「サーヴァント・バーサーカー。源頼光」
「サーヴァント・アヴェンジャー。平景清」
「「─────推して参るッ!!!」」
アヴェンジャーの正体が明確になった今、バーサーカーはマスターである莉波の指示通り、彼女を左腕で抱えながらも、アヴェンジャー目掛けて紫電を纏う全力の一刀を振り下ろした
対するアヴェンジャーも、二刀の痣丸に紫炎を滾らせ、斜め十字を刻むようにしてバーサーカーの刀を弾き返す。途端に巻き起こる息を呑む程の爆風と、圧し潰されるような魔力の余波。ソレを今までバーサーカーの背中から見守っていた時とは違い、至近距離でその衝撃を全身に浴びた莉波は、バーサーカーの身体にしがみつきながら堪えるのに必死だった
(こ、これが…全力全開のサーヴァント同士の戦いなの…!?ただの一合なのに、余波だけで肌にビリビリ来て、今にも全身が千切れそう…!)
「マスター!ご無事ですか!?」
(だけど…私の魔術なら、実力が拮抗しているバーサーカーとアヴェンジャーの戦況を打開できるハズ…!その為には、今ここで私が根を上げる訳にはいかない……!)
莉波が自分の肩を掴む力み具合に気づいたのか、バーサーカーは当然に主である彼女の身を案じた。場合によっては戦略級の兵器の威力を誇るサーヴァントの戦闘に、生身の人間が耐えられる訳がない。それでも莉波は、彼女なりにこの戦いで勝つ為に、ギリッと強く歯を噛み締めながらバーサーカーに言った
「大丈夫!この為に錬金術で私の身体の防御力を高めてあるから!だから気にせず全力でやってバーサーカー!何とかしてアヴェンジャーが隙を見せるだけの一撃を叩き込んで!お願い!」
「なにその程度、お安い御用です。先のマスターの言葉を借りるなら、娘を守る時の母親は、世界で一番強いのですから。母としてその勅命、必ずや遂行してご覧にいれます!どうぞしっかり掴まっていて下さい、マスター!!」
「吠えたな源氏!そして小娘!然らば儂とて加減は出来ぬぞ!一切鏖殺!その見せかけと偽りの母娘の繋がりごと、怨の炎で焼き尽くしてくれるわぁっ!!」
ギィンッ!ガァン!ゴウッ!!刃が鋭くぶつかり合う音と、雷と炎が激しく爆発する轟音が連続する。瞬く間に閃き続ける銀光と、舞い散る火花の中で、莉波はバーサーカーを信じて両者の激闘をその眼で見続けていた
「やはり先と比べ動きが鈍いな源氏!斯様な荷物を抱えて戦おうなぞ笑止千万!これで年貢の納め時だ!貴様も源氏らしく…戦場で愚かしく散るがいいっ!!」
しかし、如何に人智を超えた神秘の体現であるサーヴァントといえど、人一人を抱えているのとそうでないのとでは動きに如実なまでに差が出ていた
「・・・えぇ、お恥ずかしい話です。私も平安最強の神秘殺しと呼ばれた身。鬼や獣の相手は手のモノでしたが、生前ついぞ人と斬り合う機会はなかったモノですから」
無論、彼女らが戦う復讐の鬼がその鈍りを見逃すハズもなく、ぶつけ合うごとに加速していく二刀の刃が、ついにバーサーカーの刀を振る速度を完全に上回り、二振りの刀が彼女らの首に差し掛かる……かに思えた瞬間、バーサーカーの口許が、小さく呟きながら明確にニヤリと笑った
「─────本当に恥ずかしながら、今ようやく慣れてきたところなんですよ」
「なんっ…!?ぐうっ!?」
苛烈な戦況にも拘らず、敵を嘲るように言ったバーサーカーの刀は、まさに武神と呼ぶに足る神速で振るわれた。アヴェンジャーが勝利を確信して振り下ろした二刀をあっさりと弾き返し、体勢を崩した腹部に中段蹴りを打ち込んだ
「マスター!今ですっ!!」
「
その隙を、バーサーカーとその身を共にして戦っている莉波もまた見逃そうハズがなかった。素早く彼女の声に反応し、持ち前の絹のようなライトブラウンの髪を根本から5本ほど右手で引き抜く。そして紡がれるは錬金術の呪文。その瞬間、彼女が手にしていた髪は輝く銀に変化し、更に猛禽の鳥へと姿を変えた
「行けーーーッ!!!」
手元に現出した鳥を空中へと飛ばすように、莉波は早く鋭く右腕を振り翳した。彼女の声と指先に導かれるように、錬金術で生み出された銀糸の鳥は、アヴェンジャー目掛けて勇猛に突進していく。そして魔力を秘めた翼は丁度アヴェンジャーの顔を隠す狐を模した仮面を深く捉え、高く高く宙へと弾き上げながら飛んだ
「───ッ!?小娘…貴様ッ……!?」
ついに晒された、仮面の下に隠されていた復讐者の素顔。頬骨から顎にかけてスラリとしていて、目鼻立ちも女性の特徴を色濃く見せる。しかしそれ以上に特徴的なのは、翠、赤、黄、紫と様々な虹彩を持つ瞳だ
しかし、重要なのは決して仮面に隠された彼女の素顔ではない。莉波がバーサーカーに抱えられながら前線に出ていた本当の狙いは、仮面を外し、その下に隠されている瞳と、自分が持つ青藍の瞳…魅了の魔眼と視線を重ねる為だった
「お願い!私の話を聞いて!アヴェンジャー!平景清…いいえ!源義経さん!」
「ぐっ!?ぬおおおおおっ!?」
ギンッ!と、1秒にも及ばない僅かな時間ながらも、アヴェンジャーと視線が重なった瞬間、莉波が在らん限りの魔力を込めた魅了の魔眼が発動し、青藍の瞳が一際強く輝いた。そして間髪入れずに、莉波はアヴェンジャーに声を張り上げながら語りかける。すると莉波の術中に嵌った彼女は、呻き声を上げながらその場に二刀を投げ捨て、必死に目元を庇いながら身じろぎした
「確かにあなたは生前の戦いや、迎えた最期とその未練から、お兄さんである頼朝さんを始めとした源氏の事を怨んでしまったかもしれない!けれど今のあなたは!その仮面を被らされていたあなたの怨讐は、本当にあなたの心の内にある感情なの!?」
「黙れっ…!それ以上口を開くなっ…!貴様っ…よくも、よくもっ…!その眼で儂を視るなぁぁぁっ!!」
魅了の魔眼が効いている。莉波は確信を得た。アヴェンジャーには、三騎士クラスが持つ対魔力のようなスキルはない。魅了の魔眼による精神干渉が効果を見せている。当のアヴェンジャーは直接頭に語りかけてくる莉波の声を振り払おうと、よろめきながら目元を隠していた両手を、ついには握り潰さんばかりの強さで頭に貼り付けた
「私にはあなたの本心は分からない!私は歴史の授業や、書物で伝え続けられたあなたの姿しか知らない!それでも現代には、源義経が戦った歴史を伝え続けた人達が!牛若丸と武蔵坊弁慶の伝説に憧れた子供たちがいます!その人達の前で、怨讐に歪んだその姿を見せても、あなたの心は変わらないんですか!?」
「五月蝿いっ…!なにが…何が義経の戦いの歴史か…!何が牛若丸の伝説かっ…!わた…儂は怨み続ける…!源氏は滅ぶべきなのだ…!源氏鏖殺!他には何も要らぬハズだ!頼朝、許すまじ!源氏死に候へ!あの憎き頼朝も、愚かしき義経も鏖殺せねば、怨の一文字を刻むまで…!景清は死なず…この魂は消えぬうううぅぅぅっっっ…!!」
「・・・いい加減になさい。九郎判官源義経。源氏の母たる私の前で、現世を生きるまだ年端もいかぬ我が娘の前で恥を晒すとは、仮にも源氏にあるまじき姿ですよ。怨むも結構、蔑むも結構。ですがあなたを育て導いた父母や兄弟、師や門弟、共に戦場を駆け抜けた源氏武士、そして愛する者達は、本当に怨みや蔑みの感情のみしか抱けぬ者達ですか?」
今ここにいる自分は景清か、それとも義経か。その苦悩の狭間にいるアヴェンジャーは今や隙だらけだ。二刀の痣丸は花畑に投げ捨てられ、両手は頭を庇ったまま。バーサーカーからすれば、いくらでも斬り込み、トドメを刺せるハズだ。しかしマスターである莉波がこの状況を作り出した意図を汲み取り、同じ源氏に連なるアヴェンジャーに対し、源頼光は母のように優しく、しかし厳しく諭すように語りかけた
「どうか、どうか。自分の在り方を見失わず、自分を呪わないで下さい。源義経さん。本来のあなたは、復讐心に囚われる事のない、優しく誰かを想うことが出来る人格を持ち得る人だったハズです。だってそうじゃければ、今日まであなたの歴史を残し続けてきた人達が、優しくもない、人を何とも思わない、ただ強いだけの人を、今を生きる誰かに親しまれ、憧れるような形では残さないでしょう?」
「・・・はは、うえ…?あに、うえ…?よりと、も…?常陸坊…?儂は……私、は………?」
今の自分達は、この場で雌雄を決さなければならない敵同士かもしれない。それでもどうか、このアヴェンジャーという怨念と復讐心に囚われた英雄の心を、少しでも解きほぐして英霊の座に還したい。それが他人の心に干渉し得る、魅了の魔眼を持つ姫崎莉波の想いであり、彼女なりの優しさからの行動であった
そしてついに二人の言葉が、復讐心で覆われていたアヴェンジャーの心の奥へと届いたのか、彼女の呟きと心持ちが、決定的に揺らぎ始めた
(・・・先ほどから、アヴェンジャーへの魔力供給が完全に途絶えて……不味いですね。これ以上戦況が長引くとなると…………)
(・・・なるほど、どうやら莉波達は決着を付ける算段が既に付いているようだ。ならば私も、せめてここでレディ美鈴を抑えておかなければ……!)
アヴェンジャーと契約関係にある美鈴は、魔力のパスを通じて彼女の異常を感じ取っていた。その美鈴の視線や表情、そして空気感から、莉波達の戦闘が佳境に入りつつあることを察したキャスターは、ローブの懐に右手を突っ込み、刀身が眩い銀色に輝く彼の聖剣を引き抜いた
「─────ッ!?それは、聖剣…!?」
「卑怯とは言わせないよ、レディ美鈴。私も一人の魔術師として、君の腕前を認めよう。ただここから先は、ボクも得意分野でやらせてもらおうか!!」
「くっ……!?」
秦谷美鈴は言わずもがな現代を生きる人間であり、彼の聖剣を知る機会は伝記や文献にしかない。しかしキャスターが手にした眩いばかりの輝きを放つ両刃の剣を見た瞬間、それが聖剣であることを彼女が疑う余地はなかった。普段こそ感情の起伏がない彼女だが、その瞬間だけは目を剥いて顔が青ざめる
そして聖剣を手にしたキャスターは、聖剣を目の当たりにして動きを怯ませた美鈴に容赦無く一歩を踏み込んだ。聖剣を大きく振りかぶりながら間合いを詰めるキャスターに、美鈴は反射的にショットガンの銃口を差し向けながら引き金を引いた
「切り込むっ!!」
ダァンッ!!もう何度目にもなる破裂音が理想郷に響き、呪われた五本指がキャスターへと襲いかかる。しかし、もはや視認すら叶わない速度で銀光が瞬き、美鈴が放った弾丸は全て切り落とされた
しかし美鈴にとって、弾丸で得られる効果は期待していなかったか、そうなる結果は想定の範疇だったろう。即座にスカートのポケットから心臓を模した手榴弾を取り出し、ヒューズのピンに噛みつき、キンッ!という鋭い音で引き抜いてキャスターの足下へと転ばせた
「───ッ!?毒霧か…!」
弾丸を切り落としたキャスターが、美鈴に斬り掛かるすんでのところで、心臓の手榴弾が強烈な腐臭と毒々しい色の煙を撒き散らしながら爆発した。キャスターは咄嗟に口元を覆うようにして左手を当てがい、ローブの裾を伸ばして当て布にした
「そこっ!!」
自らが扱う毒武器に、美鈴自身は解毒剤か元から抗体を持っているのだろう。咄嗟に口元を覆ったキャスターとは違い、自ら毒霧の中に突っ込んでいき、左手に短剣を握り締めながら敵の懐に飛び込んだ
彼女が左手に忍ばせ、今この瞬間に突き込んだ、ヒュドラ・ダガーの名を持つ短剣は、ギリシャ神話に登場する同じ名を持つ怪物に由来する猛毒が刀身に塗り込まれており、傷さえ付ければ致命傷を与える事ができる代物だった
「悪いんだけど、こういうことも出来るよ」
しかしキャスターは、美鈴の短剣が自分の体に到達するよりも先に、左手に握っていた杖の先を光らせた。途端、大それた呪文もなく極太の青白い光線が美鈴へと襲いかかり、短剣を突き込んで伸ばしきった彼女の脇腹を抉り取った…かに思えた瞬間だった
それは全て毒霧の中の攻防。キャスターが一挙手、一投足を間違えれば、美鈴は圧倒的な有利を得られる。だからこそ美鈴は賭けた。アーサー王伝説に名を残し、騎士王を導いた魔術師の頂点が、自分程度の魔術師の対処を間違えるハズがない。だからこそ、美鈴は今まで自分が作り上げた戦況の全てを捨て置いた
「─────ッ!?しまった!幻術かっ!?」
「ささやかですが、先程の意趣返しです。幻術はあなたの特権でしょうが、私の扱う死霊魔術の意味する死霊とは、何もゾンビのような生き霊だけでなく、私のような可愛い幽霊さんもいるんですよ。マーリンさん」
キャスターが青白い光線で貫いたハズの美鈴の身体は、彼の杖に手応えを残す事なく、全身がゆらりと揺れながら紫の毒霧と共に空気の中に溶け込んでいった。そしてその時には既に、美鈴はキャスターに涼しげな顔と背を向けて駆け出し、アヴェンジャーと莉波達の戦いの間合いへと辿り着いていた
「・・・あぁ、そうか。私は………」
「───令呪を以て命じます、アヴェンジャー」
走りながら自らのサーヴァントに向けて右手を伸ばし、美鈴が呪文を口にした瞬間、リィンッ!と、甲高い鈴の音がした。彼女の手の甲に刻まれた、ベルを模した赤い聖痕が魔力の光を放ち、憑き物が落ちたのか、何かを確信していたように見えたアヴェンジャーの目元を、赤い魔力の波が覆い隠した
「─────なっ!?美鈴ちゃ…!」
「仮面を被り直し、今一度その怨讐に身を焦がしなさい。平景清」
「頼光どのっ!姫崎莉波どのっ!!」
キャスターが抑えていたハズの美鈴が、魔眼の効力による説得を試みていたこのタイミングで、自分達の戦場に割り込んでくるとは想定すらしなかった。莉波が令呪の起動を察知した時には、既に美鈴は全ての呪文を唱え終わり、自分がこれからどうなるのかを理解したアヴェンジャーは、自我が許される最後の一瞬で、敵であるハズの莉波達に向けて言った
「・・・・・儂は……いえ。私は、牛若は、九郎判官義経は、憎んでおります。兄上を、源氏を、要らぬと捨てた全てが憎い。けれどそれのみが私の全てではないのです。兄上を想い、源氏の皆を想い、世の衆生を想い、戦い続けた私も、確かに私なのです。それだけはどうかあなた達に、覚えていて欲しい」
「───────ッ!?義経さんっ!!」
無情だった。あまりにも、無情だった。どこか穏やかな顔色で源義経が言った。その瞬間、莉波の視線と言葉を遮るようにして、再び狐を模した仮面がアヴェンジャーの目元を深く覆い隠し、その下では復讐者の醜く歪んだ笑みが浮かんでいた
「私も他人に対して、また自分に対しても甘いという自覚はありますから。ただ…甘さと優しさも、加減を間違えると手遅れになりますよ。姫崎先輩」
「美鈴ちゃんっ…!!」
「申し訳ございません、我が主よ。儂が至らぬばかりに、醜態を晒しました。令呪による支援、心より感謝いたします」
ギリッ、と。莉波は思わず歯噛みした。目の前の後輩の冷徹さに対しても、魔眼の効力が見込めた瞬間に勝負を決めなかった、自分の甘さに対しても。しかし莉波も分かっている。これは命懸けの聖杯戦争。平景清の仮面の意味を理解した上で、今の令呪を使った美鈴を責めるのはお門違いだ。どれだけ後悔しても、こうなってはもう同じ戦況は望めない
「こ、この目障りな小娘がっ…!我らが源氏の誇りを…我がマスターの慈悲深さを…!こうまでして愚弄しますかっ!!」
「・・・ごめん、バーサーカー。私の我儘に付き合わせちゃって。不本意だけど、この勝負は、今ここで決めるしかない…!」
「・・・いいえ、マスター。断じて謝る事ではございません。現代を生きる若人が、我ら源氏の遺恨を取り除かんとした、その意志を目の当たりにしただけで、現界した意味があったというものです。故に今ここで、私も母としての務めを果たします。マスター!今一度、あなたの願いを!!」
今にも敵に飛び交かりそうになるほどの怒りだったが、しかし莉波は冷静に呼吸を一つ置いて、抱えられていたバーサーカーの腕の中から静かに降りた。そして彼女以上に眼前の敵に歯噛みしたのは、バーサーカーも同様だった。静かで激しい怒りが雷となって漏れ出し、周囲の空気にバチバチと伝播している。つまるに、歯噛みする程の怒りを、その感情の矛先はどこに向けるべきなのか。それを理解すればこそ、二人の少女が口にする言葉が重なり合うのは、もはや必然だった
「─────令呪を以て命ずる!」
「─────令呪を以て命じます」