「お、お姉ちゃんっ!!」
退がっていろ、と言った咲季の指示通りに、あたしと佑芽は戦場から安全な距離を確保している茂みに身を隠し、咲季と広の戦いを固唾を飲んで見守っていた。しかし、咲季が広の魔術によって身動きを封じられた光景を目の当たりにして、佑芽は思わず立ち上がって叫んだ
「お、おいおい…ちょ、ちょっと待ってよ…流石にそれは嘘でしょ……!?」
そしてあろう事か。広は拘束した咲季の身体に対して、直接その細い指を押し当てた。何度も広の戦いを見てきたあたしは、それが何を意味するのか嫌でも分かって、血の気が引くと同時に震えた唇で呟いた
「こ、ことねちゃんどうしよう!このままじゃお姉ちゃんが…お姉ちゃんが!!」
「そ、そんなのあたしだって分かってるよ!だけど、あたしが出ていくべきなのは絶対にこのタイミングじゃない!咲季が今日の切り札はあたしが覚えた魔術だって…その為の状況は自分が作るから信じて待ってろって……!!」
佑芽が隣で同じ光景に目を疑って、あたしの両肩を掴んで揺さぶってくる。それでも、咲季の言葉を信じるなら、誰がどう見ても万事休すのこの状況でも、あたしは見守るしかない。本当なら今すぐにでも駆け出して、戦場に割って入るべきなんだろう。だがそれで勝ちの目がなくなっては、それこそ元も子もない。そんな葛藤の中であたしが唇の端を噛んでいると、ついに恐れていた状況が具現化した
「───ッ!?ま、待って!やめ……!!」
「──────
ボオオオオオオァァァッッッ!!!広の指先で咲季のジャージの上から、彼女の身体に直接刻まれたルーン魔術が発動し、驚愕と焦りの叫びを口にしかけていた咲季の身体を松明代わりにして、凶暴な炎が瞬く間に燃え上がった
「あ゛っ…あ゛っ!?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!?!?!?!?」
堰を切ったように、咲季の喉元から絶叫が迸った。全身の皮膚を焼かれる痛みは、あたしなんかの想像を優に超えているだろう。拘束のルーン魔術を解くつもりは毛頭ないであろう広は、右手の人差し指を差し向けたまま、今も激痛に悶える咲季を前にしても表情一つ変えず、ただ冷たい眼差しで炎を見続けている
「うっ…!うああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!あああああああああああ…ぁ…………………………」
「お姉ちゃあああぁぁぁんっっっ!!!」
「咲季ぃぃぃぃぃっっっっっ!!!」
咲季の絶叫が途切れるのと同時に、広が起こした炎は、パチパチと火花が弾ける残響と共に小さくなっていく。後に残された衣服はほとんど焼け落ちてボロ布になり、火傷による激痛で咲季の意識は完全に事切れていた。そのあまりに酷い姿にあたしと佑芽が思わず立ち上がって叫んだが、咲季が返事をするハズもなく、広だけが声を出したあたし達のいる茂みの方向をジロリと一瞥した
(も、もう…あたしがやるしかっ……!!)
「佑芽!広はあたしがなんとかするっ!お前は咲季を引き摺ってでもこの茂みの中に隠すんだ!頼んだからなっ!!」
居ても立ってもいられなくなったあたしは、ついに覚悟を決めて、佑芽の返事を待たずに茂みの枝葉をバキバキと踏み砕きながら駆け出した。あっという間に道路に飛び出して、まだあたし達に睨みを利かせている広の間合いへと突っ込んでいく
咲季を助けたい。その一心で勇んで飛び出したあたしだったが、広の無感情な目線と自分の目線が重なっただけで、底知れぬ恐怖に襲われて頭の中は真っ白になった
「う、うわああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!」
聖杯戦争初日にランサーに命を狙われた時もそうだったが、肌身に突き刺さるような殺意に、あたしのような一般人が耐えられる訳がない。今も心を埋め尽くそうとする恐怖を、必死の叫びで追い出しながら我武者羅に突っ込んでいく。そしてついに広の懐へと到達したあたしは、無我夢中で右腕を振りかぶった
「
咲季を拘束する魔術と右手をそのままに、広は左手の指先を宙空で滑らせた。ほぼ瞬間的に彼女を守るように展開される硝子の立方体。この鉄壁の防御の前では、ただの拳なんて弾かれること請け合いだ
だからこそ、咲季を助ける為には、あたしはこの瞬間に何が何でもキメなければならない。あたしが莉波先輩から教わった、たった一つの魔術。試し撃ちをする時間なんてほぼなかったが、この場でそんなのは言い訳にならない。あたしは懸命に歯を食い縛り、広が展開した鉄壁の立方体へと掌を押し当てる。そして魔力が通るようになったばかりの魔術回路を全開にして、裂帛の気合いと共に叫んだ
「───────
全ては一瞬だった。あたしが呪文を叫んだ瞬間、広の展開する硝子の立方体に、魔力の通り道のような青白い閃光が蜘蛛の巣状に走り、ビキィッ!バガシャアアアンッッッ!!と、あたしのありったけを込めた魔力が爆発し、耳障りな甲高い破砕音があたしの魔術が広の全周防御の鉄壁へと炸裂した直後に続いた
魔術に手で触れた物の組成を瞬時に解析し、対象の魔力を変質、同調させ最適な破壊を行う錬金術の一種。
「「─────────ッッッ!?!?!?」」
魔力の爆発に伴うあまりの衝撃に、あたしの腕は反動で破砕音と同時に真上に弾き上げられた。しかし広にとって、あたしが魔術を扱えるのは予想外だったハズだ。その油断と不意を突かれた形で硝子の立方体を破壊され、そのルーン文字を刻んだ彼女の左腕もまた、関節を無視して真後ろに弾き出され、あらぬ方向へジグザグにへし折れていた
その激痛に、広の無感動だった表情が痛々しく歪む。そして条件反射で咲季を拘束する魔術を維持していた右手を左肩へと当てがった瞬間、空中で磔にされ、意識を失い完全に脱力している咲季の全身がフッ…と重力に従って落ち始めた
「今だ佑芽ぇ!!走れぇぇぇーーーっ!!!」
「は、はいっ!!」
覚えたての魔術を無事に発動させた事にも、初めて敵意をもって自らの手で人を攻撃した事にも、今あたしが一喜一憂している時間はない。今は何より咲季の無事が最優先だ。あたしは弾かれた右腕を即座に引き戻して、身構えたまま広から視線を逸らさずに、自分の走る後を追っていたであろう佑芽に叫んだ
あたしの叫びに佑芽は刹那的に反応し、元アスリートだった運動神経と直感を総動員して、空中に飛び上がって咲季の身体を抱き止めた。更にそのまま身を翻して着地し、一息でアスファルトを蹴り飛ばして、元いた茂みの奥へと戻っていく足音が、佑芽が離れていくのに比例してどんどん小さくなっていった
「これ、は…まんまとしてやられた、ね……」
苦痛に歪んだ顔全体から脂汗が滲み出し、へし折れた左腕を庇いながらも体勢を立て直した広と、あたしは正面から向かい合った。キツく拳を握って、咲季の見よう見真似で腰を低くして身構える。眉間に皺を寄せて精一杯睨みをを利かせ、広の行動を牽制するべく全身を使って威嚇する
(・・・ど、どうする…!?どうするどうするどうするどうするっ!?!?)
あたしは自分が取るべき行動、選ぶべき選択肢を心の中で自問するが、解は一向に閃かなかった。本来なら今夜の作戦は、広と戦う咲季が状況を作った所であたしが飛び出し、理導/開通で防御魔術を破った瞬間、咲季がありったけの魔力で強化した一撃をぶち込むハズだった。それが今、咲季が倒れた事によって根本から瓦解してしまった
あたしの魔術は、まず直接相手に触れなければ発動しない。だから広があたしが魔術を使えると想定していない、最初の一発で倒さなければならなかったのだ。もうあたしの魔術のネタが割れてしまった以上、広はあたしへの警戒を怠らないだろう。その上で今は完全にあたしと広の一騎打ち。咲季や清夏が二人がかりで何とかしたような相手に、あたし一人が出張ったところで何とかできようハズがない
(こうなったら、いっそ令呪でセイバーをあたしの所に呼ぶしか…!ううん、ダメだ!あのアサシンは、サーヴァント三人がかりでやっと相手が出来るって散々言ってた!ここであたしの独断でセイバーを引き抜いたせいで二対一になって、サーヴァント達の戦況まで瓦解したらそれこそ完全に詰む……!)
素人のあたしでも…いや、素人のあたしだからこそ分かる。今の状況は完全に詰んでいる。あたしの渾身の一発は、確かに広の左腕を潰す大ダメージを与えたが、決して倒したわけではない。もう程なくして広のルーン魔術が残った右手で刻まれ、容赦なくあたしに襲いかかってくるだろう。あたしが独力でソレを回避し続け、もう一度彼女にゼロ距離まで接近して魔術をぶち込む術がある訳がない
「
あたしがこの戦況を打開する策を必死に考えている間に、広は残された右手に橙色の光を灯し、宙でルーン文字を刻んだ。その瞬間、広の左腕が緑色の暖かで淡い光に包まれ、あらぬ方向へ折れていたハズの骨がゆっくりと元の位置に戻っていき、緑色の光が収まる頃には、広が快復した左腕の感覚を確かめるように緩く拳を握る、掌を開くを繰り返していた
「なっ…!?んだよソレ…!反則にも程ってモンがあんだろ…!」
「・・・・・覚悟は、いい?」
「ひぃっ!?」
あたしが決死の覚悟で与えた左腕のダメージをあっさり治癒され、あたしは絶望よりも先に、篠澤広という魔術師の規格外ぶりに怒りを覚え、ギリリと歯を食いしばった。しかし、広はあたしの心持ちや表情を意に介する事なく、ジロリと冷徹な視線と言葉を向けてきた。その一言で完全に萎縮したあたしは、特攻で忘れかけていた恐怖に怯えて、本能的に後退る………
「───────ッ。ナメてんじゃねーぞ」
その寸前で思い止まり、あたしは思いっきり喉の奥へと唾を飲み込んだ。腹の底に力を入れながら、後退りかけた足を戻して、不敵な笑みで広の冷徹な視線と言葉に応える
「・・・あたしを、あんまりナメんなよ広。アイドルを目指してんのは、お前だけじゃねーんだよ。千奈が言ったように!お前が本当に他人を押し退けてでもアイドルになりたいってんならなぁ!あたしを!世界一可愛いアイドル藤田ことねを!!今ここで倒してみろよっ!!!」
・・・我ながら、バカなことを口走ったと思う。造られた命であるという彼女の境遇に、同情でもしたんだろうか。他者を押し退けてでもアイドルになりたい願いを、他者を押し退けて巨万の富を得ようとしていた自分に重ねてしまったかもしれない。あたしは少しでも、広が自ら抱いた願いを、広がこれから進むであろう人生を、肯定してあげようとでも思ったのかもしれない
「・・・・・・分かった、そうする」
あたしの必死の叫びに対する、広の返答はあまりに淡白だった。そこにどれだけの感情がこもっているかは分からないし、あたしの言葉がどれだけ彼女の心に響いたかは分からない。ただ彼女はゆっくりと左手を持ち上げ、死を覚悟したあたしに向けて、小さな声で唱えた
「──────────ガンド」
「──────────ランサーッ!!!」
静かな呪文と、誰かの叫び声。重なる漆黒の弾丸と、漆黒の槍の穂先。それは何の前触れもなく、あたしと広の間に割って入ってきた。奇抜なピンク色の長髪、歪曲する紫の双角。そしてゴスロリチックな服と二又の尻尾。一体何が起こったのか、とりあえず自分が無事であることしか理解出来ないあたしに、目の前に突如として現れたナニかは、背を向けたまま叫んだ
「そこのブサイク!私がコイツを抑えてる間に早く茂みに向かって走りなさいっ!!」
「・・・・・えっ?あっ…」
「早くしなさい!アンタ本当に死にたいの!?」
「─────ッ!?」
ナニかの叫びが、明確な怒鳴り声になった瞬間、あたしの脳裏にセイバーと出会った運命の夜がよぎった。そのきっかけとなった、あたしを殺そうとしてきたサーヴァント、ランサー。後は脊髄反射だった。あたしにとって恐怖の象徴である、悪魔のようなサーヴァントの怒鳴り声から逃げるように、あたしは脱兎の如く駆け出し、そのまま茂みの奥へと飛び込んだ
「こ、ことねちゃん!こっち!!」
「佑芽っ!咲季は無事……─────ッ!?」
ランサーの乱入から息つく間もなく、あたしが元いた茂みに入った瞬間、真横から佑芽の声が耳に飛び込んできた。その声に反応してあたしが身体の向きを変え、佑芽が保護したであろう咲季の安否を確認しようとした。しかしソレよりも先にあたしの目に映った、一人の少女が二人と一緒にいた事に驚愕して言葉を失った
「て、手毬…?お前、なんで………!?」
「・・・なんでも何も、私をランサーのマスターだと見抜いたのはことねの方でしょ」
そこにいた彼女。ランサーのマスター、月村手毬はさも当然であるかのようにあたしの疑問に答えた。窮地に陥っていたあたしを助けたのがランサーなのだから、マスターである彼女もこの場にいるのは当たり前といえば当たり前なのだが、あたしの口を突いて出た疑問は、そんな当たり前の事を聞きたい訳ではなかった
「い、いやお前…それはそうなんだけど、あたしが聞きたいのはそうじゃなくて…!」
「勘違いしないで。別に私は、あなた達の馴れ合いに混ざりたかった訳じゃない。今夜私が狙ってた敵を分断されて、ただ見てるのも退屈になったから、勝った方が私にとって都合が良くなる方に手を貸そうと思っただけ。それに……」
「・・・・・?それに?」
「・・・たかだか水の一本くらいじゃ、帳消しに出来ないんでしょ」
普段からして口調がキツい手毬だが、そのほとんどが天邪鬼な彼女の本心でない事をあたしは知っている。だからこそ、頬を少し赤らめて言った最後の一言を聞けたあたしは、窮地の戦況だという事も忘れて、なんだか少しだけ嬉しくなって半笑いで口角を緩ませた
「・・・・・・ほんっと、めんどくせー女」
しかしその手毬も、あたしとは違って自分の意志でサーヴァントを召喚して、聖杯戦争に名乗りを上げた魔術師の一人である事に変わりはない。頬を赤らめていた顔を誤魔化すでもなく、ほぼ一瞬で真剣な表情に引き締め直すと、談笑を手短かに終えて、佑芽の膝の上で深く瞳を閉じ、全身に火傷を負ったまま気を失っている咲季の方へと向き直った
「・・・とりあえず何にしても、花海の…咲季の火傷が本当に酷い。幸い致命傷ではないけど、私の治癒魔術じゃ完治はできない。この状況で戦線復帰はまず無理だね」
言われてあたしも初めて負傷した咲季を見たが、本当に酷い状況だった。衣服はほとんど焼け落ちて肌が露出し、全身の皮膚の至るところに痛々しく赤々とした火傷の痕が残っており、本当に酷いところは肉まで焼け落ちて骨が見えてしまっている。これで本当に生きているのかと思える程の咲季を実際にその腕で運び、今も心配そうに膝の上で寝かせている佑芽が、手毬に涙目のまま訊ねた
「お、お姉ちゃんはきっと大丈夫なんだよね!?治せるんだよね!?手毬ちゃん…!!」
「ちょっとそんなに大声出さないで!敵に気づかれるでしょ!・・・チッ、私のいざって時の保険だったんだけどな…」
悪態を吐きながら、手毬は着ているコートの内ポケットに手を突っ込んで、小さな試験管を取り出した。キュポ!という試験管の空気が抜ける音と共にコルク栓を抜いて、咲季の口許に手を添えながら、そのまま試験管の中の粘着質な赤い液体…おそらく血液と思しき液体を彼女の口へと注ぎ込んだ
「ちょっ…!?そ、それ大丈夫なん…?なんかこう、衛生的な問題とか輸血の血液型の問題とか…!?」
「素人は黙ってて。別に問題ない。私の扱う黒魔術には、こういう血を媒介にする魔術が多いってだけ。取りあえず、花海はこれで大丈夫。火傷の程度から鑑みて、朝までは目を覚まさないだろうけど、意識さえ戻れば全身の火傷は自分の魔術で治せるハズ」
「そ、そっか…とりあえず理由や経緯はどうあれ、助けてくれてありがとう手毬。咲季の回復の事もそうだけど、あたし一人じゃ広の相手はどうにもならなかっただろうから」
「お礼を言うのはまだ早いよ。私も魔術師としてそれなりだって自負はあるけど、私一人じゃあの稀代の天才魔術師の相手はどうにもならない。問題は……」
詳しい理屈は分からないが、その血液には何か回復を促すような作用があるのだろう。意識を失っていた咲季の胸元が、小さく浅くではあるが呼吸を繰り返すように上下している。ソレを見たあたしと佑芽がホッと息を吐くのも束の間に、手毬は今もまだランサーと広がいる戦場の方を一瞥した
「そ、そうなんだよ!いつまでもこうして隠れてばっかりじゃいられない!見つかるかもってのもそうなんだけど!広のルーン魔術には一つ一つ、もう一回使えるようになるまでにインターバルがあるって咲季が言ってた!またアイツが色々出来るようになる前に、こっちから仕掛けないと……!」
「落ち着きなよ。そんな焦って攻め込んでも、事態は好転しない。私一人じゃ無理だろうけど、少なくともランサーがいれば、アイツに勝てるかどうかは別として、負けることはない」
「だ、だけど!広の魔術は本当に凄いなんてモンじゃないんだよ!攻撃の種類も炎とか氷とか雷とかいくつもあって!防御もサーヴァントの宝具すら通さないくらい堅いのが何種類もあるんだ!昨日も咲季とあたし、清夏とリーリヤの4人で死に物狂いで攻略して………!」
「だけど現にことねは、アイツが扱うその強固な魔術の壁を、見るからに覚えたばかりの魔術で、自分一人の力でぶち破ってみせた。違う?」
「い、いや…いやいや…そ、そりゃあ結果だけ見ればそうかもしんねーけど。なんかこう、相性的なモンもあったんだろ…?」
一体どの段階からあたし達の戦いを静観していたのか、手毬の判断は冷静でかつ的を射てるようにあたしには思えた。言動からして、一先ずはあたし達の味方に付いてくれるのは信じられる。ただ彼女の判断を全てこの場で鵜呑みにしていいものかと、あたしは口籠もりながら反論の言葉を心のどこかで探していた
「魔術なんて、どれだけ構成する理論や呪文が優れていたとしても、結果的に起きた事象が全てだから。達人の組んだ魔法陣がそよ風一つしか起こさない事もあれば、素人の錬金術が稀代の天才と呼ばれた魔術師の防御魔術を一撃でぶち破る事だってあり得る」
「だ、だけど!あたしが使える魔術は今のヤツしかねーんだよ!さっき当てられたのは、広があたしには魔術を使えないと思ってたから、その隙を突けただけで、あたしの魔術を当てるにはもう一度広に直接近づくしかねーし、そうする為には何か作戦がないと…!」
「確かに作戦や計画はその展開通りに事が運べば確実な効果が見込めるけど、急造で考える作戦に意味なんかない。むしろ作戦の決め手に展開を運ぶことばかりに固執して、動きが悪くなる事もある。この時間がない状況だと、作戦ありきの行動は絶対に得策じゃない」
意見が真っ向から対立して、あたしの黄色い瞳と手毬の緑がかった瞳が薄闇の中で重なる。ただ手毬の言う通り、今は戦いの最中で時間なんてない。作戦がないと、とは自分で言ったけれど、素人のあたしに広を確実に仕留められる作戦を短時間で考えつく頭はない。となれば、導かれる結論は一つしかなかった
「それならあたしはこっから先、具体的にどう立ち回ればいい?」
「・・・この際だから、ハッキリ言う。私のランサーは、今回の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントの中だと、英霊としての格や実力は下から数えた方が早い。ただそれでも、過去に逸話を残したサーヴァントであることに変わりはない。あの篠澤広が相手でも、場持ちさせる事は出来る」
「ただ間違いなく、私の魔術とランサーの槍じゃ、アイツの防御は一撃じゃ破れない。さっき咲季がやってたような魔力放出も出来なくはないけど、私の魔力が一気に持っていかれるのはリスキー過ぎる」
「だからこそ、自分の防御魔術を一撃で破る事ができる存在がいる…相手にそう思わせる事が牽制になる。だからことねは、これから先、戦場に出てひたすら広の視界に入る場所で自分の姿を見せ続けて。ソレを私のランサーにカバーするよう念話で伝えるから、ことねは基本的にランサーの傍から絶対に離れないで」
「わ、分かった。じゃああたしの魔術は……」
「ことねの直感とタイミングに任せる。自分なりに、ここだ!と思った瞬間でいい。その一撃で仕留めるつもりで撃ち込んでもいいし、隙を作って私達にパスさせるような形でもいい。アイツに近づく事、魔術を使う事を恐れず、躊躇しないで。私とランサー、そして広の行動を予測して、チャンスを逃さないで」
んなの無理に決まってんだろ!というのがあたしの本音だったが、そんな事を言っても始まらない。やるしかない。それは今夜の戦いを迎えた時から心に決めていた事だ
「おっけー、それで行こう。佑芽はここで、咲季の容態を見てて。何かあったらすぐに叫ぶなりして知らせてほしい」
「わ、分かった!ことねちゃん!手毬ちゃん!頑張って!!」
「・・・ことね、最後に一つだけ言っておく」
覚悟を決めてあたしが言うと、手毬はあたしの言葉に頷きながら立ち上がった。佑芽と咲季を見ながら言って、佑芽の応援を胸にあたしも手毬に遅れて立ち上がる。茂みの向こうで睨み合っているランサーと広を視界に捉えて、やはり慣れない戦場への恐怖に、思わずあたしが身震いしていると、横から手毬が言った
「─────足を引っ張ったら、殺すから」
「・・・・・そこまで言うなら、初日にちゃんと殺しとけよな。いくぞ手毬っ!!」
口調こそ脅迫めいているが、手毬の口許はどこか笑っているように見えて、あたしも釣られて鼻先でフッと笑いながら言った。そして気合いの掛け声を合図に、あたしと手毬は駆け出し、戦場へと飛び出していった