連邦捜査部S.C.H.A.L.E.の顧問として、先生としてこの学園都市キヴォトスに着任して半日。
現在私は、リンちゃんに渡された仕事を頑張って片付けているところだった。
……初日なのにものすごく量が多くて、全然終わらない……もう夜なんだけどな……
シャーレの執務室はじんわりと熱かった。背後に壁一面のガラス張りの窓があるため、夜は冷えるだろうと暖房をつけたのが悪手だったかもしれない。
とりあえず暖房を切り、少し換気をするために空調を強めに設定して、一息つくためにカフェテリアに向かうことにした。
カフェテリアは私1人しかおらず、とても静かだ。このカフェテリアはひんやりとした空気が心地いい。ゆっくりリラックスして疲れを軽く取りながら、コーヒーを淹れた。
そして、味わってコーヒーを飲んだ後、少し休憩をとってからシャーレの部室に戻る。
書類の重ねられた執務机まで戻り、椅子に座った。ひんやりとした空気が心地よい。どうやら空調はしっかりと効いたようだ……
……そう思ったが、だんだんと肌寒くなってくる。まるで冬の外気のような刺すような冷気がだんだんと感じられ、どんどん空気が冷えているのがわかる。
どう考えても異常な現象だ、と思った時、その声は聞こえた。
「……あの、あなた、だれですか?」
風鈴の音の様な透き通った声が背後から聞こえ、背筋が凍る。
確かにこのシャーレの執務室には、私1人しかいなかったはず。カフェテリアに行く前も、行った後も人の気配はなかった。
それにもかかわらず、後ろから声が聞こえてきたということは、誰かがいるということだ。
「……ここにはわたしひとりしかいなかったはずなんですけど……どうしてここに……?」
どうやら背後から声をかけている彼女も、この部屋に人はいないと思っていたようだ。私はまだシャーレの顧問としてここにきてから1日も経っていない。不審がらせるわけにもいかないと、声をかけるために後ろを振り向いた。
「あっ……」
そこにいたのは、シルクのような白い髪を無造作に流した、幼い少女だった。
瞳は深い緑色をしていて、耳はエルフのように長く、そして尖っている。身長は120cmほどで、とても小さい。
「……ふりむいても、なにも見えないと思います」
服装は、透けた白いドレス。上から白布を羽織っている。腕の袖は余っており、幼さを感じられる。靴はサンダルで、軽く動けるシンプルなモノ。
「……あ、あの?じっとこちらをみつめてどうしたんですか……?まさか、見えてる……?」
下着は白いシンプルな色気のないモノではあるが、薄らと透けるドレスを介して見えているためか、とても蠱惑的に感じられる。
ここまで詳細に観察しておいてどうなんだ、とは思ったが、幼い少女がそのような格好をしていると目のやり場に困る。とりあえず、顔を見つめることにした。
「は、はわわ……め、目があっちゃった……も、もしかしてわたしのことほんとうに見えてるんですか……?」
見た目に違わず幼い滑舌で、発音も柔らかい声にすこし和まされながら、しっかりと受け答えをする。
「うん、見えてるよ」
「え、えぇ……わたしが見える人がいるなんて……」
まるで自分が見えないのが普通の様な反応も気になるが、とりあえず安心させるために自己紹介をすることにした。
「元からこの建物にいたのかな?私が突然きてびっくりしたよね。私は、連邦捜査部シャーレの先生。このキヴォトスの、あらゆる問題を解決するための組織の人間だよ」
「れんぽうそうさぶ、しゃーれ……?」
あ、わかってなさそう、
「まぁ、何でも屋かな?それで、君はどうしてここに?」
「あ……わ、わたしも自己紹介、します……」
そう言うと、少女は立ち姿を正して、私の正面をしっかり向いて口を開いて、
「わたしは、
そう、名乗った。
その後、私とミズキは誤解を招かない様に色々な話をした。
「幽霊……ってどういうこと?」
「わたし、すでに死んでるんです。生きてたころの記憶はあやふやなんですけど……でも、死んでることだけはわかります」
「……それはなんで?」
そう聞くと、ミズキは「やってみせたほうが早いですね」と言った後、私から少し離れた。
「……わたしが死んでると思うのは、こういうことができるからです」
そういうと同時に、ふわりと浮き上がるミズキ。まるで本物の幽霊の様に浮かび上がり、ふわふわと飛んでいる。
「あとは、こういうことも……」
ミズキが手を振ると、執務机の上にあった書類がふわりと浮き上がり、宙を舞い始める。
「……どうでしょう?」
「……うん、確かに生身の人間ではできなそうだけど……私だって、生徒を疑いたくはないけどね。それ以上に、君が死んでいる、幽霊であると認めたくないんだ」
「なるほど……?」
その後もミズキは様々な力を見せてくれた。ラップ音を鳴らしたり、電気を明滅させたり、どこかから漂う冷気を出したり。
力を見ながら時間が過ぎて行くと、だんだんと「彼女は幽霊である」という実感が湧いてきた。
そして何よりも決定打となったのは、私が携帯していた「シッテムの箱」のメインOS、アロナの一言だった。
『せ、先生、さっきから一体誰と話してるんですか!?そして、なんでこんなにポルターガイストみたいなことが起きてるんですかー!?』
そう叫びながら怯えてしまったアロナを見て、ミズキは本当に幽霊なんだと確信せざるを得なかった。
「せんせい、わたしは夜の間しか出てこれません。わたしのことは気にせず、ここで暮らしてください。わたしも、急に人がいてびっくりしただけなので……」
「いや、わたしは生徒のためなら誰の助けにでもなりたいと思ってるからね。ミズキも、私を頼って欲しい」
「で、でもわたしは死んでますし……幽霊ですし……せんせいの生徒ではないんじゃ……」
そんなことをいいながらも、どこか期待した様な、そしてどこか悲しそうな顔をしているミズキ。
「いいよ、ミズキ。ひとりぼっちなミズキを私は放っておきたくないんだ。だから、君はもう私の生徒だよ」
強引かとも思ったが、私がそう語りかけた瞬間、パッと花開く様な笑顔になったミズキを見て、間違いではなかったと確信する。
「……せんせいがそういうなら、わたしはせんせいの生徒です。シャーレの幽霊、絹守ミズキ……ふつつかものですが、よろしくおねがいいたします?」
「……ミズキ、それは結婚する人が言う言葉だよ」
「は、はわわ……わ、わすれてください……」
ミズキはその後も私の仕事を手伝ってくれた。ポルターガイストの様な力で、ペンを複数本操って書類を何枚も同時に片付けていってくれるので、とても早く仕事を片付けることができた。
「ミズキは、夜の間しか出てくることができないんだよね?昼間はどうしているの?」
「昼間は、ねています。でも、呼ばれれば一応がんばれば出てこれるはずです。もし、わたしのことでなにかあったら気軽に声をかけてください」
「い、いや……昼間に無理に起こす様なことはしないよ」
「……わたしはいいですよ?ずっと1人だったので、せんせいのお役に立つのも楽しいです」
「あはは……」
そう話しているうちに、時間は日を跨いでしまった。このままでは明日の仕事なんかにも支障が出るので、寝なければならないのだが……
「せんせい、日付が変わりましたよね。そろそろねたほうがいいですよ」
「でも、ミズキが1人になっちゃうよ?」
「わたしは大丈夫です。1人の時間が長かったので、これくらいはもんだいありません。それに、せんせいと話せてとても楽しかったです」
「……」
「さ、ねてください。明日もはやいでしょ?ほら、ベッドまでは付いて行きますから」
「それ、憑いていくほうじゃないかな!?」
「ふふ、かもしれません」
「じゃあおやすみ、ミズキ」
「はい、おやすみなさい。体調や健康には気をつけてくださいね?」
「あはは、まだまだ大丈夫だよ。じゃあまた明日の夜にね、ミズキ」
「はい、せんせい。またあえるのをたのしみに待っていますね」
こうして、ミズキとの出会いのあった1日は終わった。