「・・・それじゃあことねちゃん。これから魔術を教えるにあたって、取り敢えず一番大切な、魔術とは何かについての基本を教えておくね」
「は、はいっ!よよよ、よろしくお願いしまする!」
「あ、あはは…そんなに緊張しなくてもいいのに…」
あたし達が広達と初星学園の前で、もう一度邂逅する夜から、時は少しだけ遡る。あたしは咲季の提案により、来たる再戦の時に向けて、莉波先輩から魔術を教わる事になった。桃色の花畑の中、緩りと腰を休めて座る莉波先輩の前で、あたしはガチガチに正座しながら先輩の話が始まるのを待った
「魔術って聞くと、何でも出来るって万能のイメージがあると思うけど、決してそんな事はないの。魔術は基本的に等価交換で成り立つもので、有から有を持ってくるのであって、無から有は作れないし、出来る事を起こすのであって、出来ない事は起こせないの」
「?????????」
「つまり、人の手で火を起こす時にマッチや薪、ガスなんかが必要なように、魔術で火を起こす時にも、呪文や魔力が必要になるってこと。そしてその事象を起こすための手順や方法は、分かっていても間違えるくらい、複雑なモノが多いの」
「だから今は一つだけ。明日の朝までに、咲季ちゃんからお願いされた錬金術を一つだけ。ことねちゃんが理解して、実際に魔術を起動できるようになるまで今から教えていくね」
「わ、分かりました。お願いします」
明日の夜までに、一つだけ。魔術に関してはど素人のあたしでも、分かっていたことではある。そんな一晩やそこらで、あたしが咲季や清夏、広のように魔術をポンポン使える魔術師になんてなれっこない。だからこそ明日の戦いに向けて、あたしが学んで、身につけられる魔術はたった一つだけ。その一つすら会得できるかは定かではないが、これから魔術の師となる莉波先輩の判断に、私は了承した上で頷いた
「さっき咲季ちゃんも話したと思うけど、魔術師はそれぞれ一子相伝で、己の代で鍛えた魔術を子孫へ受け継いでいくの。その中で、私の家系、姫崎家が受け継いできた魔術系統は錬金術なの。聞いたことくらいはあるかな?」
「ま、まぁはい。魔術のって訳じゃないですけど。その手の漫画やらアニメやらのフィクションでも有名なのありましたし。ほらあの、鋼の錬◯術師とか…」
「あはは…想像してたのとはちょっと違う答えが返ってきたなぁ…。とりあえず、錬金術って読んで字の如くじゃないの。人体と生命、魂の在り方について極める魔術で、金を錬るっていうのは、その副産物でしかないの」
金を!錬る!!なんて素敵で心躍るフレーズ!と、普段のあたしであれば、まぁまず目の色を変えたと思う。恥ずかしながら。それから大金持ちになる算段を付けたと思う。本当に恥ずかしながら
しかし明日の自分の命運を分ける大事な場面で、これから自分の家系で受け継いできた大切な魔術を、真剣にあたしに教えてくれる莉波先輩の前では、そんなことを言い出せるハズもなかった
「ありきたりな物で言えば、物質の変換かな。よく引き合いに出される、鉄や銀みたいな卑金属を、黄金に変換する魔術は実際にあるし、要するに魔術を用いてモノを造る、本当に噛み砕いて言うと物作りの魔術。それが錬金術なの」
「たださっきも言ったけど、錬金術も決して万能じゃない。無から有を…0から1は作り出せない。物作りに必要な為の素材、構造、作り方、そして壊し方を理解してないと扱えないの」
「わ、分かりました!えっと…まぁ…多分正確には分かってないんでしょうケド………」
「大丈夫。明日までに間に合わせる為に、この場で全部を理解する必要はないから。とりあえず、今は魔術とはいっても、決して何でも出来る万能のモノじゃないと分かってくれればいいから」
優しく諭すように、あたしに魔術を教えてくれる莉波先輩は、それこそ本当の教師のように見えてきた。こんなお淑やかで、優しそうな人柄の莉波先輩が、実は魔術師だったなんて、本当に世の中分からないモノは分からないなぁ…。なんて事を思っていると、あたしの視線と、莉波先輩の青藍の瞳が真っ直ぐに重なった
「─────あ…………ッ!?」
条件反射のようなモノだったかもしれない。聖杯戦争二日目の夜、莉波先輩と敵として相対した時のことを瞬間的にあたしの頭が想起した。この瞳に掛けられた魔術であたしの精神は操られ、セイバーに自害の令呪を使う一歩手前まで迫った時を思い出し、あたしの腕はほぼ無意識に、反射的に顔の前で交差して防御姿勢をとっていた
「・・・やっぱり気になる?私の眼」
「あ、ヤバ…!ち、違うんです莉波先輩!今のはその、つい反射的に…!体が勝手に動いて、本当にワザととかそんなんじゃなくて……!」
「いいのいいの、気にしないで。私が過去に実際に、ことねちゃんにやった事だから。だけど今は安心して。私が意思を持って使わない限り、魔眼は起動しないから」
あたしの咄嗟の行動を見て、莉波先輩は少し物悲しそうに、儚げな仕草で目元に手を当てた。分かっている。あの夜あたしに対してその瞳に魔術を込めたのは、決して莉波先輩の本心からの行動ではない事くらい。今の優しく、誰かの心を思う人物こそが、姫崎莉波という人なのだ
だからこそあたしは、今の自分が反射的に取ってしまった行動が、莉波先輩の心を傷つけてしまう行為だったと理解して、必死に弁明しようとしたが、あたしが言い終わるよりも前に、莉波先輩はあたしを安心させるように優しく微笑んで言った
「魔眼。これは読んで字の如く、魔術を秘めた眼。主に魔術師が持つ独立した魔術回路で、魔力を通すだけで起動する魔術の眼。魔眼には色んな効果、強度を持つ、様々な名前の魔眼があるんだけど、その中で私の眼に宿っているものは……」
「魅了の魔眼。意思を込めて目を合わせた相手を魅了して、短い間だけ意のままに操ることが出来る瞳。魅了、なんて名前だけど、これは必ずしも異性に対する性的な魅惑を意味しないの。魅了する、魅了されるって心の暗示に関する意味合いの方が強いかな」
・・・すげえ。マジかよ。そんなんあったら、一瞬で超売れっ子アイドルじゃん。なんて。錬金術についてといい、あたしの頭にはそんな邪な考えばかりが浮かぶ。しかし、現にその両方を持ち得る莉波先輩が、事実そうなっていないということ、それ自体が彼女の人柄の良さ、そして魔術師として、人としての高潔さを表しているような気がした
「・・・えっと、じゃあその魅了の魔眼っていうのを、莉波先輩が錬金術で作り出して、自分の眼に移植した…っていう感じなんですか?それとも、その姫崎家の血筋には…魔術的な血の繋がりで必ず魅了の魔眼が宿る…みたいな……」
「ううん、どっちも違うよ。この魔眼は生まれつき私の眼に宿っていたモノではあるんだけど、姫崎の家系でこの眼を持っていた人はいないの」
「ただそのせいで、小さい頃はちょっとだけ苦労したんだよね。まだ自分の意思でこの魅了の魔眼を制御できる訳じゃなかったから、魔術に対して抵抗力がある両親は良かったんだけど、小学校の先生だったり生徒からは数えきれない人数に好かれちゃって、誘拐されそうになったりした事もあったかなぁ…」
たはは、と少し気恥ずかしそうに、力無く莉波先輩は笑った。やはり咲季と佑芽がそうだったように、魔術師には魔術師なりの悩みや葛藤、苦労が絶えないのだろう。しかしあたしには、それ以上に気になることがあった。一度その瞳に魅入られた影響なのかは定かではないが、彼女の青藍の瞳の中に、何か閉じ込めた意思のようなモノがあるように感じたのだ
「・・・莉波先輩、ひょっとして好きな人います?」
「・・・凄いなぁ。ことねちゃん、ひょっとしてエスパー?今の私の生い立ちだけで、全部分かっちゃった?」
「にひひ。あたしもあたしで、超可愛く生まれたんで、保育園から小学校の頃はまぁモテまくりでしたから、何となく分かりますよ。もれなく全員フりましたけど。まぁ中等部の頃からいる初星学園では、女子しかいないんでお察しですけど……」
「ま、今はあたしのことはいいんです。よければ、聞かせてもらえませんか?別に無理にとは言いません。莉波先輩みたいな優しい人が、聖杯戦争に参加した理由。聖杯に掛ける願いを」
どうやら、あたしの直感はそこそこ的を射ていたらしい。少しだけ微笑んで、あたしが莉波先輩の眼を真っ直ぐ見ながら言った。すると莉波先輩は小さく、けれど確かに笑って、何かを思い出すように宙空をぼんやりと見つめながら話し始めた
「私ね、幼馴染がいるの。とは言っても、小さい頃に、夏休みの間だけ私が彼をお世話してあげただけで、そこまで深くもない関係なんだけどね」
「へ〜!それでそれで!?」
「も、もうことねちゃん。何かちょっと楽しんでない?」
そりゃあ楽しんでないと言えば嘘になる。あたしだって15歳の、年頃の女の子だ。他人の色恋に、恋バナに興味ないわけない。今が聖杯戦争の、なんならこれから魔術を教わろうなんて只中であることを忘れて、まるで修学旅行の夜ようなテンションであたしは話していた
「それでね、一緒にいた夏休みの最後日、その男の子は私に言ったの。俺は莉波姉ちゃんが好きだ、いつか絶対に大人になったらもう一度会いに行くから、その時は結婚しようって。あはは、今思えば本当に子どもみたいな告白だよね」
「いやいや〜、そういう小さな恋が乙女心をくすぐるんじゃないですか。それで、莉波先輩はなんて返事したんです?」
「・・・ただ私も、小さい頃から自分が魔眼持ちである事は両親から聞かされてたし、私は人から好かれやすいんだな…っていうのは、何となく子供なりに分かってたんだ。だから、その気持ちはきっと本心じゃないだろうから、次に会う時までに忘れてたら、私への気持ちは忘れたままでいいよって。そう言ったの」
「お、おおう……」
「そう言ったらその男の子ね、だったらもう一度本当にする!って。莉波姉ちゃんの言う通り、今の俺の気持ちが本心じゃなかったとしても、大人になって莉波姉ちゃんともう一度会った時に、きっと何度でも本気で好きになるって、そう言ってくれたの」
「・・・我ながら単純だけど、嬉しかったなぁ。今まで同じように言ってきた子たちは、絶対にこの気持ちは嘘なんかじゃない!って疑いもせずに返す刀で言うばかりで。もう一度、本当になるまで何度でも好きになるって言ってくれたのは、あの子だけだったから」
顔を赤らめながら、両手の指先を合わせていじらしく話す莉波先輩は、魔眼の効力なんて関係なく、同性のあたしでも好きになりそうなくらい可愛かった。生い立ちもさることながら、本当に今話してる小さい頃から、恋する乙女のままなんだろうなぁと思わせるモノがあった
「分かるなぁ〜。分かりますよ。そういう真っ直ぐだけど、他の人とは違う事を言ってくれると、やっぱり特別に感じて、熱くなりますよね!いつかまた、その男の子と会えるといいですね!」
「あ、えっとね。一応もう会ってはいるの。今も初星学園に通ってるプロデューサー科の先輩…なんだけど………」
「え、えええええぇぇぇぇぇぇ〜〜〜!?!?」
まさに青天の霹靂。絶対にその男の子との再会を聖杯に願うつもりなんだろうと、あたしの中でほぼ確信していたというのに、その男の子と実は既に再会していて、更に同じ学園の中にいるプロデューサー科の生徒だったとは。あたしにそこまで予想出来るハズもなく、ひっくり返るように驚いてしまった
「・・・ひょっとしてですけど、今もまだ莉波先輩に誰もプロデューサーが付いてないのって……」
「・・・うん。ありがたい事に、過去にも2人くらいプロデューサー科の人からお声がけはしてもらってるんだけど、2人とも断ったの。出来ればその人にプロデュースしてもらいたいなぁ…なんて………」
「ひゅ〜!WowWowWowWow………!ん?あ、アレ?ちょ、ちょちょちょっと待って下さい。莉波先輩、何人かのプロデューサーからは声掛けられた事あるって言ってましたよね?ひょっとして、まだその本命のプロデューサーからはスカウトされてないんですか!?」
「う、うん。多分だけど、向こうはすっかり私のこと忘れちゃってるみたい。まぁ、本当に小学校低学年の頃の話だから、仕方ないかなぁ…とは思うけど」
「・・・マジないわ〜。いやコレだから男って。莉波先輩、今度その朴念仁、あたしの前に連れて来て下さい。ボコボコにして拳で分からせますから」
「あはは…でも、私はそれで良いと思ってるの。だってもし魅了の魔眼の術中に掛かった時の記憶でスカウトされても、それは同じアイドルを目指す子達と比べたら、フェアじゃないから」
・・・この人、マジで聖人か天使の生まれ変わりなんじゃないだろうか…とあたしは思った。そりゃあたしだって、聖杯に願うのは巨額の富だけであって、アイドルになる事まで願う気はない。とはいえ莉波先輩の魔眼は、ある意味持ち得るべくして持ち得たモノだ。17年間の人生の中で思い悩む事もあったハズ。しかしそれを安易に邪な手段で使わない莉波先輩に、あたしは今一度尊敬の念を抱いた
「だから私は、私が幼い頃に魔眼を制御出来なかったせいで暗示を掛けてしまった人達に対する、魅了の解除を聖杯に願おうと思ってるの。それで本当の意味で対等の立場に立てたら、学園にいる幼馴染のプロデューサー君に…自分から話しかけてみようかな…なんて…………」
「・・・素敵な願いだと思います。この聖杯戦争がどんな結末を迎えても、莉波先輩のその願いだけは、何かの形で叶ったらいいなって、あたし本気で思います」
「うん、ありがとう。ことねちゃん。その為にも、まずはお互いにこの聖杯戦争を最後まで生き残らないとね。それじゃあ、本格的に錬金術の訓練を始めましょうか」
「ち・な・み・に〜!そのプロデューサーさんの名前なんていうんです?」
「え、ええっ!?名前…教えなきゃダメ…?」
「教えて下さいよぉ〜?厳しかったらイニシャル!イニシャルだけでもいいですから!それか写真とかあったら是非!」
「も、もぉ〜!そんな事言ってたらいつまで経っても始められないよ〜〜〜!!」
桃色の花が咲き誇る理想郷の中、ことねと莉波を取り巻く空気だけは、何なら一際濃い桃色の空間が広がっていそうだ。二人をぼんやりと見つめながら、セイバーはそんな事を思ってため息を吐いて呟いた
「・・・チッ。ったく、ことねのヤツ。あんな調子で大丈夫なのかよ」
「まぁいいじゃないかセイバー。恋バナというモノは、彼女達のような年頃の少女にとって、何よりも楽しくて仕方のないモノだよ」
莉波とことねから少し離れた花園の上で胡座を組み、膝に頬杖をついたまま二人を見守るセイバーの悪態に対し、彼の隣に同じように胡座を組んで杖を置いて座るキャスターが言った
「それもそうだが、そうじゃねぇ。確かに儂はことねに決断を委ねるとは言った。だがこの先のアイツの人生において、今回の聖杯戦争は大きな転換点になるのは違いねぇが、大抵は聖杯戦争なんざ1週間かそこらで片が付く」
「英霊の儂とは違って、ことねにとっては聖杯戦争を終わらせた後の人生の方が圧倒的に長げぇんだ。だってのに、あの歳になって今さら魔術の何たるかを説かれて、挙げ句は薄暗い魔術師なんて界隈に片足突っ込むなんざ、儂からすりゃ舌打ちの一つもするってモンだ。子どもは子どもらしく、それぞれの陽だまりを歩いてりゃあそれでいいってのによ……」
「・・・だが、それは儂の責任でもある。ことねが自分で魔術を学び、自分の力でこの聖杯戦争を何とかしてみようと思わせちまったのは、召喚されてから今まで、なんだかんだでことねを助けていたつもりで、助けられてばかりだった儂の不甲斐なさが、ことねにその決断を選ばせちまった」
「だからさっきも言ったが、儂も今度こそことねの信頼に応えなきゃならねぇ。アイツのサーヴァントとして。この霊体を都合つけてくれたヤツに、ガッカリされねぇようにな」
「・・・それならセイバー。次の戦いの夜が来るまでの間、君にコレを貸しておくよ」
「あん?────────ッ!?」
言ってキャスターはおもむろにローブに手を突っ込むと、コレ。と言ってセイバーに向けて何かを差し出した。ソレを見た途端、セイバーは思わず生唾を飲み込んで絶句した。キャスターが彼に差し出した何かは、その存在を知る人であれば、一目で分かる伝説の一振りの剣だった
「・・・おい生臭坊主。テメェ、そりゃ一体なんの冗談だ」
「な、生臭坊主とは…これまた一段と人聞きが悪いなぁ。別に私だって、冗談やなんかで大切な聖剣を貸したりなんてしないよ。私はただ同盟を結んだ君に、マスターの期待に応えるための一助が出来ればと思っただけさ」
セイバーの目尻が尖り、口調があからさまにキツくなる。およそ同盟を結んだ相手に向けていい態度でないのは彼とて承知の上だろうが、キャスターはソレを分かっているかのように、なおもどこか彼の心の中で燻る焔を煽るように続けた
「なら今の手前の態度を、もちょい分かりやすく言ってやらぁ。儂が鍛治師であることを知っての上で!今から儂に贋作を鍛てって言ってんだぞテメェ!!!」
セイバーが声を荒げて、キャスターに向ける眼光が更に鋭くなると、その隣に正座していた千奈は涙目で怯えてしまっていた。しかしキャスターは、今だけは自分がマスターと呼ぶ少女を見る事なく、真っ直ぐに彼らしからぬ真剣な瞳でセイバーを見据えて言った
「・・・気に障ってしまったのなら心から謝罪しよう、千子村正。しかし君とて分かっているハズだ。また同じように三騎のサーヴァントで立ち向かったとしても、あのアサシンに勝てる保証はない。事実として、ライダーの宝具により彼の戦闘続行スキルが発動するまで追い込んだものの、そこから逆転を許してしまった」
「確実な勝利を狙うのであれば。レディことねの為に勝利を願うのであれば。今の君にとっては、この聖剣を取る以外の選択肢は無いハズだよ。セイバー・千子村正」
「・・・・・・・・・・」
「それと、少しだけ私情を挟むとしたら…かつてこの聖剣を握っていた
「・・・ったく。口を開けば訳分かんねぇことばっか口走りやがって」
最後の言葉だけは、頬をかいて恥ずかしそうに、何かを懐かしむような笑みでキャスターは言った。そんな彼の表情と言葉にすっかり毒気を抜かれてしまったセイバーは、観念したように膝を突いて立ち上がり、キャスターが差し出していた剣の柄を右手で握った
キャスターはセイバーが柄を掴んだのを最後に、ゆっくりと剣から手を離した。そしてセイバーは受け取った剣を自分の手元まで持ち上げて、鏡のように光を反射する銀の刀身を左掌でスラリとなぞって、そこに映る自分の顔を見て、思わず口許を綻ばせた
「重いな。オレにとってこの剣は、重すぎる」
「まぁまぁ。その辺は君が鍛ち直す時に上手く調整してくれればいいさ」
「バァカ。そんな程度の意味で言ってんじゃねェよ。まぁいい、言いつけ通り明日の夜までには返す。後はその辺の花畑潰して、適当に鍛冶場広げとくが文句言うなよ」
「・・・ソレと。手前のマスターの嬢ちゃんを怖がらせちまったこと、謝っておく」
それだけ言い残して、セイバーはキャスターと千奈に背を向け、重すぎると言った聖剣を片手に握り締めて理想郷の中をザクザクと歩き始めた。彼に謝罪の言葉を掛けられた千奈は、どこか微笑ましそうに言った
「・・・藤田さんは、幸せ者ですわね。偶然に聖杯戦争に巻き込まれてしまったとはいえ、セイバーさんのような、とても親身になってくれるサーヴァントさんに出会えて」
「おやおや、我が麗しのマスター千奈。それはちょっと聞き捨てならないな。それではまるで私が千奈に対して親身なサーヴァントじゃないみたいじゃないか」
「うふふ。ご安心して下さい、キャスターさん。今はわたくしも、その胡散臭さまで含めて、ちゃんとキャスターさんの事を信頼してますから」
「・・・えっと、それは一応褒めてくれてるんだよね?千奈?」
信頼という言葉の意味、そして重さは、伝える人、受け取る人によってまた違うだろう。しかしその思いの強さが、心の強さが、人を変えていくのだろう。そんな答えと呼べるかも分からない、しかし確かな思いを込めたような、カァンッ!!と。熱く鉄を鍛える音が、理想郷の伽藍堂な空へと響き渡った