ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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 第一の課題が終わってからの日々は、これまでが嘘のように平穏だった。ザビニが作ったというあの下品なバッジはパタッと見なくなり、白い目を向けられることもコソコソとこれ見よがしに囁かれることもなくなった。

 あまりにも課題が命懸けすぎて揶揄うなんて真似ができなくなったのか、ルークの小心者具合を目の当たりにして彼の協力はありえないと皆が納得したのか──いずれにせよ、ストレスから解放されて安らかな気分だ。

 ハリーがディーンやシェーマスと仲直りしたことで寝室の平和も取り戻し、ようやく快眠の日々が帰ってきた。

 第二の課題への不安はもちろん()ぎるものの、まだ期間がある。ハリーが「もう少し近づいてから真剣に考える」と言ったことから、ルークもなるべく考えないようにしていた。

 

 

 しかしその穏やかな日々も、長くは続かなかった。

 第一の課題から十日ほど経ったころ、変身術の授業終わりにマクゴナガルがクリスマス・ダンスパーティの開催を言い渡したのだ。

 四年生以上が参加可能、下級生も上級生に誘われれば参加できるというその報せは、年頃の男女たちを大いに色めき立たせた。

 報せの日以降、誰が誰を誘った、どんなドレスを着ていく──校内から聞こえてくる話題はダンスパーティ一色だ。いつも数名分の名前しか記入されないクリスマス休暇居残り希望者リストに、隙間なく名前が書きこまれているのを見るのは妙な気分だった。

 

 とにかく浮かれ切った空気の漂うホグワーツでルークは一人、酷く冷めた気分で過ごしていた。理由は言うまでもないだろう。──自分が想い人とパーティに参加できるなどというのは、想像すら許されないレベルの話である。どう足掻いても浮かれた気分にはなれそうになかった。

 それに、ホグワーツで噂話が回るのは本当に一瞬だ。どんなに耳を塞ごうとしても、目立つ人物の話は嫌でも聞こえてきてしまう。──家柄と容姿でそれなりに人気の高いドラコ・マルフォイも例外ではなかった。

 彼が同寮のダフネ・グリーングラスを誘ったという話がグリフィンドールの談話室まで流れてきて、ルークは人知れず打ちのめされた。

 ダフネは純血主義だったが、スリザリンの中でもパンジー・パーキンソン辺りみたいにわかりやすくグリフィンドールを敵視していないし、悪い印象はない。何より美人だ。上品な深緑色の瞳に魅せられている男子生徒はどの寮にもいる。オマケにグリーングラス家は聖28一族で家柄も十分『マルフォイ』に釣り合う。──逆立ちしても、たとえ生まれ変われたとしてもルークでは敵わない相手だ。

 そんな彼女を、ドラコがパートナーに選んだ。

 ただでさえ初恋という厄介な感情に振り回されているルークが、失意の底に叩き落とされるには十分すぎる話である。

 ハリーたちに怪しまれないようあまり堂々と落ち込むこともできず、ルークはニガヨモギの煎じ液を飲まされたような苦しみに一人で耐えねばならなかった。

 

***

 

 クリスマス休暇前最後となる魔法薬学の授業は座学で、いつもの地下牢教室ではなく大広間に集められていた。皆が机に向かって黙々とレポートを書いており、その机の間をスネイプが音もなく移動しながら見回っている。

 

「ねぇ不味いよ」

 

 スネイプが離れていったタイミングで、ロンが隣のハリーに囁いた。

 

「ディーンもついにパートナーが決まったって。もう残されたのは僕らだけだよ」

「あー、……ネビルもまだだろ」

「ネビルならもう相手を見つけたそうよ」

 

 ツンとハーマイオニーに言われ、ロンもハリーもそろって小さく呻いた。

 

「ロンはともかくハリー、あなたは早く見つけないと。代表選手は最初にみんなの前で踊るの忘れたの?」

「わかってるよ。──女の子たちがあんなに四六時中群れて行動してなきゃ僕だって……」

 

 ハリーの情けない言い訳はだんだんと尻すごみになっていく。

 彼が誰を誘いたいのかは、もう周知の事実だった。

 

「チョウは人気なんだから、ただでさえ早くしないと」

 

 意中の女の子の名を言い当てられて、ハリーは耳まで赤くしながら視線を泳がせる。

 去年のクィディッチシーズン以降、レイブンクローの麗しきシーカーに彼は夢中なのだ。

 

「チョウのこと見すぎ、バレバレだよ」

「……そういうルークはパートナー決まったの?」

「あはは、闇の魔法使いに操られてバジリスクをけしかけてくるような奴と踊りたがる子いないよ」

 

 勢いのないハリーの反撃に冗談めかした調子で返すと、ロンが心底羨ましそうなため息をついた。

 

「よく言うぜ。今週に入ってからトータルで何回誘われたんだ? 軽く十回は越えてそうだけど」

 

 イエスともノーともいわず、ルークは軽く肩をすくめる。

 ──諸々複雑な恋心のせいで鬱々としたルークの内心には誰も気づくことはなく、むしろ彼は誰の目から見て明らかなほど多数の女生徒から熱い視線を向けられていた。

 杖を使った魔法の実力が最底辺で体格も少々男らしさに欠けるが、彼の持つ母親譲りの中性的な美貌と紳士的で柔らかな物腰、母性本能をくすぐる圧倒的な弟感というものは、うら若い女子たちの心を射止めるのに十分な魅力であった。

 

「ルークが女の子たちに人気なのは、あなたと違って不躾に顔ばっかり見たりしないからよ。そう僻んだ声を出すのはやめたらどう?」

「偉そうに言うけど、君だってまだ相手が決まってないだろ!」

 

 ハーマイオニーが眉を吊り上げるも、彼女の不機嫌にロンは気づかない。

 

「そうだ、よかったら僕らとどう? パーティで女の子が一人ってのは惨めだぜ」

 

 ダンスパートナーの誘い文句としては最低の部類に入るロンのそれに、ポッター兄弟が同じような表情で天を仰ぐ。

 ハーマイオニーの怒りが頂点に達したのは見ていて明らかだった。

 

「お生憎ですけど、私はもう誘われてるのよ。──イエスって返事したわ!」

 

 言い切るや否や机に広げていた教科書類をまとめた彼女は、髪を振り乱してさっさと席を移動してしまった。

 取り残されたのは茫然と口を開く、哀れで愚かなロンである。

 

「ロン……」

 

 見るに見かねたルークがため息をついた。

 

「もうちょっと紳士的になれないものなの?」

「……おい、今の聞いた? ハーマイオニーなんかを誘ったやつがいるんだ、信じられる?」

「ハーマイオニーは十分魅力的な女の子だ。君は近すぎて気づいてないだけだよ。誰が誘ってもおかしくない」

「魅力的? いつもカバンが破けるほど大量に持ち歩いてる教科書が目に入らなきゃそうかもな」

 

 ロンの笑えない冗談に、これは何を言っても駄目だとルークは再度重く息を吐き出した。

 ハーマイオニーの心境を想うとやるせない。──ジニーの熱視線にまったく気づかずチョウを見つめるハリーと言い、自分の周りにいる男はちょっと鈍すぎやしないかと頭が痛くなった。

 

「──結局ルークはまだ誰と行くか決めてないの?」

 

 微妙な空気に耐え切れなくなったハリーが舵を取ったものの、その話題の選択はルークの気分をさらに落とした。

 

「僕はパーティには行かないよ」

 

 そう吐き捨てて、ルークは羽ペンを握りなおす。課題レポートはとっくに完成していたが、これ以上会話する気はないという無言の意思表示だった。

 

 

 

 

 微妙な空気のまま魔法薬学の授業は終わり寮の談話室へと帰る途中、ルークを呼び止める声が三人の後ろからかかった。

 

「やぁクレール」

 

 ハリーとロンはもはや驚くことはせず、先に言ってるよと声をかける。

 ボーバトンの美少女が甲斐甲斐しくルークにアピールしていることはもはや公然の事実だ。熱いアピールに一切動じることなくただただ魔法薬学の話だけを広げるルークに、密かに見守る生徒たちはおおよそ二つの派閥に分かれていた。

 曰く、ルーカス・ポッターはクレール・ルーの想いに気づきながら、あえてはぐらかし続けるやり手である。

 曰く、クレールの想いには一切何も気づいておらず、ただただオタク仲間だと認識している超鈍感である。

 ハリーは後者だろうと目星をつけていた。ルークは女の子の恋心を意図的に無視し続けられるような人ではない。

 ──僕の弟、鈍感で困っちゃうよなぁ。

 自分のことは棚に上げて暢気に思うハリーの耳に飛び込んできたのは、ある種予想通りのセリフであった。

 

「──私とダンスパーティに行ってくれませんか?」

「……あー、……」

 

 これはなかなか面白いかも。ハリーはロンと頷きあい、歩みを止めてさりげなく壁によりかかり会話を盗み聞く。同じように聞き耳を立てている人が周囲に何人もいて、ちょっと笑いがこみあげそうな光景だった。

 

「あー、その、申し訳ないけど僕……踊れないから」

「私、リードくらいはできます。まだ期間もありますし、練習すれば大丈夫です」

「えーっと、うーん……」

 

 明らかに気のない様子で困ったように頭を搔くルークの姿に、これまでの女の子たちは心を折られてきた。

 しかしクレールはその儚げな容姿と裏腹になかなか強気な性格をしているらしい。ルークよりもさらに困ったような表情で、上目遣いに彼を見上げる。

 

「私、ホグワーツにあまり知ってる人いません。ボーバトンの男子、みんな恋人います。私、ダンスパーティ行きたいです。できればお話、楽しい人と──」

 

 ルークは基本的に根っからの善人だ。争いを好まず、あらゆる人に平等でいることを望み、困っている人にはなるべく力になってあげたいと思うタイプの人種である。

 つまるところクレールの戦略(・・)に、ルークは嵌るしかなかった。

 羨ましそうに……と言うより恨めしそうに鼻を鳴らすロンの隣で、ハリーは弟の見事な負けっぷりに思わず笑いをこぼす。

 ──僕はダンスパーティには行かない。

 そう不機嫌さすら滲ませて断じた弟は、おそらく女子達の手のひら返しに嫌気がさしていたのだろう。

 ついこの間までこそこそヒソヒソ悪口を言ってきていた相手に熱をあげられても、いい気がしないのは当然だ。

 その点、クレールはハリーが初めて見た時からルークに好意を持っているのは明らかだ。

 弟にとびきり可愛い外国人の恋人が出来るかもしれない──羨ましいやら微笑ましいやらチョット複雑な気分を誤魔化すように、ハリーはロンの肩を叩いた。

 

「僕らも早くパートナー見つけないと」

「……あぁ、今夜までに必ず見つけよう」

 

 意気込むロンとその場で別れ、ハリーはフゥと息を吐く。

 パートナーになってくれそうな女生徒のアテなんてまるでないが、代表選手という身でありながら一人でパーティに参加する訳にも行かない。いい加減、覚悟を決めなければ。

 ふと、青いユニフォームをはためかせながらスニッチを掴み、輝かんばかりの笑顔を向けるチョウ・チャンの姿が脳裏に浮かんだ。あの美しい彼女が自分のパートナーとして隣に立ち、手を取り合って踊れたら──それはどんなに素敵なことだろう。

 そんな夢想に人知れず胸を弾ませるハリー・ポッターも、存外、浮かれた生徒の一人であった。

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