ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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【The Order of The Phoenix】
46.


 じめじめとした、うだるような暑い日が続いていた。

 ルーカス・ポッターは立ち上がり、鬱陶しそうに顔を顰めながら一度髪を解いた。軽く頭を振ると、籠っていた熱が発散される。しかし、背の中ほどまで伸びた髪を下ろしたままでいるのはもっと暑いのだ。

 汗で湿った髪を結びなおしながら、深くため息を吐く。──もういっそ、切ってしまおうかと。

 この夏休みの間に何度も頭をよぎったが、結局のところ実行される気配はない。ルークにとって己の長い赤髪は、二度と会うことのない母との大きな繫がりの一つだからだ。

 

「ルーク!」

 

 家の中から轟いた己を呼ぶ声に、ルークの肩が跳ね上がった。慌てて返事をして、庭を出て玄関へと向かう。

 

「なに、ペチュニア伯母さん」

 

 彼女はひどく不機嫌そうな表情を浮かべ、玄関で待ち構えていた。

 

「ハリーはどこに行ったの?」

「……知らない。さっき出て行っちゃったんだ」

 

 ペチュニアの目が吊り上がるのを見て、ルークはそそくさと二階の自室へと引っ込んだ。自分に非の無いことで理不尽に怒りをぶつけられるのはごめんである。

 

 ルークが双子の兄、ハリーと共に使っているこの部屋はとても狭い。特にハリーの方はこの夏で顕著に背が伸びたので、なおのこと手狭だった。──しかし今はルーク一人。昼間の熱気が籠りきっていること以外に不満はない。窓を開け放つと、生温い風がスーッと通り抜けていく。

 ──ここ数日、ハリーは不機嫌を極めていた。常にイライラしていて、ほとんど喧嘩という喧嘩もなく十五年生きてきた双子に何度も衝突の機会をもたらしている。

 兄が不機嫌を起こす理由は明確だ。つい数か月前、三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)の第三の課題において、ヴォルデモート卿が復活を果たした。その決定的瞬間に立ち会うこととなったポッター兄弟は命からがら逃げだし、闇の帝王の帰還を訴えた……が、状況は芳しくなかったのだ。あらゆる意味で。

 学期を終え、プリベット通り四番地に帰ってきたポッター兄弟を出迎えたのは常ながらダーズリー一家の理不尽、そして、徹底された情報の統制だった。

 ヴォルデモートがどうなったのか、いま魔法界はどう動いているのか、ダンブルドアは、シリウスは何をしているのか──まったく、誰も教えてはくれなかった。

 ハリーがどんなに長文をしたためても、名付け親や親友たちからは二、三行の短い言葉しか返ってこない。

 その事に対して不満を募らせるハリーの気持ちは大いに理解できる。しかし同時に、ルークはダンブルドアたち大人の気持ちも何となく想像がついていた。

 彼らは、情報を与えることでハリーが暴走してしまうのを抑えたいのだろう。

 ポッター兄弟は双子の割に似ていないとよく言われるが、それは容姿に限った話ではない。その性質も、まるで対極のようにかけ離れている。

 双子の弟であるルークの方は慎重な性格で、滅多に危険や厄介ごとに首を突っ込もうとはしない。その在り方の根底にあるのは恐怖だ。彼は自分が際立って臆病者であることを自覚していた。

 ……しかし双子の兄(ハリー)の方は違う。勇猛果敢で時に無鉄砲と称されるグリフィンドールの気質を、存分に父から受け継いでいる。

 大の大人がその名を呼ぶことすら恐れるヴォルデモート卿という存在に対して、ハリーが抱えているのは強烈な敵意、怒り、そして憎悪であった。

 彼の存在は、両親の仇だ。己が背負うことになった不幸、その全てにおける元凶だ。

 ──そしてそれだけではない。アレはあろうことか、弟に杖を向けた。ハリーがこの世で最も愛し、慈しみ、護るべき存在に対して、拷問の呪いをかけたのだ。──まさに万死に値する所業であった。

 そこまでのハリーの内心を、(ルーク)は気づけていない。しかし、兄が仇に対して、並々ならぬ殺意を向けていることには気づいていた。……それは、危ういと思わせるに十分な。

 

 ハリーの不満もルークの懸念もすべてを置き去りに、時間だけが無情に過ぎていく。この四週間、双子はただ無為に日々を消費し続けていた。

 ハリーは少しでも魔法界の情報を拾おうとマグルのニュースを聞き漁り、毎朝フクロウが届けてくる日刊預言者新聞の一面にヴォルデモートの話題が霞ほども載っていないことに腹を立てている。

 

 一方のルークはというと……こちらはある意味、完全に現実逃避に走っていると言えた。

 彼は表情や態度にこそ出さないものの、内心では場違いな程に浮かれて毎日を過ごしていた。理由は一つ──恋人の存在である。

 四年生の学期末、彼はおよそ一年半拗らせ続けた己の恋心を成就させていた。『愛してる』という言葉を()に伝え、伝えられ、その手に触れ、キスを交わした。

 まさに夢見心地だ。叶うはずがないと抑圧し続けていたからこそ、この状況が奇跡としか思えなかった。

 しかしその記憶が夢でも幻でもないと証明するかのように、愛鳥グレアは彼──ドラコ・マルフォイからの手紙を運んできてくれる。

 育ちの良さを表す美しい、それでいて少し神経質な彼らしさを滲ませた華奢な文字が躍る手紙を受け取るたびに、ルークの鼓動は跳ね上がり、歓喜の熱を心臓から指先にまで伝わせた。

 手紙の内容と言えばひたすらに魔法薬学の知見が交わされているだけであり、色の欠片もありはしない。しかしそれでも──いや、むしろ、だからこそ満足だった。

 ロミオとジュリエットのように、己の立場から生ずる痛苦を嘆きながら美しく飾った言葉で愛を語り合うような、そんな関係になりたかったわけじゃない。

 ただのルークとただのドラコとして、あらゆる(しがらみ)の外で、二人だけで寄り添っていたかった。

 ドラコ・マルフォイは、ハリー・ポッターの敵である。単に好敵手(ライバル)というだけならどんなに良かったか。しかし現実、ドラコの父はハリーが最も憎む存在の敬虔なる下僕(しもべ)だ。……故に、ハリーの弟であるルークは腹の底から理解していた。

 ドラコと己の関係──お互いの愛を知り、受け入れ、触れ合った現状が、決して結末ではないことを。

 いずれ必ず訪れる別離が、この物語の結末であることを。

 

♦♦♦

 

 その日の夜、ハリーは随分と帰ってくるのが遅かった。──いったいどこで何をしてるんだ? 捨てられた新聞を漁ってる? それとも、まさか……。

 最悪の想像が頭をよぎりかけた頃、ようやく玄関の扉が開く音がした。そして追うように耳に飛び込んできたペチュニアの鋭い悲鳴に、ルークは大いにその身を跳ねさせる。

 

「ダドちゃん! あぁッ、ダドちゃんどうしたの?!」

 

 何かあったのだと悟るには十分。ルークは慌てて部屋を飛び出し階段を駆け下りた。

 

「ハリー!」

「ルーク……」

 

 兄の顔は随分と疲れているように見えた。しかし何よりも目を引いたのは、彼の隣で真っ青になって立っている従兄弟の姿。ダドリーはしばしフラフラしたかと思うと、盛大にその場で嘔吐した。ペチュニアが耳に刺さる悲鳴を上げ、バーノンが床をどすどす揺らしながら駆け寄ってくる。

 

「何があったの」

 

 するりと傍に寄ってきたハリーに小声で問いかけると、彼は苦々しい顔で唸るように言った。

 

「襲われたんだ……吸魂鬼(ディメンター)に」

 

 え、とルークの口から呆然と声が漏れた。ディメンターと──いま兄はそう言ったのか?

 

「なんで、だってあいつらはアズカバンの──」

「わかんないよ! 訳も分からず襲われて……守護霊の魔法を使うしかなかった」

 

 そこでようやく、ルークはハリーの表情の意味に気が付いた。……魔法を使ったのだ。ホグワーツの外、それもマグルの前で。

 兄には既に二度の前科がある──もっとも、一度目はハリーのせいではないのだし、二度目はシリウス・ブラック騒ぎのどさくさからか曖昧に流された。しかし今回はどうだろう。

 

「仕方なかったんだ」

 

 呻くような声に、隠し切れない苛立ちが滲んでいる。

 

「使わなきゃキスで魂を抜かれてた。僕も……ダドリーも」

「──正当防衛さえ証明できれば、退学になったり杖を折られたりなんてことは無いはず……ダンブルドアに知らせないと」

 

「──小僧!!」

 

 リビングの方から、バーノンの地鳴りのような叫び声がした。ルークはヒュっと表情を凍らせ、ハリーは重くため息を吐く。

 

「……なに」

「なに、だと……?! こっちが聞きたい! お前、息子に、何をした?」

「僕は何もしてないよ」

 

 うんざりとした内心を誤魔化す素振りも見せず、ハリーは言い返した。

 

「襲われたんだ」

「何に? ただのチンピラに襲われた息子がこんな……こんな風になるわけがない!」

 

 答えようとしたハリーの言葉を遮ったのは、開け放たれたダイニングの窓から飛び込んできたフクロウの羽音だった。

 フクロウが落とした手紙は重力に逆らって浮き上がり、おもむろに()()()()()

 

『親愛なるハリー・ポッター殿

 我々の把握した情報によれば、貴殿は本日九時二十三分過ぎ、マグルの面前にて守護霊の呪文を行使した。

 これは「未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令」の重大な違反に値する。

 よって、貴殿はホグワーツ魔法魔術学校を退学処分となる。

 ──貴殿のご健勝をお祈りいたします

魔法省 魔法不適正使用取締局 マファルダ・ホップカーク』

 

 時が止まったような心地だった。ルークは青ざめ、ハリーはあんぐりと開いた口を閉じられないでいる。

 

「なんで……」

 

 先に回復したのは弟の方であった。

 

「だって、ディメンターが襲ってきたんでしょ? それなのに、こんな……話も聞かず退学処分だなんて!」

「でぃ……なんだと?」

「アズカバン……魔法使いの監獄の看守よ」

 

 ──その言葉が、伯母の口から発せられたものだと理解するのに、ポッター兄弟は数秒を要した。

 ペチュニア伯母さんが、まさか『アズカバン』と口にするなんて!

 

「どうして、そんなこと知ってるの?」

 

 ハリーの問いかけに、ペチュニアはただでさえ青い表情をさらに白くして、おどおどしたように視線を彷徨わせる。それが必死の誤魔化しであることは明らかだったが、気の所為と聞き流すのには流石に無理があった。

 

「……あの男と……妹が、話しているのをずいぶん昔に聞いたのよ」

 

 諦めとともに発された彼女の言葉、声音は、何も聞くなという無言の圧を過分に孕んでいた。

 質問は許されない──その環境に慣れきった兄弟は当然、これ以上質問を重ねることが出来ない。

 

「その、でぃ……何とかは知らんが、ダドリーは一体全体何をされたんだ」

「魂を抜かれかけたんだよ」

 

 ハリーの言葉に、ダーズリー夫妻はヒッと喉を引き攣らせた。──未遂だけど、というハリーの声は果たして彼らに届いただろうか。

 

「あー……僕、元気爆発薬ならすぐにでも調合できるけど……」

「この上、そんなワケのわからんものを息子に飲ませる気か?!」

「──だよね。……うん、その、チョコレートを食べさせるといいよ」

 

 結局、ダーズリー夫妻は真っ青で震え続けるダドリーを連れて病院へと向かっていった。

 当然として置いて行かれた兄弟は、無言のまま自室へと向かう。明かりも付けぬまま、二人の間にはひたすら重苦しい空気が流れていた。

 

「……これからどうする?」

「そんなこと、僕が聞きたいよ」

 

 会話はそこで途切れる。

 ハリーはついぞルークと目を合わすこともなく、背を向けたままベッドに身を沈めてしまった。

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