剣も杖もねえよ 作:100万光年より
どこの世界とて落ちこぼれはいる。
落第生、能無し、出来損ない……レッテル貼りはままあることだ、とても汚らしい話だが逃れられない話だ。
ではこの世界における、つまり今ボロボロの屋根の上で空を仰いで夢想する彼のいる世界、そしてそこら中に魔法が蔓延っていて人々に役立っている世界において、それは一体誰になるのか?
「偽物ねえ……」
────即ち魔法を使えない者である。
しかし所々を見渡せばよく分かる、日々に染み付いた魔法の数々というのは、彼にとってもインフラという形で役に立っていると、否定はしないしよくやっているとも思っていた。
「そろそろっ、帰るかな!」
そんな事をよく意識し、一方でしかしと言い訳をしたと同時に起き上がって、屋根伝いに地面へ降りてくると、熱と鉄のぶつかる音が激しい現場の隣の路地、暗闇に紛れるようにそっと抜け出して……。
「おいっ!!」
「どわあっ!?」
驚かされて路地まで出てしまえば何事かと集まるのは、厳つくてヒゲを蓄えた小人達の顔ズラリ──よもすればも何も彼らは揃ってドワーフなのだ──それぞれ好奇の目であったが、月の晩に晒された少年の顔を見れば、幾らかは呆れて帰り幾らかは笑いそして一つだけ怒りの顔であった。
「あ゙っ」
「ライトぉ!!」
真っ先の土下座はとても綺麗であったがそれで許される様な振る舞いでは無いようで、頭の上にすぐさま愛を込めた拳骨が叩き下ろされた。
悶絶する彼の耳を思いっきり引っ張り上げ、彼ら特有の怒鳴り声は暗闇を劈く程でもあった。
「馬鹿者が!! お前また抜け出したんだなおう!?!?
「いったい痛いうるさいやかましいっ……すぐ戻るよ寮生ですもの!」
「お前は森の中でなぁ、拾ったときからずっと訳分からん奴だと思ったぜホントによ!! 大体魔法を知る前から嫌だとか……」
彼はすぐさま何らかで深酒を煽ってああこりゃ酔ってるなと諦めて、だが視線だけは動かせるように耳を離してはくれていたので、驚かせた度胸と愛嬌と貫禄たっぷりの女亭主に向けられたがやっぱり苦手だと思い直し。
何故なら彼女は得意顔、もっと堂々としろと言いたげなのはそういうところだろうと、彼は自分のしたことを棚に上げてお世話になっている名前を呼んだ。
「……こんばんわジーナさん、用事あったのに酷いなぁ」
「悪い事しなけりゃ良いに決まってるじゃないか、可愛くてニクいライト坊や。それで今度はどうやってあの寮を抜け出したんだい?」
「いやいや、今日は食べていこうかなって思ったけどね、この様子じゃもう駄目だな……あっ、せめてウィル宛にサンドイッチ包んで下さいよ!」
ガシガシと撫でられ近頃泣き上戸になったとかの酔っ払いに絡まれ、どうにか自力で抜け出そうと頑張ってはみるがこれが中々────いや彼の知っている魔法でも魔術でもない不可思議な力を使えばなんとかなるが、それは本当に面倒くさいことになると知っているし、その有り様から迂闊に誰かに使って良いものではないと言うのも分かっている。
分かっていながらちょくちょく使っているのはさておき。
「アイツもなんか思い詰めてるっぽいから、何でも『塔』に行きたいとか何とか! 全く楽しいんだか分かったもんじゃ」
「ライト」
「……」
流石に言いすぎだろうと言うものか目に余る振る舞いか、ジーナと呼ばれたドワーフの女に怒りの形相で連れ出されるもんだから、男衆もなんとか言い聞かせて離してやった。
ついてきなと威勢の良い事を言い放って先に行く小さな背中は暗く寂しいように、だがそれは彼の顔も同じように映っているから、彼女は誰もいない乾いた店裏の先まで何も言わなかった。
彼の顔は不思議な微笑みを浮かべている、いつもそうしている……。
「ありがとうね……」
ジーナは知っている。
ウィルが『塔』を目指す意味を知っている、その先にあるのが唯一人の幼馴染である事を知っている、ライトも同じくそれを知っていて笑いもしなければ、支えになってやれるのはオレくらいなもんだと言ってやったのを知っている。
学園の中からの噂話は絶えないが、ライトが良く憎まれ役を買って出ている事を、ダンジョンの中でどうのこうの取り持っていたりなど。
今日のこともきっとそうであろう、あの嫌味ったらしい言葉は裏腹だとも悟れるものの、こう言うのはオレの性分だと言って聞かない様はドワーフに負けず劣らずな頑固っぷりか。
「何の話ですかね? オレは別にドナンの爺さんが鬱陶しいだけだったのに」
「すっとぼけるのも程々にしな! 本当に大事な時、痛い目見るのは嫌なんだ」
「オレは大丈夫だし実際心配になるのはアッチだと思うぜ。そうそのスープ……いや二人分頂戴」
魔法で作られた水筒にスープを入れてもらって、じゃねっと捨て台詞のように別れを告げて暗闇にはしゃぐ様に飛び出していった。
結界の灯りの下でも照らされた街道でも探し出せるはずもない、いやきっと彼の事を追いかけようとしても不思議な力──または魔法ならざる何らかのインチキじみた
「アタシ達が何とかしてやれたら良いんだけどさ……。何も言ってくれなきゃ困るに決まってるじゃない、誰だって……」
先の言葉は酔いの戯言ではない、森の中に何故かポツンと居た小さな赤ん坊はあの様に大きく、たまに喜びたまに怒りたまに胃を痛めるような事件にも遭いながらも大きく育っていった。
そんな彼の事を実際はあまり知る由もなく、或いは知るような事はおおよその事ではない限り無粋だと言っていて、友達だって彼にはいるのにも関わらず、時折悟ったかの様な視線を誰彼構わず向けられるのだ、例えモンスターが目の前に迫ったとしてそのモンスターにさえ……。
「まぁウィルからの又聞きなんだけど、なんだか、ねぇ……」
先程もへらへら笑いながら、その目をして彼女を見ていた。
だけど
「そこまで言うんだ、任せたよライト」
『カワイイウィルの為だもんで、まあちょっとは生意気なオレにも多目に見てやってくださいよ。ああ言って夢にガムシャラなの、オレは好きだからさ』
振り返ってもそこにはいない彼の言葉が聞こえてくる。
「……でもねぇ、アタシも柄じゃ無いね」
■
「やってるかい、うん?」
「あっ……ライト!」
ちょっとぼさついた頭がくるりと振り返りうわっと、そこには思い詰められはぁと言いたげな状態の男の子がそこにいた、ペンを握りしめ紙に齧りついて必死の状況に追い込まれている。
普通なら誰もがうわっと声を出しそうになるが、ライトは
「どこに行ってた……あっ」
「夜中なのに精が出るなあ、大丈夫か? ロスティも何か言ってやりなさい」
「いやそればっかりはちょっと難しいね。それジーナさんからの?」
「……オマエこれだけを欲しくて起きてたんだろう、ゲンキンな奴だよ全く! なぁウィル、叔母さんは心配してる、いやみんな意外とそういう顔だった」
こんなひどい状態になっているのはこの学園の試験が近いからである、今は後3日程の猶予があるので見逃しているが、少なくとも試験前日に詰め込みの勉強をしようとするなら、自慢のチョップが飛び出す予定であるらしい──無論ウィルは以前無茶どころか無茶苦茶してくれたので食らっている。
だからそうはならないだろうなとは彼は確信めいて思うのだが、またその裏にはお得意の脅しがあるもので。
「その顔を彼女さんに見せてやれるのか?」
「またそれ言う!」
「多分お前さんはあの美人さんと結ばれても、尻に敷かれてるのが目に見えてるなっ」
拝借の一言もなく椅子に堂々と座ると、一気に息を吐き出して二人共々を交互に見てやる、ようやくひりつく空気が溶けたのを見て彼もだらけきった顔をわざとらしくした。
最近色々と嫌がらせなり陰謀なりを身に受けていた顔も、ようやく吹き出したと一緒に解けてしまった。
その折を見計らってライトは尋ねてみる。
「で、今回はどうなんだ」
「僕としては……ライトの方が心配だったり」
「流石優等生君、いやあのトンデモカリキュラムで良くやるよ」
「僕は……魔法ができないからね」
最初に彼らがでてくる前、確かに書き記した落ちこぼれの定義とは魔法を身に付けられない者であると、即ちこの世界における『人でなし』扱いでもあるから、ひどく厳しい目を向けられるものだ。
一応ドワーフとて魔法を使えないのにも関わらず認められてるのは、昔の戦争でたった一人の魔導士に一万人で打って出てきてようやく傷が付けられたから。
エルフもいるが彼らが認められてるのは、外見も優れた上に強くて魔法が巧いから──巧い、と言うのは詠唱とか制御とかそういう全てが上手いということ。
だからこうして実習という形に於いてすら『魔法』出来ない人間は、ヒタスラに勉強してダンジョンに潜ってモンスターを倒して単位を稼ぐ……そう言う人たちを、彼らは『ラーナー』と呼んでいた事をライトはよく覚えているし聞いている。
正直彼はその呼び方にあまり良い思いはしないし、ただその在り方は彼らの問題でも無いだろうということも知っている、差別意識は高まっているが校長はそれに聞く耳持たずを貫きつつ、結局は放置以上の処置はしていない様だ。
「あの厭味ったらしい先生共は、いや絶対試験の時ふざけた問題出してくると思うぜ」
「いやそんなまさか……まさかね?」
「だったら寝不足で会場から叩きのめされるよりも、ゆっくり起きてちゃっと思い出してみれば良い。僕はきっとそれがいいね」
それを聞いてたらと彼は椅子を蹴り上げるよう立ち上がり、駄弁って勉強を無駄にはできないなと断って、断りの言葉だけ残して去っていった──ジーナと同じく。
それを眺める瞳はやや丸くも納得の色、暫くしてお互い見返して嵐のように去った男の行く先を見る遠い目を向け、ようやくやれやれと言った風に肩の力を抜いた。
「僕、時々不思議な目で見られるんだ」
「まぁそりゃあね?」
「ここに来てから……ライトの方がずっと不思議なんだ、そう思わない?」
「全くそう」
ウィルは訝しむ、そして考え、思い出す。
流石に『ラーナー』とまではいかないが、実際彼は先生に呼び出しを何回か食らっているしなんなら現場に鉢合わせたのもある、けして優等生などと呼べる成績で無いのはウィルは知っている。
それに実際ダンジョンで見かけたことも無ければ、なんと魔法を使っている場面も見たことがないような気がする──一応簡易的な何かはさておきつつも、やはりそれも詠唱は適当だし、オレって天才なのかいとか誤魔化すような台詞も一句一字。
怪しい……怪しいが、というか先生すら余り追求しない素振りなので割とクロいと彼は思うが、裏を返せば先生達や校長でさえもこの事に関しては甘い言葉ばかりだのが返ってくる始末に遭う。
一応君よりは出来るよとツッコまれたり、そんな事を気にする前に貴様の成績をとうにかしろと冷たくあしらわれたり。
「一体どういう人なのかわからないまま、卒業なんていうのは……イヤだな」
ウィルが魔法が使えない劣等生、落ちこぼれの有り様であって、しかし何もなくとも真っ先に手を差し伸べてくれた、数少ない友人でなにせ最初の人だ。
素性が明らかになっても手を差し伸べてくれた人で、様々ないざこざの渦中にすっ飛んでいっては執り成してくれるとんだお人好し、いつも言い続けている『塔』に登り
「……」
卒業の季節が寒さを呼ぶ。
だがウィルは月のような結界の空を、仰いでみる暗闇に目を閉じない、眩んで灯り弱まるリガーデン魔法学院寮塔への視線を閉じるわけにはいかなかった……。
■
一人廊下を静かに行く少女は思う、即ち益々強まっていくウィルへの賛否両論の禍についてである。
少女は少女の責務としてある上役に名前を通した、というのも彼女は『塔』に所属する有望な生徒を見つけ出すための手足なのである、これを『ウィッチャー』と呼び習わす。
その時ばかりはかの『
だが彼女の内心は世相より複雑な、このまま『至高の五杖』を目指す彼に対するこの世界においては当然でこびり付いてしまった意識の、だが本心から心配しているのだと立ち振舞も言葉も優しさに満ち満ちていた憂慮、彼らの眼鏡にかかったところで適うのかという不安、観察という行為に全身を注いできたからこそ解る無力に苛まれて。
この世界では誰もが願う果たして本当の空を取り戻せるのか、結界の先で待ち構えているバケモノ共を倒し切れるのか。
かの魔術師でない人間が或いは成し得てしまうのではないのかという期待を己が知る────自己嫌悪甚だしく眉は怒り、そしてもう一つの案件からも逃げ出そうとしてしまえば。
「……ライト・イーストウェル」
「ん?!」
彼女の能力を以てしても素性の知れぬ男、時折騒がしく時折大人しく時折……不思議な顔を見せる彼。
彼女を悩ませ苦しませる偶然にも出くわしてしまった男は、今中庭でひたすらに逆立ちしていた。
「結局、あー、その
「そりゃあ、そうさっ」
怪訝に深まる深刻な彼女の顔をだが彼は気にすることはない。
こうして悩んだり励ましたりつまり瞑想と同じルーティンだから、つまり一体何が恥ずかしいところがあるんだろうと、実際にこの光景を目にしてきた他の同輩同級生教師陣にも問われたが、彼の文言はおおよそこの通りで返される。
「こうやって逆立ちしてると! 何だか自分が、地球に立ってるんじゃなくて支えてるみたいだろっ!」
「はぁ」
「地球を、背負って立つ!」
「そうですか」
よっと勢いを以て元の姿勢に戻ればちゃんと彼女の顔を、そして冷めた瞳をしっかりと見据えると、もうそこにふざけた気配も表情も無い。
お互い隠していることも知っていることもあるけれども、彼は察知した不安を前に放って置くような非道い人間でもないので、口うるさくて悪いがと断りを入れてから言葉を放った。
「ウィル……アイツは、とてつもない勇気を持ってしまった人だ」
一瞬彼女は驚いて、それでまた俯いた様子を見せたのは、何も言わなくてもとても敏い彼の、まるで考えていることを言い当てられるような言葉を耳に入れたからだ。
まるで心の中を見透かしたような魔法を使われたかのように、各々の抱えている痛みや悲しみを言い当てるなら他の右に出る者はいないという事だ。
それを誰に対してもしていたならばいつの間にか本心を明かすことになるし、だが彼はそれに怒ったり悲しんだりも──表面上ならば絶対にすることもなく、そして真摯でもあった。
「誰かが動かなくても逆境に立ち向かえるだけの、勇気と知恵があることはよく見てたから言える。キミもその筈だ、不純とは言い切れない程度の、しかしなんて高い壁に挑んで何度立ち直ってきた……」
ライトが芝生を踏み辺りを歩きふと立ち止まり仰ぐ星空、いやその先にあるのはウィルが目指している『塔』そのものがある方向。
彼女の方からは背中を向け、一体どのような顔で話しているのだろうと思わせるが、彼女はそのような真似はする気分も起きてこない。
「だがアイツに降りかかるのは、勝利や希望ばかりではない事を、オレ達は……いや一番アイツ自身が知っている。周りの大人は全員が理解者じゃないから、危ないことはやらせないという優しさは、時にはどんな敵よりもとても恐ろしいことなんだ」
あの地位にたどり着くまでどれ程の血を流すのだろうと付け加えれば、きっと彼もそれを考えただけでも不安になるのだと彼女も悟る、それは親しい人であるほど考えなければならないが……。
しかしライトはそれは当然の事だと言い切るのに対し、いつもいつでも手を差し伸べる事と盲目的に手を取る事は違うとも。
「人間は、優しさが故に善も悪も成せる。間違った方向に頑張ってしまうこともあれば皆のための良い方向に行くことも」
「それは、そうでしょうが」
「その時友人としてやれる事は支え合い、道を否定せず、共に考えてやれることだけだ。導いたり教えを残したりする事には力不足かもしれないが、折れそうだったり間違えたりする事を見逃さず、助けてやることは出来るじゃないか」
ようやく振り向いた星々の中にある彼の優しい瞳を、彼女は見据えそして先程までの独り言のような語りかけを全て肯定するように、或いはそれを分かっていてと確認するように。
彼女はいつもそうはしないが、不安げを露わにした言葉を吐いた。
「私に、それが適うのでしょうか」
「それは誰が言う事もない、命令されることもない。キミが、キミ自身がそれを知って決める事だろう」
────そうだろうアイリス君。
そう言い残して彼は廊下を進む、先は暗闇ではなく魔法の灯火でやや明るく照らされている先、今度こそは彼女も思わず彼の後を追う。
「ですがそれ、は……」
もう、いなかった。
「また、何処かに消えてしまった……」
夢幻かのごとく影も形もない、もしや先程の会話でさえも今この場にいる身体や心や意識も同じ様な代物なのか?
直ぐに何を考えているんだと首を振ったアイリスと呼ばれた少女、今迄だってそうだったじゃないかと、彼の果たして魔法なのかどうかすらわからない逃げ足に、あの日から翻弄され続けてきたじゃないかと。
それはそう昔でもない、先に出てきたあの事件から……。
■
ノックが2回、それも妙に激しくわざとらしい。
というよりテスト期間は終わったが業務を片付けている最中の教師室、覚悟はしていた男のそう簡単に入れられるわけが無かった。
ただその顔その状況に似合わぬ言葉を投げかけたのは、精一杯の努力が見られるが。
「……少し待て」
いくつかの書類に目を通していそいそと机の中にしまっておくと、ある程度予想していた様な面持ちで入室の許可を取った、出来るものだがと言った心境だがその瞬間である。
「!!」
バァッと、扉の枠に沿って火花が一瞬の内に多量飛び散ったかと思えば、蝶番等がふっ飛ばされ縦に勢いよく倒れて開いた扉は煙が凄い。
彼方から現れたのは別に学園を狙っているテロ集団でもモンスターでもない、だが厄介なライト・イーストウェルという少年であるが、この教鞭を振るう男は一端の魔導士でもこの扉をどうこうできない筈だと眉を押さえながら。
「……何の用だ」
苦虫を噛み潰したような声音を吐き出し、行動よりは遥かに冷静で馴れ馴れしい言葉を大人しく迎え入れざるを得なかった。
怒髪天を衝くとはこのことの目をした少年を、しかして真摯な顔も浮かばせておいて足取りも落ち着いていれば、口振りも台詞もよくよく聞けばというほど冷静であった、全ては数多くいる友人達の為でもあった。
「正直時効な気もするが言わなきゃならないような気がしてね」
「なら何の話もない」
「そうさ、だから文句くらい聞き流せるだろうって思ってさ。あの試験の問題は確かにクソだったなどと怒鳴りこまれる事くらい、他の教師さんからも言われているんでしょう」
「……」
「いいや百歩譲ってだ。確かに世の中に出ていく連中にとっては大事な事だと思わん事もない。その『魔法とは何か』だけの説明を求めたなんて、要は魔法を使う己を省みろと言う覚悟をあの瞬間で問いたのは、この学院らしくてアンタらしいよ、ある意味尊敬した」
「……そうか」
「ならばこの小生の文句は一つ」
だが彼が許せないのはそんなことではない、どんな悪問を出そうが制限時間1秒だろうが、何ならどんなに良問ならぬ良テストで自分が0点取ったところで知ったこっちゃないと言うライトが、一番に許せなかったのはその試験の赤羅様な優しいなどという言葉に隠された差別的意図、即ち!
「勇気を持てと言うんだ、エドワルド先生!!」
ウィルたった一人に対する、嫌がらせで行われたテストですらない暴挙そのもの!
真相を知れば余りにも非情非道の責任を問われる筈、あまつさえ彼はこれまでのテストを全問正解と言う偉業を成し遂げた故に。
無論説教垂れるつもりも無ければそのような身分もない自分を知っているライト、つまり義憤に駆られていちゃもんつけに、これで最後だと言わんばかりに扉を不可思議な力で破壊し中指突き立て帰るだけなのだ、本当に。
「ウィルが嫌いならばそれは人それぞれだろうが、しかしアイツはそんな恐ろしい目に遭うと言うのか、そんなのいくらでもいつでも遭ったんだ。大人になるとは道を見せることであって、ひたすらに導くのも違うが閉ざすのはもっとじゃないか! 貴方の我儘で……どれ程の人間が頭を悩ませたと思うのです」
「悪かったと、ずっと思っている」
ところがすっかり意気消沈してしまった態度を取っているエドワルドを見て、ライトもまた喧々の言い争いになるかと思われた予想を前に足を掬われた気分、いつもは先生相手に対して不味いことがあると視線すら合わせない彼だが、ついに逆転してしまうことになる、そこに映ったのは夕焼けも更に暮れて紫色の空である。
「確かに私は、つくづく卑怯者だよ。しかしお前には解ってたまるか……」
反芻の後悔の念かそれとも怨嗟か、ライトに届くことはなかったがその苦念を理解しうるには、十分な経験が実のところ彼にはあった。
「────別に解答結果をひっくり返す為に来たんじゃない、ウィルやオレの合否もだ。そうだオレの我儘だ。なんて恥知らずなガキに返す言葉が、それだと?」
呆れ返るほどでもなくしかし僅かに滲んだ汗は、何を言うことも無く佇む彼の心を如実に表していた。
そこに突き刺すような現実を放つのは大人げない黒髪の男、ある程度知っていることも知らないことも交えて、絶望ばかりを振りまいているように見えた、無論ライトから見てみても。
「過去全てに驕り登った『塔』は未だに遥か遠く見えるようだと、この時代一山幾らの魔導士達がこの頂を前にして、何人絶望してこの学院の門すら叩けなかった人間がどれほどいるか知っているか」
「知るわけもありません、一体何を言いたいんですか」
「この愚か者とてそうしたんだと言うんだ、だが無理だったともな。血を吐き髪を抜き散らしあらゆる術を以てすれば、私も夢見叶うと思う時期があった、だがこのザマだ」
教卓に立ち竦むは己に対して、澄んだ眼を見通すは愚かな過去────どれ程知りうるかなどライトには絶対にできない、努力と才能全てで打ちのめされた人間の深い絶望は、今はもう解決に至ることは非常に難しい問題である。
しかし実感を湧かせる言葉短い締めのその一言に、彼は食ってかからざるを得なかった、そしてソレが彼の呪いだと見当付けて。
「過去を振り返れば苦しいと思うことは誰でもそうで、だから教鞭を振るい確かな教えを導く人は今こそ立派でなくて何だと言うんです」
「それで閉塞した世の中を変えうるものか」
「そうだ」
ライトは冷たくも突き放すことないよう断言した、そして意趣返しも込めて言い放ってやった。
「貴方が開いた道は、また新たな若人が踏みしめて先を行きます。オレが歩んだ場所も同じく彼らは……追い抜いてしまうでしょう、オレはそれをよくよく望んでいると知ってすらいるのです、そしてアナタも」
深い愛が無ければ人間の相手なんて務まりはしないとライトは考える。
だからたった一人、それも一端の生徒の対しても非情にならざるを得ないんだと、それは巡り巡ると優しさであり愛でもある。
そうでなければただ現実を教えてやるように試すことも、理不尽を矢継ぎ早に投げつけてやる事もしないだろうから。
今を見てくれと言わんばかりの言葉に対して、エドワルドは物凄い表情をしていた──コレを見れたのは彼の中では人生2度だけだ。
「ウィルと同じだ、お前も」
「お褒めの言葉ありがとうございます。まぁオレは塔にすら届きませんでしたが、どこか遠いところで好き勝手やらせていただきますよ」
「……抜かすな」
苦笑に近い反応をしたのはそもそもそんなつもりも無いだろうにと見え透いた上に、ライトもまた同じ性質を持ち合わせているのもあったからだ。
思い出すのはウィル生徒と同じように単位を与えるためだけに行った一対一の決闘、提示された条件は唯一つ、観客など一人も入れてはならないという事で始まったそれは────思い出す度に、なぜ彼がソレをひたすらに隠すのか分からなくなる位だとは、エドワルドの独り言ちだが。
「一つ、聞いてもいいか」
「なんです」
「────あの試験の解答、アレはなんだ?」
扉をまたもや不可思議な力で直そうとしているライトの背中に教師は問う。
あのような設問を前にして他の者もまた個性的な解答が見られた、勿論彼もそうなのだが、あの文体のハキハキしたものに対してエドワルド知る限りではウィルと全く同じような有様の筈。
「誓いですよ。誰かが精一杯生きると叫んだ、オレの中にも生きる誓いです」
意味は分からなかったがそれを問いただすことはもうしないエドワルド、暗闇の中へと足を運ぶ少年の後先をじっと見つめた後、また椅子を動かして窓際から僅かに漏れ出てくる光をじっと眺めている。
もう間もなく年の暮れ、確か彼と出会った時もまた同じ時だと思いはせる。
(いつもよくわからん心情と目的で動いているライト、その力よりもウィルよりも遥かに解らないのはそれだ。不純かどうかすらも、そして一体何処を何処まで見ているのかすら。年も暮れる様に奴は落ち着かなくなるが……やはり、分からん……)
■
明るい喧騒が街を照らす、年の暮れには祭りが来る。
空を奪った化け物共に対する初めての対抗、つまり封印を記念しての祭りはとても賑やかである。
その最中に友人たちに振り回される、そして懐もだいぶ減らされているはライト・イーストウェルである。
先日の最終試験の打ち上げも兼ねて意気揚々と奢ってやると名乗り出たのは、あの試験で不合格をもらってしまった連中を慰めるためでもあり、数少なくないダンジョンでの犠牲者を慰めるためでもあり、出店やらなんやらを行ったり来たりしているので、自分が使う分を切り詰めなきゃなと思うこと以外に苦にしてはいない────。
「ライトぉ、これいるかぁ?」
「甘ったるいの好きだなシェード、帰ったら歯ぁ磨けよ! 歯抜けじゃ詠唱も出来ないからな。そこのエルフはドワーフにちょっかいかけてるんじゃねぇ!」
「ねえライト、これ似合うと思うかしら」
「駄目だ駄目だ、色位は合わせろよ値札見てないで、こっちのオパールの方が合うから行ってきな」
「あー……無事か?」
「年末なのに出し惜しみしてられないよ、そういうのは────後で! 考えるんだ、いいな」
多分、その様子だ。
ただしもみくちゃになって一団を纏める奮闘はもしやも何も、彼らにとっては先日の出来事を忘れさせる或いは鬱憤晴らしには十二分に役立っていた、はたから見れば乱痴気騒ぎにも見えるが内情を知れば天下相手に少々怪訝になるかも知れないなら、この期に及んで思いっ切り羽根を伸ばしてやろうというのが魂胆である。
それに彼自身この祭りに
「ウィルは先程中央広場で見かけたよ。恐らくは……幼馴染を見に行ったのだろう」
友人の事ばかりは別だが。
特にウィルに関してはだが、お前は行かないのかと時折囁く声に無粋と返して小耳に入れるばかり、彼自身の用事を優先させたのもあるけれども結局は男の意地に答えるしか無かった形だ。
悔しさ滲む背中で泣く男を優しく包んでやる事ほど、無沈着で無粋な事は無いと彼は言う。
だが彼の心ある友人達の言葉は別け隔てなくそして矢継ぎ早に飛んでくるそれに心痛めない訳ない。
この男の子の様に。
「そうか……」
「お前の、末恐ろしい人心掌握魔法ではどうにか出来ないのか」
「無理!」
ぎょっとした顔をしたのはその言葉がハキハキとあったからだろうが、簡単に言ってくれるわけでもない。
人間の心や頭の中ほど複雑なものは無い、他人の力でどうこうなんてのはたかが知れてるので、こんなふうに優しく言い寄り添うような言い訳を用意しておいても、無力さに苛まれる事は遥か前に止めてしまった。
「それに、手助けじゃなくてそりゃ首突っ込む野暮さ。無闇矢鱈に痛めつけるのは嫌な奴でありその逆も然り、苦境ばかりじゃあ叩き折れるが、優しさに付け込まれれば二度と立てない。見てくれは一緒だ」
「そのようなものか」
「そのようなものさ、ソレはエルフとかドワーフとかにでも特に違わない、男ならば皆抱えてる悩みだよ」
だが憎まれ口を叩かれない訳では無い────ウィルもライトも、ライバル視されてもいるし怪しい目線をよくよく向けられているのは確か。
こうやって他所から入ってきて好きなように喋ってくれるのは、赤い髪の偉ぶった悪ガキだが、まぁそう悪い奴ではないとは彼は思う。
「俺としては情けないと言ってやるかあ?! 昔の俺みたいに腐るなら特に嗤ってやるさこのお人好し!」
「言うな、コイツぅ!」
謂わば反骨心謂わば嫌がらせ、正直感情そのものに従ったら全く間違ったと切り捨てたであろうが、彼は寧ろエスカレートしない限りはまだあったほうがいいと受け入れることはできた。
さてはてそのようなやり取りをしている合間にも時間は過ぎていき、いよいよ年越しのイベントが始まろうとしている。
空を覆う『結界』の更新だ、空からやって来る怪物を堰き止めるため『至高の五杖』が行う、この世界にとってとても大事な行事が……。
(…………?)
瞬間的によぎる予感、これは敵意だと気づくまでそう時間は限らなかった。
だが余りにも一瞬に終わってしまった、それに祭りとはいえ目的が目的だから警備は並大抵の状況じゃない、しかもあのダンジョンで起きてしまった事件の後だ、厳重に厳重を以ている蜂の巣を突っつくのはそう容易いことでも、そもそもそんな考えが思い浮かぶことはないだろうが?
だが間違いなく敵意、そして悪意でもあった、それだけはライトは断言できた。
中央広場に急ぐ足の友人達に呑まれながら、何処だと探しているが見つからない、仕方が無いとちょっと用事を任せるよと言い出したのはすぐだった。
「イグノール? シオン? ちょっと離れる」
「……うん、はぁ?」
「いや待て、何処に?」
「もよおしたのよぉ!!」
呆れ顔の二人を他所にトイレを探すフリ……をしながら思いっ切り裏路地に踵を返して走り出した。
僅かな記憶を頼りに急ぐ足は街も外れへと向かわんとするほどに遠く、クレルウィという女の愚痴めいた怒声は聞こえる、だが笑い声と喜びの裏側に何かが暗躍する影、風切る音と影が疾走り去る、ブレスレットは一瞬光る。
遠くドォーンと花火のように上がった魔法の花火は、結界の魔法であるが何処に消えたか影がない形はない、点滅光は瞳から────。
「何者だ」
暗闇の中ただ一点から見つけ出した、しかしあまりにもあまりな形相が故に冷静さは保てない、口から吐き出してしまうくらいには。
彼の者の首はどこにも見当たらないのだ、体つきから男だろうかと予想するくらいしか見当もつかぬ正体不明、何処をどう見てもどうやら感情を表に出すような振る舞いはしてくれない、杖を振るうと毒々しい文字が空中に刻まれた。
『変な予感したけどキミだったんだね(^^)』
「喋れない様だが馬鹿な真似を止めない理由にはならない、何も知らない馬鹿ではないぞ」
『まぁまえからキミのコト色々知ってたし:-)』
この不審な者の不敵な発言なにより会話をしようともしない振る舞い、おっかなびっくりは無理もないはずが、彼は真っ先にするとと過るはあの事件の日に感じた視線かプレッシャーか。
あの事件に出てきたモンスターは人為的じゃないかと真っ先に決めつけるようだったし、そう思う学生友人は数少なくないが答えそのものにたどり着けるとは、そしてソレが自分になってしまうとは流石にライトは思いもしなかった。
『だけどキミはボクと付き合うヒマ……ある:-|』
「待、て?」
突如微弱な振動、一瞬で感じ取ったライトが振り向いた先はより市街地の、そして中央広場からと。
『ボクを倒してもいいかもしれないけど早く行かないとミンナ死んじゃうぞ☆』
「……クソっ!!」
ライトは物凄く恨めしい顔を浮かばせてブレスレットをいじったかに思えた────瞬間彼はものすごい跳躍力で空中に飛び出していって、あっという間に点となって混沌とした現場へ殺到していく。
「ディャァッ!!」
箒も無しに空を飛んだ彼を見送るように眺めた不気味な者は、後からやってきたこれまたやや不審な者から突っかかったような言い草をされ。
「何をしてるんだ『首なし』」
『アレに真面目に戦うとか自殺なんだよねー:-P』
保険はかけたよという彼が振り返り見つめる先、もう既に地獄の火は燃え盛り少なくない人が傷つきそして斃れた、悲鳴と苦痛の鉄火場を生み出した驚異の力は間違いなく他生徒にも、そしてウィルにも襲うだろうから。
急げ影法師、あるいは銀の旋風よ、奴らの仕草はもはや剣や魔法だけでは止められない!