ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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 ボーバトンとダームストラングの生徒たちが居なくなると、校内は急に静けさを増した。

 去年はこれくらいが通常だったのに、なんだかとても不思議な気分だ。

 人気(ひとけ)の減った廊下を、ルークは一人歩いていた。向かう先は、必要の部屋。

 ここ数ヶ月通らなかった道筋も、去年幾度となく通った記憶のおかげで迷いなく辿れた。

 

 一見ただの石の壁──しかしここは、二人だけの秘密の部屋への入口だった。

 壁の前を三回行き来し現れた扉に手をかけ、中へ足を踏み入れたルークは驚愕で呼吸を止めた。

 

「……──」

 

 名を呼んだはずが、乾ききった喉では声を発せない。

 ──必要の部屋には先客がいた。

 

「……久しぶりだな、ルーク」

 

 ソファに腰かけていたその人物は、パタリと本を閉じて立ち上がった。

 約半年会わなかった間にまた背が伸びている。少し近づいていたはずの目線の距離が、再び遠ざかっていた。

 

「何で、ここに……」

 

 逃げ出そうかとも一瞬頭を過ぎったものの、結局足は動かなかった。

 床に縫いとめられたように硬直し、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来ない。

 

「君こそ、どうしてここに?」

 

 彼の──ドラコの表情は凪いでいた。まるでルークが必要の部屋に来ることをわかっていたみたいだ。

 咄嗟に応えを返すことが出来なくて、アイスブルーの視線から逃げるように俯いた。

 

 今日、ルークがここに来たのは折り合いをつけるためだ。

 諦め切れたと思っていた、否、言い聞かせていた己の恋心はクレールの言葉に刺激され、その重さに逆らうようにあっさりと浮上してしまった。

 苦しいだけの想いを、それでも後生大事に抱え続けるか、今度こそ沈めきってしまうか──まだ精神的に成熟し切っていないルークにはあまりに難しい選択だった。

 特別な感情を隠しながらも幸せな記憶を積み重ねたこの必要の部屋で、どうにか答えを出そうとしたのだ。

 

「──ルーク」

 

 気づけば、すぐ目の前にドラコが立っていた。

 咄嗟に踵を返そうとしたルークの手首はあっさり捕らわれてしまう。

 

「……っ、」

「君に聞きたいこと……聞くべきことがあるんだ」

 

 逃がさないと言わんばかりに力の込められたドラコの手が、まるで氷のように冷えきっていることに気づいて抵抗をやめた。

 窺うように見上げた彼の表情は苦悶に歪んでいる。

 

「──な、に?」

「……色々な憶測が飛び交って、何が真実か分からない。明確な結論が欲しくて送った手紙の返事にも、望む答えは書かれていなかった」

「……?」

 

 ルークの顔に、困惑の表情が広がった。

 しかし次に発せられた言葉に、困惑は悲痛へと色を変える。

 

「例の、あの人が復活したというのは……事実か」

 

 ドラコが、己に何を尋ねようとしているのか察せてしまった。

 逃げ出したい衝動は変わらず──しかし、ルークは目を逸らさなかった。

 

「事実だよ。……こんな嘘は言わない」

「その場に居たのは、例のあの人だけか」

「いや……ピーター・ぺティグリューと他に、何人も死喰い人たちが集まってた」

「その、中に……」

 

 ドラコの声が揺らぐ。

 しかし彼もまた、ルークの眼差しから逃れようとはしなかった。

 

「父上は、いたか」

 

 無意識に、口元に力が入った。

 細く吸い込む息が震え、ほんの一瞬の沈黙が部屋に影を落とす。

 

「──あぁ」

 

 この一言がドラコにもたらす恐怖と心痛、それが分からないほど愚かじゃない。

 しかし、これが悲しくも現実なのだ。

 

「ルシウス・マルフォイ。例のあの人に名を呼ばれてた。顔も見た。忠誠を誓う……声も聞いたよ」

 

 ドラコの手がそっとルークを離れ、彼はそのまま片手で顔を覆った。

 よろめくようにソファの背に手をつく彼に、かけられる言葉はなかった。

 ただひたすらに重苦しい沈黙が、必要の部屋を支配する。

 

「──ずっと……考えていたんだ」

 

 長い、長い沈黙を破ったのは、ドラコの掠れた声。

 

「あの日……クリスマス・ダンスパーティの夜から、ずっと」

 

 

 

 

 栓が外れたようにルークが想いを吐露し、直後逃げるように去ってしまったあの夜。

 バルコニーに取り残されたドラコは、それはもう長いことその場に立ち尽くしていた。

 突如姿を消したパートナーを探しに来たダフネ・グリーングラスに発見された頃には、すっかり身体が冷えきってしまうほど、長く。

 ──それほど衝撃だったのだ。

 考えたこともなかった。ルーカス・ポッターが己に向ける感情に、友愛を超えたものが混ざっていたなどとは想像に触れたことすらなかった。

 しかしその衝撃は、自分でも驚くほど不快さを伴わなかった。──それどころか、腹の奥にストンと落ちて収まってしまうような、納得すら齎したのだ。

 アーモンド型のグリーンの瞳が自分を見つめる眼差しに、声変わりを終えてもなお高さを残したアルトが静かに紡ぐ己の名に──確かな思慕が含まれていることに、どうして今まで気づかずいられたのだろう。

 

 そして、己もまた同じであることに、なぜ考えつかなかったのだろう。

 

 一年生──乾いたばかりの涙の痕を頬に残しながら、初めて見た空からの夕焼けに興奮する彼の姿。『ありがとう』と投げ掛けられた言葉があまりにも真っ直ぐ心に届いて、暫く頭の奥に反響していたのを覚えている。

 

 二年生──自分の父親に君は殺されかけたのだ、と死にそうな思いで告白したドラコに、あっけらかんと苦笑を返す彼の姿。責めるでもなく、むしろ友としての繋がりを求める彼の呑気さ、いや、邪気の無さには唖然としたものだ。自尊心(プライド)も忘れてルークと名前を呼んだ時の、輝くような満面の笑みは今でも脳裏に焼き付いている。……産まれて初めて、対等な友を得たと思った。

 

 三年生──月明かりに照らされた廊下で交した、あの会話。(ドラコ)の言葉に、行動に救われたのだと彼は微笑んだ。しかしあの瞬間、救われていたのは確かにドラコの方だった。純粋に空を楽しむ自分の姿が羨ましく思えるほど好きなのだと、彼は言った。その言葉はドラコ自身ですら忘れていた、無意識になっていた初心をあっさりと呼び覚ました。試合に負けた悔しさも不甲斐なさも全部打ち払ってしまうあの言葉を、何度胸の裡で反芻したことか。

 

 気づけば目で追っていたし、頭の片隅にその姿があった。その奇妙に執着めいた想いの源泉が、恋心にあったのだと──考えて、考え抜いた果てに、ドラコ・マルフォイは自覚した。

 

 

「──僕も君に、特別な意味で惹かれているんだと……ようやく気づけたんだ。否定しようもなく自覚した所だった。……けど、」

 

 想いを吐き出す口調には、どうしたって苦痛が滲んでしまう。罪を告白する罪人のような気持ちだ。

 あのダンスパーティの夜、ルークもこんな気持ちだったのだろうかと、ドラコは心臓を掻き毟られるような心地がした。

 

「僕たちは、上手くいくはずがない」

 

 性別、家柄、立場──三重苦だ。

 その全て、自分たちの手でどうにかなるような壁じゃない。

 

「──ドラコ」

 

 ドラコの告白を黙って聞いていたルークが、ようやく口を開いた。

 

「君が──ドラコ・マルフォイのことが、好きだ」

 

 今にも泣きそうな、酷く、掠れた声だった。

 

「君の……ちょっと意地悪なところも、魔法薬学への向き合い方も、箒で飛ぶことへの情熱も、優しさも、誠実さも、不器用さも──そのすべてが好きだ」

 

 一歩、一歩と近づく彼の足取りは酷く重い。

 鉄の枷でも付けられているかのように。

 

「誰も、許してくれないだろうけど」

「あぁ……必ず終わりが来る。誰にも言えないし、認めても貰えない」

「それでも……無いものにはしたくない」

 

 春の若葉のように明るい緑が、薄ら揺らめく涙の膜を張っている。

 しかしブレることなく、彼の視線はドラコを射抜いていた。

 ──あぁ、本当に。

 

「ルーカス・ポッター」

 

 壊れ物を扱うよりも更に静かに触れた彼の手が、すっかり冷えきっている。お互い様だ。これでは、どんなに強く握っても、熱が回ることは無い。

 

「君のことが、好きだ──心から」

 

 なんて無意味で、愚かな話だろう。

 報われることは決して有り得ないのに、一度触れ合わせた心は刹那的な交わりに酷く酔いしれている。

 

 一歩踏み出した道は過ちであると、どこか冷静な脳が警鐘を鳴らしている。

 

 ──それでも、

 

 何かを確かめるように合わせた唇の熱さが、彼らにとってはすべてだった。二人の先に灯りがなくとも、この熱を手放すことだけはできそうになかった。




✧ ルーカス・ポッター

想いが叶って超ハッピーという訳にはならなかったが、一先ず心は通じた。
とにかく情緒が振り回され続けた一年だったが、この一年を経て彼は更に本心を隠すスキルが磨かれた。自覚は当然ないが、閉心術が人並外れて得意。
自分のために勇気を振るうことは出来ないが、他人(例えばハリー)のためならヴォルデモートに歯向かうことも出来る。基本的な素質はハッフルパフに偏っているものの、グリフィンドールに振り分けられるだけの素質ももちろん持っている。
クレールと再会した時くらいまでは彼女からの好意を友情としてしか受け取ってなかった。鈍感と言うより、自己肯定感の低さゆえに他人から好意を向けられる想定が浮かびづらいタイプ。


✧ ハリー・ポッター

思い込みが激しい性格が災いしてルークの事情に何一つ気づけていない。
ハリーの中でルークは盲目的に庇護対象なので色々とフィルターがかかってしまっている。
守るべき弟の存在、確固たる親友たちとの絆のおかげで安定感を持って対抗試合を乗り越えた。
ジニーの想いには本当に全く気づいておらず、チョウ・チャンに夢中。こっちはルークと違って筋金入りの鈍感。


✧ ロン・ウィーズリー

ハリーがルークを心配させるようなことする訳ないし、ましてやハリーが危険を冒すことにルークが手を貸すわけない、という絶対的な確信を持っている。
ハリーよりも更に酷い鈍感で、女生徒に人気の高いルークに結構嫉妬している。


✧ ハーマイオニー・グレンジャー

彼女も色々あったのでルークの事情には気づいていない。こっちもこっちで複雑な、初恋ともまだ言い難い感情に振り回されている。


✧ ジニー・ウィーズリー

察しもいいし強い。このたび親友が難しい恋愛をしていることを知ったが、ルークから話されない限り突っ込んで聞こうとは思わない。あくまで見守り態勢。ルークへの過保護感情はハリーの次に強いが、ハリーと違ってフィルターはかかっていない。


✧ クレール・ルー

魔法薬学大好きな普通にオタク。故にボーバトンでは少し浮いてしまっており、研究発表会で初めて下心なく話しかけてくれた、ものすごく気の合う優しい年下の男の子にすっかり心を奪われてしまった。ルークより二つ歳上。
恋心は叶わなかったが彼女は結構強かなので、これからもルークと手紙(ほぼ論文)のやり取りを続けて何だかんだで友人として長い付き合いになりそう。


✧ ドラコ・マルフォイ

ルークが図らずも吐露してしまった本心を聞いて己の想いを自覚した。
ダフネとはお互いになんとも思っておらず、パートナー探しが面倒という意見が一致しただけの関係。
恋心を自覚し、性別や家の理由から悩み苦しんでいたところにヴォルデモート復活の凶報が入って絶望した。
自覚が遅かっただけで好きになったのはドラコからの方が早そう。しかし自覚から成就が早かったために、自分の気持ちの重さに気づききれていない。
ヴォルデモートに関して父親から手紙の中でははぐらかされるが、夏休み休暇で家に帰ったときに事情を聞かされ逃げられなくなる。
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