ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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21.

 ホグワーツ新学期が始まり、四日間が経過した。昼間はまだまだ暑さを感じるが、早朝は薄ら寒いくらいだ。

 眠気を吹き飛ばしてくれる清涼な空気の中、ルークはフクロウ小屋を訪れていた。お腹の羽に嘴を突っ込んで眠っていた愛鳥は、ルークの近づく気配を察知して目を覚ます。

 

「おはようグレア。こんな朝早くからごめんね。ちょっと、手紙を届けてほしいんだ」

 

 ──手紙と呼べるようなものじゃないけどね。

 そう笑って、ルークは用件だけが書かれた羊皮紙の切れ端をグレアの足に結び付けた。

 

「朝の郵便配達の時間、他のフクロウに紛れてね。──ドラコ・マルフォイに」

 

 任せろと言わんばかりに小さく鳴いたグレアは、再びお腹に嘴を突っ込み二度寝を始めた。その様子にふっと微笑み、ルークは愛鳥の柔らかな羽を一撫でしてからフクロウ小屋を後にする。

 

「なんだか悪いことしてる気分でまいっちゃうなぁ」

 

 そんな小さな呟きは、誰の耳に届くでもなく朝の空気に溶けていった。

***

 

 

「やぁ、ドラコ」

「──ルーク」

 

 プラチナブロンドの彼の姿を見止め、ルークは嬉しそうに微笑んだ。

 

「よかった、来てくれて。イニシャルしか書かなかったから、送り主が僕ってわからないかもって心配してたんだ」

「さすがにわかる。もっとも、直球で手紙が送られてくるとは思ってなかったから驚いたけどな」

「本当は昨日の魔法薬学終わりに誘いたかったんだけど、ハリーがいたから……」

 

 気まずそうなルークの姿に、ドラコもあえて何か言うことはしなかった。

 去年の出来事を思えば、ハリー・ポッターが弟に対して少々過保護になるのもわからなくはない。

 

「特別授業の試験勉強を一緒にするというのは構わないが、どこでするつもりだ? まさか図書館で堂々と一緒にいるわけにもいかないだろう」

 

 ドラコの疑問に、ルークはあまり見せない渾身のどや顔で返した。

 

「僕もそう思って、去年の帰省前に良い教室はないかなって探してたんだ。──そして見つけたんだよ」

 

 

 ルークに連れてこられたのは七階だった。主要な教室があるわけでもないので人通りは少ない。その廊下の、ただの石壁だったはずのところに、突如として木製の大きな扉は現れた。

 

「ここはまさか──必要の部屋か?」

「あったりなかったり部屋とも言うみたい」

 

 僕らの勉強場所にピッタリでしょ、と、ルークは声を弾ませる。

 そうだな、と返すドラコの声色も明るかった。

 

 

***

 

 

 今年の特別授業の試験は、これまでと比べて格段に範囲が広くなっていた。

 一人ではかなりきつかったね、などと言い合いながら、上手く分担して調合方法を羊皮紙にまとめていく。

 ようやく一段落ついた頃、ドラコは思い出したように小さく笑った。

 

「そういえば、マグルを膨らませて吹き飛ばしたらしいな」

 

 突然投げかけられたその言葉に、ルークはちょうど口に運んだクッキーを喉につまらせ咳き込んだ。

 

「な、なんで、それ、知ってるの?」

「僕の父上は魔法省にも顔が広い」

「そっか……なるほど」

 

 まだなんとなく違和感の残る喉を潤すために紅茶を口にする。

 ──余談だが、この紅茶とクッキーはドラコがホグワーツのしもべ妖精に命じて持ってこさせたものだ。

 必要の部屋は飲食物を作り出すことは出来ないらしい。ホグワーツにしもべ妖精がいることも、簡単に呼び出さることもルークは知らなかった。さすがマルフォイ(・・・・・)である。

 

「何があったら、そんなことが起きるんだ?」

「……今年の夏休み、マージおばさんっていう、居候先のおじさんの妹が滞在に来てたんだ。その人、僕ら兄弟のことをすごく嫌ってて」

「嫌ってる?」

「そう。昔から会う度に嫌なこと言われて、今回の滞在中も僕ら兄弟を奴隷みたいに扱って……心底うんざりしてたよ。まぁ、慣れてることだけどさ」

 

 自嘲するように笑い、ふと顔を上げると、ドラコは静かに眉をひそめている。『魔法界の英雄』が奴隷のような扱いを受けているというのは、彼には想像しづらいことだったのだろう。

 

「それで、そのマージおばさんが僕らの両親の悪口を言ったんだ。あー、もちろんおばさんは魔法云々のことは全く知らないんだけど。──それでハリーがキレちゃって」

「家族を馬鹿にされたなら、怒るのは当然だろうな。そんな、理由だったのか」

 

 揶揄うような真似をして悪かった、とドラコは小さく言葉を漏らす。ルークは一瞬きょとんとし、つい吹き出してしまった。

 

「なんだ?」

「いや、何でもないよ」

 

 素直になったなぁと思って──などということを馬鹿正直に答えるわけにもいかず、ルークは笑みを浮かべたまま軽く手を振って誤魔化した。

 休暇中に何度か手紙をやり取りしてわかったが、ドラコ・マルフォイは意外と律儀でまめで気遣いができる。ハリーやロンと不毛な嫌味合戦をしている姿からはちょっと想像しづらい。

 

「まぁ、あれだよ、先にキレちゃったのが僕じゃなくてハリーで良かったなとは思ってる」

 

 ドラコはあぁと納得したような声を上げ、見慣れたちょっと意地悪い笑みを浮かべた。

 

「確かに、君の方だったらおばさんは膨らんで飛んでいくなんてレベルでは済まなかったかもな。家が爆発していたかも」

「怖いこと言うなぁ」

 

 一年のころから授業中に杖を振っては椅子やら机やら教科書やらを吹き飛ばしていた前科があるので否定できない。とはいえ、三年生になった今年はさすがにそんなことは起こしていないが。

 

「あ、そういえば話は変わるけど、ドラコは選択科目は何をとった?」

「数占い学と魔法生物飼育学だ──後者の方はとったことを心底後悔しているけどね」

「あー……」

 

 ルークは何とも言えず、乾いた笑みをこぼした。魔法生物飼育学は今年から担当の教授がハグリッドに代わっている。ドラコとハグリッドの相性が良くないことなど火を見るよりも明らかだ。

 

「あのふざけた教科書がリストに載っていた時点で嫌な予感はしてたけどな」

「『怪物的な怪物の本』だね。僕もハリーも魔法生物飼育学はとったんだ。だからその本、いっとき一部屋に二冊あったんだよ」

 

 とてつもなく大変だったことは言うまでもないだろう。誕生日にハグリッドからお祝いとして贈られてきたのだが、うっかり二人同時に包装を解いてしまったがために暴れまわる本の怪物二体を真夜中に相手することとなった。

 

「君はあともう一科目なにを取ったんだ?」

「マグル学」

 

 そう答えると、ドラコはわかりやすく怪訝な表情を浮かべる。

 

「必要か? ずっとマグルの世界で暮らしてきたんだろう」

「──成績が危ないから、マグル学なら確実に困らされることもないだろうと思って……」

「あぁ、なるほどな」

 

 情けない話、ルークは三年生となった今でも十分に落ちこぼれの生徒だった。地頭は悪くないので座学の方はそれほど酷い成績になっていないが、実技の方は言うまでもなく酷い。

 

「高学年になるにつれてどうしても実技の比重が増えるから……これ以上負担は増やしたくないなと思って。数占い学とか古代ルーン文字学も興味あったんだけどね」

「──君は魔法薬学に関しての才能が突出しすぎてるんだ」

「一番好きなことに適性があるんだから、幸せな事だよ」

 

 ルークは皿に盛られたクッキーに再び手を伸ばしながら、アッと何かを思い出したような声を上げた。

 

「どうした?」

「ドラコに聞きたかったことがあるんだ。吸魂鬼(ディメンター)のことなんだけど」

 

 凶悪な脱獄囚として世間を賑わせているシリウス・ブラックなる犯罪者を捕らえるため、今年のホグワーツはディメンターという魔法生物による警備が行われることとなった。

 しかしディメンターはシリウス・ブラックのみを正確に選んで襲撃するわけではない。ホグワーツに来るまでの汽車内でそれを痛いほどに実感したルークには、どうしても心配なことがあった。

 

「クィディッチの練習中とか試合中にディメンターが来ることってないのかなと思って。ほら、結構高くまで飛んでるだろう? もし襲われたらって不安で」

「それは……まぁ、ないだろうな」

 

 ドラコの口調には「あったら困る」という心の声が滲んでいる。

 

「そもそもダンブルドアはディメンターがホグワーツに介入してくることをよく思ってない。学内の活動にも支障をきたすような事態は許さないはずだ」

「あ、そっか……たしかに」

「それこそ、兄に聞けばよかったんじゃないか? グリフィンドール側も練習は始めてるんだろう」

「ハリーは……多分、大丈夫っていうだろうから」

 

 

 ──たとえ、大丈夫じゃなくても。

 無理やり口角を上げただけの笑みを張り付け、何かを誤魔化すようにティーカップを口元に運ぶ。そんなルークの姿に、ドラコは無意識に眉をひそめた。

 去年の事件の後から、ハリー・ポッターがルークに向ける過保護は目に見えて加速した。目に見えて、とは言ってもあからさまなわけではないが、少なくともドラコに向けられる警戒心は確かに強くなっている。

 もしもドラコが目の前でルークに話しかけようものなら、ポッターは躍起になって引き離そうとするだろう。

 ──当然のことだと思う。ドラコの父親、ルシウスが仕掛けたことによって、ルークは文字通り死にかけたのだから。

 それを考えると、今こうしてドラコ・マルフォイ(・・・・・)とルーカス・ポッター(・・・・)が仲良く肩を並べて談笑している状況がどうにもおかしなことのように思えて、首筋がざわつくような奇妙な不安感に襲われる。

 

「ドラコ?」

 

 突然黙ってしまったドラコを不審に思ったのか、ルークがふと顔を下から覗き込んだ。

 宝石のように鮮やかなグリーンが思わぬほど至近距離にあって、ドラコの心臓は面白いほど飛び跳ねた。

 その衝撃を何とか無理やり押しとどめて、いつものように笑う。

 

「まぁ、そうだな。ポッターの奴はディメンターの話は聞きたくもないだろう。ましてや、大事な弟からは」

 

 あえて意地悪な声色で言えばルークもその言葉の裏を読み取ったのか、少し怒ったかのように唇を尖らせた。

 

「あんまりハリーのこと揶揄わないであげてよ。君らの仲が悪すぎるせいで、放課後会う約束するのにわざわざ手紙を届けさせなきゃいけないなんて、面倒」

「残念だがポッターと仲良くはできないな。合わないんだ。──それに、もし逆の立場だったらポッターやウィーズリーだって僕を揶揄い倒していただろう」

「うっ」

 

 否定できない、と顔をしかめたルークに、ドラコは楽しそうに笑った。

 汽車内でディメンターに出くわしたときは、ドラコもあまりの恐怖に血の気が引いた。しかし去年、ルークの体を操るヴォルデモート卿と対峙した時の状況のほうがよほど恐ろしかったために何とか正気を保てたのだ。

 

 

「しかし、ディメンターに襲われて『ポッター』が気絶したと聞いたときは君の方かと思ったんだがな」

「ひどい……と言いたいとこだけど、まぁそうだよね。僕も驚いた。──にしても、一人の脱獄囚を捕まえるためにあんな恐ろしい生き物が警備に当たるなんて、シリウス・ブラックって本当に怖い人なんだ」

 

 ぽつりとルークがこぼした言葉に、ドラコは大げさなくらいの驚きと動揺を示した。

 

「ルーク、君は知らないのか?」

「何を?」

「ブラックが──」

 

 ドラコは視線を彷徨わせ、やがてもごもご(・・・・)と言った。

 

「いや、何でもない」

 

 誤魔化された──明らかだったが、ルークはさらに問い詰めようとはしなかった。

 

「そっか」

 

 あからさまに落ち込むような素振りは見せたくなかった。変に明るい声を出すのもわざとらしい。こんな時、普通に、いつも通りの態度でいることにはもうすっかり慣れていた。

 

「シリウス・ブラックの凶悪さは確かだ。マグルを十二人も殺しているし、何より……奴以前にアズカバンを脱獄した者はいない」

「──ディメンターを配置して万全を期す対応は当然」

「そういうことだ」

「シリウス・ブラック……今、どこにいて何を考えてるんだろう」

「さぁね」

 

 ドラコはソファの背に深く体重を預けて大きく息を吐いた。

 

「わかりたくもない」

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