組み分けも無事に終わり、いよいよルークの新しい日々が始まった。
──しかし、それはとても思い描いていた素晴らしい日々とは程遠いものだった。
不幸なことにルークはこの学校で、いわゆる落ちこぼれと言うやつだったのだ。
ルークは勉強ができないとか、地頭が悪いとかそういうことは無い。むしろ本を読むのは双子の兄の何倍も好きだし、プライマリースクールでの成績は上から数えた方が早かった。しかしどうにも、魔法の才能はこれっぽちもないらしい。
一番最初に受けることになった変身術の授業で出された課題は『マッチを針に変える』というもの。
ルークは教わった通りの呪文、振り方で杖を振ったのだが、マッチが針に変わるどころか不思議なことに机の上に置かれた教科書が吹き飛んで爆発した。意味がわからない。
呆然としたルークから慌てて杖を取り上げたマクゴナガルに「貴方は少しの間羽根ペンで杖を振る練習をなさい」と言われた時の恥ずかしさったら、とても言葉で言い表せそうにない。
結局その授業で上手く課題をこなせたのはハーマイオニー・グレンジャーただ一人だったが、教科書を吹き飛ばしたのもルークだけであった。
その後の他の授業でも、ルークは杖を握るとダメだった。杖はとにかくお転婆で、勝手に爆発を起こすし机を吹き飛ばすし。その度に先生には杖を取り上げられ、もうすっかり杖を握ることすら怖くなった。
オリバンダーの店で最初に握った時はあんなに暖かく受け入れてくれたのに、いまや何一つ言うことを聞いてくれない。とんだ手のひら返しだ。
授業が終わる度にしょげて半泣きのルークを、ハリーとロンは必死で励まし慰めてくれた。──上手くできてる人なんてほとんど居ない、練習すれば大丈夫だよ! と。
しかしそれでもルークの沈んだ心は簡単に浮上してくれなかった。上手くできてる人も少ないが、授業の度に杖を取り上げられる生徒は自分だけだ。
──追い打ちとなったのは、ホグワーツの噂の広がる速さだった。
もともと
ハリーも決して現時点では目立って優秀ということは無いが、それでもルークの悪目立ちが酷すぎる。ずっと隣にいた双子の兄との距離はますます離れていく一方な気がしてそれが一番辛かった。
***
「ルーク……顔色悪いけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫。今日こそ、今日こそは上手くやるんだ。予習もちゃんとしたし」
「それならいいけど、その……あんまり気を詰めすぎ無いようにね」
「うん、ありがとう。僕は大丈夫だよハリー」
大丈夫、と口では言いながらも、ルークは不安で仕方がなかった。なんといっても、今日も新しい授業があるのだ。しかも先生が怖いと噂の。
「魔法薬学じゃ杖はあんまり使わないらしいし、ルークでも大丈夫なんじゃないかな。さすがに素手じゃ爆発は起こせないだろ?」
「あはは……だと言いけど」
いま食べたばかりの朝食をすでに戻してしまいそうなほど緊張しているルークだが、魔法薬学は実の所一番楽しみにしていた教科でもあった。
ダイアゴン横丁で教科書を揃えたあと、さっさとトランクに詰めてしまったハリーと違ってルークは全教科ざっと目を通していた。その中でも魔法薬学の教科書は飛び抜けて好奇心を擽ってきたのだ。
薬の材料に当たり前のようにクモやゴキブリが使われているのにはギョッとしたが、ポッター兄弟の部屋がある階段下は虫たちと同居状態であるので特に不安は無い。
色々とファンタジックな材料を意味のわからない方法であれこれ混ぜ合わせて面白い薬を作ることに、とてもワクワクしたのだ。
そしてついに、魔法薬学の授業の時間となった。
教室は薄暗くて少し寒い地下牢だ。スリザリンとの合同授業なのだが、綺麗に赤と緑に別れて座っている。自由席なのに。
多くのスリザリン生がルークの方を指さして、クスクスと笑っているのはおそらく自意識過剰なんかじゃない。恥ずかしいやら悲しいやらで座ったまま縮こまるルークの肩を、右隣に座っているハリーは優しく叩いた。
「気にすることなんかないよ、ルーク」
「そうだぜ、あいつらホント性格悪いよな」
そう言ってくれる二人のなんとあったかい事か!
兄と友達の優しさに感動していると、地下牢教室の扉が荒々しく開かれひとりの男が現れた。
漆黒のローブを纏い、黒髪に黒い瞳。全身黒づくめでどこか陰気な空気を漂わせる彼はこの魔法薬学教室の主、セブルス・スネイプ教授だ。
彼はつかつかと教室の前まで来ると、魔法薬学とはどのような科目か滔々と演説を始めた。低く静かな口調で語られるその言葉を、教室の誰もが一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてている。
マクゴナガル教授と同様、彼は話すだけで教室を鎮まりかえらせる能力を持っているようだった。
しかしその大演説が終わると彼は唐突に「ポッター!」と呼んだ。
この教室にポッターの姓を持つ生徒は二人いる。ルークとハリーはさすが双子というべきか、全く同じように驚き肩を跳ね上げた。
しかしスネイプの視線はハリーに固定されていて、ルークはまたかと小さく息を吐く。
「ハリー・ポッター。我らが新しいスターだね」
そう、嫌味たらしい笑みを浮かべたスネイプに、素直なハリーは眉間に皺を寄せた。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるかね?」
隣のハリーが、はぁ? と小さく息を漏らしたのがわかった。何を言っているのか全く分からないと目を瞬かせている。ルークの左隣に座っていた女子生徒──ハーマイオニー・グレンジャーが、勢いよくピンと手を挙げた。
「分かりません」
ハリーが素直にそう答えると、スネイプはわざとらしく『驚いた』という表情を浮かべる。
まさかわからないのか? と彼の目は雄弁に物語っていた。
「では質問を変えよう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたらどこを探す?」
分かるはずがない。ハリーはルークと違って、教科書をまだ開いてもないのだ。
またしても、分かりませんと答えるしかない。
ハーマイオニーの手は天井に近づく一方だが、スネイプの目には映っていないようだった。
「クラスに来る前に教科書を開こうとは思わなかったのかね、ポッター。モンクスフードとウルフスベーンの違いは何かね?」
ハーマイオニーはいよいよ立ち上がり、ハリーは困り果てた顔で分かりませんと繰り返した。
スネイプは意地悪くハリーを鼻で笑い、そしてピシャリと言った。
「グレンジャー、一切何も君には聞いていない。みっともなく立ち上がるのはやめたらどうだね?」
ハーマイオニーは頬を紅くして唇を引き結び、渋々席に着いた。
「ハリー・ポッター。君の授業に対する態度には失望させられた。グリフィンドール1点減点。では……ルーカス・ポッター」
「……ぇ、?!」
「君の噂はかねがね聞いている。どうも少しばかり、杖と仲が悪いようだな」
薄らと笑みを浮かべて肩をすくめるスネイプに、スリザリン生たちからひっそりと、しかし分かりやすく意地の悪い笑い声が広がる。ルークはますます縮こまった。
「君に聞こう。アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを加えたものを煎じると、何になる?」
全く同じ質問だった。ルークは必死で記憶を手繰り寄せる。確かにそんな記述を読んだ覚えがあるのだ。学校に来る前、それから昨日の夜も。
「えーと、あー、あれです。眠り薬……。強力な、そう、生きた死体の…薬?」
隣でハーマイオニーが驚いたような顔をしたが、緊張で頭がほとんど真っ白になっているルークは気づかなかった。
「では、ベゾアール石はどこで探す?」
「ぇあ、ベゾアール石……確か解毒剤で──あー……ヒツジ? 違うヤギだ! ヤギのお腹の中です!」
スネイプは一瞬眉をひそめ、最後の質問をした。
「モンクスフードとウルフスベーンの違いについてだ、ポッター」
「それは同じもので、違いは無いです! 呼び方が違うだけで。えっと、なんだっけ……チョウセンアサガオ?」
「トリカブトだ、ポッター」
間違えた! とルークは赤くなって肩を震わせた。
「最初の質問の答えは、生ける屍の水薬。その名の示すとおり、とても強力な眠り薬だ。2つ目、ベゾアール石はヤギの胃の中にある。そして最後、このふたつは同じもので、アコナイトとも呼ばれる。先程我輩が言ったように、トリカブトのことだ。さて、諸君。なぜ今のをノートに取らんのかね?」
その言葉に、教室中に羽根ペンやら羊皮紙やらを出す音が響いた。
「ルーカス・ポッター、知識を蓄える時は正確にだ。中途半端な知識をさも正しいことのようにひけらかすのは見苦しい」
もっともな指摘にルークは下を向く。しかしその後スネイプが「グリフィンドール1点減点」と続けることは無かった。
その後の実習──おできを治す簡単な薬の調合──は2人1組で行うことになり、ルークは半ば必死でハーマイオニーを誘った。
彼女がこの学年で飛び抜けて優秀なのは既にわかっていたからだ。対して落ちこぼれ筆頭の自分と組むのを受け入れてもらえるか不安だったが、彼女は少しびっくりしただけであっさりとオーケーしてくれた。ほっと胸を撫で下ろしたのは言うまでもないだろう。
そのおかげか薬の調合は見事成功し、スネイプからは褒め言葉も無い代わりにお咎めもなかった。
ルークにとって実技教科でなんの失敗もないのは初めてで、驚くほどの達成感だった。
──魔法薬学って、楽しい。
ルークはハーマイオニーにこれでもかと言うほどお礼を言って、ホクホク顔で地下牢教室を出た。授業終わりにこんな明るい気分なのも初めてだ。
対して隣のハリーとロンは苦々しげな顔である。彼らは薬の出来についてスネイプにたっぷりとイヤミを言われ、理不尽な理由で減点まで食らっていた。
──というか、グリフィンドール生のほとんどが魔法薬学を嫌いな教科として位置つけた中で、こんなに晴れやかな顔をしているルークがおかしいのだ。