同性、かつ双子の兄と酷く仲の悪い友人に対する恋心なるものを自覚して以来、ルークは何も手につかなくなった。
自覚直後に感じたふわふわとした夢のような心地からではない。むしろ、露の一滴ほども希望のない己の恋慕の行く先に対する悲観、多方面に対する罪悪感に似た重苦しい感情のせいで打ちのめされた故だ。
しかしクィディッチで悲願の優勝を果たしたオリバーや、その立ち役者となったハリーのほうがよほど使い物にならない様子だったので、ルークのおかしさは特に誰にも気づかれることはなかった。──というより、好き勝手な解釈で納得されて誰も真実を聞き出そうとしなかったのだ。
そんなどうしようもない状態も、およそ一週間後にはどうにか正常に戻った。いや、戻らざるをえなかったというほうが正しいだろう──学年末試験が迫っていたのだ。
生徒たちはみな城の重厚な壁の内側に閉じこもり、魅惑的な夏の気配を振りまく外の誘惑に抗った。試験範囲として指定された教科書のページ数に絶望しながらも、逃れる道など存在しない。
ハーマイオニーは特に卵を守るドラゴンのごとくカリカリし、彼女の異様な試験スケジュールに突っ込みを入れられるものは誰もいなかった。
***
そうして始まった学年末試験。ルークは初日が終わった時点でボロボロだった。
「ルークったら、ほら、元気出して。あなたの好きな糖蜜パイよ」
「うぅぅ……じにー、ありがとう……」
ほとんど半泣きで、ルークはジニーの取り分けてくれた糖蜜パイを口に詰め込む。
「ルークの奴どうしちゃったんだ?」
「変身術、ティーポットを陸亀に変える課題だっただろ? 手足としっぽが生えて、蓋部分が甲羅模様になっただけだったらしいよ」
「呪文学の『元気の出る呪文』で僕と組んだんだけど、僕じゃなくて何故か後ろの絵に当たったんだ。すごいシュールだったよ。『哀しみの聖女』が爆笑してるとこ、想像できる?」
「あの魔法って絵にも効くんだ……」
「うぅぅぅ」
微塵も悪意のない友人たちに己の酷いテスト事情を暴露され、ついにテーブルに突っ伏したルークの背をジニーが励ますように叩く。
「ほら、しっかりして。終わった科目をだらだらと引きずるなんて無意味だわ。明日に備えるべきよ。明日はあなたの得意な魔法薬学でしょ」
「うん……がんばる……」
完全に姉と弟の一風景である。グリフィンドールのみんなにはもうすっかり見慣れた光景で、突っ込むものなどいない。
そして二日目、この日はルークにとってかなりマシな一日だった。魔法薬学実技の『混乱薬』調合は誰が見ても完璧とわかる出来だったし、記述試験の方も完答の自信がある。特別授業を受けているルークとドラコに向けたオプション問題も、ちょうどドラコと調合を試した薬に関する問いだったので迷いなく答えることができた。
その後も魔法生物飼育学、天文学、魔法史、薬草学、とこれらは難なくクリアし、最終日。
闇の魔術に対する防衛術では、ルーピンは障害物競走のような試験を課した。
ルークはその試験、水魔のグリンデローが入った水槽を勢い余って割ってしまうハプニングから始まり、ヒンキーパンクの潜む沼地を爆発させて泥をあたりに飛び散らせ、挙句そのまま沼地を抜け出せなくなって試験終了となった。
意気消沈するルークに、ルーピンは魔法で泥を払い「頑張ったね」と肩をたたく。その優しさにちょっとだけ泣きそうになった。
落ち込む気分を何とか立て直して受けたマグル学はそれなりに手ごたえを感じ、ようやく試験は終了となった。
これで憂うものは何もない。結果発表など知ったことかと、ルークは晴れ晴れとした気分で教科書すべてをトランクに押し込んだ。
***
試験期間中ほったらかしにしてしまいすっかり拗ねてしまった
城へと戻る坂道を上っていると、
「──ルーク!!」
兄の声が響き、思わず振り返る。
視線の先ではハリーたちいつもの三人が随分と必死な顔で走っていた。
「捕まえて!」
「何を?!」
「僕の! スキャバーズが見つかったんだ!」
「逃げたの!」
「え、見つかったの? 逃げた??」
理解が追いつかないまま地面を見渡すと、ぼろぼろに痩せこけたネズミがすぐそばの地面を走っている。
「え、あ、ペ──ペトリフィカス・トタルス!」
咄嗟に杖を取り出し放った全身金縛りの魔法だが、スキャバーズに当たることはなく地面を軽く削るにとどまった。
「あぁ、ごめん!」
すぐにハリーたちが追いつき、結局四人でネズミを追いかける。
「どうして逃げてるの?」
「わからないんだよ!」
小さくて素早いネズミを捕まえるのは容易いことではない。ハーマイオニーの放った全身金縛りが見事命中してスキャバーズがロンの手元に戻った時には、暴れ柳のところまで来てしまっていた。
「やれやれ、こいつめ。いったいどうしちゃったんだ」
「──ろ、ロン、後ろ!」
最初に気づき、悲鳴を上げたのはハーマイオニーだった。次いでルーク、そしてハリーも思わず声を上げる。
ロンの背後、暴れ柳の根元に大きくて黒い獣が立っている。逆光と大木の陰で見にくいが、どうやら犬のようだ。
犬は猛烈な勢いで駆けてきて、あろうことかロンを襲った。脚に噛みつき、そのままずるずると暴れ柳の方へと引きずっていく。
「ロン!」
暴れ柳の根元にぽかりと空いた穴に引きずり込まれ、あっという間にロンの姿は見えなくなった。悲鳴だけが穴の奥から反響して聞こえてくる。
「どうしよう!」
「助けに行かなきゃ!」
そうして暴れ柳による猛攻撃の隙間をかいくぐり、何とか三人穴の中に転がり込んだ。
薄暗く狭いその中は明らかに整備された気配がないものの、予想以上に長く先まで続いている。ロンの姿はもちろん、声も聞こえない。
「どこに続いてるんだろう……」
「とにかく行ってみるしかないわね」
三人は一列になり、体をほとんど二つに曲げながら延々と続く道を急ぐ。杖先に灯した明かりだけが頼りだ。
「多分ホグズミードの方に向かってる」
永遠に続くかと思われたが、先の方から光が漏れている。そこまで行くと梯子があり、登った先には部屋のようなものがあった。壁はほとんど崩れかけ、埃も酷いがそれなりの広さがある。
「ここ──叫びの屋敷だわ」
「ロン!」
部屋の奥、足の一本折れたテーブルの奥にロンは座り込んでいた。左足が奇妙な方向に折れ曲がり顔面は蒼白だ。
「大丈夫?!」
「あの犬は──」
「……犬はいない」
彼の声はひどく震えていた。
「
「何を──」
背後から床板が軋む音がした。ハリーは杖を構えたまま勢いよく振り返り──ほとんど同時に身体を衝撃が走る。
「エクスペリアームス」
赤い閃光がハリーの杖を吹き飛ばす。そこに立っていたのは、ぼろきれを身にまとった幽鬼のような男だった。