クリスマス・ダンスパーティからの日々を、ルークはまるで屍のように過ごしていた。
何をしても何を見ても、砂を噛んだような苦々しさに吐き気がして、自己嫌悪と後悔に揉まれる毎日だ。
──ちょっとくらい苦しくてもいい、大っぴらに仲良くできなくてもいい、ただ、一緒に秘密の部屋で雑談と魔法薬学を楽しむ時間があればそれで十分だったはずだ。それがどうだ。ほんのちょっとの衝動と欲望と嫉妬心が、すべてを台無しにしてしまった。
ルークの心をどこかへ置き去りにしたまま、時間だけは過ぎ去っていく。
三大魔法学校対抗試合、第二の課題は『
この課題においてルークはハリーの人質として選ばれ、意識が戻った時にはもう課題は終わっていた。
第一の課題の時はあんなに心配で胸を痛めたというのに、えらい違いだ。幸いハリーは怪我もなく、セドリックと同点の第一位通過だ。
最終課題は四か月後に行われることが言い渡され、ひとまず日常生活に引き戻されることとなる。
通常授業と補習課題に追われる忙しい生活の中に、ルークの心を晴らしてくれるような機会はなかった。
──幸いだったのは、ルークが自分の胸の内を誤魔化すことを得意としていたことだろう。さすがにハリーやジニー辺りはルークの様子がおかしいことに気づいているようだったが、およそ他の人に不調を悟られることはなかった。
クレールはパーティでルークに置き去りにされた後もいじらしく隣に来てはあれこれと話していたが、どんなに努力をしようとしても彼女の言葉は両耳をすり抜けていくだけ。
彼女への己の対応はとても誠実とは言えないものだとわかっていたが、この問題に気持ちを割けるほど心に余裕が持てなかった。
あの夜以降、ドラコとは目を合わすことすらない。何度か彼からもの言いたげな視線を感じる瞬間があったが、ルークは気づかないふりをした。
もしも彼の口から『何も聞かなかったことにする』なんて言われてしまえば、今まで以上に情緒がぐちゃぐちゃになるのは自明だったからだ。
***
映画でも見ているかのように、無機質な日々は過ぎていく。あっという間にイースター休暇まで一か月を切った。
O.W.L試験やN.E.W.T試験をおよそ三か月後に控えている高学年の間には緊張感のようなものが漂い始めていたが、四年生以下の生徒たちはまだ暢気なものだ。──もっとも、ハーマイオニーはそろそろ本格的に期末試験の勉強に力を入れ始めているようだったが。
それでも、休日を控えた金曜夜の談話室はまだまだ騒がしい。ルークは魔法使いのチェスに興じるハリーとロンとは少し離れた窓際で、一人静かに羽ペンを走らせていた。憎き補習課題ではなく、
今年は特別授業がなかったため、クリスマス以降必要の部屋に行かなく──行けなく──なってから、魔法薬の調合はぱたりとできなくなっていた。
魔法薬調合に浸りきっていた去年との落差に笑ってしまう。
──実践の予定もない癖に試したい調合の手順を無駄に書き出して、自分は何をしているんだろう。
「……はぁい、ルーク」
「ジニー……ロンとハリーの勝負はどうなった?」
「ハリーが二連敗。たったいま三戦目が始まったわ」
「ロンってホントにチェス強いよね」
ジニーはルークの隣に腰掛け、ふと羊皮紙を覗き込んだ。
「何の魔法薬?」
「幸運の液体。飲むと効果が切れるまで何をしても上手くいくんだ」
「……すごい複雑な手順ね。これ、調合にどれくらいかかるの?」
「最低でも半年かな」
「これから作るの?」
「まさか」
力なく笑い、羽ペンを置く。
ジニーはにこりともせずに、そんなルークの緑の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「──何か、あったの?」
「……」
「あなたは本心を隠して笑うのが上手だわ。でも、さすがに気づく。ハリーはあなたが対抗試合最後の課題について心配してるんだと思ってるみたいだけど……私はそうは思えない」
ジニーは努めてゆっくり言葉を発した。その優しい声色が、眼差しが、問い詰めているわけではないのだと訴えている。
「もしあなたが本当に何も話したくないっていうのならこれ以上聞いたりしない。でも、言葉にすることで楽になる場合だってあるのよ」
ルークの顔が、泣き出す寸前の子供のようにくしゃりと歪んだ。
自分でも気づかないうちに、本当はもうとっくに限界だった。
「ジニーはさ……つらく、ないの?」
彼女の顔を見れなくて、ルークは視線を床に落とした。唇を震わせ、小さな声をぽつりとこぼす。
「──なにが?」
「ハリーのこと」
ルークの応えに、ジニーは小さく息を呑んだ。
「ハリーは……チョウのことしか見てない。君の想いにも、視線にも、まるで気づかないまま……それをそばで見てて、苦しくはならない?」
「──ルーク……」
「届かない、って頭では理解してるのに、一挙手一動に振り回されて、一々つまらないことに嫉妬して──そんな自分が惨めで、愚かで女々しくて……厭になるよ」
自嘲を取り繕うように笑ったつもりが、無様に口角が引き攣るだけだ。笑うのが上手と、言われたばかりなのに。
「私は、辛くなんかないわ」
ジニーの言葉にルークは弾かれたように肩を揺らし、顔を上げた。
「たとえ、ハリーが私を見てくれなくても、私が彼を好きな気持ちは変わらない。彼にとって私が妹のような存在でしかないのなら、ただ努力するまでよ。一人の女の子として見てもらえるように」
真っ直ぐなその言葉に頬を張られたような衝撃を覚えて、ルークは息を詰める。そして、思わず笑いをこぼした。笑いながら、滲む視界を誤魔化すように片手で顔を覆い隠す。
「僕も君みたいになりたかったな」
思わず零れた言葉は、紛れもない本心だ。
「君みたいに、強くて、優しくて、才能があっても努力を惜しまない──素敵な女性に」
「あら、」
ジニーは破顔し、そっとルークの背に手を当てた。
「ルークにもう当てはまってるじゃない。あなたの優しさのおかげで、私はいつだって自分らしくいられるの。才能だって充分にあるわ。少し偏りがあるけれど、ね。それに──あなたが努力を逃れて怠惰に生きているところなんて見たことない。あなたの強さは、自分自身では気づいていないだけ。そうね──性別だけはどうしようもないかもしれないけど」
冗談めかして最後に付け加えられたもの。それが存外、ルークの切望するものだと彼女が気づく日は来ないだろう。──馬鹿げた望みだった。自分が女性であったなら、まだ少し望みがあったかもしれないなんて、本当に馬鹿げてる。
ルークはふっと息を吐き、はにかむように小さく笑う。それは、まさしく心からの笑みであった。
「……ありがとう、ジニー」
あの夜から胸に深く沈んでいった諦めが、ようやく底に着いた。──そんな気がした。