冬休みが二週間後に迫った日、学期最後の週末はホグズミード行きが許されることが知らされ学校内はわかりやすく浮かれモードに突入した。
もちろん、留守番が決定しているルークとハリーは例外である。
ルークは早々にジニーとルーナと再び勉強会──ほとんどお茶会のつもりだが──の約束を取り付け、何とか気分が沈むのを防いだ。当然のようにハリーも誘ったが、彼にはやんわりと断られてしまった。
そうして迎えた学期最後の週末、ルークは寮の談話室でハリーと別れてジニーたちと集まった。
ホグワーツはその広大さゆえに、使われていない部屋がいくつもある。今日三人が集まったのもその一つで、図書室の近くルーナが見つけた場所だった。
「何に使われてた部屋なのかしら」
「物置かな? 授業で使うのには狭いね」
「小人にとってはお屋敷だよ」
埃が積もって白くなったテーブルとソファを、ジニーとルーナがさっと杖を振って綺麗にする。年長者のルークはチョット気まずさを感じながらも待機だ。さすがに掃除の魔法くらいもう失敗しないと思いたいが万が一ということもある。
掃除に参加しない代わりに、ドラコがいつもやっているようにしもべ妖精を呼んだ。紅茶とお菓子を頼むと、彼(彼女?)はぱちんと煙のように消え、またすぐに現れた。
物の数分もしないうちに、埃っぽかった物置が立派なティールームへと変身である。魔法界に来てもう三年が経つが、こういった瞬間にはまだ純粋な驚きと感動を覚える。
「ハリーも来ればよかったのに、ねぇ?」
わざとらしくジニーに笑いかけると、彼女の頬が一瞬で赤らんだ。
「か、彼は忙しいから仕方ないわ」
「そんな僕が暇人みたいな」
「あら、暇人でしょ?」
つんと言い放され、ルークはわざとらしく胸を押えて呻いた。それを見てルーナがけたけたと笑う。彼女は大人しそうな容姿──服装は置いておいて──に反してよく笑うのだ。
「今日はウッドから借りた本を読んで箒の種類を勉強するって言ってたわ」
「あー、学校備品の箒はひどいって愚痴ってるもんね。ニンバスが壊れちゃったから。レイブンクローがハッフルパフをコテンパンにしてくれたおかげでだいぶ元気になってたけど」
レイブンクロー生であるルーナに笑いかけると、彼女も嬉しそうに首を振った。
「チョウに言っとく。きっと喜ぶよ」
チョウ、とはレイブンクローのシーカーだ。アジア系の美人で、ルークも知っている有名人だった。
「別に、わざわざ伝えなくてもいいわよ」
前回のクィディッチ戦、スニッチをつかんだチョウにハリーが熱心な拍手を送っていたのがお気に召さなかったらしい。ジニーがちょっと不機嫌そうにビスケットを口に運ぶ。
申し訳程度に机に広げられた教科書はさっさと隅に追いやられ、もはや勉強会の体は完全に無視されていた。
「ホグズミード、ハリーのことだから透明マントかぶって勝手に行っちゃうと思ったんだけどな」
「主要な出入口にはディメンターがいるわ。彼らに透明マントは効かないから不可能よ」
「不可能じゃないよ」
歌うような軽やかさで、ルーナが言った。
「ホグワーツだもん。きっと、抜け道があるよ」
「ルーナ、その抜け道知ってるの?」
「ううん、知らない」
もったいぶるでもなく否定され、ジニーはなぁんだと落胆の声を漏らした。
「抜け道かぁ。あったとしたら、ジョージとフレッドあたりは知ってるかも」
「あの二人、どこからともなく現れて悪戯してるものね。ホグワーツに隠された抜け道の一つや二つ、知っててもおかしくないわ」
奇しくもこの会話とほぼ同時刻──ハリーがウィーズリー兄弟から抜け道の書かれた地図を渡されホグズミードへと向かったことを、弟妹達は知る由もない。
***
トン、とごく小さな衝撃を背中に感じて、ルークは後ろを振り返った。
明日から冬休みを控えた夕食時の大広間ということもあって騒がしいが、席を立っている者はいない。当然ルークの後ろには誰もいなかった。
「……?」
ふと目線を下に落とすと、小さく折りたたまれた紙が落ちている。不審に思って拾い上げたその紙を開くと、すっかり見慣れてしまった流麗な字で、ある場所が示されていた。
「ルーク、どうしたの?」
「──何でもないよ」
手紙で時間を合わせるのはいつものパターンだったが、夕食時にこんなリスクのある方法を取られたのは初めてだ。
ハリーに不審がられないよう気を付けながら、こっそりともう一度後ろを覗う。スリザリン席、
***
「ドラコ」
「──来たか」
大広間からどこの寮にもまっすぐ通じていないこの廊下は、当然二人以外に人影がない。階段を上り終えた先の踊り場、ドラコは手すりにもたれるように立っていた。
「突然で驚いたよ、どうしたの?」
ドラコは答えなかった。無言のまま、両手にちょうど収まるくらいの箱をルークに向かって突き出した。
「……?」
意図が汲み取れずに首をかしげると、ドラコは小さく咳払いをした。
「──ホグズミードの店で買ったものだ。君にやる」
「やる……って、え、これを?」
ルークは衝撃に目を見開き、差し出された箱を凝視した。トランクのような形を模したその箱はほとんど黒に近いグリーンで、よく見れば革製だ。
「こ、こんな高そうなもの、受け取れないよ」
「大した額の物じゃない。……それに、僕はこれと同じものを持ってる。君も持ってなきゃフェアじゃないんだ」
「フェア……?」
引き下がらずになおも突き出され、ルークは恐々とその箱を受け取った。予想以上にずっしりとしている。
開けてもいいか、という意図を込めてドラコを見ると、彼は小さく頷いた。
鍵はついていない。銀色の留め具部分を開けると、パチンと音がした。
「──っ、これって」
箱には黒いシルクのクッションが詰められ、そこに乳棒と乳鉢、ヘラが埋まっていた。さらに区切られたスペースには革の鞘に入った小型のナイフが収納されている。どれも魔法薬学の調合で使う道具だ。しかし、入学の際に全生徒が一律で買った初心者用のキットのそれとは明らかに質が違う。乳棒、乳鉢とヘラは耐熱性と硬度が高い瑪瑙製だし、思わず手に取ったナイフはその程よい重みだけで良いものだとわかる。
「こ、これが大した額じゃないわけないでしょ」
カタログで見て、欲しいなぁとため息をついた覚えがある。示された額の大きさもだ。
「まぁ、安物ではないな」
やっぱり、と動揺のまま箱を返そうとしたルークを視線で押しとどめ、ドラコはさらに言った。
「だが君が思ってるほど高いものでもない。一つ一つが少し小さいだろう。耐久性も今のよりはあるが、カタログに載っているような保護魔法がかけられたものじゃないから手入れも必要になる」
それに──とドラコはわずかに視線を泳がした。廊下の薄暗い照明の下でも、彼の眦がうっすら赤くなっているのがわかる。
「君がそれらを持っていないと、一緒に調合するときの作業効率が悪い。扱える材料も増えるから、試せる調合も増えることだし……」
だから受け取れ、と。
早口で捲し立てられ、ルークはねじでも巻かれたようなぎこちない動きで何度も頷いた。
──己の出生の秘密を知ってからの三年間で、人から
誕生日に、クリスマスにと当たり前のようにプレゼントを受け取れることが嬉しくて、毎回天にも昇る気持ちだった。
今、この瞬間、ルークは初めて心臓が痛くなるほどの喜びを知った。どうしてこんなに嬉しいんだろう、そう不思議にすら思えてしまうほどに。
「──ありがとう」
キャパオーバー気味の喜びに胸が詰まって、ようやく絞り出せた言葉はそんな単純な一言。
それでも、ルークの歓喜がドラコに伝わるには十分だった。