ハリー・ポッターの双子の弟   作:詩月(SHIZUKI)

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 スネイプに貸してもらった本を大切に抱え、油断をすれば思わずにやけてしまいそうになるのを必死にこらえながらルークは長い廊下を進む。

 広間に向かっているつもりだが、正直このルートであっているか少し自信が無い。自分が方向音痴であるという意識はないが、それにしたってホグワーツは広すぎるのだ。

 階段が動くという事態も相まってその複雑さは尋常じゃない。新入生には校内マップを配布して欲しいものである。

 曲がり角を右に曲がると、見た事のある女子生徒ふたりが立っていた。

 

「あら、ルークじゃない」

「やぁ。えーと──ラベンダーにパーバティ、こんなところでどうしたの?」

 

 ほとんど会話をしたことなどなかったが、同寮の女子生徒だ。寮ごとの新入生の人数は割と少ない方なので、名前くらいは把握している。

 

「それがね……その、ハーマイオニーがここに籠って出てこないのよ」

「ここ…って、女子トイレに?」

「彼女、ここでずっと泣いてるの……」

「え、どうして?!」

 

 何があったの、とルークは先程のいい気分も忘れて慌てた。ハーマイオニーと言えばいつも強気な態度を見せている。その彼女が泣きながら籠って出てこないというのはとても異常事態のように思えたのだ。

 

「分からないわ。……でも、その……私たち昨日、彼女と言い争いをしたの」

「言い争い?」

「私も酷いこと言っちゃって、それで傷つけたのかもって」

「でも、放っておいてって言われちゃって、もうどうしたらいいか分からなくて」

 

 今にも泣き出しそうに眉を下げるふたりに、ルークも困って唸ってしまう。

 

「えーと、酷いことを言ったなら謝らなきゃだけど、たぶん彼女が落ち着いてから話すのが一番だと思う。僕がハーマイオニーと話してみるよ──って、あ……女子トイレじゃ僕が入っちゃダメだな」

 

 どうしよう、と考え込んだルークに、ラベンダーとパーバティのふたりは顔を見合せた。

 

「ここのトイレを使う人は少ないし、今の時間はみんな大広間で夕食を食べてるわ」

「私たちが悪いのに貴方に任せちゃうみたいで申し訳ないんだけど、ハーマイオニーと話をしてみてくれないかな」

「私たちじゃ話を聞いて貰えないし、でも放っておくのも……」

「──うん、わかった。ふたりは先に広間に行ってて。僕がハーマイオニーを連れて行くから」

 

 ルークがそう笑いかけると、ラベンダーとパーバティはほっとしたように表情を緩めた。

 

「ごめんなさい、よろしくねルーク」

 

 広間の方へと小走りで去っていくふたりの背中を見送って、ルークは小さく息を吐いた。

 そしてゆっくりとトイレの扉を開ける。

 女子トイレに入る経験は当たり前だが初めてで、悪いことをしているような気になってどうも居心地が悪い。

 扉がカタンと音を立てると、ハーマイオニーはそれに気づいたのだろう。閉められた個室の中から「放っておいてって言ってるでしょう!!」と、嗚咽混じりの声が響いた。

 

「は、ハーマイオニー」

 

 緊張でまたもうるさくなってきた心臓を押さえながら声をかける。するとハーマイオニーが声をひっくりかえした。

 

「そ、その声、ルーク?! なんで貴方がいるのよ! ここは女子(・・)トイレよ?!」

「あぁえっと、そうなんだけど、その、勝手に入ったとかじゃないんだ!」

 

 一番指摘されたくないところを真っ先に叫ばれ、ルークは思わず慌てふためいた。

 

「ラベンダーとパーバティがすごく心配してて……。僕も、君が泣いてるなんて聞いたら放っておけないよ。その、入ってきたのはごめん……でも、話がしたいんだ」

 

 必死になって言葉を紡ぐと、個室の中でハーマイオニーは黙ってしまった。そして数秒の沈黙のあと、啜り泣く声が狭いトイレに響く。

 

「話なんてしたくない。放っておいて。私なんかを構わないでよ」

「そんな、放ってなんて置けないよ」

「私たち別に、友達同士でもなんでもないじゃない!!」

 

 涙混じりのハーマイオニーの叫びにショックを受けて、ルークは咄嗟に言葉が何も出てこなくなった。

 確かに、ハーマイオニーとは友達になろうなんて話をしたことがない。でも、初回の魔法薬学の授業以来、彼女からは魔法のコツを教わったりと何度も会話を交わしていた。

 

「──た、確かに君とは、まだ友達じゃないかもしれない」

 

 個室の中からは、なんの返事もない。

 

「……けど、ハーマイオニーにはすごい感謝してるんだ。最初の魔法薬学の時、落ちこぼれの僕と組んでくれたし、それからも色々教えてくれたよね。ハーマイオニーの教え方って合理的だし、分かりやすくて僕は好き……」

「ウソよ」

 

 嗚咽混じりの声が、ルークの言葉を遮った。

 

「みんな私のこと、頭でっかちの知ったかぶりって思ってるわ。教え方だって高圧的だし。わ、私……みんなのことバカにしてるつもりなんてないのに。ただ一緒に、勉強したくて……でも上手くいかないの。昔からそう。ずっとひとりだわ。みんなと、本当は仲良くしたいのに、私、素直になれなくて……っ」

 

 そう、泣きながら苦しそうにハーマイオニーは本音を吐き出す。いつも強気な彼女が、そんなふうに思っていたなんてルークは知らなかった。

 

「──ハーマイオニー」

 

 ルークは、今まで友達がいたことがない。

 ルークの世界では、ハリーが全てだった。

 だから今、泣いているハーマイオニーにかける言葉が上手くまとまらなくて、もどかしい。それでも彼女に自分が思っていることだけは何とか伝えたくて口を開いた。

 

「たくさんのことを知ってることも、その知識を自信を持って披露することも……それは全然悪いことなんかじゃないって僕は思う。頭でっかちとか、知ったかぶりとか、そんな言葉で言い表しちゃダメだ。ハーマイオニーの知識は努力の結晶だから。──君のことをそんな言葉で表す人はたぶん、君に嫉妬してるんじゃないかな。傍から見ていてわかるくらいに君は優秀だし、僕も君みたいに上手く魔法が使えたらなって何度も思ってる」

 

 個室の中からは嗚咽を噛み殺すような微かな声が聞こえてくる。それでも、ルークは必死になって言葉を紡いだ。

 

「お、教え方が高圧的になっちゃうとか、そういうのは確かにハーマイオニーが悪いかもしれない……。でも! それを自覚してるって凄いことなんじゃないかな?! 僕は自分のダメなとこ、自分じゃ全然わかんないんだ。なんで上手く魔法が使えないのかも、杖に嫌われちゃってるのかな、なんて……あはは……。あー、えっと──もし良かったら僕で練習してみない? 人付き合い、の。僕もよく分からないんだけど、ハーマイオニーに魔法を教えて貰えたら嬉しいし。手始めに、僕と友達になってみようよ!!」

 

 勢いよく言ったあとで、ルークはコレはダメだと崩れ落ちそうになった。慰めたかったのに、終着点が『僕に魔法を教えてよ!』は酷すぎる。自分の言葉選びの下手さに泣きたくなった。

 それでも、これ以上は何も言葉が出てこなかった。

 重たい沈黙の時間に、気まずさが増す。

 「出ていって」と怒鳴られる覚悟もしていたルークの予想に反して、個室の扉がカチャリと音を立てて開いた。

 中から、泣き腫らした姿のハーマイオニーが出てくる。

 

「──わ、私と、友達になってくれるの?」

「えっと、こっちから友達になってってお願いしたい……というか、正直僕はもう友達だと勝手に思ってた、よ?」

 

 ルークの言葉に、ハーマイオニーの顔がくしゃりとなった。

 

「私なんかで良ければ、貴方と友達になりたいわ」

「うん、友達になろう。せっかく同じ寮で、同じ一年で……それにもう何度も話してるし」

 

 す、と手を差し出すとハーマイオニーおずおずと握り返してきた。

 

「これからもよろしくね、ハーマイオニー」

「──えぇ、よろしく、ルーク」

「それじゃ、広間に行こうよ。今日はハロウィーンだし、きっとご馳走だよ」

「そうね。……あ、私、変な顔になってないかしら」

「変ではないよ、大丈夫。ただちょっと、泣いたってすぐわかっちゃうかも」

 

 そう言って二人がトイレを出ようとした時、奇妙な音が空気を揺らした。なにか地響きのような低い音。そう──まるで大きな何かが歩いているみたいな。

 嫌な予感がして、ルークは咄嗟にハーマイオニーを背に庇うようにして扉から離れる。

 何事も無くあって欲しい、というふたりの願いも虚しく、トイレの扉が外から勝手に開かれた。ゆっくりと。実際の時間よりも何倍も遅く感じられる世界の中、姿を見せたのは三メートルはありそうな巨体の化け物だった。

 

「トロール……」

 

 ルークの耳に、小さな小さなハーマイオニーの声が聞こえた。

 緑と灰を混ぜたような色の肌、ルークのウエストくらいはありそうな片腕には棍棒が握られていて、鼻が曲がりそうな異臭まで漂わせている。

 ふたりはあまりに唐突な出来事に悲鳴もあげられない。しかし何とか足を動かし、個室のひとつに駆け込んで鍵を閉めた。──が、トロールの巨大な腕で振られた棍棒が頭上を薙ぎ払い、凄まじい音を立てた。壊された個室の木片がバラバラとふたりの上に落ちてくる。

 

 恐怖の限界だった。

 

 ルークは自分と、ハーマイオニーの悲鳴がどこか遠くから聞こえるように感じていた。恐怖が限界を超えると、体と意識が分離してしまうのかもしれない。逃げなきゃと頭ではわかっているのに、足の力が抜けて動けなかった。

 それでも、ダーズリー家で無意識下に叩き込まれた『男は女性を守るべき』という精神だけがまともに動いて、ハーマイオニーを庇うことに必死になった。さすがの彼女も恐怖に支配され、杖を取り出すこともできず震えている。

 もうどうしようもないと思ったその時、ルークの耳に世界でいちばん安心する声か飛び込んできた。

 

「ハーマイオニー! ルーク?!!」

「ハリー!!」

 

 声を上げたのがいけなかったらしい。再び巨大な化け物の棍棒が頭上を掠め、ハーマイオニーとともに声にならない悲鳴をあげる。

 

「こっちだウスノロ!」

 

 ハリーと、一緒に駆けつけてくれたロンが投げた木片がトロールに命中しその意識がルークたちからハリーの方へと逸れる。

 その隙にルークは腰の抜けたハーマイオニーを支えながらもう少しトロールから距離を取った。

 そこからはもう恐怖と動揺と混乱でルークはあまり覚えていない。しかしロンの唱えた浮遊呪文とハリーのファインプレーによって何とかトロールは倒された。

 そのあと教師たちが駆けつけてくれたらしいが、その前に意識を失ってしまったルークはそれを知らない。

 

 

 暫くは悪夢に見そうな最悪の恐怖体験だったが、あの事件をきっかけにハーマイオニーはルークだけでなくハリーやロンたちと仲良くなった。ラベンダーとパーバティのふたりとも無事に仲直りが出来たらしい。

 

「ルーク、貴方のおかげよ。トロールに襲われた時も、私を庇ってくれてありがとう」

「いやぁ……はは、結局あの後に僕だけ気絶しちゃったから」

「そんなの関係ないわ! あんな事態で咄嗟に私を守ろうとしてくれた貴方の勇気は本物よ。グリフィンドールに点も入った事だし」

 

 気絶していたせいであとから知ったのだが、色々あってハリー、ロン、ルークの三人にはそれぞれ五点ずつの加点があったらしい。奇しくも、ルークが学校生活で初めて手に入れた加点だった。

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