ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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 ハロウィーンから数日、ホグワーツはシリウス・ブラックの話題一色だった。このザワザワとした感じは去年の秘密の部屋騒ぎを思い出させ 、ルークは落ち着かない気分になる。

 ロンやディーン、シェーマスといった友人たちはしきりにブラックがどうやって侵入したのかを推理し合い、それら仮説をハーマイオニーが容赦なく切り捨てている。

 普段なら話題に乗っかっているだろうハリーは、刻々と近づいているクィディッチ初戦で頭がいっぱいのようだった。

 

 

 ──そして、そのクィディッチ初戦を翌日に控えた日、午後最初の授業は防衛術だった。

 予告されていた今日の内容はヒンキーパンクで、席に着いた生徒たちはソワソワと楽しみを隠しもせずにルーピンを待っている。

 しかしそんな生徒たちの期待を裏切り防衛術の教室に荒々しく入ってきたのは、魔法薬学担当のスネイプだった。

 呆気にとられる生徒たちを気にする様子もなく教壇に立ったスネイプは、低い声で教科書のページを指定する。ほとんど最後のページだ──当然、まだ話題に触れてすらいない。

 

「先生、」

 

 真っ先に手を挙げたのは、やはりと言うべきかハーマイオニーだ。

 

「私たち、まだそこまで進んでいません」

 

 ハーマイオニーに同調して、ハリーやロンを筆頭に幾人かの生徒が「そうだそうだ」と声を上げる。

 そんな中、ルークはひっそりと息を飲んでいた。──スネイプに指定されたページは、狼人間について解説された章だ。ただ単に、まだ習っていないだろうと言う嫌がらせで指定したとはとても思えなかった。

 

「ルーピン先生は?」

「今日は気分が悪く、教えられないとのことだ」

 

 端的な回答に、一瞬静まりかけていた教室が再びざわめきを取り戻す。

 

「静かにしたまえ。教科書は394ページだ」

 

 スネイプが語気を強めると、皆は嫌々ながらも従った。

 ルークも手元の教科書に視線を落とす。つい最近読んだばかりであったので、文章はまだ記憶にあった。

 ──ジニー、ルーナの二人と勉強会をしたあの日、自分の想像が間違いである確信が欲しくて読んだのだ。あいにくと、望む答えは書かれていなかったが。

 

「人狼と真の狼を見分ける方法を答えられる者は?」

 

 スネイプの問いに、ハーマイオニーが素早く挙手をする。ほかの者はしんと静まり返ったままだ。しかしスネイプは彼女を無視した。他にわかる者はいないのかと、嘲るような表情を向けている。

 

「呆れたものだな。人狼の見分け方もわからない三年生がいるとはとても信じ難い。ルーピン先生の授業がいかに遅れているか、ダンブルドア校長にお伝えしなくては」

 

 嫌味たっぷりに吐かれた言葉に、左隣でハリーが怒りを膨らませたのがわかった。

 彼が衝動のままスネイプに口ごたえする前に、とルークは恐る恐る手を挙げる。クラスにいる全員の視線が自分に集まるのを感じて、ドクンと心臓が高鳴った。

 

「ポッター、何かね?」

「あ、あの、人狼の見分け方、わかります……」

「──ほう、では答えてみたまえ」

「えー、と、人狼の方が鼻が、あー、短くてより人間らしさのある顔立ち…をしています。最も大きな違いは行動面で……人狼は狼と比べて異常に凶暴です。ただ、その凶暴さは人間に対してのみ向けられるもので……あの、つまり他の生物にはあまり興味を示さない。その凶暴さを抑えるために今は脱狼薬が発明されています。この薬を満月の前一週間服用し続けることで、変身はしても人を襲わなくなる。脱狼薬に使われているのは主にトリカブト、この強力な毒を他の毒で中和しながら調合していくため非常に難易度の高い魔法薬です。他の毒というのは何種類かあって、例えばサソリ──」

「ポッター、今は魔法薬学の時間ではないはずだが」

 

 ぴしゃりと窘められて、ルークは慌てて口を閉じた。魔法薬学が絡むとどうにもだめだ、喋りすぎてしまう。

 

「狼人間が狼よりも狂暴というのは正解だ。彼らは人間を選択的に襲い、仲間を増やす。そして彼らは仲間の呼びかけにのみ反応する」

 

 スネイプの抑揚のない声が教室内の空気を支配する。

 いつもの明るく楽しい雰囲気に満ちた防衛術の授業とは正反対だ。

 ふと、ルークとスネイプの視線が交わった。

 彼の暗い瞳が、どこか意味ありげな雰囲気を持ってルークに何かを伝えようとしている。そのを、ルークは正しく受け取った。何か(・・・・)とは確信(・・)だ。

 ──リーマス・ルーピンは、狼人間である。

 その確信に、違いなかった。

 

 

***

 

 

「この間は傑作だったな」

「さすがに怒るよ」

 

 眉間にしわを寄せて睨むと、ドラコはあっさり謝った。軽口も謝罪も、どちらも本気じゃないのだろう。

 

「死ぬかと思った」

「兄が?」

「僕がだよ。クィディッチは本っ当、心臓に悪い。正直見に行くの嫌なくらい」

「あんなに面白いのに」

「うへぇ」

 

 今日も今日とて、二人は必要の部屋にいた。昨日の放課後に地下牢教室で行われた特別授業、そこで途中まで調合した魔法薬を完成させるために集まったのだ。

 魔法薬は問題なく完成、瓶の中でぱちぱちと青い泡を弾けさせている。

 後はレポートにまとめる作業だが、知識は頭に入っているのでただ文字に起こす作業に過ぎない。この時間は二人にとってもっぱら雑談タイムだった。

 

「しかしグリフィンドールは初戦が負け。今年は厳しいかもな」

「随分と嬉しそうなことで」

「スリザリンのシーカーとしては当然だろう?」

「まぁね。でもグリフィンドールだって、負けを引きずるようなチームじゃない。そう簡単にはいかないよ」

「しかしポッターは箒が折れたんだろう? 学校備品のおんぼろじゃ厳しい」

 

 ドラコの指摘に、ルークはぐぅっと唸る。

 ──つい数日前に行われたクィディッチ開幕戦グリフィンドール対ハッフルパフにおいて、ハリーは吸魂鬼(ディメンター)に襲われ高度約二十メートルの上空から転落した。

 コントロールを失ったハリーの相棒、ニンバス2000は暴れ柳に激突──もはや修復は不可能だった。

 

「どうして、ハリーなんだろう」

「……なんだって?」

「ハリーがディメンターに気絶させられたのはこれで二回目だ。他には誰も被害に遭ってないのに、おかしいよ。──純粋な心の強さで受ける影響力が違うなら、少なくとも汽車の中では僕が気絶してたはずだ」

 

 どこか自虐的な声色で付け足された言葉はあえて無視して、ドラコは羽ペンを置いた。

 

「声が、聞こえるんだってさ」

「声?」

「そう、ハリーが言ってたんだ。ディメンターが近くに来ると……殺される母さんの悲鳴が聞こえるって」

 

 不意を突かれたように、ドラコは息を呑んだ。

 ハリーとルークの母親が死んでいることなんて、魔法界にいる者は誰でも知っている。双子が両親を喪った日は、史上最悪の闇の魔法使いヴォルデモートが倒された日だ。

 

「……ディメンターは幸福な記憶を喰らう。襲った相手の楽しい気持ちや幸せな思い出を吸い取って、絶望だけを心に残すのがディメンターという生き物だ」

 

 ルークは身を震わせた。ディメンターとは、なんと恐ろしくおぞましい生き物だろう。

 

「ポッターがディメンターに影響を受けやすいのは……他の誰も経験したことがないほどの恐怖の記憶があるからじゃないか?」

「『例のあの人』に襲われて、目の前で母親を殺された?」

 

 ルークの問いに、ドラコは気まずそうな表情で小さく頷いた。

 

「あぁいや、でもそれじゃあ君に影響がない理由に説明がつかないか」

「僕にあの日の記憶はないから、間違ってはないんじゃないかな」

「記憶がないなんて、そんなのは兄も一緒だろ? 赤ん坊の時の話だ」

「ハリーはちょっとだけあるんだよ。前に言ってたんだ──緑色の光がいっぱい、って」

「……その記憶は、ルークにはないのか?」

「ない。僕はたぶん……寝てたんじゃない、かな……?」

「それはそれで図太いな」

 

 ドラコの呆れたような声に、ルークは小さく笑う。

 

「赤ちゃんだからね」

「何はともあれ、クィディッチの会場までディメンターが来たのは大問題だ。さっさと撤退してほしいものだけどな。直接的な害はなくても、連中が視界に入るだけで嫌な気分になるのは確かだ」

「シリウス・ブラック、ハロウィーンの日以来は音沙汰なしだもんね」

 

 シリウス・ブラックの侵入が判明した夜、全生徒は大広間に集められそこで就寝を取った。

 その間に教師陣によって徹底的な捜索がなされたがブラックが見つかることはなく、今日まで進展は無しだ。

「太った婦人(レディー)が襲われたってことは、グリフィンドール寮に来ようとしたってことだよね」

「まぁ……そうなるな」

「なんでシリウス・ブラックはホグワーツに来たんだろう。ここは彼にとって危険な場所のはずなのに」

 

 ルークの独り言めいた問いに、ドラコは応えなかった。再び羽ペンを握り、羊皮紙を文字で埋めていく。

 

「──ドラコ、君は、何か知ってるの?」

「……」

 

 質問の体を取りながら、声には確信がはっきりと滲んでいた。

 ルークの明るいグリーンの瞳が、静かにドラコを射抜いている。友人として一緒にいる時間が積み重なったことで、遠慮はほとんどなくなっていた。

 

「──シリウス・ブラックが」

 

 結局、折れたのはドラコの方。

 

「例のあの人の信奉者であったことは知ってるか」

「えっ!」

「もう一つ……ブラックは学生時代、ジェームズ・ポッターという生徒と親友だったらしい」

「ポッター、って……」

「君の父親だ」

 

 絶句──何か言おうと開いた口が、ついぞ声を発することなく固まった。

 まさか、世紀の脱獄囚が自分の両親の仇の配下で、その上父親の親友だったなんて。

 

「親友だなんだという話は父上から聞いた話だ。ホグワーツ在学中、とにかく目立つ二人だったと。例のあの人との関わりは──世間的にもよく知られてる」

「知らなかった。……ハリーは、知ってるのかな」

「どうだろうな」

 

 ルークはふと、漏れ鍋でロンたちと再会した日のことを思い出した。あの時ウィーズリーおじさんがハリーだけを呼び出して何か伝えていた。そしてその内容を、ハリーは誤魔化した。──もしかしたらあの時の話は、ブラックとヴォルデモートの関係だったのだろうか。

 

「例のあの人の信奉者だっていうなら、ブラックがホグワーツに来た理由も想像がつく。狙いはハリー、目的は復讐?」

「かもしれないな」

「でも、父さんと親友だったって話が本当なら、ブラックは父さんを──父さんたちを裏切ったのかな……」

 

 悲しみか怒りか、どちらともつかぬ複雑な感情にとらわれてルークは目を閉じた。

 父さんとブラックの関係は、ホグワーツ在学中に限られた話だったのだろうか。それとも死の直前まで? ハリーとルーク(僕たち)は、彼に会ったことがあるのか?

 

「──ルーク、その、大丈夫か?」

 

 思考の海に沈みかけていた意識が、ドラコの声でハッと引き戻される。彼のアイスブルーの瞳が気づかわしげに揺れていた。

 

「あー、大丈夫。ごめん急に黙っちゃって」

「いや、僕の方こそ……すまない」

「こっちが話してほしいって言ったことだから、気にしないでよ。……このことをハリーが知っているのかは知らないけど、僕からは言わないことにする。ブラックの目的が、父さんとの関係が何であれ、僕らにできることなんて何もないから」

「……そうか」

「うん──ありがとう、話してくれて」

 

 そう微笑むと、ドラコの青白い頬にさっと赤みがさした。その様子に、ルークがまた小さく笑い声をこぼす。

 

「さ、レポート終わらせちゃおっか。夕食に二人して遅れたら、怪しまれる」

「あぁ、そうだな……」

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