ハロウィーン──つまり第一回目のホグズミード週末の日、ポッター兄弟は普段通りに目を覚ました。
そして、そわそわと興奮を隠しもしない友人たちといつものように朝食をとり、その後ホグズミードへと立つ彼らを見送る。
あまり落ち込んでいてはロンやハーマイオニーたちに気を遣わせてしまうだろうと、なるべく穏やかな気持ちで送り出したつもりだ。しかし彼らの姿が完全に見えなくなると、ついハリーは大きくため息をついてしまった。
「ハリー」
「──ルーク、ごめん」
「……なに?」
「僕がもうちょっと辛抱強かったら、許可証にサインもらえてたかもしれないのに」
そんなこと──気にしてないよと言いかけたのをグッとこらえて口をつぐんだ。ルークが気にしなくても、ハリーは気にする。彼はただ自分がホグズミードに行けなくて落ち込んでいるのではないのだ。
「マージおばさんが父さんと母さんの悪口を言って……それを苦笑いで受け流してホグズミード行きの許可を得ても嬉しくないよ。僕は何も言い返せなかったけど、ハリーが言い返してくれて、怒ってくれて──すごくスカッとしたんだ」
うつむいていたハリーがふと顔を上げる。
ルークは内緒話をするように口元に手を当てた。そしてにやりといたずらっぽい笑みを浮かべる。
「あんまり大きな声で言えないけどさ、マージおばさんが膨らんで飛んで行っちゃって、それでおじさんたちがあたふたしてるのを見るの──今思い出すとすごく痛快だった」
ね? と同意を求めるように首を傾ける弟の姿に、ハリーはすっと肩の力が抜けるのを感じた。そして思わず吹き出してしまう。つられてルークも笑い声をこぼした。
がらんとしたホグワーツの玄関に、しばらくポッター兄弟の笑い声が響いていた。
***
「あら、ルーク」
ハリーとはその場で別れたルークは一度グリフィンドール寮へと戻った。
勉強道具一式を適当にカバンに詰め、必要の部屋へ行こうと廊下を歩いていた彼を聞き慣れた声が呼び止める。
「ジニー! ──と?」
彼女の隣には見慣れない女子生徒が立っていた。
ぼさぼさと波打つ長いダーティブロンドの髪、銀色を湛えた瞳はこぼれそうに大きくて、普通の表情でもびっくりしているように見える。
何よりも目を引くのは彼女の奇抜なスタイルだった。コーラルピンクのチュニックワンピースに真っ青なスパッツ、足元のスニーカーはなんと右と左でばらばらだ。さらに左耳には杖をひっかけ、コルクをつなぎ合わせた大きめのネックレスをしている。
あまりにユニークな彼女の出で立ちについ目を奪われ、ルークはぽかんと固まってしまった。
「彼女はルーナ、ルーナ・ラブグッドよ。レイブンクロー生で、薬草学の授業で知り合って友達になったの」
「あぁ、そうなんだ。よろしくルーナ。僕は──」
「あたし、あんたのこと知ってるよ」
彼女は歌うような口調でルークの言葉を遮った。
「ルーカス・ポッター。有名人だもン」
「……あー、有名なのは僕の兄の方じゃない、かな?」
「そんなことない、あんたも相当有名だよ。呪いの本の力で、無理やりバジリスクとコカトリスの軍勢を束ねる王に祀り上げられたって」
「ロンたちの話ってそこまで飛躍してるの……?」
「あたしだったらナーグルを率いたいな。ヤドリギの下でダンスパーティを開くの」
「??」
困惑を顔いっぱいに広げたルークに、ジニーが耐えられないという様子で笑い出した。
「ふふふ、ルーナってこういう子なの。ちょっと変わってるけど、面白いでしょう?」
「──ふは、そうだね。面白いや、僕のことはルークでいいよ。よろしく、ルーナ」
軽く握手をすると、彼女の細い指には少しばかり場違いな重々しい指輪がはめられていることに気づいた。
「これ? エルーヴィング除けにつけてるの。魂を食べられちゃったら困るもン」
「それは、あー、確かに困るね。僕も去年呪いの日記に魂を食べられかけたから」
「ちょっと二人とも、怖い話しないで頂戴。ねぇルーク、もし暇してるなら私たちの勉強会に付き合ってくれない?」
「僕でいいの?」
「もちろんよ! ルークは杖さえ出さなければ十分優等生だもの」
「んん、素直に喜んでいいのか微妙だなぁ」
ルークは困ったように笑って頬を掻く。
「場所はどうするの?」
ルーナの言葉に真っ先に思い付いたのは必要の部屋。──しかし言い出せなかった。ドラコと二人で使っているあの部屋は、何となく、秘密にしていたかったのだ。
「その辺の空き教室でいいわよ。勉強するのに使うなら誰も文句は言わないわ」
ルークが黙ってしまった妙な間にも気づくことなく、ジニーがあっけらかんと言った。──そうだ、この三人が一緒にいるところを誰かに見られても、別段困るようなことはないのだ。
ルークとドラコのように、こそこそ『友達』しているほうがおかしい。それを笑ってしまいたいような、嘆きたいような奇妙な感覚にとらわれてルークは動きを止めた。
「どうしたの?」
ふぅわりと妙な節のついたルーナの声に、ふと意識が引き戻される。顔を上げると、ジニーもきょとんとこちらを見ていた。
「何でもない! ぼーっとしちゃってた、じゃ、行こうか」
***
結局三人は空き教室ではなく大広間の方で勉強をすることにした。別段大した理由はなく、三人が話していた場所から大広間が近かったからだ。
グリフィンドールのテーブルの端っこ、隣り合ったジニーとルーナの対面にルークが座り、教科書やら羊皮紙やらを広げる。
普段からルークとジニーは寮の談話室でよく勉強会をしているから、何となくペースはつかめている。ルーナもさすがレイブンクロー生らしく勉強は得意なようで、三人の勉強会はかなり順調だった。
「そういえば、ルークに聞きたいことがあるの」
「ン、どこ?」
「あぁ、変身術の理論に関してじゃないわ。魔法薬学についてなんだけど」
「僕にわかることなら何でも答えるよ!」
得意分野の話題に、ルークの目がわかりやすく輝いた。
「昨日の放課後、ルーナと私でルーピン先生のところに質問に行ったのよ」
ね、と話を振られたルーナが顔を上げて小さく頷く。
「そしたらそのタイミングでスネイプ──先生が現れて、ルーピン先生に薬を渡していったの」
「薬……」
「魔法薬なのは確かだわ。ルーピン先生がスネイプ先生に調合してもらったって言ってて。それが何の薬なのか気になるのよ。明らかに元気爆発薬ではなかったし、風邪薬にも見えなかった」
「どんな薬だったの? 色とか、匂いとか」
「すごく不味いンだって」
ルーナが囁くように答える。
「薄紫色っぽかったよ。後、砂糖を入れたいのに入れられないって」
「あと特徴──そうだわ、青い煙が立ち上ってた」
「青い、煙……」
脳内の魔法薬学書を捲るまでもなかった。ルークの頭には、真っ先にとある薬が思い浮かぶ。しかしそれは、あまりにも信じ難いものだった。
「心当たり、あったりする?」
「……」
ルークは答えられなかった。頭に浮かんだ薬の名を、簡単に口にするのは躊躇われる。
「いや、ごめん……さすがにそれだけじゃ絞れないかな」
「そっかあ、やっぱりそうよね」
「何の薬か尋ねなかったの?」
「訊いたけど、答えてくれなかったわ」
自分の想像が確信に近づいてしまった気がして、ルークは唇を引き締める。
ルーピンは授業も面白く、みんなに好かれている素晴らしい教師だ。もちろんルークも大好きだし、彼の防衛術の授業は実技が中心のわりに憂鬱感を覚えない。
──そんな彼のとてつもない秘密の一端に触れてしまった気がして、ルークはすっと背筋が冷えるのを感じた。
「ルーピン先生には来年以降も教えてもらいたいし、悪い病気とかじゃなければいいけど」
心配そうに眉を下げるジニーと、彼女に同意する仕草を見せるルーナたち二人にはとても気付いてほしくない。
ルークは無理やり普通の表情を取り繕ってその場をしのぐことしかできなかった。
***
その夜、ハロウィーンのご馳走やホグズミードの話題で盛り上がる生徒たちを、恐怖に突き落とす出来事が起こった。
グリフィンドール寮の入口を固める絵、太った