ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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「やぁこんにちは」

「こんにちは、ルーピン先生」

 

 穏やかな笑みを浮かべて教室に入ってきたリーマス・ルーピンに、生徒たちが声をそろえて挨拶を返す。

 ルークが彼をこうして近くで見るのは始業の日の汽車以来だが、あの時と比べてずいぶんと健康的な顔色をしていた。

 二学期始まって最初の『闇の魔術に対する防衛術』ということで、生徒たちはどこかそわそわとした雰囲気を隠せないでいる。──無理もない。この科目を担当する教師はここ二年連続でかなりの曲者だった。一人は賢者の石を狙った悪者で、一人はナルシストペテン師野郎だ。今年はどうだとかなり話題のタネになっている。

 

「さぁ、みんな」

 

 ルーピンは全員に教室の奥まで来るよう言った。

 (ひら)けた空間には古びた洋服箪笥(クローゼット)がぽつんと一つ置かれている。

 すると突然、その洋服箪笥はひとりでにガタガタと揺れだした。ヒッと何人かの生徒が声を上げる。

 

「心配しなくていい。中に入っているのはボガートだ。──さて、ボガートとは何か説明できるものはいるかな?」

「形態模写妖怪です」

 

 凛としたハーマイオニーの声がすかさず響く。予想以上に近くから聞こえた声にハッとしてルークが顔を向けると、彼女はきれいに挙手した姿勢でほとんど隣に立っていた。

 

「まね妖怪ともいわれ、対峙した相手の最も怖いと思うものに変身することができます」

「オイ」

 

 隣に立っていたロンが、ルークにひそひそと話しかける。

 

「あいつが入ってくるの見たか?」

 

 ルークは小さく首を振って否定した。

 

「こんな近くにいたことにも気づかなかった、ハリーは?」

 

 自分と同じような困惑の表情を兄にも返され、ルークはわけもわからず首をかしげる。彼女は透明マントを持っていただろうか。

 思わず探るようにハーマイオニーを見ると、ルーピンに褒められ頬を紅潮させていた彼女とパチリと目が合った。そして気まずそうに視線を外される。やはり妙だ。

 

「ボガートを追い払う呪文はとっても簡単だ。まずやってみよう。あぁ、杖はまだ出さなくていいよ」

 

 しかし授業中にこれ以上よそ見をするわけにもいかず、いったんハーマイオニーのことは頭から切り離す。

 杖を使う授業はいつになっても苦手だ。内心で嫌だなぁと思いながら、ルークはほかの生徒たちと一緒に「リディクラス!」と声を上げた。

 

***

 

「グリフィンドールはみんな、我先にと前にいるぞ」

「僕が後ろに来た理由なんてわかってるくせに」

 

 ボガートとの実戦で先陣を切ったネビルが大成功を収めたことで、生徒たちは大興奮だ。一列に並んで! というルーピンの指示に従ってグリフィンドール生とスリザリン生が洋服箪笥の前に長い列を作る。しかし列の前方を占めているのはドラコの言ったようにグリフィンドールばかりだ。真っ先に一番後ろに回った自分がなんだか情けなく思えてくる。

 

「クラッブの調子はどう?」

「あそこにいるのを見てみろ。あいつは頑丈だからちょっと引っかかれたくらいじゃ何ともないさ」

 

 グリフィンドールとスリザリンがちょうど混ざりだしたくらいの列中央あたりにクラッブの巨体を見止め、ルークは少し肩の力を抜く。確かに元気そうだ。

 

「ヒッポグリフを殺処分とか、ハグリッドを懲戒免職とかならないかな?」

「ないだろうな。実際大したケガじゃないんだし、そもそもヒッポグリフを無警戒に挑発したのはあいつだ」

「ならよかったよ」

 あの授業後のハグリッドの落ち込み様を思い出し、ルークは今度こそ安心してほっと息をついた。どうやら最悪の事態にはならなそうだ。

 二人がこそこそと話している間にも列はじわじわ前に進んでいき、ボガートはめまぐるしくその姿を変えている。

 

「あっ」

 

 ルークは思わず声を上げた。ハリーの番だったからだ。いったい何になるんだろうと注目していると、ボガートがその姿を変える前にルーピンが身を乗り出した。

 

「こっちだ!」

 

 黒い何か(ハリーの恐怖)に変わろうとしていたボガートは、すぐにその姿を変化させる。銀白色に輝く丸い物体がルーピンの前に浮かんでいた。──あれは何だろう?

 

「リディクラス!」

 

 ルーピンが唱えると同時に、プシュウと気の抜ける音がして丸い物体に穴が開いた。どうやら風船に変化させられたらしく、シュウシュウと萎んでいきながらやがて洋服箪笥の中へと戻された。

 再び閉じ込められたことに怒っているのか、ボガートが暴れて箪笥はがたがたと激しく揺れている。

 

「さて、今日の授業はここまでにしよう」

 

 えぇ! と不満の声が生徒たちから上がった。まだ半数以上の生徒がボガートと当たっていない。

 

「すまないね、今日はこれでおしまいだ。課題はボガートに関するレポートをまとめてくることだよ」

 

 まだ何か言いたそうな生徒たちはちらほらいたが、おおよそ皆が満足した表情で教室を出ていく。ルークもさりげなくドラコと別れ、ハリーたちの元へと戻った。

 

「どうしたの?」

 

 双子の兄がなんだか微妙な表情をしているのに目ざとく気づき、ルークは彼の顔を覗き込む。

 

「あー……ルーピン先生は何が怖いんだろうって不思議で」

 

 ルークは先ほどボガートが変身したものを思い出した。銀白色の球体だ。

 

「確かに、あれなんだろう」

「水晶とか?」

 

 会話に入ってきたのはロンだ。

 

「水晶を怖がるって、それこそ不思議じゃない?」

「占い学に嫌な思い出でもあるんだよ、きっと」

 

 ハリーとロンの選択した占い学が二人には合わなかったことは話に聞いている。思わずルークは小さく噴き出して笑った。

 

「でもあんな早く終わるなんて残念だよな。ルークも前に並べばよかったのに。そしたらボガートに当たれてたかも」

「あんまり自信なかったから、逆に当たらなくてよかったよ」

「ルークだったらボガート、何になったんだろうね」

 

 ハリーの言葉に、ルークは小さく唸った。

 自他ともに認める臆病者ではあるが、いざ自分が最も恐れているモノは何かと問われるとなかなか思いつかない。

 

「ハーマイオニーだったら簡単に想像がつくけどな」

 

 ロンがにやりと笑った。

 

「きっと十点満点中九点の結果が書かれた答案とかだぜ」

 

 

***

 

 

 スタートが好調だったこともあってか、三年生の日々はルークにとってこれまで以上に充実していた。

 ルーピンによる闇の魔術に対する防衛術の授業はたちまちに全生徒を虜にし、ルークも例外ではなかった。実技が多く毎回杖を振ることになるが、ルーピンのサポートもあり大きな失敗は今のところしていない。

 魔法生物飼育学では初日のように危険度の高い生き物を扱うことはなくなったが、それでもふれあいの多い実践的な授業が生徒たちの心をつかみ、なかなかの人気科目となっていた。授業に登場する魔法生物たちは魔法薬学に関連することも多く、これはルークにとって思いがけない幸運だった。ハリーやロンが取るなら、と適当に選んだ科目だったのだが、今やその二人よりも熱心に取り組んでいる。

 この『思いがけない幸運』を実感しているのはドラコも同じらしく、妙に悔しそうにしているのがルークには面白かった。

 ──思いがけない幸運といえば、もう一つの選択科目であるマグル学もそうだ。魔法族の視点から見るマグルの生活というのは想定よりもずっと面白い。マグル出身が少なく杖も使わないこの授業でルークは優等生の部類だ。

 驚くことにハーマイオニーがこの科目も選択していたため、一人ぼっちで授業を受ける羽目にならなかったのも幸いだった。

 しかし何よりもルークの学校生活を彩っていたのは、やはりというべきか魔法薬学だった。通常授業もさることながら、なんといっても特別授業だ。今まではスネイプの指示のもと一種類の魔法薬を一回の授業で調合する──つまり通常授業と同じ形式だったが、今年からは違う。自分で調合したい薬を決めて、自分ひとりの力で調合するという形式に変わったのだ。

 もちろん安全性の観点から一定の制約はあるし、調合にはスネイプの許可もいる。しかしそれでも圧倒的に自由度は増した。ルークは水を得た魚のように本を読み漁り、複雑な調合を試してはレポートにまとめ──と、空いた時間のすべてを費やし魔法薬学に没頭した。

 こうなると、今年からドラコと仲良くなれたのは本当に幸いだった。おかげで二人で協力しながらより複雑な調合も試せる。二人は隙を見つけては色々な手段を使って連絡を取り合い、必要の部屋で落ち合っていた。

 

 

 

「今週末はホグズミードだな」

 

 刻んでいた乾燥ミミズを大なべに入れ終えたドラコが、ふと思い出したように言う。

 

「あー、そういえば掲示板にお知らせが出てたね」

 

 火の調節をし、鍋の中身が鮮やかな紫色になったのを確認したルークもふと息をついてソファに身を沈めた。

 あとは三十分間弱火で煮詰め、この色がマゼンタに変わったころ瓶に移し替えればいい。続きをやるには材料をスネイプにもらわねばならないので、明日の特別授業までお預けだ。

 

「どこに行くかは決めたか?」

 

 どこかそわそわした様子のドラコに、ルークはちょっと眉を下げる。

 

「それがさ、僕は留守番なんだ」

「……は?」

「許可証にサインもらえなかったから……。マクゴナガル先生にも聞いたんだけど、サインないとやっぱりだめってさ」

「サインをもらえなかった?」

 

 信じられない! とドラコが大げさに肩をすくめる。

 

「ただ名前を書いてもらうだけでよかったのに」

「あー、前に話した、おばさんが滞在に来てたっての覚えてる?」

 

 ドラコが少し複雑な表情で頷く。

 

「ルークたちのことを嫌ってるっていう、例のマグルだろ」

「そう。彼女に魔法の存在を気取らせることなく無事に滞在期間を終えること、がサインをもらえる条件だったんだよ。でもまぁ、知っての通り彼女のことは膨らませて飛ばしちゃったし、そのあと家出同然で飛び出してきてるから──」

「サインをもらい損ねたってことか」

「そういうこと」

 

 ドラコは憮然とした表情で唸った。

 

「マクゴナガルに馬鹿正直に話す前に、友人にサインしてもらえばよかったじゃないか」

 

 その発想が即座に出るあたり、さすが狡猾なスリザリンというべきか。

 

「その手段に気づいたときにはもう、マクゴナガル先生に相談しちゃった後だったんだよ。それに……ハーマイオニーがそんなこと許すと思う?」

「確かに、あの頭でっかちの堅物がうるさく言うのは間違いないな」

「ドラコ」

 

 思わずルークが語気を強めると、ドラコはふんと小さく鼻を鳴らした。

 

「事実だろう?」

「言い方ってものがあるよ……。まぁとにかく、そういった事情で僕ら兄弟はホグズミードには行けないんだ。ドラコは楽しんできてよ、それで話はいっぱい聞かせて」

 

 邪気のない笑みを向けられ、ドラコはパチリと瞬く。

 もう少し悔しがったり、残念がったりしないものだろうか。──しかしその疑問を本人にぶつけるのは違う気がして、ただ頷くことしかできなかった。

 

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