「おまえが……」
食い閉めた歯の隙間から息を零すようにハリーが唸る。
憎きぺティグリュー──ワームテールは、その両手に小さな包みを抱いていた。
まるで赤ん坊のようにも見えるそれを見留めた途端、額の傷が焼けるように傷んだ。──包みの中身、まさか、それは……。
「はりー……」
隣の像に拘束されているルークが、歯をガチガチと鳴らしている。きっと彼も、ワームテールが抱いている
風が空を覆っていた雲を流し、辺りが白く明るくなった。
開けた空間に大鍋が一つ置かれている。人ひとりが入れてしまいそうなほど大きなそれは、どろりとした液体に満たされていた。まるで水銀のような見た目で、ボコボコと沸騰する音を立てている。
『──急げ!』
どこからともなく、耳を覆いたくなるような不快さを伴う甲高い声が辺りに響き渡った。ハリーの傷跡は更に痛みを増し、ルークはもはや恐怖で声を上げることも出来ない。
「ご、ご主人様……準備が出来ました」
ワームテールの声は酷く震えていた。声だけでは無い。全身が小刻みに痙攣している。彼の恐怖が、あるいは嫌悪が伝わってくるようだった。
しかしワームテールは包みをしっかりと抱えて大鍋の側へと寄り、その中に包みごと落とした。
ジュ、と音がして大鍋から火花が上がる。
「父親の骨──知らぬ間に与えられん」
ワームテールが震える声で叫び、杖を振った。
墓石のひとつが重々しく動き、中から白い骨が浮び上がる。それは頼りなく宙を舞い、やがてポチャンと大鍋の中に落とされた。
鍋の中身は激しく火花を散らしながら毒々しい青色へと変化する。
「し、し、下僕の──肉……」
ワームテールはヒィヒィと泣き声を上げながら、懐から短剣を取りだした。
彼のこれからの行動を察し、ルークはもう見ていられなかった。
固く目を閉じ、必死で顔を逸らす。
「喜んで、差し出されん!」
しかし拘束された両腕では耳を覆えない。
ワームテールの絶叫と、刃が肉を断つ音、何かが落ちて跳ねる水音──それらが鼓膜を震わせ、とうとうルークの頬を涙が滑る。
あまりにも、恐怖の限界だった。
「
しかし次に聞こえてきた言葉に、恐怖も忘れて目を見開いた。
見ると、隣に捕らわれている兄のもとに、顔面蒼白となったワームテールが呼吸を荒らげて近寄っている。
「やめて──ハリーから離れろ、離れろ!」
「ぅ、ぐ、あぁ──っ」
訴え虚しく、ハリーの腕をワームテールの短剣が貫いた。仰け反るハリーを押さえつけ、服に滲む鮮血を薬瓶に受け取ったワームテールはよろよろと大鍋へと戻った。そして、ハリーの血を鍋の中へと落とし込む。
「あぁ、そんな……」
鍋の中身はまるで花火でも投げ入れられたかのように激しくスパークしていた。
夜闇を切り裂く閃光を放ちながら、煮え立ち泡立っている。
「──っ!」
突然、無音の爆発が起きた。
水蒸気のような白い煙が大鍋から吹き出し、視界を遮る。
どうか失敗であってくれ──ポッター兄弟の切なる願いは届かない。
蒸気が晴れ、現れたのは背の高い人影だった。
「──杖を寄越せ、ワームテール」
黒いローブに身を包む細長い身体、骸骨に皮だけ張付けたような相貌は爬虫類じみた印象を抱かせる。
──ヴォルデモート卿の復活。
絶望を象徴するような光景であった。
ヴォルデモート卿は復活したばかりの肉体を確かめるように、細い指を己の身体に這わした。
生き物の熱を感じさせない青白い肌に、切れ込みを入れたかのような細い顔のパーツ。血のように赤い目の瞳孔が蛇のようにギラギラと光っている。
「腕を出せ、ワームテール」
「お、おぉ……ご主人様、あ、ありがたき幸せ……」
ワームテールは声を詰まらせながら、右腕を差し出した。手首から先が切り落とされ、余ったローブが血糊でべっとりと濡れている。
「そうではない、逆の腕だ」
しかしヴォルデモート卿は正しく無慈悲であった。
啜り泣くワームテールの左腕を乱暴に掴み、
彼の煤けて汚れた肌には、生々しい傷跡のような刺青が彫られていた。口から蛇を吐き出す髑髏──ワールドカップで空に打ち上げられた闇の印だ。
ヴォルデモートは先程受けとったばかりの杖を、その刺青へと押し当てた。
ハリーの傷跡が刺されたように鋭く痛み、耐え切らずに呻き声をあげる。
──現れるのは早かった。
黒い靄を纏いながら、次々と人影が姿現しで集まってくる。間違いない、
彼らは続々と跪き、ヴォルデモートのローブの裾へとキスを落とした。そうしてご主人を取り囲み、輪を作ってゆく。
頭から足先まですっぽりと覆う黒のローブに、不気味な仮面の集団。まるで異様な儀式のようだ。
「良く来た──良く来たぞ、我が友よ」
ヴォルデモートは蜘蛛のように長い腕を広げ、歌うようにそう言った。
「十三年──それだけの時が過ぎても、お前たちはこうして呼びかけに応えてくれた」
闇の帝王を取り囲む黒い輪が震えた。彼らの恐怖が、空気を伝播しルークたちの元まで伝わってくる。
「しかし──お前たちには失望した……失望させられたぞ」
ヴォルデモートの声音が顰められ、ますます輪の震えが大きくなる。
「十三年も、お前たちはご主人を助けようとはしなかった。──そうだな、エイブリー」
ヴォルデモートが杖を振り上げ、集団の中の一人が悲鳴をあげて崩れ落ちた。
「──マクネア、クラッブ、ノット、ゴイル」
名前と共に杖が振られる度に、一人、また一人と悲鳴が轟き仮面が剥がされ、地面に倒れ込んでいく。
「そしてお前もだ。抜け目の無い友──ルシウスよ」