ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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 9と4分の3番線は、いつ来たって噎せ返りそうな程の熱気で溢れている。

 毎年変わらない光景に……いつもと違うのはハリーとルークを守るために配置された大人の数だろう。

 ピンと緊張の糸を張り詰めさせる闇祓いたちを「大袈裟だなぁ」と笑えない状況が恐ろしかった。

 

 ──結局、裁判の末にハリーは無罪放免。通常にホグワーツへと帰還することを赦された。当然だろう……正当防衛が認められなければおかしい状況だったのだから。吸魂鬼がマグルの町中に現れ、ハリー・ポッターを襲った。これが偶然だなんてありえない。明らかに誰かが仕組んだことで──その犯人は、必然的に絞られてくる。

 もはや、ポッター兄弟を狙う存在は、ヴォルデモート卿だけではないのだ。

 

「……ルーク?」

 

 俯き黙りこくってしまった弟に、兄は目ざとく気づいた。頭一つ分の身長差を埋めるように、首を傾ける。

 

「大丈夫、なにもないよ」

「そっか」

 

 それ以上の会話は続かなかった。二人の間のわだかまりは曖昧なままに流されており、最近はどうしたってぎこちなさが抜けない。

 先ほどとは別の意味で気持ちの沈みかけたルークの左手に、犬の姿となったシリウスが頭を擦り寄せた。ふわふわの毛並みを一撫でし、大丈夫だよとこちらにも微笑みかける。

 色々な問題が積み重なっている現状だからこそ、自分如きに心配をかけさせたくはなかった。

 

 懸念していた襲撃や騒動の発生はないまま、紅色の汽車は定刻通りにキングズ・クロス駅を出立した。ルーピンやウィーズリー夫妻、黒犬姿のシリウスの姿が完全に見えなくなるまで手を振り、皆はふぅと息を吐く。

 

「それじゃ、空いてるコンパートメントを探そうか」

 

 どこか張りつめた空気を吹き飛ばすようなハリーの言葉に、ロンとハーマイオニーは気まずさを滲ませた顔で目配せし合った。

 

「ごめんなさい、その……私たちは監督生用の車両に行かなくちゃいけないの」

「──あぁ、そっか。うん、それならその、仕方ないよね」

 

 ハリーは努めて何でもないような声色で返すが、不自然に己の爪を気にし始めたロンの仕草が、その拙い気遣いを台無しにしていた。

 

「時々車内のパトロールをってことだから、その説明があるんだと思う。後で必ずそっちにも行くわ」

「それじゃあ……二人の席も取っとくよ」

「えぇ、ありがとう」

 

 にっこり笑顔で返したハリーを気にかける素振りのまま、二人は機関車の方へと消えていく。

 

「──さぁ、早く行きましょう。急がないと二人の席はとれないもの」

 気まずい沈黙が降りることは許さないとばかりに、ジニーはけろりと言い放った。──彼女がいてくれてよかったと、ルークは胸の裡でそっと息を吐く。しかし、せっかくジニーがさりげなくも完璧な気遣いを見せてくれた後で水を差すのは大変に気が引けるが……とルークはおずおず片手を挙げた。

 

「……ごめん、僕もちょっと約束があるんだ」

「誰と?」

 

 す、っとハリーの目が細められる。明確な警戒──信用の無さが透けて見えて、思わず笑いそうになってしまった。

 

「友達だよ。魔法薬学が得意な子で……グリフィンドールじゃないからハリーは知らないと思う」

 

 この数か月、いや、もしかしたら年単位かもしれない。ルークは嘘を吐き出すのがすっかり上手くなってしまっていた。言葉の九割は事実だからこそ、相手に違和感を感じさせないごく普通のトーンのまま……兄を騙す言葉を紡げる。

 そこに罪悪感はないのかと問われると喉の奥が閉まるような苦しさを覚えるが、「お互い様だ」とその苦しさから目を逸らしていた。──ハリーだって、ルークに数えきれないほどの隠し事を。誤魔化してきているだろう?

 

「大丈夫、ちゃんと実在する友人だよ。呪いの日記帳に封じ込められた闇の魔法使いの記憶なんかじゃないさ」

「ルークったら」

 

 ジョークと言うには自嘲が強すぎるその言葉に、ジニーが眉を顰めた。それにゴメンと軽く肩をすくめて返す。

 

「……そっか、気をつけてね」

「うん、大丈夫だよ。ちょっと話をしたら別れるつもりだから、僕の席も取っておいてくれたら嬉しいかな」

「オーケー」

 

 じゃあね、と軽く手を振り合って、ルークも二人に背を向けた。

 

♦♦♦

 

 夏休み、彼から受け取った最後の手紙は、手紙というよりもメモだった。

 『君に会いたい』という恐ろしいほど真っ直ぐな言葉に文字通り崩れ落ちたルークは、誰に脳が溶けてると嘲笑われても否定できないほど、この初恋に狂わされている。

 後ろから二両目──脳内に刻み込んだ流麗な文字を頭の中に踊らせながら、狭い通路をひたすら歩く。途中すれ違う生徒から向けられる無遠慮な視線も目に入らない。

 逸る心臓は今、ただ一人のことを想って動いていた。

 

「──ルーク」

 

 約束の車両に着き、どのコンパートメントに居ればいいのかと立ち止まった瞬間、認識の範囲外から声をかけられルークは肩を跳ねさせた。声をあげる隙もなく、ひんやりとした手に腕を掴まれる。

 トン、とガラス戸が閉まる音がした。

 

「……気づかなかった」

「認識阻害と邪魔除けの呪文をかけているからな」

 

 突然引っ張って悪かった、と──ドラコ・マルフォイはそっと手を離した。

 

「──すごく、久しぶりに会ったような気がする。たったの二か月なのにね」

「今までで、一番長く感じた二か月だった」

「ッ、それはその、大袈裟じゃない?」

「大袈裟だと思うか?」

 

 瞳は言葉よりも雄弁に感情を伝える。彼のブルーグレーは揺らめきすらしていない。ただ真っ直ぐ、ルークだけを映している。

 子供らしいまろやかな輪郭はすでに失われ、筋張った男の手。しかしなお繊細さを残した指先が、そっと髪に触れた。成長するにあたって少し暗さを増した赤銅色を指先に絡め弄ぶ。

 たったそれだけの触れ合いでも、全身の血流が一気に勢いを増す。羞恥で眦に朱を滲ませながら、ルークは精一杯にドラコの涼しげな表情を睨みつけた。

 

「随分と、慣れてるね」

 

 存外に拗ねたような声が出て、戸惑うように視線を揺らしたのはルークの方。手足が痺れるほど心臓は忙しなく、耳は形がわかってしまうほど熱かった。

 

「……僕は君より、取り繕うのが上手いんだ」

 

 頼りなく眉を下げて笑う姿がどこか己と重なって、ルークは一瞬羞恥心すら忘れて目を瞠った。

 腕を伸ばし切らなくても届く距離、彼の心臓にそっと手を這わせる。白い皮膚も糊の効いたシャツも透過して、激しい拍動が掌から伝ってきた。

 

「……ぁ」

「──こんなことは初めてだ。わざわざ言わなくても、わかってくれると思ったんだが」

 

 わざとらしく意地悪な口ぶりに、思わず吹き出して笑った。くつくつと肩を揺らすルークに、ドラコはぎこちなく頬を掻く。

 

「わからないよ。僕だって、自分のことでいっぱいいっぱいなんだから」

「お互いにか」

「そういうことだね」

 

 揃って顔を見合わせ微笑み合うこの瞬間が、奇跡であることを知っている。

 狭いコンパートメントに流れる時間も今だけは、二人のものだ。

 

「──そういえば、ドラコも監督生でしょ? 監督生の集まり……には行かなくていいの?」

「もう行ったさ。今は()()()()()()()()

 

 にやりと口角が引き上がった。悪びれる素振りもない彼に、「不真面目なことで」と同じ笑いを返す。

 

「──君の兄も監督生か?」

「ううん、違う。グリフィンドールの監督生はハーマイオニーとロンだよ」

「…………ウィーズリーが、監督生?」

「その驚きっぷりはさすがにロンに失礼だと思う」

 

 失礼なもんか、とドラコは鼻を鳴らした。彼の中で、ロン・ウィーズリーの評価は実に低い。

 

「グレンジャーの方は、まぁ……わからないでもない」

「素直に認めればいいのに」

「……学力は、確かだからな」

 

 苦虫を噛み潰したような表情(かお)をするドラコに、ルークは思わず苦笑する。紛うことなき純血主義を掲げる彼がマグル生まれの彼女に成績で負ける現状は、よほどプライドに障るのだろう。誰かに成績で「勝つ」己を想像できないルークにとっては理解しがたい感情だ。──魔法薬学はあくまで、好きを追及しているだけなので。

 純血主義──つい数日前にシリウスと交わした会話を思い出し、ルークの表情がふと翳った。しかしそんな翳りは一瞬で引っ込めてしまう。二人でいるときに、『こういうこと』を考えたくはなかった。

 

「スリザリンの監督生様がこんなところで僕とサボってるなんて、誰も想像すらしてないだろうね」

「あぁ、誰も気づかないし気づけない。……だから、咎める者も許す者も、最初からいないのと同じだ」

「……確かに」

 

 ふ、と空気に溶かす吐息ごと呑み込むように、ドラコはルークの唇を食んだ。

 お互いの身体を引き寄せ、隙間を埋めるように抱き合いながら、角度を変え、幾度も啄むようなキスを交わす。

 ──好きだ、と。

 たった一つの煩悩は、他の感情を思考から追いやった。

 いま触れている熱だけ在ればいい。周りの音も声も何も聴こえない。夢と覚醒の狭間で微睡むような快感が、じわりと身体を満たす。

 世界から切り離されたような感覚は、まさしく溺れているのと同じだ。

 お互いの身体に縋りついたまま、沈んでいく。──昏い底は、まだ見えない。

 

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