ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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【The Goblet of Fire】
31.


 ホグワーツ特急──多くの魔法使いの卵たちを学びの場(ホグワーツ)へと運ぶ紅色の機関車が、キングズ・クロス駅、九と四分の三番線に停車していた。

 ホームは大荷物を抱えた生徒たちと見送りに来た保護者で溢れかえっている。

 既に汽車に乗り込み荷物を預け、コンパートメントでゆっくり過ごしている者はごく少数だろう。発車まではあと二十分近くあるのだ。

 ルーカス・ポッターは、そのごく少数の一人だった。

 背の中ほどまで伸びた夕陽色の髪を緩くハーフアップに結い上げた彼は、どこか不安げに表情を曇らせながらホームをぼんやりと眺めていた。

 大人へと成長しきっていない少年独特の危うさと、どこか女性的な線の細さを兼ね備えたその美貌はどうにも人を惹きつける。汽車の吐き出す白煙で視界がやや遮られた状況でなければ、物憂げに外を見つめる彼の姿はさぞ人目を引いたに違いない。

 

 彼──ルークは今年ホグワーツ四年生へと進級する十四歳の少年だ。総合的な成績は下から数えたほうが早い典型的な劣等生だが、魔法薬学の分野に限りその非凡な才を見せつける。それ以外はいたって普通の少年だ。──彼自身は。

 ルークには双子の兄がいた。自分とは正反対の黒い癖毛と、自分と瓜二つな緑の瞳を持つ片割れが。

 ハリー・ポッター。その名前は魔法界の者なら誰もが知っている。平凡なルークの片割れは、魔法界の英雄だった。一歳の時に当時魔法界を揺るがせていた闇の魔法使い、ヴォルデモートを打ち払ったという功績ゆえに。

 ──なぜルークではなく、ハリーの方が英雄とされているのかを説明するのは簡単だ。兄の額に、弟にはない稲妻型の傷が残っていたから。その傷こそ、凶悪なる闇の魔法使いに呪いをかけられ、その呪いを跳ね返した何よりの証拠であった。

 この出来事の真相が、ハリー自身の力によるものではなく彼らの母親の偉大な愛によるものだということを、世間ではあまり知られていなかった。

 

 

 

「──っ」

 コンパートメントの扉が控えめにノックされ、ルークは弾かれたように振り返った。

 そして、

「ハリー!」

 

 扉を開けてコンパートメント内に入ってきた黒髪の少年(双子の兄)を抱きしめる。

 

「ルーク! 久しぶり!」

「よかった無事で、本当に……。あぁ、ロン、ハーマイオニー!」

 

 続いてコンパートメントに入ってきたのは赤毛にそばかすが目立つ背の高い少年と、ボリュームのある髪と少し大きな前歯が特徴の少女だった。

 彼らもルークの姿を見るや安堵したように息を吐き、それぞれハグをかわす。

 

「このニュースを見てから気が気じゃなかった。グレアはちょうどシリウスに手紙を出していて居ないし……」

 

 そう眉を下げるルークの左手には数日前の日刊預言者新聞が握られている。

 何度も読み返されたのかしわくちゃになったそれの一面には『クィディッチ・ワールドカップでの恐怖』と大きな見出し。さらにその下には、蛇を吐き出す巨大な髑髏が上空に浮かび上がる禍々しい写真が掲載されていた。

 

「心配かけちゃってごめん。僕たちは大丈夫だよ、みんな無事」

 

 ハリーは落ち着かせるようにルークの肩をたたき、座るように促した。

 

「正直、何が起こったかは現場にいた僕たちもよくわかっていないんだ。襲撃してきたのが死喰い人(デス・イーター)達だってことだけが確か」

「デスイーター?」

「『例のあの人』のしもべたちのことだよ」

 

 ロンの言葉に、ルークは顔を引きつらせた。

 

「まさか、『例のあの人』が何か動きを見せた?」

「いいえ、それはわからない。……ただ、まぁ用心はしておくべきかもしれないわね」

 

 コンパートメントの狭い空間にふと沈黙が下りたその瞬間、蒸気が勢いよく吹き出す音が響くとともに汽車がゆっくりと動き出した。

 

 

「そっちは何事もなかったんだよね?」

「うん、大丈夫。──すごく有意義な時間だったよ」

 

 ルークの言葉に、ロンがうへぇと顔をしかめた。

 

「四年に一度しか開催されないクィディッチワールドカップよりも、勉強会を優先させるなんて」

「確かに魔法薬学研究発表会(シンポジウム)は毎年開催されてるけど、今回ほどの規模は珍しいんだよ。ましてまだO.W.L.試験すら受けてない僕が参加できるなんて、スネイプ先生が紹介状を出してくれなきゃ絶対に叶わなかったことだ」

 

 ルークの熱意溢れる力説も、ロンとハリーには微塵も届かなかったらしい。へぇ、と気のない返事が虚しくも返ってきた。

 

「確かフランスで行われたのよね」

「うん! ご飯も美味しかったし、いいところだったよ。──何より最新の論文について著者から講演を受けて、まして質問までさせてくれるんだ。もうほんと、夢のような時間だった」

「よかったわね。私も去年家族旅行でフランスに行ったから、あの国の素晴らしさはよくわかっているつもりだわ」

「──襲撃やらなんやらあったけど、クィディッチワールドカップも最高だったぜ。なぁハリー」

「うん、本当にすごかった。やっぱりプロの飛行は別格だよ。箒と身体が一体化してるみたいなんだ。まぁ何回か、肝を冷やすような危ない場面もあったけど」

「僕が見てたら確実に気絶するね」

 

 ルークが肩を竦め、ロンが「違いない!」と笑った。

 

「ジニーも言ってたよ。『ここにルークがいたら気どころか魂ごと飛んで行っちゃいそう』ってね」

「さすが僕の親友、よくわかってる」

 

 再びコンパートメント内に笑い声が響く。

 ロンの妹であるジニー・ウィーズリーはルークの一つ年下だったが、ほとんど姉と弟のような関係だ。

 

 

「──ルーク、真面目な話なんだけど」

 

 ふと声のトーンを落とした双子の兄に、自然と体に力が入った。誰が聞き耳を立てているわけでもないのに、四人は自然と顔を寄せ合って内緒話をする体勢になる。

 

「ワールドカップの会場にはマルフォイ親子が来てた」

 

 マルフォイ──その名前に、ルークは心臓を揺さぶられた気がした。動揺を悟られぬように細く息を吐き、ゆっくりと瞬く。

 

「デスイーターの連中が襲ってきたとき、ドラコ・マルフォイの方が一人で走っているのを見たんだ。暗いし遠かったから表情まではわからなかったけど、一人でいたのは確かだ」

「……何が言いたいの」

 

 湧き上がる感情を誤魔化そうと声を低くしたルークの質問に、ロンが答える。

 

「襲撃してきたやつらはみんな揃いの仮面を身につけてた。あの仮面集団の中には奴の父親、ルシウス・マルフォイがいたに違いないよ。賭けてもいい」

「……まさか」

「いや、ロンの言う通りだと思う。そうじゃなきゃ、あんな危険な状況であの過保護な父親が息子を一人にするはずがない」

「たまたま逸れたのかもよ」

「本当にそう思うか?」

 

 ロンの言葉に、ルークは思わず押し黙った。

 あまり強く彼らの無罪を主張したら疑われて(・・・・)しまうかもしれない。

 

「マルフォイの父親が例のあの人の側近だってことは、二年生の時の事件でよくわかってるだろ? あいつがジニーの荷物に紛れ込ませた呪いの日記が君の手に渡って、君は死にかけた」

 

 忌まわしい恐怖の記憶──そして、ルークの人間関係における大きな転機となった事件を思い出し、彼は複雑そうに顔をしかめた。

 

「とにかく、今年は色々と用心するべきだ。ルークも、マルフォイの奴にはなるべく近づくなよ」

「ハリーとロンの言うように、警戒はすべきだわ。何かあってからじゃ遅いもの。……まぁ、そもそもあなたとマルフォイじゃあまり接点もないでしょうけど」

 

 ハーマイオニーの何気ない言葉に、ルークは必死に頬がひきつるのを抑える。──今知られてしまうのは非常にまずい。

 

「確かに、マルフォイの奴ってルークにはあんまり絡まないよな。成績のことでもっといろいろ言いそうなのに。魔法薬学じゃ、ルークに負けて万年二位だろ?」

「そして私は悔しいことにずっと三位。ルークにならともかく、マルフォイには勝ちたいのに」

「ハーマイオニーは魔法薬学以外は毎年一位じゃないか!」

 

 兄と友人たちの笑い声に合わせて無理やり笑う。ルークの胸中は複雑の一言だった。──彼らは知らないのだ。

 ルークとマルフォイ──ドラコが、魔法薬学という学問を通して深い友情を築いていることを。

 ルークがドラコに対して、友情をはるかに超えた恋慕の情を抱いていることを。

 その情を、必死になって胸の奥底に沈め殺してしまおうと苦しんでいることを。

 ……彼らは、知らないのだ。

 

 

 しかし、ルークもまた知らなかった。

 兄と友人たちが汽車に乗り込む前になされていた会話を。

 

 ──最近、額の傷が痛むってこと、そのことはルークに知られないようにして欲しい。

 

 

 兄が弟に、友人が友人に向けるには少々重い、過保護と呼ぶべき庇護欲を向けられていることを、ルークは知らなかった。

 

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