ふぅ、と大きく息を吐き出したタイミングがばっちり重なり、ルークとハリーは思わず顔を見合わせて苦笑した。
まだこれからホグワーツに向かうという段階なのになんだかすっかり疲れてしまって、この先が思いやられるようだ。
コンパートメントが埋まってしまう前に席を取れたのはラッキーだった。──まぁ、家族とのお別れの挨拶等がないからという少し悲しい理由からではあるが。
ここはホグワーツに向かう汽車の中。
ダイアゴン横丁からの帰り、ハグリッドに渡されたホグワーツ行きの汽車の切符には『9と4分の3番線 11時発』と書かれていた。
当然意味がわからず、駅まで送ってくれた伯父のバーノン・ダーズリーには嘲笑され、尋ねた駅員には揶揄いだと思われ相手にされず、刻一刻と迫る11時に怯えながら、なんとか同じ魔法界の人らしいマダムに助けて貰って9と4分の3番線に辿り着くことが出来たのだ。
まさか壁に突っ込めば別世界──少し違うのだろうが──に跳べるとは思わない。説明もなしに切符を渡すだけだったハグリッドに、ルークとハリーは少々呆れてしまった。
ゆっくりと汽車が動き始める振動を感じ、ルークは座席に深くもたれかかってもう一度大きく息を吐いた。
「間に合って本当に良かった……これでダーズリー家にすごすご帰ったらどんな反応をされたか──うぅ、考えたくもないや」
「まったくだね……他の、えーっと、マグル生まれはちゃんと説明を受けてるのかな?」
「きっとね。ハグリッドがうっかりしてたんだよ」
「うーん、勘弁してほしいや」
「でもちょっと、らしいって感じじゃない?」
双子は顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
その時、コンコンと控えめに、開け放たれていたコンパートメントの扉が叩かれた。見ると、赤い髪のひょろりと背が高い少年が困ったような
「あの……ここ座ってもいいかな? 他に空いてなくて」
「もちろん! どうぞ」
ハリーがにこやかに返事をし、ルークはパッと立ち上がってハリーの向かいの席から隣へと移動した。
「ありがとう」
赤毛の少年はホッとしたようにお礼を言って、二人の向かいに腰かけた。
「僕はロン。ロン・ウィーズリー」
「あ! さっきホームへの入り方を教えてくれた人と一緒にいたよね。助かったよ、ありがとう。僕はルーカス・ポッター。ルークでいいよ。こっちは……」
「ルークの双子の兄のハリーだよ。よろしく、ロン」
しかし返事はなかった。ロンはあんぐりと口を開き、目も真ん丸だ。
「ルーカス……
ようやく双子は、ロンが何に衝撃を受けたのかに気づいた。赤ん坊の頃からずっとハリーと一緒のルークにはまだピンとこないが、ハリー・ポッターは魔法界では有名なのだ。
「もしかして、あるの? その……額に例の傷」
「うん、あるよ」
恐る恐るというように尋ねたロンに、ハリーはあっさりと前髪をかき上げて額を見せた。
そこに刻まれた稲妻型の傷をまじまじと見つめたロンは、「すっげぇ……」と声を漏らした。ハリーはそれに、少し照れたように笑う。
ハリーの隣でそのやり取りを見ていたルークは、なんだかふと奇妙な寂しさを覚えた。ダイアゴン横丁へ向かうために訪れた『漏れ鍋』で、多くの大人の魔法使いたちに囲まれ握手を求められるハリーを見た時にも感じたものだ。
ずっと隣にいた、掛け替えのないたった一人の兄。その彼が、なんだか自分を置いて遠くに行ってしまったみたいで。
その時だ。またしても、このコンパートメントに来客があった。
「ここにかの有名なハリー・ポッターがいるというのは本当かい?」
少年らしい高めの声。しかしなんだかイヤに尊大な口調だった。
思わず三人が声の方を見る。そこにはプラチナブロンドの髪をオールバックにし、青白い肌とアイスグレーの瞳の少年が二人の大柄な少年を後ろに引き連れて立っていた。
彼は、ルークを見、ハリーを見、最後にロンのことを見た。
なかなか整った顔立ちであるのに、ロンを見とめた瞬間に浮かべた小馬鹿にしたような表情がすべてを台無しにしている──と、ルークは思った。
「キミら、誰?」
ハリーも同じように思ったのか、少し顔を顰めてやや尖った口調で少年に問うた。
「あぁ、こっちはクラッブとゴイル。僕はドラコ。ドラコ・マルフォイだ」
りゅうの星座の名前だ、とルークが思うのと同時に、ロンが噴き出して小さく笑った。タイミング的にも少年の名前を笑ったのだとわかる。笑われた方のマルフォイ少年は青白い頬をわずかに赤くし、ロンを睨みつけた。
「僕の名が可笑しいか? 君こそ……ハッ、見ればわかるね。その下品な赤毛にそばかす、おまけに貧相なおさがりの服。ウィーズリー家の子だろう」
明らかな嘲笑を滲ませたマルフォイの言葉に、今度はロンが顔を真っ赤にして立ち上がった。
マルフォイはそんなロンのことを再度鼻で笑い、ポッター双子の方に──正しくはハリーの方に向き直った。
「魔法界にも、家柄の良い者とそうでない者がいる。ハリー・ポッター、友達は選んだ方がいい。僕が教えてあげよう」
そう言ってマルフォイはハリーに笑いかけ、握手を求めるように手を差し出した。
しかし、ハリーはその手を取らなかった。
「ありがとう。でも、友達は自分で選ぶよ」
ありがとう、と言いながらハリーの口調は冷たい。マルフォイは小さく目を見開き、そしてすぐにハリーを睨みつけた。
そしてぐっと声が低くなる。
「あぁ、そうかい。……行くぞ、クラッブ、ゴイル!」
すっかり機嫌を悪くしたように、マルフォイはコンパートメントを出て行った。展開が突然かつ早すぎて、ルークはぽかんとしているしかなかった。
しかしドラコ・マルフォイと名乗った彼が、徹頭徹尾ハリーのことしか見ていなかったことに対して内心でまたしても寂しさを感じてしまった。
ハリーとは双子なのに、
「なんか、突然やってきて嫌な奴だったね」
「ハリー! ルークも、あいつとは絶対に関わらない方がいい。マルフォイの父親は『例のあの人』の手下だったんだよ」
座りなおしたロンの力強い言葉に、ルークは思わず肩をびくつかせた。
『例のあの人』──両親を死に追いやった、悪の魔法使いだ。
「それ、ほんと?」
「本当だよ。パパもママもみんな言ってる。闇の陣営だったけど、服従の魔法をかけられてたって誤魔化して逃げたんだ。スリザリン出身の魔法使いにロクな奴はいないよ」
「スリ……なにそれ?」
「ホグワーツの寮の一つだよ」
そう言って、ロンは指折り教えてくれた。
「グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフ、レイブンクローの四つがあるんだ。僕はたぶんグリフィンドール。家族みんなそうだからね。校長のダンブルドアと同じ寮なんだよ」
「へぇー」
わかったようなわかってないような、なんとも気の抜けた返事が二人分重なった。
「寮ってどうやって決めるの」
「さぁね。フレッドとジョージ……兄たちは試験みたいなのがあるって言ってた。トロールと戦うとか」
「嘘だぁ。僕やハリーみたいに、魔法のまの字も知らない人がいっぱいいるんだよ」
ルークの鋭い指摘に、ロンが虚を突かれたような顔をする。
ちょうどそのタイミングで車内販売のおばさんが来て、寮の話はうやむやに終わってしまった。
***
「すごいよハリー! 室内なのに天井がないみたいだ。すごく綺麗」
ホグワーツの大広間に足を踏み入れたルークは、思わず歓声を上げた。しかし周りの一年生たちも同じように感動の声を上げているので、目立ってしまうことはない。
ホグワーツに到着した一年生たちは、森番のハグリッドに連れられてボートに乗り、ついにホグワーツ城へと足を踏み入れた。
想像していたよりもずっとずっと大きくて豪華な城。玄関に入ると今度は、エメラルド色のローブを着た厳格そうな魔女が一年生たちを先導した。ハグリッドに『マクゴナガル先生』と呼ばれていた彼女は、逆らってはいけないと強く思わせるオーラを醸し出している。
彼女についていった先に待ち受けていた大広間は、まさに魔法の世界といった幻想的な部屋だった。
天井があるべき空間には星々が煌めく夜空広がっていて、さらに何千という蠟燭が空中に浮かんでいる。
それらに照らされた四つの長テーブルには上級生たちがびっしりと着席していた。無論、これから座る一年生たちのスペースはどのテーブルにも確保されている。
広間の上座にあるもう一つの長テーブルには、教師と思われる魔女魔法使いたちが座っていた。
「本当に天井がないわけじゃないの。魔法で夜空のように見せているだけ。『ホグワーツの歴史』という本に書いてあったわ」
ふと、得意げにそう語る少女の声が聞こえた。
汽車の中で居なくなったヒキガエルを探していると言って、ルークたちのコンパートメントに現れた少女の声だ。
確か名前は、ハーマイオニー・グレンジャーだったか。あまりに早口にしゃべる女の子で、少しぼーっとした性質のルークは目を回しそうになってしまった。
──広間の奥。つまり上座の教師陣のテーブルの前まで来てマクゴナガルは立ち止まり、一年生たちを振り返った。
そこには小さな椅子と、古びた帽子が置いてある。ずいぶんと汚い。ペチュニアおばさんだったら、近づこうともしないだろう。同じことを考えたのか、ルークとハリーは何となく視線を交わしてくすりと笑った。
ふ、とざわついていた大広間に沈黙が下りたかと思うと次の瞬間、帽子がびくびくと動き
予想を超えた出来事にルークたちがあんぐりとしている間、帽子は朗々と四つの寮の説明を兼ねた歌を歌いあげる。
曰く、勇猛果敢なグリフィンドール。賢く理知的なレイブンクロー。忍耐強く忠実なハッフルパフ。そして狡猾なスリザリン。
──なんだかスリザリンだけ酷い言われような気がする。『誠の友を得るだろう』とも歌詞にはあったが。
「なんだ!」
ロンがルークとハリーに囁いた。
「僕らは帽子を被るだけでいいんだ! ジョージにフレッドめ、騙しやがって!」
ルークたちが苦笑している間に、マクゴナガルは手に持っていた羊皮紙を広げた。
「ABC順に名前を呼ばれた者からこちらに来なさい。──アボット・ハンナ!」
組み分けが始まった。
どうやら、組み分けにかかる時間は人それぞれ違うらしい。数十秒悩まれる者もいれば、帽子が頭に触れた瞬間に寮が叫ばれるものもいる。ドラコ・マルフォイがそのタイプで、ほとんど帽子を被る前にスリザリンと叫ばれていた。
「ポッター・ハリー!」
そしてついに、ハリーの名前が呼ばれた。
その途端、大広間は水を打ったような静けさに包まれた。ハリーが椅子の方へと上がると、今度はさざ波のようにざわめきが広がっていく。
「いま、ハリーって言った? ハリー・ポッター?」
「生き残った男の子だ」
「傷は見える?」
自分の兄が、自分たちの全く知らない人に知られている、という違和感がますますルークに絡みつく。その間にハリーの小さな頭に帽子が乗せられた。
そしてしばらくの間の、沈黙。ハリーは膝の上で強くこぶしを握り、目を固く閉じている。その姿を見ていると、なんだかルークまでどんどん緊張してきてしまった。ルークにとってもハリーにとっても、すこぶる長く感じた沈黙の後、ついに帽子が叫んだ。
「グリフィンドーーール!!!」
その瞬間、大広間が爆発したような大歓声に包まれた。
グリフィンドールの席に座っていた上級生のほとんどが立ち上がり、ハリーを歓迎している。
双子の兄が安心と喜びを表情いっぱいに広げてグリフィンドールの席の方へと小走りで向かうのを、ルークは目で追った。
次は自分の番なのだ。そう思うと、途端に不安と緊張が喉元に這い上がってくる。
「ポッター・ルーカス!」
広間の騒ぎを抑えるように、マクゴナガルはやや強めに声を張った。
ロンに軽く背を叩かれ、ルークは恐る恐る帽子の置いてある椅子の方へと向かう。
こんなにも多くの人の注目を浴びることなど、今までの人生ではなかった。汗ばんだ手のひらを誤魔化すように、ギュッと手を握る。
椅子に座ると、マクゴナガルはサッとルークに帽子を被せた。少し大きすぎるそれはルークの視界を覆い、おかげでこちらを注目する何百の視線が遮られた。
『──ふむ、君もポッター家の子供じゃな』
何が始まるのだろうとソワソワしていたルークは、突如頭の中に響いた声にびくりと肩を震わせた。
しわがれた老人の声に聞こえるこれは、先程朗々と歌っていた帽子の声だ。
耳から聞こえると言うよりは脳内に直接届くような声。こう言ってはなんだが、少々不気味だに感じてしまう。
『しかし……うむ、君はグリフィンドールよりもハッフルパフに向いている』
しばらく帽子はルークの頭の上でブツブツと喋っていたが、何かを決めたようなはっきりとした口調に突如と変わった。そしてその言葉の内容にルークは慌てる。
『ちょ、ちょっと待って!』
口には出さず、頭の中でそう叫んだ。
『うん、なんだね?』
『僕、僕はハリーと同じ寮に入りたい。グリフィンドールがいいんだ!』
『ふむ……グリフィンドールを望むか。しかし君の謙虚さ、忍耐強さ、優しさ、大切な者のためになら負う苦労をも厭わぬ強い心──どれをとっても君はハッフルパフに向いている。ハッフルパフに入れば君は平穏な日々を過ごせるだろう。もしグリフィンドールに入れば、君はきっと苦悩することとなる』
『それでも……それでも、これ以上ハリーと距離ができてしまうのは怖いんだ』
魔法界ではハリー・ポッターは英雄で、皆に存在を知られている特別な人だ。
それでも、ルークのたった一人の兄であることは変わらない。……変わらないのだが、今までと違うことだってある。昔はルークが少々ぼーっとしていても、ハリーはちゃんと弟である自分のことを待ってくれていた。でも今は、これからは、きっと周りがそうはさせてくれない。
英雄である
『近くにいたい。たった一人の兄なんだ』
『なるほど……これもまた、ひとつの勇気とも言えるか。それでは──グリフィンドール!!!!』
高らかに叫ばれた寮名にほっとした瞬間、広間は再び大歓声に包まれた。グリフィンドール席では赤毛で背の高い二人の生徒が「ポッター兄弟を取った!!」と騒いでいる。
頭から帽子が外されふと顔を上げると、マクゴナガル先生が優しく微笑んでいた。