ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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 魔法薬学の授業で浮上したルークの明るい気持ちも、週末までは持たなかった。

 スリザリンと合同で行われた飛行訓練で、双子の兄であるハリーがひょんなことから類まれなる箒の才能を発揮し、クィディッチというスポーツの寮代表選手に選ばれたのだ。

 一年生で代表選手になるのは百年ぶりという快挙らしい。

 別に、それは良かった。むしろルークはハリーよりも喜んだし、試合を見るのが楽しみだと興奮していた。

 ただ──ルークには箒の才能もまるっきりなかったのが問題だった。

 初乗りからビュンビュン飛んで、ドラコ・マルフォイが意地悪で奪って宙に投げたネビルの思い出し玉(手のひらサイズの球だ!)を見事に空中キャッチしたハリーとは対照的に、ルークの箒は一ミリだって浮かなかった。

 ネビルですら浮かんだというのに──尤もそのあと制御不能になって落下はしたが。

 そしてそれに目をつけたのが、スリザリン生だった。

 彼らはハリーが先生の言いつけを破って勝手に飛行した罪で退学になるものだと思い込んでいたため、ルールをねじまげてでもクィディッチの代表選手に選ばれたのが悔しくてたまらなかったらしい。

 全く飛ぶことが出来なかったルークをとことん馬鹿にした。そしてそれはホグワーツ中にあっという間に広がり、ルーカス・ポッターが落ちこぼれであるという話がますます加速したのだ。

 何よりも悲しいのが、広まってる話の内容にほとんど嘘が含まれていないということ。

 ハリーはもうクィディッチの練習が始まり、今までのように四六時中いっしょというわけにも行かなくなった。

 ──何もかもが上手くいかない。

 入学からまだ数ヶ月も経っていないのに、ルークの心は既に折れかけていた。

 

 

***

 

 

「『出来損ないの方のポッター』じゃないか! こんなところでジャンプの練習かい?」

 

 放課後の飛行訓練場の隅っこ──飛行術の教師であるマダム・フーチに頼み込み箒を貸してもらったルークは、せめて一メートルは浮けるようになろうと一人で四苦八苦していた。

 そんな時、背後から嫌味な声がふりかかる。

 

「飛行の練習を……してたんだ」

「へぇ」

 

 ハッと、マルフォイが鼻を鳴らした。

 

「それのどこが飛行(・・)だい? 僕には箒にまたがってただピョンピョンしてる間抜けにしか見えないけど」

 

 いつも通り、切れ味の鋭い嫌味だった。

 普段のルークだったら、ちょっと眉を顰めて羞恥心で顔を背けるくらいしか出来なかっただろうが、如何せんタイミングが悪かった。

 

 本当に、何もかもが上手くいかない毎日で。

 ハリーは楽しそうに日々を過ごしているのに。

 あんなに嫌だったダーズリー家に戻りたいと思ってしまう自分に気づいた時は絶望した。

 どこに行っても、何をやっても自分はダメ人間から抜け出せないのではないか。

 

 限界まで張りつめた糸がプツンと切れる。

 

 ルークの緑の瞳から、ボロボロと涙が溢れた。

 さすがにギョッとしたように、ドラコが顔を強ばらせる。

 

「ぼ、僕だって、それなりに頑張ろうって……教科書とかも、読んで……ハーマイオニーに話聞いたり……」

 

 人前で泣くなんて、赤ん坊でもないのに。

 それでも一回堰が切られてしまえば、溢れるものは止まらなかった。

 

「全然、上手くいかないんだ……っ、ハリーは英雄で、最年少ッ、シーカーで……僕は落ちこぼれの出来損ないだ。このまんまじゃハリーにだって置いてかれちゃう、ここにももういらんないかもしれない。ダーズリー家でいっしょう、ダドリーのドレイみたいに生きるんだ……」

 

 興奮で紅くなった頬を涙でぐしょぐしょに濡らし、ルークはしゃくりあげる。嗚咽としゃっくりで上手く喋れない。

「お、おい、ポッター!」

 マルフォイが慌てたように声をかけるが、ルークは簡単には泣き止めなかった。

 もう考え出したら悪い方にしか思考は回らない。

 魔法界がルーカス・ポッターにほとんど興味が無いのと同じように、ハリーもいつか出来損ないの弟を見限ってしまうかもしれない。──それが、何より怖かった。

 

「──……ポッター!」

 

 しかし、大声を上げられればさすがにびっくりする。

 しゃっくりが止まらないながらも、ルークは何とか顔を上げた。

 

「その箒を寄越せ」

「……な、んで…?」

「後ろに乗せてやる」

「……?」

 

 訳が分からず、まだボロボロと涙を零しながら首を傾げるだけのルークに焦れたのか、マルフォイは「寄越せ」と箒をぶんどって跨り、さらに半ば無理やりルークを後ろに跨らせた。

 

「肩でも何でもいいから掴まってろ。落ちても知らないぞ」

 

 ぶっきらぼうなその言葉を聞いて、慌ててマルフォイにしがみつく。

 ──あっ、という暇もなく、地面から足が離れた。

 

 重力が身体にかからなくなる感覚を、ルークは初めて味わった。

 びゅうびゅうと強い風に四方から押さえつけられるようで、恐怖に身体が強ばる。

 

「おい、ポッター。目を開けろ」

 

 急速な上昇が止まったタイミングで聞こえてきた言葉に、恐る恐る目を開けた。

 そして、その眩しさにグッと目を細める。

 

 そこはあまりにも美しい世界だった。

 黄色、オレンジ、赤、ピンク、紫のグラデーションが目の前に広がる。信じられないほど遠くまで見透せる。空は近く、沈みかけの巨大な太陽の壮大さに鳥肌が立った。

 遠くに見える湖面はキラキラと輝き、奥にはホグワーツ城が重厚な影となっている。

 今まで見てきた『美しい物』の記憶が一気に霞んでしまうくらいに、素晴らしい光景だった。

 

「すごい……」

 

 ため息を漏らすように呟いたルークにマルフォイは再度「ちゃんと掴まれ」と注意し、再び箒が宙を滑り出した。

 

 時間にして十分もなかっただろう飛行は、しかしルークの生きてきた十一年の人生の中でも圧倒的に濃密な時間だった。

 いつの間にかしゃっくりは止まり、涙もすっかり乾いていた。

 ゴチャゴチャと脳内を埋めつくしていた悪い考えはすっかり取り払われ、信じられないほど頭がスッキリしている。

 

「──ポッター」

「あ……、うん」

 

 地上に降りてもまだぼーっとしていたルークに、マルフォイが声をかける。

 

「その……箒が苦手な魔法使いは少なくない」

「……!」

「色々と比べられているが──お前の兄も世間がチヤホヤしてるだけで、授業では大した結果は出してないだろう。あれこれと気にするだけ無駄だ。お前がどんなに出来損ないでも、家族は……そう簡単に見捨てたりしない。その……得意なことを伸ばせばそれでいいと、僕は思う」

 

 じわじわと羞恥を覚え始めたのだろうか、マルフォイの青白い頬がだんだんと色づいていくのが暗くなり始めた中でよく見えた。

 

「──うん……うん! そう思うことにする。ありがとう、マルフォイ! 君のおかげで、本当に頭がスッキリした。そうだよね。僕は僕が好きだと思うこと、得意なことを伸ばすことにする。本当にありがとう! 今日のこと、君が見せてくれたあの景色は絶対に忘れないよ」

 

 ルークはお礼を言いながら笑みを浮かべた。こんな風にに心の底から笑えることが、なんだかすごく久しぶりな気がする。

 マルフォイの方はいよいよ頬を真っ赤にして、さっさとその場を去っていってしまった。

 ポツンと取り残されたルーク──しかしその表情に、もう翳りはなかった。

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