ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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 背は高いが酷く痩せていて、伸び切った髪は汚れもつれている。落ちくぼんだ眼窩の奥に埋め込まれた眼がぎらぎらと興奮を灯し、四人の恐怖心を煽った。

 

「シリウス・ブラック」

 

 喘ぐようにその名を紡いだのはハリーだ。

 ルークは突然の恐怖に震えながらも、隣に立つ兄が揺らめかせた怒りを敏感に感じ取った。

 思わず見上げると、彼の表情が酷く歪んでいた。怒りと憎悪で我を忘れかけているのが見て取れる。──彼の杖が奪われた後で良かったと、ルークは瞬間的に強く思った。もし今ハリーの手元に杖があれば、怒りのままブラックを殺そうとしていてもおかしくない。

 ルークが悟るには十分だった。やはり兄は、ブラックがヴォルデモートと通じていたことも、父と親友だったことも知っている。

 

「ハリー」

 

 身を乗り出しかけたハリーの手を掴んで引き留める。それだけで、ハリーはハッと正気に戻ったような顔をした。

 それでも、目の奥の怒りの炎は消えてない。

 

「こいつは……」

 

 ハリーの声が震えている。そこに恐怖は微塵も孕んでいない。

 

「僕らの両親を殺した。裏切ったんだ──親友だったのに!」

「知ってるよ」

 

 予想外だった弟の返答に虚を突かれ、ハリーは言葉を失った。

 

「父さんとシリウス・ブラックが親友同士だったってことも、ブラックが例のあの人の信奉者だってことも知ってる」

 

 ルークは立ち上がり、ハリーを押しのけ前に出た。

 だめよ──ハーマイオニーのか細い声が耳に届く。

 

「シリウス・ブラック、あなたには聞きたいことがたくさんある。でもそう、これだけは、必ず聞かなきゃ。……どうして──僕ら家族を裏切ったの?」

「……裏切り者は私じゃない」

 

 掠れた声だった。もうずっと長いこと、会話することから離れていたためだろう。

 

「嘘だ。お前が、殺した!」

 

 ルークの横に並び立つようにハリーも前に出た。

 掌に爪が刺さるほど強く拳を握り締めて衝動を抑え込む。この期に及んで言い逃れをしようとする目の前の男が許せなかった。

 

「彼らを──ジェームズとリリーを殺したということ、否定はしない」

「っ、なら、」

「だが、君たちはすべてを知らない」

 

 静かな声だった。静かだが迫力のあるその声は、鼻白んだハリーを黙らすのに十分な威力を持っていた。

 

「私は今日、この日をずっと待ち望んでいた。この殺意だけを糧に、十二年、生き延びた」

 

 ブラックが杖を構え、四人に緊張が走る。

 ハリーが咄嗟にルークを庇おうと前に出かけたが、ルーク自身がそれを許さない。万事休すかと思われたその瞬間、

 

「エクスペリアームス!」

 

 聞き慣れた声が響き、ブラックの手元から杖が飛んだ。

 

「ルーピン先生!」

 

 つぎはぎだらけのローブを翻して立っていたのは、敬愛する防衛術の先生だった。

 頼りになる大人の助けが現れたことで四人は安堵し、強ばっていた身体から力が抜けていく。

 しかし次の瞬間、四人は再び絶望の淵に叩き落されることとなった。

 ルーピンはブラックを捕まえようとするどころか、あろうことに彼を抱きしめたのだ。まるで兄弟の、あるいは旧知の友人との再会のように。

 

「そんな……」

「なんてことなの!」

 

 真っ先に状況を把握し息を呑んだのは、ルーピンの正体(・・)に勘づいていた二人だった。

 ハリーとロンは状況を呑み込めないまま立ち尽くしている。

 

「先生、僕……あなたのことを信じて、だから誰にも言わなかったのに!」

「私も……あぁ、そんな先生が──ブラックとグルだったなんて!」

「ルーク……ハーマイオニー、少し落ち着きなさい──」

「いいえ、いいえ先生。あなたがシリウス・ブラックを手引きしたのね。ハリーとルークを殺すために」

「ハーマイオニー、君らしくないね。残念だがどちらの答えも間違いだ」

「でも先生は──」

 

 息を詰まらせたような苦しげな表情で、ルークは言葉を吐き出した。

 

「先生は狼人間だ。そうでしょう?」

 

 驚きで声を上げたのはハリーとロンだけだった。

 痛いぐらいの沈黙の中、ルーピンの乾いた笑いが小さく響く。彼の顔は青ざめていたが、表情はいっそ穏やかなくらいに落ち着いていた。

 

「二人とも、いつから気付いていたんだい? スネイプ先生がレポート課題を出した時からかな」

 

 ハーマイオニーはうなずき、ルークは首を振った。

 

「えぇ──レポートを書いていて、先生の体調不良が月の満ち欠けに関連していることに気づいたの。ボガートが変身したのは満月だとも気づいて、確信したわ」

「僕はジニーから聞いたんです……先生が、青い煙の立ち上る薄紫の魔法薬をスネイプ先生に調合してもらって飲んでたって。ハリーも同じことを言ってた。青い煙、日ごとに連続で飲まなくちゃいけなくて、調合が難しい──他にも話に聞いた特徴に当てはまる魔法薬は、脱狼薬」

 

 ルーピンは素直に、驚きで目を丸くした。

 

「まったく、君たち二人の優秀さには敵わないな」

「──話はもうたくさんだ!」

 

 降りかけた沈黙を払ったのはブラックの叫び声だった。

 

「もう我慢ならない。十二年も待った! あいつを殺そう、リーマス!」

「待てだシリウス。その前に、彼らにはきちんと説明しなければならない」

「説明なんて──っ」

 

 怒鳴りかけたハリーを手で制し、ルークは再び前へ出た。ルーピンの目を、そしてブラックの目を見る。この時ばかりは恐怖よりも、それを上回る強い感情が彼の心を占めていた。

 彼ら二人は、両親の死に関する秘密を持っている。それを、聞かなくてはならない。

 ルークの思いを感じ取り、ハリーは黙った。ロンもハーマイオニーも、悟ったように口を閉じる。

 

「私とシリウス、そして君たちの父親ジェームズは、ホグワーツ在学中親友と呼べる仲だった。だがもう一人いたんだ。──彼が、ジェームズを裏切った」

「もう一人? それは誰」

「──ピーター・ペティグリュー」

「ピーター……?」

 

 ルークは聞きなじみのない名前に首をかしげたが、ハリーは違った。

 まさか、と口元を押さえる。

 

「でも彼は、お前が殺したんじゃ」

「違う!」

 

 ブラックが激しい怒りを示して首を振った。

 

「あいつはそう見せかけただけだ。私にすべての罪を負わせ、自分は逃げ出し身を潜めた。今、ここにいる!」

 

 その時だ。赤い閃光が部屋に迸り、ルーピンの持っていた杖が弾き飛ばされた。

 

「──復讐は蜜より甘い」

 

 闖入者の正体はセブルス・スネイプ、その人だった。杖をブラックとルーピンに向け、黒く重たいローブを引きずるように部屋へと入ってくる。

 

「貴様を捕らえるこの日をどれだけ待ち望んだことか」

「セブルス、聞いてくれ──」

「我輩は校長に幾度となく進言した。人狼が旧友の大罪人を城に招き入れていると。……今この状況が何よりの証拠だ」

「君は誤解している──」

「今夜、二人の罪人がアズカバンへと引き渡される。待っているのはディメンターによる刑の執行だ」

 

 スネイプはにべもなかった。ルーピンにもブラックにも口を挟ませようとはしない。

 

「スネイプ先生、彼らの話を聞きたいんです」

「その必要はない。ポッター、早くここから出るといい。人狼と脱獄囚は我輩が連れていく」

「でも先生──」

 

 なおも言い募ろうとするルークの言葉を遮ったのはスネイプでも、ルーピンでもブラックでもなかった。

 

「エクスペリアームス」

 

 誰にも気づかれることなくルークのポケットから抜き取った杖から放たれた武装解除の呪文は、スネイプの身体を派手に吹き飛ばした。

 彼の身体は壁に激突し、動かなくなった。ノックアウトされたのだ。

 

「は……は、ハリー……まさか、なんてことを」

「必要なことだよ。今は二人の話を聞かないと」

 

 ハリーは悪びれることもなく、うろたえる弟に杖を返した。

 そして再びルーピンたちへと向き合う。

 

「ピーター・ペティグリューがここにいる。それはどういう意味?」

「奴は私と同じく動物もどき(アニメーガス)だ。マグルを巻き込む爆発を起こし、その罪を私に着せたペティグリューは姿を消した。獣に──ネズミに、姿を変えて」

 

 ブラックのそのセリフに、一同の視線が一か所に集まった。ロンに──正確には、ロンの手の中に。

 

「スキャバーズ? まさか!」

「そいつがピーター・ペティグリューだ!」

「スキャバーズはウィーズリー家のネズミだ!」

「十二年も? 長生き過ぎるとは思わないか。指も欠けてるだろう?!」

「指? だから何!」

「ピーター・ペティグリューは……」

 

 スキャバーズをしっかりと捕まえたまま声を荒げるロンを、ハリーの静かな声が押しとどめた。

 

「遺体は見つからなかったんだ。見つかったのは、指一本だけ」

 

 ロンの顔から一気に血の気が引いた。その隙をブラックは逃さない。素早くスキャバーズを奪い取り、床に転がっていた杖を拾った。

 

「正体を、表す時だ」

 

 杖先から迸った青白い光がキーキーと暴れるネズミに命中した。そしてほんの瞬きの間に、ネズミ(スキャバーズ)小柄な男(ぺティグリュー)へと姿を変えた。

 薄汚れ、全体的にしなびた彼の頭のてっぺんは禿げている。小さな目や尖った鼻に、どことなくネズミらしさが残っていた。

 悪夢でも見ているかのように、ロンが唸る。

 

「あぁ──シリウス、リーマス……懐かしの友よ──っ」

 

 先ほどのブラックと同じようにひどく掠れた声だった。

 覚束無い足取りで逃げようとしたところをルーピンたちに遮られ杖を向けられる。

 ペティグリューは情けない声をあげ、次いであたりを見回した。そうしてロンの方に顔を向けると、途端に縋るように駆け寄る。

 

「あぁ、ロン! 私は君の良きペットだっただろう? どうか、助けて、助けてくれ──」

「親友の仇を自分のベッドに寝かせていたなんて!」

 

 ロンは嫌悪感たっぷりに後ずさった。スキャバーズを可愛がっていたからこそ、彼はひどく傷ついていた。

 

「そんな……あぁ、賢いお嬢さん。賢くて慈悲深い──」

 

 ハーマイオニーは口もききたくないと言わんばかりに顔をしかめ、身を仰け反る。

 そしてペティグリューはあろうことか、ポッター兄弟にまで縋り寄った。

 

「ハリー、ルーク……あぁ本当に、君たちはジェームズとリリーにそっくりだ。瓜二つ──ジェームズとリリーなら、私を殺そうとしないだろう……」

「……よくも、よくもハリーとルークに両親の話ができたもんだな!!」

 

 この彼の行動にとうとう怒りを爆発させたのはブラックだった。

 

「お前が──『秘密の守り人』だったお前がヴォルデモートにポッター家の居場所を教えた! そのせいでジェームズとリリーは死んだんだ!」

「そんなつもりじゃなかった! 怖かったんだ。わかるだろう? あのお方に逆らえば殺される……」

「友を裏切るくらいなら、死んだほうがマシだ!」

 

 逃げ回っていたペティグリューはついに壁際へと追い詰められた。ブラックとルーピンの二人に杖を向けられ、床にうずくまっている。

 

「リーマス、もういい──もういいだろう?! こいつを殺そう」

「あぁ……だが同時にだ、いいか──」

「待って」

 

 覚悟を決め、杖を振りかぶった二人の大人を制止する二つの声が響いた。

 

「ハリー、ルーク……」

「殺しちゃダメだ」

「殺したら、ブラックの──シリウスの、無実を晴らせない」

 

 ポッター兄弟はまっすぐに、揺らぐことなく言い切った。

 ちらりと足元のペティグリューに目を向ける。彼はなおも慈悲を乞うように手をすり合わせていた。

 

「ペティグリューのことは許せない。でも、この人のせいで二人が罪を負うのは嫌だ」

「ディメンターに引き渡そう。アズカバンに送ってやるんだ」

 

 ルークとハリーがそう言うのならばと、ブラックは忌々し気に、ルーピンはどこか悲しげに──しかし安堵を混ぜ込んだ複雑な笑みを浮かべ杖をおろした。

 

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