ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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15.

「──それでは、来週のこの時間までに骨生え薬に関するレポートをまとめてくること」

「はい、先生」

 

 ルークは最近読んだ本の中で、骨生え薬に関する記述があったものを思い出そうと記憶を辿った。

 通常授業で出される課題と違って、この特別授業の課題レポートでは羊皮紙の長さ──つまり文量の指定がない。

 その代わりに扱う薬は通常では習わないものがほとんどなので、教科書では情報が足りないのだ。

 ふと隣を見ると、マルフォイが難しい顔をしながらルークと同じように机を片付けていた。きっと彼も同じように記憶を探っているに違いない。

 

「あぁ、そういえば──」

 

 突然、スネイプがわざとらしくゆっくりと話し始めた。ルークもマルフォイも、何事かと顔を上げる。

 

「つい先日、我輩の研究室から盗みを働いた者がおりましてな」

「えっ」

 

 思わず声が出てしまい、ルークは慌てて口元を手で押さえた。──心当たりがあったのだ。

 

「一昨日、授業中に花火を他人の大鍋に投げ込み爆発させるという信じがたい愚行が為され、騒ぎになったのは記憶に新しいだろう」

 

 ルークは緊張で胃がひっくり返りそうになった。隣ではマルフォイがものすごく嫌そうな顔をしている。当たり前だ。彼はその愚行(・・)によってふくれ薬を浴びてしまい、鼻が小さいメロンほどに膨れるという被害を受けたのだから。

 

「まだ犯人は分かっていないが……タイミングを見ても盗みを働いたものと仲間だとしか思えん。心当たりは……あるかね?」

 

 ルークはスネイプとしっかり目が合った。

 犯人が分かっていないなんて嘘だ。スネイプはきっと、犯人がハリーたちだと確信を持っているに違いない。

 自分は何も聞かされていなかったが、一昨日の授業の際にハリーが花火をゴイルの大鍋に投げ込むのをバッチリ隣で目撃していた。騒ぎに乗じてハーマイオニーが数分姿をくらましたのも。

 

「僕は何も、知りません」

 

 ルークは必死でとぼけた表情を取り繕った。

 

「僕も知りません」

 

 本当に何も知らないマルフォイの苦々しい声色に、勝手に助け船を出されたような思いを抱きながら『いったい誰なんだろう』という顔をする。どうかそう見えてくれと願いながら。

 

「そうか」

 

 スネイプは軽く鼻を鳴らし、ルークから目をそらした。

 

「盗まれたのは一体何なんですか?」

 

 もうこの話題は終わらせてくれ──と、ルークはいたたまれない気持ちで小さく息を吐きだす。

 

二角獣(バイコーン)の角と、毒ツルヘビの皮だ。盗人どもが何を作ろうとしているのか、予想がつくかね?」

 

 ルークは無意識に、隣のマルフォイを見た。彼も同じだったようで、目が合う。そして自然と声が重なった。

 

「ポリジュース薬」

 

 スネイプは軽く頷き、言った。

 

「話は以上だ。片づけを終わらせ、速やかに寮に戻るように」

 

 

 

 

 その夜、ルークは寮の談話室でいつもの三人組を見つけ、そばに寄った。

 

「あれ、ルーク。珍しいね。いつもこの時間には寝てるのに」

 

 実際は寝ているのではなくトム・リドルと会話をしているのだが、それは彼との秘密だ。ルークは曖昧に笑って誤魔化す。

 

「三人が、あー、何をしようとしてるのかはなんとなくわかるつもり。秘密の部屋について調べたいんでしょ?」

 

 すぐ近くに人はいないが、自然とルークは身をかがめて声を落とした。

 三人ははっとした表情をして、同じようにひそひそ話をする態勢になった。

 

「ポリジュース薬は手順が複雑で使う材料も多いから面倒だけど、その手順さえ間違えなければ難しい薬じゃない。でもこれだけは気を付けて、絶対に動物の一部だけは入れちゃだめ。スネイプ先生にばれたら退校処分だよ。確実に、変身したい相手の一部を入れるんだ」

「えぇ、分かった。気を付けるわ」

 

 中心となって薬を煎じているであろう ──というかほとんど全部やっているに違いない──ハーマイオニーが真剣に頷いたのを見て、ルークはほっと息をついた。

 

「あとできれば、もうスネイプ先生の授業で花火を爆発させるなんてことはしないでね……僕の心臓が持たない」

「あぁ、その……ごめん」

 

 気まずそうに目をそらすハリーとロン、そしてハーマイオニーにルークは苦笑いするしかなかった。

 

 

***

 

 

「皆さん! さぁ、集まって! 私のことはよく見えますか? 声はよぉく、聞こえますか?」

 

 食事用のテーブルが除かれた大広間、いつもは設置されていない即席の舞台上に、きらびやかな紫色のローブを身に纏い満面の笑みを浮かべたロックハートが颯爽と現れた。

ロンがうげぇっと顔をしかめる。

 

「なぁんだ、あいつか」

 

 そんなロンの様子に、ハーマイオニーが眉を吊り上げた。

 

「あら、彼以上にこの『決闘クラブ』にふさわしい人はいないと思うわ」

 

 決闘クラブ──昨日の掲示板に開催の告知が張り出された時から、ホグワーツの生徒たちはみな興奮に沸き立っていた。

 開催地となった大広間にはほとんど全生徒ともいえる人数が集まっていて、凄まじい熱気にあふれている。

 もっとも、ロックハートの登場によってあからさまに肩を落とした人も、ルークの見える範囲で相当数いたが。

 

「無理に引っ張ってきちゃったけど、あんまり来る価値なかったかも」

 

 ハリーがそっと耳元で囁いた内容に、ルークは小さく笑みを零す。

 

「静粛に!」

 

 声を張り上げたロックハートに、ざわつきが静まった。

 

「最近は何かと物騒ですからね。この不穏な状況を鑑み、偉大なる校長はこの私に! 決闘クラブ開催の許可を与えてくださいました。これまで数々の困難を乗り越えてきた経験をもとに、皆さんに護身術をお教えいたしましょう!」

 

 ウィンクが放たれ、疎らに歓声が上がった。十割が女子たちの声であるため、恐ろしく甲高い。

 

「訓練を始めるにあたり、短い模範演技が必要ですね。そこで私の助手を紹介いたしましょう! スネイプ先生です!」

 

 輝く笑顔のロックハートとは対照的に、一睨みでトロールを殺してしまえそうなほど不機嫌さをにじませたスネイプが、するりと壇上に上がった。思わぬ助手(・・)の登場に、生徒たちの間に再びざわつきが広がる。

 

「心配には及びませんよ。皆さんの大事な魔法薬の先生を、私の魔法で消してしまったりはしませんからね」

 

 またウィンク。しかし黄色い歓声は起こらなかった。逆の事態──つまりスネイプがロックハートを消す──は起こりそうだと、大半の人が思ったせいである。

 

「相打ちになればいいのに、そうは思わない?」

 

 ロンのささやきには、ルークもハリーも返さなかった。ルークはロックハートだけがやられてほしいと思っていたし、ハリーはロックハートの強靭すぎる心臓にドン引きしていたのだ。

 

 呆気に取られる生徒たちを置き去りにして、スネイプとロックハートはお互いに距離をとって向き合い、杖を構えた。

 

「三つ数えたらお互いに術を掛けます」

 

 ロックハートの声が大広間に響く。自然と生徒たちは固唾を呑んで二人の教師を見つめている。

 生徒の八割は、ロックハートの死の瞬間を目撃することになるかもしれないとうっすら怯えていた。

 

「一、二、三──」

 

 二人とも、同時に杖を高く振り上げる。しかし魔法が速かったのはスネイプの方だった。

 

「エクスペリアームズ!」

 

 赤い閃光がスネイプの杖先から迸り、ロックハートの体を直撃する。彼は無様に吹き飛び、そのまま床に大の字に倒れこんだ。

 わぁ、っとスリザリンの生徒を中心に歓声が起こる。ルークも思わず歓声を上げそうになったが、すぐ隣で悲痛な声を上げたハーマイオニーに配慮して口をつぐんだ。

 

「いやはや……皆さん、よくご覧になりましたか?」

 

 ロックハートはふらふらと立ち上がって言った。

 

「あれが武装解除の術です。スネイプ先生、あれを生徒たちに見せようというのは素晴らしいご判断でしたね。しかし、やることがあまりにも見え透いていました! 避けようと思えば簡単に避けられましたとも」

 

 ──嘘つけ、と、ポッター兄弟の声が重なる。

 

 放っておくと永遠にツラツラと言い訳を喋り続けそうな勢いだったロックハートも、殺気を滲ませたスネイプの一睨みでサッと表情を変えた。

 

「さて! それではさっそくだれか二人に実践してもらいましょう」

 

 そしてあろうことか、ロックハートは迷いなく、ルークたちの方に視線を向けた。

 

「これは、ポッター兄弟がいるではありませんか! ちょうどいい、二人にやってもらいましょう。さ、壇上に上がって」

 

 ハリーは嫌そうに顔をしかめただけだが、ルークは青ざめた。──できるわけがない。大事な兄に杖など向けて、爆発させてしまったらどうする。

 

「残念だが──ルーカス・ポッターの実力では、兄の方を四散させかねない。惨事を招きたくなければ、その組み合わせはやめておいた方がいいと思うがね」

 

 スネイプの言葉に、ルークはほっと胸をなでおろした。およそ教師が発言していい内容とは思えないが、悲しいことにすべてが正しい。

 

「それでは──」

「我が寮の、マルフォイでどうかね?」

 

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべたスネイプは、誰の了承も得る前に舞台の下にいたマルフォイに上がってくるよう指示をした。

 ハリーも覚悟を決めたように唇を引き結び、壇上へと上がる。不安げに眉を下げている弟を安心させるために微笑むくらいの余裕はあった。

 

「健闘を祈る」

「はい、先生」

 

 ロックハートからの応援なんて何の役にも立ちはしない。向こう側でスネイプに何事か囁かれたマルフォイが嫌な笑みを浮かべているのを見る限り、始まる前から不公平だと思う。

 

「さぁ、杖を構えて──三つ数えたら、お互いに武装解除の術をかけてください。武器を取り上げるだけ! いいですね?」

 

 ロックハートの念押しもむなしく、三つ数え終わった瞬間にドラコ・マルフォイが放った魔法はハリーの武器を取り上げることはしなかった。代わりに、ガンっと頭をフライパンで殴られたかのような衝撃がハリーを襲う。

 よろめきながらも、ハリーは即座に杖を振り上げて魔法を返した。

 

「リクタスセンプラ!」

 

見事な直線を描いた白い閃光がマルフォイの体を吹き飛ばす。

 

「杖を取り上げるだけといったのに!」

 

 ロックハートが嘆いたが、ハリーの耳にもマルフォイの耳にも届いてはいなかった。

 

「サーペンソーティア!」

 

 再び、マルフォイが杖を振った。杖先が鋭く光り、なんとその光から黒々とした長いヘビが現れる。ハリーは思わずぎょっとした。

 二人の間にドスンと落ちた黒ヘビは、鎌首をもたげて周囲を威嚇している。思わぬヘビの出現に見ていた生徒たちも悲鳴を上げて遠のいた。

 

「動くな、ポッター。我輩が追い払ってやろう」

 

 怒ったヘビに怯え立ちすくんでいるハリーの様子が面白くてたまらない、といった雰囲気をにじませたスネイプが悠々と言った。

 

「いえいえ、ここは私にお任せを!」

 

 しかし杖を取り出したスネイプを遮り、ロックハートがヘビに向かって大仰に杖を振り下ろす。

 バーンと激しい音を立て、ヘビは真っ直ぐ二、三メートルは宙を舞った。そのまま消えることはなく、べしゃっと再び同じところに戻ってくる。なんて茶番だ。

 意味もなく吹き飛ばされたヘビは先程と比べ物にならないほど怒り狂い、シューシューと牙を剥き出している。そして、ヘビは引き寄せられるかのようにルーク目がけて滑り寄り、再び鎌首をもたげた。

 周囲でいくつもの悲鳴が上がった。ハリーも思わずあっと声を上げる。

 臆病な弟が悲鳴を上げて逃げ出そうと動けば、ヘビはあっという間に彼に噛みついてしまうだろう。止めなければ、と頭が真っ白のままルークを見、そしてギョッと動きを止めた。

 ルークは、能面のように無表情だった。恐怖も焦りも浮かべることはなく、ただじっとヘビを見つめている。幼い頃、ダーズリー家の庭で一度だけスローワームが出たときは、盛大に悲鳴を上げて泣きながらハリーにしがみついてきたというのに。

 

『──落ち着け』

 

 最初、聞こえてきたその言葉がルークの発したものだと気づけなかった。なんだかずいぶんと妙な響きだ。しかし確かにはっきりと、ルークがヘビに向かって「落ち着け」と言っていた。

 ヘビは首をゆらゆらと揺らして、今度はルークの隣に立っていたジャスティン・フィンチ-フレッチリーへと矛先を変える。ジャスティンはぎょっとしたように肩を揺らし、ルーク、そしてヘビを見た。その顔は恐怖と焦りでいっぱいになっている。

 

『襲うな』

 

 再び、はっきりとルークは言った。

 

『僕の言うことを聞け』

 

 ヘビはまるで、ルークの言葉に逆らうか従うか迷っているようだった。

 ハリーは、強烈な違和感に眉根を寄せる。ルークは、こんなことを言う性格だっただろうか。──否、断じて違う。今ヘビと話しているのは、一体誰だ……?

 

 結局ヘビはルークに従うことを選んだらしい。威嚇をやめ、床に平たく丸まって従順な瞳で彼を見上げている。

 静寂が広まる中、スネイプが音もたてずに進み出て、杖を振った。ヘビが黒い煙を上げて消え去る。その様子に、ルークはアッと小さな声を漏らした。──その瞬間、なぜかは分からないが、ハリーはルークが戻ってきた(・・・・・)と感じた。

 

「悪ふざけはよせよ!」

 

 沈黙を切り裂くように、ジャスティンが叫び声をあげた。怒りに燃えた瞳が、まっすぐにルークをとらえている。

 

「え、っと……?」

 

 ルークはわけも分からず、ひたすら戸惑ったように瞬きを繰り返す。

 その時ハリーはようやく、周り中が嫌な空気に満ちていることに気がついた。

 皆がルークに探るような鋭い目つきを向け、ひそひそと不吉な話をしあっている。まるで病気を移されるのを恐れるかのようにルークを避けるものだから、彼の周りにだけぽっかりと空間ができていた。

 なぜかは分からないが、皆がルークに恐れをなしているのがヒシヒシと感じられる。

 一刻も早くこの嫌な空間から弟を連れ出さなければとハリーが動くよりも前に、スネイプが動いた。

 スネイプはやや強引にルークの手首をつかみ、引きずりそうな勢いで大広間を出て行った。

 

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