど、キャスターさんも私を簡単にアヴェンジャーのサポートに向かわせるつもりはないのでしょう?それに正直に吐露してしまうと、ここで私が聖杯戦争から脱落してしまうと、本当に困るんですよ」
従えるアヴェンジャーが積年の怨みをぶつけるべく、バーサーカーへと襲いかかったのを見届けた美鈴は、改めてキャスターと千奈を見やった。キャスター。時代は違えど、同じ魔術師。その頂点に立つ存在を前にしても、美鈴は腹の探り合いである現状に怯んでいる様子を見せなかった
「キャスターさん。可能な限りで構いません。どうか秦谷さんの命までは………」
「あぁ、分かっているとも我が麗しのマスター千奈。最善を尽くすつもりではいるよ。それじゃあ、退がっていてくれたまえ……!」
停戦の要求は悉く却下され、自分の真名を看破してなお、美鈴に交戦の意思を改める事はないと判断したキャスターは、コン!と今一度杖の先で地面を小突いた。途端に、桃色の旋風が千奈を覆い隠すように巻き上がり、理想郷の景色の中へと彼女の姿が溶け込んだ
「・・・では、どうぞお手柔らかにおねがいします。花の魔術師さん……!!」
「こちらこそ。多少手荒になるかもしれないが、ご承知おきを。先達の魔術師として、及ばずながら胸を貸すよ。
その言葉を最後に、美鈴は躊躇なく拳銃を持ち上げ、引き金を引いた。ダァンッ!!爆裂音と共に銃口から襲い掛かる、呪われた五本の指先。その指先が間合いに到達するよりも速く、キャスターは宙で杖を振り翳して、魔力で編まれた五つの光球を迸らせた