夏休みが始まるまでの期間は、これまでの激動の日々と打って変わって穏やかに過ぎていった。
ハリーとロンの功績によってグリフィンドールは二年連続で寮対抗優勝杯を獲得したし、なんと期末試験は無しになった。
さらに多くの生徒、そして教師の悩みの種となっていたギルデロイ・ロックハートも諸事情により学校をやめることが決まり、生徒たちはこれまでの恐怖の日々を掻き消すような活気に満ち溢れていた。
今回の騒動の中心にいたルークも例外ではない。
あの夜──ハリーとロンに助け出され正気を取り戻した後は、自分のしでかした事の重大さに打ちのめされて医務室で号泣していたが、ダンブルドアやマクゴナガルをはじめとする教師陣、ロンやハーマイオニーをはじめとする友人たち、そして双子の兄の支えをもって何とか前を向くことができた。
一連の事件の犯人であることが当然ホグワーツ中に知られてしまったわけだが、同時に呪いの品に操られた哀れな被害者であるという話──ハリーやウィーズリー兄弟によって大幅に悲劇性が脚色されている──も広がったため、向けられたのは悪感情ではなく同情や慰めがほとんどであったのが救いとなった。
日記帳がルークの手に渡る直接の原因となってしまったジニーはしばらくショックを受けていたが、兄たちの励ましもあってルークを元気づけることに全力の熱量を注いだ。これによってルークとジニーはさらに仲良くなり、「こっちのが本当の兄妹みたいだ」とロンが拗ねてしまったのはいい笑い話である。
***
「──もう、体調は大丈夫なのか」
二年生最後の魔法薬学特別授業の終わり、マルフォイから唐突に声を掛けられてルークは思わず片付けの手を止めた。
「え、あー、うん。もう大丈夫」
「そう、か……ならよかった」
スネイプは片付けの指示を終えると用事があるからと出て行ってしまった。今この地下牢教室にはルークとマルフォイの二人きりであるため、妙な気まずさから落ち着かない。
「あの、さ」
おずおずとルークが口を開くと、今日初めてマルフォイと視線が交わった。色素の薄いアイスグレーの瞳が揺れている。
「あんまり、操られてる時の記憶ってないんだけど……君に杖を向けちゃったことは何となく覚えてるんだ」
マルフォイが、はっとした顔になった。
「ずっと謝らなきゃって思ってた。──ごめん。僕が馬鹿だったせいで、痛い思いとかさせてたら……」
「違う!!」
予想だにもしていない突然の大声に、ルークは危うく魔法薬の詰められた小瓶を落っことすところだった。
マルフォイ自身、叫んでしまった自分に驚いたように口元を手で押さえている。
「え、っと、何が……?」
「…………」
長い沈黙。ルークは辛抱強く、マルフォイが口を開くのを待った。待たなければと、彼の言葉を聞かなければと強く思ったからだ。
「──日記帳」
ようやく、マルフォイはぽつりと言葉を漏らした。
「あの日記帳には、見覚えがある」
「──!」
ルークは、彼が何を言おうとしているのかを察して目を見開いた。
「あの日記帳を君に持たせたのは、おそらく…………父上だ」
苦し気に、息を詰まらせるように彼は言った。
「家にあったものだ。もっと幼い時に偶然父上の書斎で見つけて、中を読もうとして酷く叱られたことがあるから覚えていた」
ルークは何も言わなかった。言えなかった。──知っていたからだ。
日記帳がルシウス・マルフォイによって与えられたことはすでにハリーから聞かされていた。それが原因なのかは知らないがマルフォイ氏はホグワーツの理事から外されることとなった。恨まれているかもしれないからドラコ・マルフォイには気をつけろ──というのがハリーの言葉だった。
しかし今目の前でうなだれているマルフォイが、ルークを恨んでいるようにはとても見えない。むしろ、
「なんで……そんな、罪悪感に満ちた表情をしてるの?」
ルークの問いかけに、マルフォイは頬でも叩かれたような顔をした。そして、ぎゅっと唇を噛む。
「わからない……ただ、僕の父上がしたことで、君は……死にかけたんだ」
マルフォイはほとんど泣きそうな顔をしていた。
「どうして父上がそんなことをしたのかわからない。そもそもなんで……『例のあの人』の学生時代の日記を、父上が持っていたのかなんて──」
ルシウス・マルフォイが元、闇の陣営であることは広く知られていることだ。しかし、それはあくまで『例のあの人』に服従の呪文を掛けられ強制されていたからというのが表向きの見解である。だから『あの人』が失踪したのちは、誰よりも早くダンブルドアの陣営に戻ってきていた。
世間の誰にどう思われようが、息子であるドラコは父の身の潔白を疑ったことなどないのだろう。
──それが、今回の出来事によって揺さぶられてしまった。
「僕が死にかけたのは、君のお父さんのせいなんかじゃない」
「えっ、……」
ルークは苦笑して、あっけらかんと言った。
「僕が馬鹿で、救いようのない愚か者だったってだけだよ。だってさ、なんでも相談に乗ってくれる優しい優しい日記帳──これ以上にないほど怪しいのに、僕は『彼』以上に僕を分かってくれる人はいない、なんて思ってたんだから。馬鹿すぎて笑っちゃうよね」
「……熟練の魔法使いだって『例のあの人』には惑わされたんだ。君は、愚か者なんかじゃない」
「日記帳のことに気づいてすぐに、スネイプ先生に言うべきだった。そしたらもっと早く事件は終わっていたかもしれない。君が、『秘密の部屋』で死にかけるなんてことにはならなかったかもしれない。本当に、」
マルフォイは言葉を切って深く俯いた。──いや、頭を下げたのだ。
「本当に、すまなかった」
「……ぁ、ちょ、ちょっと待ってよ……そんな、謝らなくてもいいって」
──謝られたルークの慌てようが、どうやら面白かったらしい。マルフォイは、ちょっと眉を下げてくすりと笑う。
「普通はもっと怒ったり、貶したりしそうなものだけどな」
「そ、うなのかなぁ……でもまぁ、死者が出たわけじゃないし、僕があれこれ言うのも……」
困ったようなルークの様子を見たマルフォイは、笑みを消して呆れた表情になった。
「君が一番、色々と言う権利があるだろう」
「あはは……」
本当に変な奴だな、そう言葉をこぼすマルフォイはどこか肩から力が抜けている。
きっと、彼なりに最悪の未来を考えたりしていたのだろう。
「あのさ、マルフォイ」
「なんだ?」
何を言うのかと不思議そうな顔をしているマルフォイに、ルークは微笑んだ。
「よかったらさ、三年生の特別授業の課題は一緒にやらない?」
虚を突かれたように、マルフォイはぴたりと固まった。
そして、じわじわとその頬に赤みがさしていく。
「──来年も特別授業を受けられるかは、まだわからないだろ……」
「受けられるさ。だって、僕と君だよ?」
にっこりと笑って迷いもなく言い切ったルークの言葉に、マルフォイは思わずというようにふっと笑みをこぼす。
「すごい自信だな」
「魔法薬学に関してだけはね」
「……正直、一人であの課題をこなすのはだいぶ厳しくなってきていたんだ」
ルークの瞳が期待を帯びて輝いた。
「だから、その、よろしく頼む──ルーク」
羞恥心を滲ませた声色で発せられたその言葉が、ルークの脳内に浸透していく。
噴水のように湧き上がる歓喜に身を任せ、ルークは満面の笑みで言った。
「こちらこそよろしく! ドラコ!」
✧ ルーカス・ポッター
一年生の時よりも少しだけ髪が伸びた以外にほとんど変化がない。
諸々の劣等感から来る弱みに付け込まれ、あっさりとヴォルデモートに魂を明け渡してしまった。
本来はパーセルマウスでも何でもないので、今後ヘビと話す機会は一切ない。自分の意思が絡んでないとはいえバジリスクをけしかけたことをかなり気に病み、石化してしまった人たち全員に律儀に謝りに行った。
ジニーとすこぶる相性が良く、お互いに親友と呼べる仲になる。容姿も割と似ているので傍から見るとほとんど姉弟。
ついにドラコとも名前で呼び会う仲になった。きちんとハリーにも言いたいのだが、マルフォイの名前を出すとものすごく嫌そうな顔をするので友人になったことを伝えられないでいる。
自己肯定感の低さ故に、色々な人から過保護の矢印を向けられていることに全く気づいていない。
✧ ハリー・ポッター
弟の不調を気にしていながら、肝心なことは何も気づけないままだったことを酷く気に病み、今後ルークへの
故にルシウス・マルフォイが事の発端であることをものすごく恨んでおり、ドラコとルークが近づくのも例外なく地雷である。
ルークとジニーが仲良くしている様子をこの上なく微笑ましい気持ちで眺めている(この時点でまだジニーは妹枠)。
✧ ロン・ウィーズリー
事件後に落ち込みまくっているルークをとにかくなりふり構わず励ましたものすごくいい子。ジョージとフレッドの協力のもと、ルークがいかに日記帳に苦しめられたかを話し回ることで彼に悪感情が向けられないよう頑張った。
ジニーとルークが本当の兄妹以上に仲良くしていることに最初モヤッとしていたが、慣れてくるにつれて『ルークも僕の弟だったかも』位のマインドに切り替わる。
✧ ハーマイオニー・グレンジャー
事件後に落ち込みまくっているルークを──(以下略)。
石化の被害者になった訳だが、特にそのことに関して思うことは無い。
原作と違いルークからの助言を受けて確実にミリセントの髪を手に入れたため、中途半端な猫の姿になることは無かった。
ルークに対して過保護を爆発させるハリーとロンを窘めるどころか自分も乗っかる。
✧ ジニー・ウィーズリー
事件後に落ち込み──(以下略)。
原作と違いルークという良き友人を最初から得たことで、本来の陽気で強気な性格のまま一年生でも過ごすこととなった。
控えめでちょっと弱気なルークを良い意味で今後も引っ張ってくれる。それはそれとして、まだ憧れのハリーとは上手く話せない。
✧ ドラコ・マルフォイ
自分は視界にすら入れていない──というルークの思い込みとは裏腹に、ルークのことをめちゃくちゃ過度に意識している人。
明らかに様子がおかしいルークをずっと気にかけていたし、結局何も動かなかったせいで最悪の事態を招きかけたことに猛烈な後悔を覚えている。
今回の件で、一年生の時はプライドが邪魔して言えなかった謝罪の言葉をあっさり口に出せるくらいには打ちのめされている。
ルークに気を取られすぎていたせいで、ポリジュース薬で変身した三人組には微塵も気づいていない。
✧ セブルス・スネイプ
実はルークの様子がおかしいことに早々に気づいて何度も詰め寄っていたが、その度に表層にでてきたトム・リドルに上手く躱されていた。
ルークとリリーをかなり重ねて見ているため(恋愛的な感情はもちろん無い)彼が『秘密の部屋』に攫われた時は相当憔悴していた。