二年生新学期の始まりは、去年の入学時と何ら変わり映えしないものとなった。もっとも、特に何もしなかった──できなかった──夏休みを挟んだところで、ルークの実力に変化が表れるはずもないので当然のことだ。
しかし、ひとつだけ去年との素晴らしい違いがあった。ルークにとって最高の出会いがあったのだ。
それは、ホグワーツ特急にてジニーから譲り受けた黒い日記帳だった。
ホグワーツに帰ってきた日の夜、何気なく日記帳を開いたルークはその秘密を知ることとなる。何の変哲もない古ぼけた日記帳には、元の持ち主である『トム・マールヴォロ・リドル』の記憶が封じ込められていたのだ。
そして驚くことに、そのリドルとは会話をすることができた。日記に何かを書けばすぐにその文字は消え、代わりにリドルからの返事がページに浮かび上がる。
優しく、博識なリドルとの会話はとても素敵なものだった。顔も見えない相手となると、身近な人には相談しづらい悩みもつい饒舌に話してしまう。リドルは寛容で、ルークのどんな些細な悩みにも深い理解を示してくれた。
たったの数日間で、ルークは
***
「ルーク、何やってるの?」
新学期初回の魔法薬学の授業が終わり、ハリーはぐったりしながら左隣の弟に声をかける。この授業で合計15点分も減点を食らってげんなりしている自分とは真逆に、ルークは新学期始まって以来の生き生きとした空気を漂わせていた。
「もう授業は終わったんだから早く片付けて出ようよ」
ハリーの右隣に座っていたロンはというと、ハリーと全く同じ疲れ切った表情でルークに声をかけた。
「先に行ってていいよ。僕はスネイプ先生に用事があるからさ」
「うげぇ、ルークってほんと変わってるよな。じゃあハリー、先に行ってようぜ」
「そうだね。それじゃルーク、またあとで」
「うん、またあとで」
ルークは足早に地下牢教室を出ていく兄と友人を見送ってから、前の教卓のほうに視線を向けた。スネイプはまだ生徒から今日の課題である魔法薬の小瓶を回収している最中だった。眉間にしわを寄せて不機嫌そうに小瓶を受け取る姿は正直恐ろしく、現に提出中のスリザリン生は表情がひどくこわばっている。彼の瓶の中身は粘土のようなくすんだグレーで、本来は鮮やかなグリーンになるはずであることを考えると調合を失敗したらしい。
(乾燥ナメクジを入れるのが早すぎたんだろうなぁ)
とにかくまだスネイプの手は空きそうにない、とルークは手元の魔法薬学の教科書に視線を落とした。二年生用のこの教科書は買ってからすでに二周していて、三周目の今は頭の中で調合をシミュレーションしながら読んでいる。どうせ得意科目と胸を張れるのは魔法薬学くらいなのだから、徹底的に取り組みたかった。
ふと背後から視線を感じた気がして、ルークは小首をかしげながら振り向く。すると、ドラコ・マルフォイと目が合った。しかしすぐに、慌てたようにそらされてしまう。──これでは書店で会った時と同じだ。
彼はすでに課題を提出し終えているようで、手元にはルークと同じく教科書が開かれていた。きっと、スネイプを同じ理由で待っているのだろう。ルークはかすかに微笑んで、視線を戻した。
最後に課題を提出し終えた一人が地下牢教室を出ていく足音を聞きながら、ルークは立ち上がっておもむろにスネイプのいる教卓へと向かう。マルフォイも隣に来ていて、再び目が合うと今度は少し気まずそうな顔をされた。
「スネイプ先生」
慣れたようにルークが声をかけると、スネイプは二人が何を言いに来たのかもうわかっていたのだろう、教卓に置いてあった二冊の本をそれぞれに手渡した。
「試験は十日後、去年と同じ形式で行う」
簡潔だが、説明はそれだけで十分だった。
「ありがとうございます」
ルークとマルフォイは自然と声をそろえてそう言った。
「──マルフォイ」
地下牢教室を出てすぐ、ルークの呼び止めにマルフォイは立ち止まって振り返る。
「よかったら、一緒に試験勉強しない? 二人でやるほうが効率はいいと思うんだ」
マルフォイはぎこちなく肩を揺らして戸惑ったように視線を泳がせた。
誘われるとは思っていなかったのか──しかし、驚いたというような反応では無い。ルークはルークで、去年のようにすげなく返されるものだとばかり思っていたから、生じた沈黙に目を瞬かせる。
「どう……かな?」
もしかしたら上手くいくかもしれないという期待を込めたが、返ってきた言葉は短くつれなかった。
「断る」
そしてルークの顔を見ないように視線をずらしたまま、マルフォイはローブを翻して行ってしまった。
「だめかぁ……」
ぽつんと取り残されるこの感覚にデジャブを感じてルークは一人苦い笑みを浮かべ、しばらくその場を動けなかった。
***
その日の夜、皆が寝静まった後のグリフィンドールの談話室でルークは一人、日記帳と向き合っていた。
『思うんだ……僕がハリーだったら、マルフォイも僕と友人になってくれたかなって』
書いた文字は、スゥっと解けるように消えていく。代わりにルークが書くよりも美しい文字が浮かび上がった。
『どうしてそう思うんだい? ハリーとマルフォイは犬猿の仲なんだろう?』
『うん、確かにあの二人、すごく仲悪いけどさ……。それでも、ハリーはマルフォイに意識されてる。僕は彼の視界にすら入ってないよ。──彼だけじゃない。ロックハートに、コリンに……きっとジニーやロン、ハーマイオニーだって、ハリーを通して僕と仲良くしてくれてるだけだ』
『ルーク、そんなにネガティブになってはだめだよ。少なくとも、そう、僕だけは、何があっても君の味方さ』
君の味方──その文字が一際大きく浮かび上がり、強調される。
『君は、日記の中で一人退屈だった僕の唯一の話し相手になってくれた。君は僕の、そして僕は君の親友で、最大の理解者なんだよ、ルーク』
『トム……僕のことを
『さぁ、明日も早いんだろう? 今日はもう寝たほうがいいよ。おやすみ、ルーク』
『うん、おやすみ、トム』
ルークは羽ペンを置いて、大きく息を吐きだした。
頭の中がすっきりしている。まるで、何かが抜けていったかのようだ。
きっとリドルと話をしたおかげで、悪いもやもやがなくなったからだろうと、ルークは大事に日記帳を胸に抱えた。──そこからどうやってベッドに帰ったかは記憶がない。それでも、翌朝には最高に良い目覚めを迎えた。
ここのところ、毎晩毎朝がそうだった。