…
……
………
…………んぅ…………
……今日も特に何もなく目が覚めました。
気がつけばわたしのいたこのビルは、なぜかいろいろな設備がそろっていて暮らしやすいです。
外も綺麗な景色で、眺めるのがわたしの楽しみ。
きょうも夜の間は夜景を眺め──
「……あの、あなた、だれですか?」
──ようとして、目の前にいた人に、聞こえないだろうに、ついそんな問いかけをしてしまいました。
目の前にいたのは、机に座っていた大人の男の人。
机の上には書類がたくさん置かれていて、ここで仕事をしているんだと一目見てわかりました。
最近この建物にいろいろなものが持ちこまれたり、用意されたりしているのは知っていました。
以前はなかった机が運び込まれていたり、1階のカフェテリアにいろいろな設備が用意されていったり、ゲームコーナーなんかも準備されたり。
なんでかとは思っていたのですが、まさか人がくる予兆だったなんて……
まぁ、今までわたしのことが見えた人はいませんでしたし、特に問題ないでしょう。
そう思ったのですが……なぜか大人の人がこちらを向きました。
「あっ……」
あれ?わたしの声、聞こえてましたか?
わたしのいる場所を見つめる目の前の大人の人。たぶんこの人の目には、わたしの姿は見えていません。なにかがいる、という気配で振り向いただけなのでしょう。
「……ふりむいても、なにも見えないと思います」
わたしの姿は見えないと、わたしの声は聞こえないとわかっているのに、ついぽつりとつぶやいてしまいました。
……見えないはずなのに、ずっとわたしのことを見てますね。しかも、なぜだか観察されているような……
「……あ、あの?じっとこちらをみつめてどうしたんですか……?まさか、見えてる……?」
そう問いかけてみますが、この大人の人はただ視線を下におろしただけ。
……なんだかむずがゆいです、視線を感じます……
そう思っていると、ふいに大人の人が視線をわたしの顔にもってきて、ばっちりと目が合いました。
「は、はわわ……め、目があっちゃった……も、もしかしてわたしのことほんとうに見えてるんですか……?」
目が合うとは思っておらず、ついあわててしまいます。どうみても、目がわたしを捉えているのです。ピントがわたしに合ってます。
わたしがつい言ってしまった問いかけに、大人の人はついに反応しました。
「うん、見えてるよ」
「え、えぇ……わたしが見える人がいるなんて……」
や、やっぱりわたしのこと見えてるみたいです……声も、聞こえてるみたい。
衝撃です……まさかわたしが見える人がいるなんて……わたしが目覚めてからこの数年、一度もわたしが見えた人はいなかったですけど……
まぁ、わたしが起きている時にここにいる人がそもそもいなかったのですけど……
そう考えていると、大人の人が口を開きました。
「元からこの建物にいたのかな?私が突然きてびっくりしたよね。私は、連邦捜査部シャーレの先生。このキヴォトスの、あらゆる問題を解決するための組織の人間だよ」
「れんぽうそうさぶ、しゃーれ……?」
……なんですかそれ???
「まぁ、何でも屋かな?それで、君はどうしてここに?」
あ、そうですよね……わたしは多分この人から見たら、突然現れた不審者さんです……
「あ……わ、わたしも自己紹介、します……」
わたしはそういって、しっかりと姿勢を正してから口を開きました。
「わたしは、
「幽霊……ってどういうこと?」
「わたし、すでに死んでるんです。生きてたころの記憶はあやふやなんですけど……でも、死んでることだけはわかります」
「……それはなんで?」
たしかに、わたしに死んだ記憶や死ぬ前の記憶はありません。でも、どう考えても死んでいるんです。
「やって見せた方が早いですね」
そういって、わたしは先生から距離をとりました。そして、地面から離れるイメージしました。
そうすると、わたしの足が地面から離れ、ふわりと身体が浮き上がります。
こんなことを生身でできるはずがないです。意思一つで空が飛べるなんて、幽霊さんしか考えられません。
それに、わたしの身体は食事が要りません。この数年、何も食べていないし、何も飲んでいないのです。もちろんトイレもありません。
温度も感じません。いつも暑くも寒くもない、快適な感覚。
身体が汚れたりもしないので、お風呂にも入っていません……実は、入りたいんですけど……
「あとは、こういうことも……」
先生がまだ訝しむ顔をしていたので、他にできることもみせることにします。
わたしは書類に手を振り、(浮いてください)と念じました。すると、書類はふわりと空中を舞い、ひらひらと空を飛び始めました。
「……どうでしょう?」
先生に顔を向けると、信じたのと信じていないのの半分半分のような顔をしていました……
「……うん、確かに生身の人間ではできなそうだけど……私だって、生徒を疑いたくはないけどね。それ以上に、君が死んでいる、幽霊であると認めたくないんだ」
「なるほど……?」
先生にも、譲れない何かがあるみたいです。でも、わたしは幽霊なので、ちゃんとわたしのことをわかってもらいたいです。
(鳴れ)と念じればどこからか何かを叩く様な音が。
(消えて、ついて)と念じれば、電気がチカチカと消えたりついたり。
あとは、わたしがいるとどこからか流れてくるらしい冷たい空気を先生に向けてみたりもしました。
しばらくして、先生は突然なにやらタブレット端末を見ました。そして、何かを確認すると、わたしが幽霊なのだと、やっとわかってくれたみたいでした。
そのあとは、わたしのことを話したり、先生のことを話したり……雑談の時間になりました。
「せんせい、わたしは夜の間しか出てこれません。わたしのことは気にせず、ここで暮らしてください。わたしも、急に人がいてびっくりしただけなので……」
「いや、わたしは生徒のためなら誰の助けにでもなりたいと思ってるからね。ミズキも、私を頼って欲しい」
今までわたしが頼れる人はいませんでしたが……先生なら、頼りになってくれるらしいのです。何年も1人で同じ場所で過ごしたわたしにとっては、とても喜ばしいことです。でも……
「で、でもわたしは死んでますし……幽霊ですし……せんせいの生徒ではないんじゃ……」
そう、わたしは先生の生徒ではありません。どこの学校にも行っていませんし、生きていたころにどこの学校に行っていたのかもわかりません。
そもそも、わたしは死んでいるので……先生の生徒なんていう、夢の様な存在とはかけ離れていると思っていました。それでも……
「いいよ、ミズキ。ひとりぼっちなミズキを私は放っておきたくないんだ。だから、君はもう私の生徒だよ」
その言葉に、胸が温かくなります。不安が先生によって拭われ、つい笑顔が漏れてしまいました。
初めてわたしが見えた人が、わたしのことを受け入れてくれた。
初めてわたしの声を聞いた人が、わたしと話すのを喜んでくれた。
とても単純ですが、わたしにとっては最上の幸福なのです。
「……せんせいがそういうなら、わたしはせんせいの生徒です。シャーレの幽霊、絹守ミズキ……ふつつかものですが、よろしくおねがいいたします?」
……なんとなく聞いたことのある様な挨拶をしましたが、先生がぎょっとしています……なにか、間違えたのでしょうか……
「……ミズキ、それは結婚する人が言う言葉だよ」
ふぇっ!?
「は、はわわ……わ、わすれてください……」
は、恥ずかしいです……
その後、先生は残っていた仕事をしなければならないみたいでした。
わたしもお手伝いになれば、と思い、ペンを浮かせて並べられた書類にサインをしていきます。
どんどん紙の束は減っていき、気がつけばあっという間になくなっていました。
そこからは、雑談になりました。
先生は、わたしのことをたくさん知りたいようでした。例えば、
「ミズキは、夜の間しか出てくることができないんだよね?昼間はどうしているの?」
「昼間は、ねています。でも、呼ばれれば一応がんばれば出てこれるはずです。もし、わたしのことでなにかあったら気軽に声をかけてください」
「い、いや……昼間に無理に起こす様なことはしないよ」
「……わたしはいいですよ?ずっと1人だったので、せんせいのお役に立つのも楽しいです」
「あはは……」
こんな話だったり、
「ミズキは幽霊なんだよね?食事とか、どうしてるの?」
「わたしに、食事はひつようありません。お腹がへったこともないですし、この建物で目が覚めてからいちどもご飯を食べたこともないです」
「ええ……うーん、今度ご飯を食べれるか試してみない?」
「ふふ、じゃあ楽しみに待っていますね」
そんな話だったり。
そう話しているうちに、あっという間に日付が変わってしまいました。
このままではわたしと違って生身の先生では、明日の仕事なんかにも支障が出てしまいますね。
「せんせい、日付が変わりましたよね。そろそろねたほうがいいですよ」
「でも、ミズキが1人になっちゃうよ?」
そんな何気ない言葉でも、嬉しくなってしまうわたし。
気を遣われるだけで嬉しくなってしまう自分にちょっと呆れながら、先生を安心させるために答えを返します。
「わたしは大丈夫です。1人の時間が長かったので、これくらいはもんだいありません。それに、せんせいと話せてとても楽しかったです」
「……」
「さ、ねてください。明日もはやいでしょ?ほら、ベッドまでは付いて行きますから」
「それ、憑いていくほうじゃないかな!?」
「ふふ、かもしれません」
わたしが幽霊であることを掛けてパッと返すことができるなんて、先生はジョークの才能がありますね。
「じゃあおやすみ、ミズキ」
「はい、おやすみなさい。体調や健康には気をつけてくださいね?」
「あはは、まだまだ大丈夫だよ。じゃあまた明日の夜にね、ミズキ」
「はい、せんせい。またあえるのをたのしみに待っていますね」
電気を消すと、先生はすぐに眠りに入りました。
今日はお昼も忙しかったとさっき聞きましたし、きっとお疲れだったのでしょう。
じっと、先生のことを観察します。起きている間は会話にばかり気を取られて、全然できませんでしたからね。
がっしりとした男の人らしい身体。身長はわたしの1.5倍ほどでしょうか?おそらく180cm前後。
顔は整っていて、優しそうな顔。
……あ、お風呂入っていませんね。わたしとの会話に気を遣わせてしまったでしょうか……
ちゃんと朝入ってもらえるよう、書き置きを残しておきましょう。
さて、夜明けまではあと5、6時間くらい……ふふ、それまで先生を見守れると考えると、先生が来てくれて助かったかもしれませんね。
豪華(?)二本立て
「感想、高評価、ほしいです……くれますか?」