「ハリー! ルーク!」
階下から聞こえた友人の声に、ポッター兄弟は満面の笑みを浮かべて階段を駆け下りた。
「ハーマイオニー! ロン! 元気にしてた?」
「久しぶり!」
ハグを交わすと、なんだかそれだけで『戻ってきた』という感覚に心を満たされる。そう、あの忌まわしいダーズリー家滞在の一ヶ月もようやく終わったのだ。
ルークがあれこれと思い浮かべていたような『最悪の事態』は何一つ訪れることはなく、二人はホグワーツ出発の日までをこうして漏れ鍋で過ごしていた。
「ロン、手紙で言ってたエジプトはどうだった?」
「そりゃもう!」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、ロンが胸を膨らませる。
「最高だったよ! 古いものとか呪われた品がたくさんあるんだ。くじで七百ガリオンも当たるなんて、今でも信じられないよ」
「──よぉ、ロン。まぁたエジプトでの話を自慢してるのか?」
突然二つの声が重なって、ロンはびくりと背後を振り返った。
「自慢なんてしてないよ!」
通りすがりざまにロンをからかうジョージ、フレッド双子は、ますます背が高くなっているもののそっくり具合は驚くほどに変わっていない。
「ルーク!」
さらに聞こえてきた明るい声に、ルークはパッと笑みを深めた。
「ジニー!」
「久しぶりね」
嬉しそうにハグを交わす。ルークの髪がすっかり伸びたこともあって二人の雰囲気はさらに似通り、実の兄妹ですと言われても疑える人は少ないだろうという程だ。
「は、ハリーもその、久しぶり」
「やぁジニー、久しぶり。元気そうでよかったよ」
優しい笑みとともに差し出されたハリーの手を、頬を真っ赤に染めながらおずおずと握り返すジニーの姿にルークやハーマイオニーは思わず口角を緩める。その場でロンだけが、複雑そうに顔をしかめていた。
「あ、あのね……二人に渡したいものがあるの」
「渡したいもの?」
二人がそろって首をかしげると、ジニーはこくりと頷いた。
「誕生日だったでしょう? 私も手紙で送ろうかと思ったんだけど、ロンとプレゼント選びのタイミングがずれちゃって……。エロールはそんなに連続では飛べないし」
ルークはウィーズリー家の老フクロウを思い出す。確かに、ロンからの手紙を届けてもらったときはすっかりへばってしまっていて、こちらでしばらく休ませたのだ。
「ハリーには、これ──」
ジニーが少し緊張したように渡したのは、手に収まるサイズの小さな黒猫の置物だった。目にはキラキラと赤く光るガラス玉が埋め込まれていてとても綺麗だ。
「エジプトでは猫が信仰されていて、悪霊から身を守る女神様なんですって。だからその、ハリーのことを守ってくれるようにって」
顔はますます赤くなり、言葉はだんだんと尻すぼみになっていく。そんなジニーの様子に、ハリーはこの上なく微笑ましげな表情を浮かべた。目の前の少女から向けられる純粋で真っ直ぐな好意に、温かい気持ちが胸いっぱいに広がる。
「ありがとう、ジニー。大事にするよ」
そんなハリーの言葉に安心したのか、ジニーはほうっと息を吐いた。
「ルークにはこれよ」
想い人に対してプレゼントを渡すのとでは緊張の度合いがまるで違うのだろう。ジニーは先ほどよりも幾分か力を抜いた自然な笑みでルークに小さな黒い箱を渡した。
「ハリーと同じものを、って最初は思ってたんだけど、あなたはこっちの方が喜ぶかなって思ったの」
ルークは箱を開けて中身を見た途端、歓喜の叫びをあげた。
──だ! と早口で何か言ったが、聞き覚えのないその言葉はハリーたちの耳をするりと通り抜ける。
「エジプトの方に生息してる
「よ、喜んでもらえたならよかったわ」
予想を遥かに超えたルークの喜び度合いに、ジニーは笑みをひきつらせる。
そのとき、四人のもとに背の高い人影がするりと現れた。
「やぁハリー、ルーク、久しぶりだね」
「ウィーズリーおじさん!」
「話しているところ申し訳ない。ハリー、君に少し話があるんだが、いいかね?」
ハリーは不思議そうにきょとんとし、すぐに頷いた。
「えぇ、もちろんです」
それでは、とウィーズリー氏に手を取られ、ハリーはその場を離れていく。
「話って何かしら?」
「さぁ……魔法省関連のことじゃないか? 聞いたぜ、おばさんを膨らませたって」
「危うく退学になるところだったのよ」
ハーマイオニーがぴしゃりと窘められ、ロンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「でもならなかったじゃないか!」
「結果論よ」
ジニーにまで言われてしまい、ロンは不貞腐れたように黙り込んだ。
そのとき、ハーマイオニーの足元からにゃあという小さな声がして、全員の視線がそちらに向く。
「あら、クルックシャンクス」
ハーマイオニーはおよそ普段出すことはない甘い声を上げ、足元にすり寄ってきた猫を抱え上げた。
ずいぶんと巨大な猫だった。ふわふわの毛は柔らかそうで、赤とオレンジの中間のような色をしている。顔が面白い具合につぶれていて、気難しげな顔を愛嬌あるものにしていた。
「かわいいね。ハーマイオニー、猫を飼うことにしたの?」
「えぇ、そうなのよ。魔法動物ペットショップで一目惚れしたの。こーんなに可愛いのに、今まで欲しがる人がいなかったんですって」
「きっとハーマイオニーが来てくれるのを待ってたんだよ」
「あら、ルーク。ロマンティックなことを言うのね」
ジニーがくすくすと笑い、クルックシャンクスの顎を優しく撫でた。クルックシャンクスは満足げに目を細め、ゴロゴロと甘えた声を出している。
「かわいいだって? この狂暴猫が?」
「クルックシャンクスは狂暴なんかじゃないわ」
「今朝もスキャバーズを追いかけまわそうとしてたじゃないか!」
「猫はネズミを追いかけるのが習性なんだもの」
「こんな奴がうろついてたら、スキャバーズは落ち着いて眠ることも出来ない!」
「言ったでしょ。女子寮と男子寮とでは寝るところも違うし、スキャバーズに害は加えられないわ」
「それはどうかな」
吐き捨てるようなロンの言い方にハーマイオニーは眉を吊り上げ、そのまま不機嫌そうに踵を返してどこかへ行ってしまった。
ロンもロンで、肩を怒らせハーマイオニーとは反対の方へと去ってしまう。
「あの二人って、本当に喧嘩ばっかり」
呆れたようなジニーの言葉に、ルークも苦笑した。
「喧嘩するほど──ってやつじゃない?」
「そうかしら」
その時、ハリーが戻ってきた。そして、あれ? と首をかしげる。
「ロンとハーマイオニーは?」
「二人で喧嘩して、行っちゃった」
「それより、ウィーズリーおじさんの話って何だったの?」
「あぁ……」
ハリーは迷いなくルークを見つめ、頷いた。
「大したことじゃないから、ルークは気にしないで」
本当に大したことじゃないのか──と問い詰め返そうとして、やめた。
去年、自分の弱さと愚かさが原因で周りの人たちを、そして自分自身を危険な目にさらしてしまった。ハリーはもう、自分を頼ろうとはしてくれないだろうし、頼られたところでその信頼に報いれる自信はない。
ハリーが「気にしないで」というのなら、気にしないことが正解だ。
「わかった」
一瞬の沈黙を挟んで、物分かり良く頷いたルークに、ハリーは少し安心したような笑みを浮かべる。
横に立つルークが滲ませる寂しげな気配を敏感に感じ取ったジニーが目を伏せたことに、ポッター兄弟は気づかなかった。