ルークの喉から、ごくごく小さな引き攣れの声が漏れた。
覚悟はしていたことだ。クラッブ、ゴイル──その名があって、ルシウス・マルフォイがこの場にいないはずがない。
「我が君……」
ルシウスは声を震わせ跪いた。
「貴方様のご消息が、チラとでも耳に入っていれば、私は直ぐにでも馳せ参じる心積りでした」
「耳に入っていなかったと? 嘘をつくなルシウスよ。お前は一度だって、俺様を探そうとはしなかった」
「いいえ、いいえ我が君よ。私の忠誠心はあの頃と何も変わっておりません。これからも、より一層強く忠実に貴方様へと仕えることをどうぞお許し下さい」
見ていられなかった。聞きたくもなかった。
ルークは目を閉じ、固く歯を食いしばる。
己とドラコの繋がりはもうほとんど断たれていたようなものだったが、それでも彼を敵としては見たくなかった。
「ご、ご主人様……私はずっと、貴方様の傍に仕えておりました……」
ワームテールが今にも気絶しそうなほどか細い呼吸でヴォルデモートの足下へと這い寄った。
「お前のそれは忠誠心ゆえでは無い、恐怖ゆえだ」
「……お、おぉ……どうかご慈悲を……ご慈悲を、我が君」
「しかしお前はこの数ヶ月、確かによくやってくれた。ヴォルデモート卿は、助けを齎す者には褒美を与える」
そうして、ヴォルデモートは杖を振った。
瞬く間にワームテールの欠けた手首に銀色の魔法の手が嵌め込まれた。義手と言うにはあまりにも精巧で、自然で、そしておぞましかった。
「ご主人様……素晴らしい──あぁ、感謝いたします」
啜り泣きは止み、興奮を纏ったワームテールの言葉が辺りに響く。
「今夜、ヴォルデモート卿は蘇った! この素晴らしき日に──賓客を迎えている」
ヴォルデモートの毒々しい眼がポッター兄弟を捉えた。
二人の肩が跳ね上がり、逃げようと悶えるも意味は為さない。
「ハリー・ポッター」
ヴォルデモートはまるで足音も立てずに兄弟のもとへと躙り寄った。
「穢れた血である母親が遺した古の魔法によって、俺様は長く凋落の時を過ごす羽目となり──お前は仮初の英雄という名声を得た」
細い指が、ハリーの額へと伸ばされる。
必死に逃げようと顔を逸らすも、石の拘束はそれを許さない。
「長い屈辱の時だ。忌わしくもお前に触れることすら叶わなかった。──しかし、お前の血を以て復活を果たした今、俺様はその身に、触れることができる」
ヴォルデモートの指が額に触れた途端、頭が割れるかと思うほどの痛みに襲われハリーは絶叫した。愉悦をはっきりと滲ませた帝王の笑いが、悲鳴に重なり響き渡る。
「──やめろ!!」
それを切り裂いたのは、弟の震える叫び声だった。
「ハリーに触るな!!」
「──おぉ、ルーカス・ポッター」
ヴォルデモートはハリーから離れ、今度はルークへと顔を寄せた。
「憎き
ぞ、っとルークは身を震わせた。
死の気配が肌を撫でる。瞬きをすることも出来ず、目の表面が乾いて視界がぼやけた。
「ルークから、離れろ──ッ」
ハリーが吠えるのを意にも介さず、ヴォルデモート卿は楽しそうに杖を振り上げた。
ガシャン、と音がして、ルークの拘束が解かれる。
無様に地面に転がされたその身に、容赦なく杖は向けられた。
「クルーシオ」
────瞬間、
これまで経験したことも無いような激痛が、ルークの身体を刺し貫いた。
脳天から足先まで、余すこと無く痛苦に満たされている。
自分の喉から発せられているはずの断末魔さえ、どこか遠いところのように感じられた。
骨が燃え、肉は泡立ち、肌は内側から引き裂かれるようだ。
杖が逸らされると、痛みはまるで嘘だったかのように引いて行った。
しかし激痛の残滓で四肢は麻痺し、思考は白く明滅──指先を動かすこともままならない。
陸に打ち上げられた死にかけの魚のように、無駄に口をはくはくさせるくらいしか出来なかった。
「よくも──よくも、ルークを……」
ハリーの緑の瞳が、怒りに燃えていた。
世界中の何よりも、誰よりも大事に思っている弟を目の前で嬲られ、内蔵を炙る勢いで身体を激怒が渦巻いている。
つい数分前まで脳内を支配していた恐怖はもはや微塵も残っていなかった。
ハリーは拘束を解こうと激しく身を捩る。
「僕が、相手だ──ヴォルデモート!!」
「よかろう」
ヴォルデモートは、心底愉快げに口元を歪ませて見せた。
彼の杖一振りによって拘束は容易に解かれ、ハリーは激怒に身を燃やしたまま彼に向かって杖を構える。
「決闘のやり方は学んでいるな? まずはそう……お辞儀だ」
「巫山戯るな!」
余裕ぶってゆったりとお辞儀をしたヴォルデモートに、ハリーは心の底からそう吼えた。
杖が持ち主の感情に応えるように、バチバチと火花を弾けさせる。
──死んでも、お前に頭を下げてやるものか!!
気を失ったのかピクリとも動かないルークの姿を横目に捉え、ますます腸が煮えくり返る。
「儀礼や伝統は重んじるべきだぞ、ポッター。お辞儀を──するのだ」
「っ、ぐ……」
見えない手に押さえ込まれたかのように、無理やり腰が折られ頭を下げさせられる。
屈辱だ。弟を苦しめた相手に頭を下げるなど。
「──アバダケダブラ!」
「エクスペリアームス!!」
ヴォルデモートの杖先から迸った緑の閃光、ハリーの杖先から迸った赤い閃光が空中でぶつかりあった。
生じたエネルギー波が激しく空気を振動させる。
ハリーは歯を食いしばって、両手で必死に杖を押えた。
──押し負けるものか、ここで僕が殺されれば、次にルークが殺される!!
しかし残酷なまでの実力差が、巨大な壁となって立ちはだかる。
どんなに怒りを、気力を込めてもじわじわと緑の光が迫り、焦燥に胸中を満たされた。
負ける。負けてしまう。
その恐怖と無力さに顔を歪ませた、その時──奇妙な出来事が起こった。
緑と赤の境目、魔法と魔法がぶつかり合う境界から青白い光が弾け、ハリーの隣にはっきりと像を結んだのだ。
それは、父の姿を
「ハリー」
ゴーストともまた違う、それは確かにハリーの名を呼んだ。
「繋がりを切るんだ──切って、ルークの元へ走れ。そしてポートキーを呼び寄せて、ここを離れるんだ」
「でも、父さん……」
「大丈夫よ、ハリー」
今度は、母の声だ。
父の隣に母がいる。幻などでは無い──決して。
「私たちが時間を稼ぐから。……さぁ、切って」
「切るんだ、ハリー」
覚悟は一瞬で決まった。
杖を逸らし、魔法と魔法の繋がりを切る。
ヴォルデモートの放った死の閃光は、ハリーの元には届かなかった。
振り向かず、真っ直ぐに弟の側へと駆け寄る
「アクシオ!」
呼び寄せた優勝杯が指先に触れる──グン、と身体が見えない力に引き寄せられた。