ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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33.

 始まった新学期、他校の生徒がいる生活はなかなかに新鮮だった。しかしその新鮮さに浸る余裕もなく、ルークは最初の週から目を回す忙しさに文字通り殺されかけていた。

 ついにO.W.L.試験が来年に迫り、成績の悪い者には特別課題と補習が課されることとなったのだ。

 変身術と呪文学において、理論の範囲では成績優秀者でも実技の範囲でルークは間違いなく学年最下位である。

 言い訳の余地もなく出された変身術の特別課題『羽ペンをキャンドルに変える』がどうしてもできずハーマイオニーに泣きついた彼だったが、先にも述べた通り理論は完璧に理解しているのだ。ハーマイオニーにすら「ここまで理解していてどうして成功しないのかわからない」と言われ涙を呑む。

 ようやっと安定してキャンドルに変えられるようになったころには、手持ちの羽ペン二つを修復不可能な状態まで壊してしまった。

 

 

「まだ……まだ呪文学の特別課題が残ってる……」

「元気出せよ。今日は待ちに待った防衛術の授業じゃないか!」

 

 木曜日、朝から表情が死んでいるルークと対照的に、ロンが意気揚々とベーコンパイを頬張る。

 闇の魔術に対する防衛術の新任教師としてやってきたマッド-アイ・ムーディ。彼に関しては校内で様々な憶測や伝説──闇祓いとしての偉業──が飛び交っており、ロンを含む一部の生徒たちは彼の授業に興味津々だった。

 

「また特別課題が出るかも……」

「もう! 言ってないでちゃんと食べないと。背が伸びた分食べなきゃ身体が持たないわよ」

 

 ジニーの言う通り、ルークはこの休暇中でかなり背が伸びていた。ロンには遠く及ばないが、少なくともハリーとの差はかなり縮まっている。

 

「最近杖を見ると食欲が失せるんだ」

「君は本当に魔法使いか?」

 

 

***

 

 

 闇の魔術に対する防衛術の教師は四年連続で変わっている。教室の様子も教師によってさまざまだ。

 一年の時はあちこちにニンニクが吊るされ酷い匂いがこもっていたし、二年の時は所狭しとロックハートの笑顔が飾られていて不快だった。対照的に三年生の時は授業の面白さと比例するように教室内も明るく、生徒たちの興味を引くいろいろな道具が置かれていたものだ。──今年はどうだろう。

 教室内はカーテンが引かれ薄暗かった。あちこちに何が入っているかわからない瓶が置かれ、どことなく不気味な雰囲気を漂わせている。

 コツッ、コツッと杖が床を叩く音が後ろから響き、ざわついていた生徒たちは一斉に黙った。席に座り、大人しく前を向く。

 

「──アラスター・ムーディ、元闇祓いだ」

 

 鉤爪になった木製の義足を規則正しく鳴らしながら入ってきたムーディは、教卓の椅子に座るや否や唸るような声で言った。

 

「ダンブルドアから頼まれて、今年一年は闇の魔術に対する防衛術を教えることになった。以上、質問はあるか」

 

 青い義眼がぎょろりと教室内を見渡す。

 飛び交う噂が真実かどうか尋ねるような勇敢なものはいない。

 

「魔法省からお前たち生徒には反対呪文を教えるように言われている。違法とされる闇の魔術を教えるには早いと、未熟だというらしい。……だがわしはそうは思わん。防衛術を学ぶには実践教育が何よりも効く──ミスター・フィネガン!」

 

 突如名指しを受けたシェーマスが跳び上がった。

 

「チューインガムを張り付けるなら、もっとマシなところにしろ!」

 

 生徒たちがざわつく。マッド-アイ・ムーディの義眼はまさか、固い木を透かして机の下まで見えているのだろうか。

 

「まず質問だ」

 

 ざわつきは、ムーディの低い声であっという間に収まった。

 

「許されざる呪文はいくつあるか」

「──三つです」

「あぁその通りだ。三つある許されざる呪文。そのうちどれか一つでも唱えればあっという間にアズカバン送り……一生をそこで終えることになる」

 

 アズカバンの看守、ディメンターの恐怖を思い出したルークは思わず身を震わせた。去年殺されそうになった時の寒さは忘れたくても忘れられない。

 

「許されざる呪文に当てはまる魔法は何か──ウィーズリー! 答えてみろ」

「えっ、あぁ、えーと……前に父さんが言ってたのが──服従の呪文?」

 

 視線を彷徨わせたロンの回答は納得のいくものだったらしい。ムーディはにやりと笑って頷いた。

 

「服従の呪文か、お前の父親(てておや)なら知っているだろう」

 

 彼の笑顔は親しみよりも恐怖を抱かせる。

 唐突に教室のどこかから瓶を引き寄せた彼に、いったい何をするつもりだろうと皆が首を伸ばした。

 瓶の中身は生きた蜘蛛だった。逃げようと八本の脚をばたつかせるそれを、ムーディはそっと掌に乗せる。

 

「エンゴージオ」

 

 肥大呪文をかけられ、小さかった蜘蛛はあっという間にムーディの手のひらから脚をはみ出すほど巨大化した。

 そして、

 

「インペリオ」

 

 呪文をかけられ教卓におろされた蜘蛛がタップダンスとしか見えない動きを披露するのに、教室内に笑いが巻き起こった。──その中、ルークは一人血の気の引いた表情で息を詰める。

 服従の呪文で魂を奪われ意思に反して滑稽なダンスをする蜘蛛が、二年前の自分に重なった。ヴォルデモートの記憶が宿った日記帳に心を奪われ、他の生徒たちを恐怖に貶めた忌まわしい過去だ。あの時の自分はまさしく、ヴォルデモートに服従させられていた。

 

「何がそんなに面白い? 今やこの蜘蛛の行動はすべてわしの思うままだ。水に沈めるも……炎に飛び込ませるのも」

 

 水を打ったように笑い声が止んだ。

 服従──その恐ろしさは、経験してみなければ案外気づけないものなのかもしれない。

 

「では次は?」

「……あの──ばぁちゃんに聞いたことがあって……磔の呪文」

 

 手を挙げたのは珍しくもネビルだった。生徒たちの視線を浴びる彼は、緊張しているというより何かに怯えているようにも見える。

 

「そうか。──クルーシオ」

 

 先ほどまでタップダンスをしていた蜘蛛が、突如身体を痙攣させた。ぴくぴくと八本の脚を引きつかせる姿はまさしくも、苦痛に喘いでいるのがわかる。これをかけられたのが人間であったなら、あたりには絶叫が響いていただろう。

 生徒たちは各々息を呑んだり口元を押えたり……先程笑い声が響いていたとは思えない空気の凍りようだった。

 

「最後の一つ、わかる者はいるか──」

 

 この場の全員が知っている。だが答えようと口を開く者はいなかった。答えれば目の前の蜘蛛がどうなるか、わかっているのだ。

 

 

「──アバダ・ケダブラ」

 

 

 ムーディは生徒の中から答えが出るのを待たなかった。彼の杖先から緑の閃光が奔り、蜘蛛を包む。ぺシャンと床に倒れ、そのまま二度と動かない。

 

「死の呪文だ。これを防ぐ方法は存在しない。……歴史上、たった一人だけ、この魔法を受けても死ななかったものがいる。──今、目の前に……」

 

 ムーディの両目が、しっかりとハリーを映していた。

 ルークは思う。だからこそ、兄は英雄となったのだ。

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