ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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32.

 ホグワーツに着き大広間に入ると、毎度のことながら懐かしさで胸がいっぱいになる。

 ポッター兄弟にとって夏休みは待ち望むようなものではない。むしろ逆だ。

 今年は特に、忌まわしいダーズリー家を離れて名付け親と一緒に暮らせるかもしれないという望みを、ほんの僅かな時間だけでも抱いてしまったがために帰るのが憂鬱で仕方がなかった。

 夏休み後半、クィディッチワールドカップ・魔法薬学研究発表会にそれぞれ向かう予定が入っていたからこそ乗り切れたようなものだ。

 グリフィンドールの席に着くと、何だか妙にいつもより大広間が広い気がした。長テーブルの空き席もわずかに多い。

 

「今年の一年生、多いのかな?」

 

 ルークの向かいでネビル・ロングボトムが首をかしげる。

 彼の予測に反して、緊張の面持ちで入ってきた一年生の人数はいつもと変わらないように見えた。それを示すかのように、組み分けが終わりに近づいても空間が目立つ。

 

 

「ねぇ、ルーク」

 

 左隣から話しかけてきたのはジニーだ。

 

「今年の闇の魔術に対する防衛術の先生、まだ決まってないのかしら」

「まさか、もう新学期始まるのに」

「でも見て、教員席は空席」

「……こういう宴会的なのが苦手なタイプかも」

「だとしたらあまり期待できないわね。もっとも、ルーピン先生以上の人なんて、そう現れないでしょうけど」

 

 肩を落とすジニーに、ルークも寂しそうに眉を下げた。

 リーマス・ルーピン。去年の闇の魔術に対する防衛術を担当した教師で、ホグワーツで最も生徒に好感を抱かれた教師といっても過言ではないだろう人物だ。

 その彼は去年の終わり、ルークたちの名付け親が言うところの『ふわふわした問題』をスネイプがうっかり漏らしてしまったがために学校を去ることになった。

 ルークはスネイプを尊敬している。尊敬を通り越して敬愛もしているが、これに関してはチョット思うところがあった。

 

 

 組み分けが終わりダンブルドアが前に立った。

 相も変わらず白く長い髭の奥に優しい笑みを湛え、クリアブルーの瞳をキラキラさせている。

 しかし次の瞬間彼が放った一言は、大広間にとてつもない衝撃をもたらした。

 

「さて、まずは皆に伝えなければならぬことがある。非常に心苦しいことじゃが、今年の寮対抗クィディッチ戦は取りやめとなった」

 

 四寮すべてのテーブルから盛大なブーイングが飛んだ。

 ハリーは外れるんじゃないかと思うほどがっくり顎を落としたし、ウィーズリー家の双子はこの世の終わりかのような悲痛な声で叫んだ。

 

「嘘だろ!」

 

 しかし前に立つダンブルドアが一言静かにするよう申すと、波が引くかのようにざわつきが収まる。

 

「代わりに、今年ホグワーツでは特別な催しの開催が決まった。三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)じゃ」

 

 今度はブーイングではなく歓声が飛んだ。

 驚きと興奮が入り混じった熱気に、ルークとハリーは首をかしげる。

 ──何が行われるって?

 

「三大魔法学校対抗試合はその名の通り、三校の魔法学校からそれぞれ代表選手を選び、その魔法技術や知恵、知識のほどを競い合う。今年はホグワーツ魔法魔術学校、ボーバトン魔法アカデミー、ダームストラング専門学校の三校による試合じゃ」

 

 そこまで言って、ダンブルドアは意味ありげに右手を挙げた。

 すると大広間の扉が開く。生徒たちの注目が集まる中、まず入ってきたのは一人の女性だった。オリーブ色の肌と尖った高い鼻、美しい女性であるのは確かだがあまりにも背が高い。ハグリッドとほとんど変わらないのではないか。

 彼女の後ろに入ってきたのは、見覚えのない青い(シルク)の制服に身を包んだ学生たちだった。男子生徒もいるが、圧倒的に女子の割合が多い。

 

 

「おい見ろよ、あの子……超美人だ。きっとヴィーラだよ」

「ヴィー……なんて?」

 

 ロンが視線をやった先にいるのは、なるほど確かに美しい女生徒だった。大きな深い青の瞳にすっと通った鼻筋を持ち、腰まで伸びたシルバーブロンドが蝋燭の明かり反射して煌めいている。

 ロンだけじゃない、ハリーやほかの男子たちも彼女にすっかり目を奪われ陶酔したような顔をした。

 

「あれ?」

 

 青い制服の集団の中に、一瞬見覚えのある顔を見つけた気がしてルークは首をかしげる。ボーバトン生はみな背が高いため、よく見えない。確かに、見覚えのある金髪が視界の端で揺れた気がしたのだが。

 

「ボーバトン魔法アカデミーの生徒たちと、校長のマダム・マクシーム先生じゃ」

 

 ダンブルドアの声が広間に響く。

 ボーバトン──確か彼女(・・)はそこの生徒だと言っていなかったか?

 確かめようとルークが背を伸ばした時、再び広間の入り口から足音が響きそちらに意識を奪われる。

 入ってきたのは毛皮のマントと赤い制服に身を包んだ学生たちだった。こちらは男女の比率が男に傾いている。先頭にいる校長と思しき男は髭を生やした痩せた男だ。目が笑っていないせいか、ルークは本能的な恐怖を覚えた。

 

「待って、嘘だろ」

 

 ルークの隣で押し殺すようにハリーが囁いた。

 

「ビクトール・クラムだ」

「……え、誰?」

「シーカーだよ! ブルガリアチームの代表選手。まさか学生だったなんて……」

 

 ハリーは興奮に頬を紅潮させている。クィディッチへの興味が特別薄いルークにはその興奮がわからなかったが、確かにハリーのさす人物は屈強な体躯の男前だった。

 

「続くはダームストラング校の生徒たちと、校長のイゴール・カルカロフ先生」

 

 ダンブルドアは両校の校長とハグをかわし、生徒たちに席に着くよう促した。

 いつもより広間が広くなっていた理由がこれで明らかになる。ボーバトンとダームストラングの生徒たちは四寮のテーブルに分かれて落ち着いた。

 ハリーとロンがビクトール・クラムや例の美少女に熱視線を送っていたが、あいにくそれぞれスリザリン、レイブンクローの席に着く。

 クラムがスリザリンの──ドラコの隣に腰を下ろした途端に二人が呻いたのには思わず笑ってしまった。

 ドラコも彼のファンなのだろうか、少し興奮した面持ちで彼に話しかけている。

 楽しそうだと微笑ましい気持ちに交じって、胸を刺すような、焦げたような感情が心臓をざわつかせた。──浅ましく見苦しい、嫉妬心という奴だろう。ルークは砂を噛むような気持ちで無理やり感情を押し殺す。

 

 

「さて、それでは──」

 

 ダンブルドアの言葉を遮って、大広間の扉が荒々しい音を立てた。再び誰かが入ってきたのだ。

 いったい誰が、と全員の視線を一身に浴びながら現れたのは、なかなか異様な出で立ちの男だった。

 片足義足に片目義眼、手に持った大柄の杖が床を突く音を等間隔に響かせながら、彼はダンブルドアの方へと歩み寄る。

 

「これは──」

 

 ダンブルドアはいつもの人好きのする笑顔で彼と握手を交わした。

 

「皆に新しい防衛術の先生を紹介しよう。ムーディ先生じゃ」

「ムーディだって?」

 

 ロンが低く唸った。

 

「マッド-アイ・ムーディ? 元闇祓いの?」

「闇祓いって?」

「デスイーターとか闇の魔法使いを捕まえたりする職業だよ。でもあいつは──いかれてるって言われてる。あいつが教師だなんて!」

 

 いかれているかどうかは別として確かに恐ろしい風貌だ、とルークは思った。

 ぎょろぎょろと動く義眼の青い瞳はまるで別の生き物のようで、何とも言えず不気味だ。

 

「あれ、何飲んでるんだと思う?」

 

 シェーマスの指さす先では、ムーディが小さなボトルを取り出しその中身を煽っていた。

 

「何かの魔法薬かな。ルーク、わかる?」

「うーん、そうだな。少なくともカボチャジュースじゃないことは確か」

 

 真面目腐った顔で言い放ったルークの冗談に、聞いていた皆がくすくす笑った。

 

「さて、みな席に着いたな。それでは歓迎パーティを始めるとしようかの」

 

 ダンブルドアが杖を一振り、すると目の前にいつにもましてのご馳走が現れる。

 

「待ってました!」

 

 汽車を降りた時からずっと空腹を訴えていたロンが歓声を上げた。

 

 

***

 

 

「──ルーカス?」

 

 あまり慣れない呼ばれ方だ。振り返ったルークは、声をかけてきた人物を目にしてアッと声をあげた。

 

「クレール! 来てたんだ!」

「えぇ! やっぱりルーカスでした。あなたの美しい髪、とてもよく目立ちます。私すぐに分かった」

 

 ふわふわと波打つ長い金髪、星を映したかのように煌めく青い瞳を縁取る長い睫毛に、陶磁器の如く滑らかな白い肌。ルークと並んでも頭一つ分小さい小柄で華奢な体躯。

 

「さっき見かけた気がしたんだ。気のせいじゃなかった」

「また会えて嬉しいです」

 

 文字通りフランス人形のようなその少女は、淡く微笑みを浮かべてルークを抱きしめた。焦りや羞恥を微塵もあらわすことなく軽いハグを返すルークに、周りはただぽかんとするしかない。

 

「え……と、だれ?」

 

 ぎこちなく声をかけたのはハリーだった。突如現れた美少女が弟とやけに親しい──その事実に混乱がやまない。

 

「あぁ、彼女はクレール。──こっちは僕の兄のハリーと、同じ寮の友人たち」

「初めまして、皆さま。ボーバトンから来ましたクレール・ルーと申します。どうぞクレアとお呼びください」

 

 クレールと名乗った美少女に握手を求められ、ハリーはどぎまぎしながら手を握り返す。流暢な英語を話すその声は鈴の音のように可憐だ。

 

「ルーカス、あなたとまた議論する機会が来るのを楽しみにしていました。あなたの知識、発想、どれも素晴らしい──年下とは思えないほどに」

「僕も楽しみにしてたから、そう言ってもらえて光栄だよ、クレール。──ホグワーツを楽しんで」

「えぇ、ではまた」

 

 クレールは舞踏会でも通じそうな完璧な礼を披露し、楚々とレイブンクローの席へ戻っていった。

 

「──おいおいルーク、どういうことだよ」

「……なにが?」

 

 席に着いて平然と食事を再開しようとしたルークに、ロンが目を剥く勢いで迫った。

 

「あんな美少女といつ知り合ったんだ?!」

「随分仲良さそうだったけど、まさか彼女とか?」

「ルーク、僕何も聞いてないんだけど……」

「ぅえ?!」

 

 男子たちの勢いに圧倒されたように、ルークがわずかに背を反らす。ふと女子勢を見ると、彼女らは興味津々の体でこちらに身を乗り出していた。気づけばグリフィンドール席の大多数の視線が自分に向いている。

 

「い、いやいや彼女とかそういう話じゃないよ。クレールとは魔法薬学研究発表会で知り合ったんだ」

 

 魔法薬学──そのワードを聞いたほとんどの人が落胆を目に映して離れていった。あからさまに興味をなくされて、これはこれで少し傷つく。

 

「なんだ、オタク仲間か」

 

 ロンの言葉がその場の皆の気持ちを代弁していた。魔法薬学に絡んでしまえばルークはほかに目がいかなくなる。期待していたような甘酸っぱい関係は九割がた望めそうにない。

 

「でもでも、あれだけ美人なら一目惚れとかない?」

 

 残りの一割にかけて、ディーンが身を乗り出した。

 

「いや、別に……すごく綺麗な人だなぁとは思うけど」

「……まぁ、ルークだもんな」

「なんかごめん……」

 

 思っていた以上にがっかりされ、ルークは困ったように頬を掻く。

 

「ルークって魔法薬学に恋してるみたい」

 

 ──恋なら同性の友人にしてるけど。

 まさかそう言い返すわけにもいかず、曖昧に笑って誤魔化した。

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