ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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35.

 ホグワーツ城七階廊下の一角、何の肖像画も飾られていない石壁の前を三回行き来するとその扉は現れる。

 ルークは慣れた様子で、辺りに人がいないことを確認したのち扉を出現させた。

 

「──やぁ、やっと来たか」

「早いねドラコ」

 

 部屋の中には先客がいた。

 魔法薬学関連の本が詰め込まれた書棚に囲まれるようにして設置されたソファに身を預け、机に広げた羊皮紙に何事か書き込んでいる。これから調合する薬の材料や手順を簡単に書き出しているのだとすぐに分かった。

 

 

「よかった」

 

 ドラコのもとへわざとゆったり歩み寄り、彼のローブに何の飾り気もないことを確認したルークが大げさな安堵の息を吐く。

 

「君があのふざけたバッジをつけていたら、どうしてやろうかと思ったよ」

「……どうするつもりだったんだ?」

 

 ドラコは羽ペンを置き、心底愉快そうな顔で笑う。

 その彼の表情に思わず苛立ちも忘れて惚けそうになったルークは、慌てて咳払いをしてわざとらしく考え込むような素振りを見せた。

 

「そうだな──『しゃっくりが止まらなくなる薬』……あるいは『虚言薬』を、朝食の席で君のカボチャジュースに混ぜようか」

「それは勘弁願いたいな! 君の作った薬なら文字通り、一日中効果が続いてしまいそうだ」

 

 ドラコは声をあげて笑い、慣れたようにしもべ妖精を呼びだした。紅茶を二人分頼む彼の横にすとんと腰を下ろし、ルークは深い息を吐いた。──ストレスが、この上なく溜まっているのだ。

 

「汚いぞ、ポッター……あのバッジをつけてる人間が校内にうじゃうじゃしてる。うんざりだよ。セドリックを応援してるハッフルパフ、ハリーと折り合いが悪いスリザリンならまだ、百歩譲ってわかるけどさ……レイブンクロー生まで着けてるんだ」

 

 ストレスの原因は言うまでもない。

 ハリーが三大魔法学校対抗試合の正式な代表選手となってから、ポッター兄弟は世紀の卑怯者扱いで学校中から爪弾きにされていた。

 

「グリフィンドールにも、数人ね。僕らの潔白を心底信じてくれるのはウィーズリー兄弟とハーマイオニーだけだ。信じられる?」

 

 ハリーが自ら立候補したと信じて疑わないディーンやシェーマスとは発表日の夜に言い争いになって、おかげで寝室の空気が酷く重たい。

 

「僕が完璧な老け薬を調合してハリーの立候補を助けたって思ってる人、びっくりするくらい多いんだ。ちょっと考えればそんなの無理だってわかるのに」

「それだけ君の優秀さが知れ渡ってるってことだね」

「──嫌味が絶好調だね、ドラコ。馬鹿を言ってるのはみんな、僕のことを陰で『出来損ないの方のポッター』って嗤ってる人たちばかりだよ」

 

 拗ねたように唇を尖らせたルークに、ドラコは肩をすくめて紅茶を勧めた。部屋に入った時から疲れや苛立ちを隠そうともしないルークを少しは落ち着かせようと、普段めったに頼むことのないハーブティーを淹れさせたのだ。

 

 

「なんか、いつもと味が違うね」

「カモミールだ。──口に合わないか?」

「いや、おいしいよ。甘い香りがする、これ好きだ」

「ならよかった」

 

 ティーカップを両手に持ったままゆっくりと息を吐き出す彼は、幾分か落ち着いたようだった。しかし表情が晴れないのも確か。

 

「あのバッジは我が寮のザビニがふざけて作ったものだ。あんな下品な趣味の装飾品、すぐにみんな飽きて捨てるさ」

「ザビニ……ブレーズ・ザビニ? 彼ってハリーや僕と接点あった?」

 

 褐色の肌にハンサムな顔立ちをした同級生を思い浮かべ、ルークは不思議そうに眉をひそめた。

 多数の女子生徒と浮名を流しているザビニのことを一方的に知ってはいるが、会話した覚えはない。『汚いぞ、ポッター』なんてバッジを校内に配られるほど、悪感情を持たれていたのだろうか。

 ルークの疑念を感じ取ったドラコが、不快気に鼻を鳴らした。

 

「ないだろうな。あいつはただ愉快なことが好きなだけだ」

「愉快? 僕とは趣味が合わないみたい」

「あぁ、僕ともだ」

 

 ふと視線を合わせ、ほとんど同じタイミングで笑い合う。

 代表選手発表の夜から四日が経っていたが、こんな風に気が抜けたのはあの時以来初めてだ。

 

「気分は落ち着いたか?」

「おかげさまで。──でもまたすぐに落ちるかも。日刊預言者新聞の記事は読んだ?」

「もちろん。なかなか愉快な記事だった。君の兄が僕より二歳年下で、亡き両親を想って毎夜涙を流す哀れで儚げな少年だとは知らなかったよ」

「…………もしかして今朝、記事の内容でハリーのこと揶揄った?」

「顔を真っ赤にしている姿はなかなかに痛快だったな」

「だから今日はずっとドラコの悪口言ってたのか……」

 

 兄と友人──想い人が一向に仲良くなる気配がないことを嘆いてルークは頭を抱える。

 

「しかしあれだな」

 

 そんなルークの複雑な胸中を知らぬまま、ドラコは暢気にハーブティーをすすった。

 

「リータ・スキーターは記者より小説家が向いてる」

「まったく、君に同感だよ」

 

 

***

 

 

「しかし今年の特別授業がないのは残念だな。クィディッチもないことだし」

「でもこうして調合の許可は出ているし、たぶん出来上がった薬を渡せば評価はしてくれるよ」

 

 一通り雑談を終えた二人が取り掛かった今日の調合は『頭冴え薬』だ。新学期始まって初の授業外調合になるのでそんなに難しい薬は選ばなかった。

 これまでに何度も成功させている調合で、材料を刻んだり潰したりする二人の手際には迷いも狂いもない。

 

「そういえば魔法薬学研究発表会、ずいぶん満喫したようだったな。君が送ってきたアレ……手紙というよりちょっとした論文みたいだったぞ?」

「ごめん、でも内容は興味深かっただろ?」

「読み返しすぎて紙がくしゃくしゃになった」

 

 手紙を受け取ったのが自分の方だったら同じことをするだろう──ルークは根生姜を刻みながら声をあげて笑った。

 

「僕も行きたかったな」

「君はその分クィディッチ・ワールドカップを楽しんだでしょ。ハリーから聞いたよ、素晴らしい試合だったって」

「あぁ、それはもう──ビクトール・クラムと数個しか歳が違わないのが信じられない。あんな飛び方……君が見てたら失神は確実だな」

「それもう言われ尽くしてる。お腹いっぱい」

 

 今度はドラコが笑い声をあげる番だった。

 学校内で行われる寮対抗のクィディッチですら青褪めさせているルークを思えば、彼がワールドカップに行かない選択をしたのは賢明な判断だ。

 

「後は大変だったがな」

「──例の襲撃?」

「あぁ、会場は大パニックだった」

 

 ルークの脳裏にふと、ホグワーツ特急内でハリーたちと交わした会話がよみがえる。

 ──襲撃してきた仮面の集団の中には、ルシウス・マルフォイがいたはずだ。

 しかし目の前で嫌そうな顔をして騒ぎのことを話すドラコが、何かを隠したり誤魔化したりしているようにはとても見えなかった。

少なくとも、彼は何も知らないはずだ──何も、知らないでいてほしい。

 すべてはルークの願望だ。『マルフォイ』がヴォルデモートに付き従うというのなら、『ドラコ・マルフォイ』は『ルーカス・ポッター』の(かたき)となってしまう。それがどうしようもなく耐えがたかった。

 恋人になりたいだなんて高望みをするつもりはない。ただ、彼と友人であることに、今以上の罪悪感を抱えたくなかった。

 

 

「……君に聞きたかったんだが」

 

 ドラコの少し躊躇いがちな低い声に、ルークは遠くに飛びかけていた意識を引っ張り戻される。

 

「うん、なに?」

「君に親しそうなボーバトン生がいただろう。君、外国に友人なんていたのか?」

「あぁ、クレールのこと? 彼女とは今年、例の研究会で知り会ったんだ」

「へぇ……そうだったのか」

 

 魔法薬学が好きだから君とも気が合うと思うよ──一瞬そう言おうとして、結局口をつぐんだ。みっともない独占欲がドラコと彼女を引き合わせることを拒む。

 クレール・ルーは魅力的な女子生徒だ。もしも彼女とドラコが意気投合し仲を深めてしまったら……それを凪いだ気持ちで見守れるほど、ルークは己の気持ちを昇華しきれていない。

 心の奥底に沈めた想いが重すぎて、酷く息苦しい。

 ──自分の面倒くささに、いい加減うんざりしそうだった。

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