「源氏…源氏ィィィッッッ!!!」
「はああああぁぁぁっっっ!!!」
ギィンッ!ガァンッ!ギャリィッッッ!!!理想郷とは名ばかりの光景がそこにはあった。桃色の花畑を悉く踏み散らし、その一投足に付随して振り下ろされる一太刀がぶつかり合い、激しい火花を散らしている
源頼光と平景清。童子切安綱と痣丸。源氏と平氏。生前は相見えるハズのない両者が、時代を超えて凌ぎを削り合う光景を、姫崎莉波は自身が従えるバーサーカーの背中から見守っていた
「遠慮しないでバーサーカー!この固有結界の中なら、私の魔力回復も追いつく!遠慮せずに全力全開で戦って!!」
「承知しました、マスター。ご命令とあらばこの頼光、母にも鬼にもなりましょう」
莉波の応援の声に応えたバーサーカーは、刃をぶつけ合っていたアヴェンジャーの間合いから大きく飛び退き、息を整えて今一度武器を構え直した。瞬間、バリィッ!!と彼女の周囲に紫電が迸り、桃色に染まる理想郷の空に暗雲が立ち込め、大気中までもが電気を帯びてバチバチと音を立て始めた
「そう来なくては!簡単に倒れられては興も乗らぬというもの!それでこそ源氏の棟梁!我が怨を刻む宿敵として一切の不足なし!我は平家の怨讐を背負う者、平景清!景清は死なず!これが怨の焔よ!!!」
大気中を雷電が疾り、肌を撫でるピリリとした感覚に打ち震えたアヴェンジャーは、仮面の下で口許を醜く歪ませながら笑った。そして呪詛のように、その口振りに正しく怨みを込めて言った直後、両腕に握る二振りの刀が禍々しい紫炎に包まれ、ゴウゴウと燃え滾るままにアヴェンジャーはバーサーカーへと切り掛かった
「源氏…死に候へっ!!!」
「御覚悟っ!!!」
爆音があったが、しかし音は消え去った。バーサーカーの紫電を纏う刃と、アヴェンジャーの紫炎を纏う二刀がぶつかり合った瞬間の事だ。戦略兵器並みの凄絶な爆発と、大気を丸ごと押し出す爆風と衝撃が、理想郷に聳え立つ塔を激しく揺るがした
「レディ美鈴。この戦いはどうやら不毛になりつつあるようだね」
「・・・不毛とは、どういう意味でしょうか。キャスターさん」
交戦開始から以後、美鈴は死霊魔術による指の弾丸をキャスターに向けて撃ち続けていたが、芳しい効果は得られなかった。悉くをキャスターが操る魔術の光球に弾き落とされ、二連式ショットガンの排莢と装填、発砲を繰り返すだけの、半ば作業感のある戦闘だった
しかし当の美鈴は、自分の魔術ではキャスターに敵わない事を別に悔しがるでもなく、かといって戦う事それ自体を面白がるわけでもなく、計20発にも及ぶ作業を繰り返した。その戦いに痺れを切らしたのか、それとも大局を見据えたのかキャスターが口を開いた
「私の見立てではあるが、莉波のバーサーカーと君のアヴェンジャーは実力が拮抗している。相当なイレギュラーか、宝具の開帳でもなければ、決定打になる一撃は見込めないだろう」
「となれば、後は魔力消費の我慢比べとなる訳だ。しかし私が味方として認識する莉波の魔力は、この固有結界にいる限り回復し続け、実質的に無尽蔵の魔力をバーサーカーに供給できる」
「・・・なるほど。実力が拮抗するバーサーカーとアヴェンジャーの戦いは、おそらくはどちらかの魔力切れで勝敗が决する、と。そして姫崎先輩の魔力が実質無限である以上、先に魔力が底を突くのは私でしょう」
「この状況を打破するには、固有結界を維持するキャスターさんに結界の解除を促すか、キャスターさんかバーサーカーを倒すしかありません。しかし現代の魔術師である私に、神代の魔術師の中でもトップクラスのマーリンさんを倒せる道理はありません」
西洋式の散弾銃の砲身を折り、第一関節のみを残した、死霊魔術で加工した指先の弾丸をもう一度装填しながら、美鈴は冷静にキャスターから提示された戦況を分析する。しかし本来であれば、弾丸の再装填という隙だらけのタイミングに、キャスターが攻撃を仕掛ける様子はない
「ただ。この戦いを不毛に感じているのは、マーリンさん。あなただけではありませんよ」
「・・・・・参ったなぁ。ひょっとしてもうバレてたりするのかな?」
美鈴にとって、まず前提からしておかしな話だった。いくら腕はあっても、現代の魔術師である自分と、あらゆる術理を極めた神代の魔術師が互いに魔術で戦えば、そもそも自分が20発も弾を消費する前に勝敗が付いているハズだ
開戦当初の美鈴からすれば、アヴェンジャーをどのタイミングで令呪による命令で転移させ、キャスターの隙を伺うかが勝負の鍵だと思っていた。しかしその思惑は、他でもないキャスターの戦いぶりによって否定されることになった
「えぇ、分かりますよ。他人に対して甘いのは、私も同じですから。マスターである倉本さんの意思も介在しているのかもしれませんが、しかしそれだけではないようですね」
「・・・花の魔術師マーリン。魔術師であれば誰もがその名を知る、魔術師の頂点の一人。ですが貴方は、自らの意思でこの物見の塔に…理想郷に自らを閉じ込めた。その理由は人類史が終わるその日まで、人類が辿る結末を最後までその千里眼で見届けるため」
「つまり、人類を見守るという信条を曲げない限り、貴方には現代を生きる一人の人間である私は殺せません。確かに私程度の魔術師では、伝説に名高いあなたに勝てる道理はありません。ですが、こと死と共に繁栄してきた死霊魔術を扱う私からすれば、相手を殺すつもりがない魔術師に───」
「─────私が負ける道理も、ありません」
「我ながら少しバレバレ過ぎたかな…それとも戦闘の最中に喋り過ぎか…仕方ない。そのつもりはなかったけれど、身体の自由を奪うくらいはさせてもらうよ……!」
ダァンッ!!乾いた銃声と爆発に続いて、美鈴の散弾銃から呪いの指先が放たれ、キャスターが操る光球が今一度宙を滑ってソレを迎撃する。死に慣れすぎた魔術師と、人を見守る魔術師の戦いは、熾烈を極めるではなく、ただ花畑を踏み荒らしながら淡々と経過していった
「ふははははは!!どうした源頼光!?平安最強の神秘殺しの力はこんなモノか!?これでは生前の源氏との戦いの方がまだ心躍ったぞ!!」
(・・・・・妙、ですね…)
バーサーカーの雷を纏う刃と弓矢、アヴェンジャーの紫炎を纏う刃は、激突する度に爆発を引き起こしていたが、そのどれもが決定打にはなり得なかった。両者は音速に迫る速さで花畑を疾駆しながら、時には宙を舞いながら、刃を幾度となくぶつけ合った。そしてもう何度目になるかも分からない鍔迫り合いの中で、バーサーカーの…源頼光の心中に一つの疑念が生じた
(セイバーさんとの戦いで、彼が私の真名を看破したのは、私の刀と打ち合い、その振るい方から戦い方で分かったと言ってましたが……いざ自分がその立場になってみると、存外分かってしまうモノですね)
(このアヴェンジャーを名乗るサーヴァント、怨讐や怒りに呑まれ、半ば我を失っている状態なのでしょうけれど、この太刀筋は…あまりにも……)
ギィンッ!バアンッ!!と、鉄の弾ける音と爆発音。鍔迫り合った刀をバーサーカーが力任せに押し返し、横薙ぎに振り切った時には、アヴェンジャーは大きく弧を描いて背面で飛び、彼女の間合いから身を大きく翻していた
「マスター!至急お伺いしたい事が!!」
「───ッ!?なに、バーサーカー!?」
もう一度仕掛ける前に、バーサーカーの出方を窺いながら二刀を構え直すアヴェンジャーを前に、彼女は背後で見守るマスターの莉波に向けて声を張り上げた
「このアヴェンジャーの真名は平景清であるとセイバーさんは推測し、この者もソレを否定しませんでした。しかし私には、それがどうにも違うような気がしてならないのです。何故ならこの者の太刀筋はあまりにも……私を始めとした、源氏武士の太刀筋に近すぎます」
「・・・え?ちょ、ちょっと待ってバーサーカー。それならあのアヴェンジャーは、意図的に自分の真名を偽って、その正体を隠しているってこと…?」
「それについては分かりかねます。ですが私が感じたこの違和感、ないしは綻びが勝利への糸口になるやもしれません。マスターはあのサーヴァントを見ていて、何か感じる物はありませんか?」
「そ、そうは言われても……ただ戦いを見ていただけの私に分かる事、なんて……………?」
バーサーカーに言われるがまま、自信なさげに考え込もうとした莉波だったが、しかしその逡巡に1秒と掛からなかった。それは直感か、あるいは違和感か。理由は莉波本人にも分からなかったが、刀を実際に打ち合った者にしか分からないこともあれば、俯瞰して見ているだけの人間にしか分からないことも、相応にある
「・・・そういえば、昨日の話し合いでセイバーが……」
────────────────────────
『・・・かもしれねぇな。だがあくまでも、
────────────────────────
「・・・それならあの仮面は、その正体を隠すためとかそんなんじゃなくて…あのサーヴァントの霊体を飲み込んだ…平景清という怨讐そのものってこと…?だとすると、この固有結界にアヴェンジャーを引き込む前に、フォーリナーの宝具を避け切った時のアレは……」
────────────────────────
『・・・なるほどなぁ。あのあゔぇんじゃあとかいう仮面の野郎、海ないしは波や浦に関する逸話持ちってぇことかい。おれにしたら会心の一筆だったんだが、ソレをこうも簡単にいなされちゃあ堪えるってモンだ』
────────────────────────
「・・・源氏と平氏…波や浦に関する逸話…壇ノ浦の戦いってこと…?フォーリナーの宝具…荒れ狂う波すらモノともしない…壇ノ浦……八艘跳び………?」
思えば、鍵になるモノは既に提示されていた。サーヴァントとは過去に逸話を残した英霊。故にその行動、持ちうる武器や術理、宝具から能力の一つ一つには必ず意味がある。その結び目を解いていった先に答えがあるとするならば、莉波とバーサーカーが抱いた疑念は、やがて小さな呟きと共に確信に変わった
「「─────源義経」」
平安時代。壇ノ浦の戦いにおいて、源氏の将として戦に身を投じた源義経は、敵軍である平氏の猛攻を振り切る為、海に浮かぶ船から船へ、八艘に至るまで瞬く間に飛んでみせたという、壇ノ浦八艘跳びの逸話
アヴェンジャーが推測通りの平景清を名乗るサーヴァントであれば、バーサーカーが感じ取った源氏武士の太刀筋から、八艘跳びの逸話に類する能力を持つハズがない。そう考えれば、後は自ずと見えた答えが、バーサーカーと莉波の呟きとなって重なった
「・・・なるほど。そう考えれば確かに今までの全てに納得がいく。だけど、それならどうしてあの二振りの刀…痣丸を……平景清という源氏を憎む平氏の怨讐は、よりにもよって源氏の将軍である源義経の霊体を依代にして………」
「くく、くっくっくっ……ふはははははははは!!!あぁ、そうか。そうだったなぁ…そんな名前で呼ばれたこともあったかなぁ……」
アヴェンジャーは莉波が細々と口にしていた分析を聴いていたのか、刀を緩く握った片手を仮面に当てがいくつくつと笑っていたが、それはやがて天を仰ぐ哄笑となった。そして、ゆらり。と、影のように、焔のように全身をダラリと力無く揺らしながら言った
「牛若。遮那王。九郎判官。源義経。しかし名など既にどうでも良い。我は源氏を殺す者。我は源氏に仇なす者。源氏は盛者であり、盛者は源氏である。我は景清。源氏を殺す者は即ち、景清であり、儂である」
「戦場で死なぬ者。戦場を忘れた者。戦場を避けた者。戦場で私を捨てた者。その全てを憎む。その全ては死ぬがいい。その全ての人間を私が殺す。その末に、あの頼朝を…あの愚かしい義経を…!源氏の全てを……!!犯し殺すっ!!!」
それこそが、怨讐だった。アヴェンジャーが呪詛のように呟いていた声は、やがて腹の底からの叫びへと変わった。サーヴァントとは過去の英霊。故に英霊もまた過去には一人の人であり、人としての感情を持っているのだ
(・・・あぁ、そうだったんだ。きっとこの人は……)
怨んでいたんだ。だからアヴェンジャーだったんだ。と、莉波の心中で全てが腑に落ちた。私たちが学べるのは、歴史だけだ。歴史の登場人物の感情は、教科書だけでは分からない。類推することは出来ても、偉人の本当の気持ちなんて分かるわけがない
その歴史の変遷の末に、源氏武士として戦場を駆けた英霊は、源義経は。心のどこかで、もしくは心の底から、この世を去ってなお怨んでいたんだ。自分の出自と家柄である源氏を。兄でありながら、自分を裏切った源頼朝を。そして、戦う事にしか目を向けなかった自分自身を。その源氏を怨む心と身体に、あの仮面が。平氏の怨讐、平景清という復讐者が取り憑いたのだと、莉波と頼光の中で閃いた全ての線が繋がった
「────マスター。私から提案が…もとい。私から、源氏の棟梁として、源氏の母たる者として、お願いがございます」
「・・・お恥ずかしながら、私も源氏として名を連ねた者です。彼の者も時代は違えど、私の名を受け継いだ者です。ならば、私の子であるも同然。私は母としての務めを果たさねばなりません。しかしそれは、アサシンに遅れを取った、あの夜のような妄執ではありません」
「子が悪夢に魘されるならば、あやすのが母の務め。復讐に囚われるならば、道を正すのが母の務め。それでもまだ戦場に、源氏に未練を残すのならば、引導を渡してやるのもまた、母の務めです」
深く呼吸を一つ置いて、凛々しい佇まいのまま、バーサーカーは手にした刀を構え直した。そこには狂戦士としての母の姿はなく、平安の世を終えてなお現代まで怨讐を重ねた子に対する、彼女なりの慈愛から見える佇まいがあった
「・・・大丈夫、分かってる。それならバーサーカー、私にも一つ考えがあるの。私を抱えながらでも、あのアヴェンジャーと互角に戦うことは出来る?」
「ま、マスターを…抱えて、にございますか…?可能といえば可能ですが、それでは戦闘の余波にマスターを巻き込んでしまうおそれが……」
刀を構え直したバーサーカーの横へと歩きながら、やがては並び立ちながら莉波は己がサーヴァントへと訊ねた。そのあまりに自分を顧みない提案に、バーサーカーは返答しながらも耳を疑い、目を丸くしていたが、彼女の懸念を振り払うように莉波が食い気味に答えた
「心配しないで。私も自らこの聖杯戦争に名乗りをあげたマスターで、魔術師だもの。それくらいは自力で何とかしてみせるよ。それにね、バーサーカー。娘を守る時の母親は、世界で一番強いんだよ?」
「・・・なるほど、委細承知いたしました」
莉波が口にした格言めいた言葉に、フッと口許を綻ばせると、バーサーカーはその場に跪き、左腕で小さく輪を作った。莉波は彼女の輪を作った腕に腰掛けながら、そっと体重を預けた。そしてバーサーカーは再び立ち上がると、肩回りまで持ち上げたマスターと共に、視線と刃の切先を差し向けながらアヴェンジャーに言い放った
「アヴェンジャー、平景清。又の名を源義経。この源頼光が源氏の母たる者として、其方の源氏に対する怨讐、その全てを晴らし、現代に至るまで続いた怨嗟を、今ここで断ち切って差しあげましょう!!」
「・・・ふは、ふはははは!!詭弁、詭弁、詭弁!そうとも、貴様が戦う者は、血脈としての源氏ではなかろうなぁ!構うものか!すでに言った!景清が鏖殺するは源氏!即ち、歪み捻じれた盛者なれば!この仮初の影が消えるまでは、貴様という源氏を……殺すまでは消えぬなぁぁぁっっっ!!!」