ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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「ルーク!」

「ジニー、どうしたの?」

「今ってヒマしてる? 玄関ホールに行こうと思うんだけど、よかったら一緒にどう」

「あぁ、炎のゴブレットを見に行くの?」

「えぇ。誰が名前を入れるのか、気になるもの」

「いいね、一緒に行くよ。多分ハリーとロンもそこにいる」

 

 土曜日、長かった新学期最初の週もようやく休日に入った。いつもよりも少し早めに起床したルークは、ジニーとともに談話室を出る。

 炎のゴブレット──三大魔法学校対抗試合に出る代表選手を決める公正なる選者──が設置された玄関ホールには、二十人ほどの生徒がいた。

 丸椅子の上に置かれ、縁から青白い炎を揺らめかせているゴブレットを皆が物珍しそうに眺めている。

 

「ルーク、ジニー!」

「ハリー、ロン、おはよう」

「もう誰かゴブレットに名前を入れた?」

 

 そわそわと尋ねたジニーに、ロンが軽く首を振る。

 

「さっきハッフルパフのセドリック・ディゴリー、あとグリフィンドールからアンジェリーナが申し込んだよ」

「わぁ、アンジェリーナ! 彼女が選ばれたら嬉しいな」

 

 クィディッチチームのチェイサーである彼女に憧れを持ったジニーが歓声を上げた。

 

「あとはダームストラング校から全員」

「すごいや」

 

 その時、四人の背後から囃し立てるような声が上がった。振り返ると、そっくりなウィーズリー双子が興奮した様子で玄関ホールの階段を下りてくる。

 

「あぁ嫌な予感がする」

 

 兄たちをよく知る(ジニー)がきゅっと顔をしかめた。

 

「やぁ! 親愛なる我が弟妹、友人たちよ」

「三大魔法学校対抗試合、優勝杯の栄光を手に取るための第一歩だ」

「……あのね、二人はまだ参加資格のある年齢に達していないじゃない」

「鈍いな妹よ」

 

 フレッドがにやりと笑った。

 

「たった今、老け薬を飲んできた」

「僕たちはほんの数か月年を取るだけでいいんだからな」

「そんなの効きっこないわ」

 

 ジニーがますます呆れた顔で、炎のゴブレットの周りに引かれた光る線を指す。

 

「ダンブルドアが引いた年齢線を、あなたたちの調合した粗末な老け薬で誤魔化せるわけない」

「さて、どうかな?」

 

 双子は愉快そうに目を合わせる。

 

 玄関ホールにいる人たち全員の視線を浴びながら、彼らはついに年齢線を踏み越えた。

 上手くいったと思った。双子も、見ていた人たちも──歓声が上がろうとしたその瞬間、年齢線がピカッと光って双子は円の外に弾き飛ばされた。

 軽く二メートルほど吹っ飛び石の床に叩きつけられた二人が上体を起こすと、周囲から爆発的な笑いが広がった。

 老け薬の効果が中途半端に現れて、二人の顔が白く長い髭に覆われていたのだ。

 

 

「あはは、僕に頼んでくれれば、もっと精度の良い老け薬を作ってあげたのに」

「あら」

 

 どこからともなく現れたハーマイオニーが、きゅっと目を吊り上げる。

 

「まさかそんな馬鹿なことしないでしょうね」

「冗談だよ。それに、僕の作った老け薬ならダンブルドアの魔法を欺けるなんて、そこまで驕るつもりはないよ」

「──そうでしょうか」

 

 聞き馴染みのない声がするりと会話に混ざり、ルークたちの視線がその声に集まった。

 フランス人形のように愛らしい小柄な少女──クレール・ルーだ。

 

「去年、『生ける屍の水薬』を作ったと言ってましたでしょう?」

 

 彼女の言葉に、ハーマイオニーが声もなく目を剥いた。

 『生ける屍の水薬』はN.E.W.T.試験レベルの上級魔法薬だ。三年生があっさり調合できるようなものじゃない。

 

「見栄を張っただけかもよ」

 

 肩をすくめるルークだったが、クレールは上品に笑ってそれを否定した。

 

「あなたが見栄で嘘をつくような人だとは思いません。あなたならミスター・ダンブルドアを打ち破る魔法薬を作れると思います。たとえそれが今じゃないとしても」

 

 去年『生ける屍の水薬』を調合したのは確かだが、一人でやったわけじゃない。ドラコと一緒に成功させたのだ。

 しかしその事実をハリーたちの前で告げるわけにもいかない。

 ルークは否定も肯定もせず、ちょっと困ったような笑みで頬を掻いた。

 

 

***

 

 

 日曜日の夜、夕食が終わった大広間には奇妙な緊張感が漂っていた。

 これから代表選手の発表があるのだ。

 炎のゴブレットから吐き出される名前を、ダンブルドアが読み上げていく。

 ダームストラング校からは、ビクトール・クラム。学生ながらにプロのクィディッチ選手を務めている彼はまさに代表にふさわしいだろう。堂々と広間奥の小部屋へ歩いて行く彼を見送る歓声は城を揺るがすほどだ。

 ボーバトン校からは、フラー・デラクール。ホグワーツに来た初日、男子生徒たちの視線を片っ端から奪っていた例の美少女だ。彼女が優雅に席を立つと、太い歓声が上がった。

 最後、ホグワーツからの代表選手──セドリック・ディゴリーの名前が告げられると、ハッフルパフの席から轟くような歓声が響いた。他寮と比べ際立って優れたところがないとされるハッフルパフ寮から代表選手が出るということで、彼らのセドリックへの期待はすさまじいものだ。

 

 長い長い拍手が終わり、ようやくダンブルドアが話を始めたその時──炎のゴブレットに異変が起きた。

 青白い炎が勢いよく上がり、一枚の紙片を吐き出す。その紙片を捕らえたダンブルドアは、そのまましばし動かなかった。じっと沈黙を保ち、紙に書かれた名前を見つめている。生徒たちは彼が何を言うのかと、無意識に息をひそめるようにして長い沈黙を落とした。

 

 

「──ハリー・ポッター」

 

 沈黙の果て、咳払いの後に吐き出されたその名前──広間の全員の視線がただ一人に集まった。

 

 

***

 

 

 先ほどまで広間を覆っていたものとは違う、耳が痛くなるような沈黙だった。

 空気がまるで茨にでもなったみたいだ──ハリー・ポッターは思う。全身刺されて、痺れてしまって動けない。

 喉はカラカラで、今自分が息を吸っているのか吐いているのかすらわからなかった。

 

「呼ばれてる……行かなきゃ、ハリー」

 

 少し焦ったような口調で、ハーマイオニーが囁く。背を押され、その勢いで立ち上がった。

 意識に逆らうように、一歩一歩足がダンブルドアの方へと歩み寄る。自分の挙動を見つめる何百もの視線が突き刺さる。

 

 

「ハリー」

 

 呆然と、見えない何かに引きずられるように進むハリーの足を止めたのは、震える弟のか細い声だった。

 振り返ると、今にも倒れそうなくらい真っ青になったルークが席から立ち上がっていた。

 

「……待って、おかしいよ。──だってハリーは入れてない、名前を……」

 

 ふらふらとハリーに近づいたルークの手が、ローブをつかんだ。──行かないでと、懇願するように。

 

「行っちゃだめだ。なにか……何かおかしい」

 

 至近距離のハリーですら聞き取りづらいほど、押し殺し掠れた声。

 重なるように、どこかで一人の男子生徒が呟いた。

 

「弟の方が老け薬を作ったんじゃないか?」

 

 その言葉は、さながら広間という池に落ちた小石だった。ざわめきがさざ波のように広がり、収拾がつかなくなる。

 

「ハリー・ポッター! こちらに来なさい」

 

 騒ぎを諫めるように、ダンブルドアが声を張り上げた。

 ハリーは一瞬息をつめ、それでも弟の手を払って何とか前へと進んだ。

 冷たい視線が自分に、そしてルークに突き刺さっている。卑怯者と、荒い声でいくつもの野次が飛んだ。

 

 

***

 

 

 ハリーが弾かれたように奥の小部屋へ進んでいくのを、ルークはただ茫然と眺めていた。

 野次もほとんど耳に入らない。ただ、今までに感じたことのない不快なざわつきが嵐のように胸の内を吹き荒れている。

 眼に見ることのできない悪意が兄の首筋に刃を当てている──そんな絵面が脳裏に浮かび背筋が凍るようだった。

 

「ルーカス・ポッター」

 

 聞きなれた低い声が降ってきて、ルーク肩を跳ね上げた。

 スネイプが、眉間にしわを寄せてすぐそばに立っている。

 

「来い」

 

 有無を言わせず手首をつかまれ、そのまま引きずるように奥の小部屋へと連れていかれた。

 部屋の中には途方に暮れた表情のハリーの他、三人の代表選手と各校の校長、そして三校対抗試合の運営責任者といった形でホグワーツに来ているクラウチ氏とバグマン氏がいた。

 スネイプに連れてこられたルークが部屋に入るのと同時に、マクゴナガルも入ってくる。

 

「ハリー、君はゴブレットに名前を入れたかね?」

「ダンブルドア先生……いいえ!」

「上級生に頼んで名前を入れてもらったかね?」

「いいえ!」

「──ではルーク」

 

 ふとダンブルドアの視線がこちらに向いて、ルークは怯えたような目で彼を見つめ返した。

 

「ハリーが年齢線を越えられるような……何か魔法薬を調合したのかね」

「いいえ先生! ありえません」

「お言葉ですが校長、」

 

 助け舟は思わぬところから出された。

 

「いかに優れた老け薬でも、年齢線を超えるのには何の役にも立ちません。ルーカス・ポッターが年齢線をだます新たな魔法薬を発明したとなれば別ですが……ありえないでしょう」

 

 スネイプの言葉が尤もであることを示そうと、ポッター兄弟は必死に頷く。

 

 

「もう良いでしょう!」

 

 張り詰めた空気を裂くように声をあげたのはマクゴナガルだ。眉間に深い皺を刻んだ彼女はひどく疲れているように見えた。

 

「この二人が規則を破ってエントリーしたとは到底思えません。代表選手を務めるに彼は若すぎます。ハリーの名前は無効にして、先に出た三人を代表選手として決定すべきです」

「……僕は名前をゴブレットには入れてません。ルークだって、何も関係ない」

 

 ボーバトン校長であるマダム・マクシームも、マクゴナガルの意に賛同を示すように頷いた。

 

 ハリーの名前をゴブレットが選んで吐き出したというのは何かの間違いに違いない──大人たちがそう判断することを、ルークは切に願った。

 三大魔法学校対抗試合は、ハーマイオニー曰くこれまで何人も死者を出しているとても危険なイベントらしい。安全を期すために年齢制限があるのだ。教師たちがハリーの参加を認めるはずがない。

 

「だが……炎のゴブレットの決定は絶対だ」

 

 しかし、一人の男が発したその言葉によってルークの願いは打ち砕かれた。

 

「まぁ! ミスター・クラウチ、本気でおっしゃっているのですか? 十四歳の彼を競技に出せと?」

「あぁ、本気だとも。炎のゴブレットがハリー・ポッターの名を記された紙を吐き出した──あの瞬間から、彼は四人目の代表選手だ」

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