ダーズリー家とホグワーツ以外の地で過ごす、初めてのクリスマスがやってきた。
グリモールドプレイス十二番地の屋敷もすっかり
聖マンゴで盗み聞いた衝撃の話──ハリーにヴォルデモートが憑りついているかもしれない──には動揺させられたが、当の本人であるハリーが翌日にはすっかり吹っ切れた調子だったので安心した。ルークやロンも、その可能性は低いだろうという結論を出し、以降この話題は暗黙の了解で会話に上げられることが無かった。
アーサーも順調に快復へ向かっており、一先ず今回の事件は終わったものという空気になっている。
クリスマスの朝。ルークは誰よりも早く目を覚ました。ハリーとロンの寝息が響く中、足元に高く積み上げられたプレゼントの山を探る。目当ての箱はあっさりと見つけられた。銀色に縁どられたグリーンのリボンに吸い寄せられるように手が伸びる。添えられたメッセージカードに差出人の名は無く、代わりに【良いクリスマスを】の文字が滑らかに綴られていた。すっかり見慣れた流麗な字体に抑えようも無く胸を躍らせながら、プレゼントの包みを解く。
小振りの箱の中から現れたのは、一対のピアスであった。シルバーの地金に赤みがかった紫色の宝石が嵌め込まれている、シンプルでいて上品なデザイン。
今ごろ彼も──ドラコも、ルークの贈ったプレゼントの包みを開けているだろうか。
ルークはコソコソと忍び足で階下に降り、人の気配がする広間やダイニングルームを避けて客間へと入った。
取り出したのは杖とマッチだ。緊張を紛らわすように小さく咳払いをし、杖を構える。
基礎の練習として何度も唱えてきた呪文は見事に成功した。元がマッチとは思えないほど完璧に尖った針を取り上げ、満足気に微笑む。そしてルークは曇りひとつ無い窓ガラスを鏡に見立て、今しがた変化させた針で耳たぶを刺し貫いた。我ながら驚くほど躊躇いの無い手つきであっという間に両耳を飾らせ、窓に映った自分と目を合わせる。
ピアスを開けたぐらいで何か変わる訳がないのに、こちらを見つめ返す己の姿は随分と大人びて見えた。
穴を開け、異物を埋め込んだ耳は触れると鈍い痛みが走る。その痛みさえ何だか特別に感じてしまう自分は、きっと恐ろしく浮かれている。
ルークは長く伸びた髪を流し、ピアスを見えなくした。──小さな隠し事がひとつ増えたぐらい、もう何てことは無い。
◆◆◆
クリスマスが終わってしまうと、ブラック邸には打って変わって重苦しい雰囲気が立ち込めるようになった。
休暇が終わって再び一人──正確には気の合わないしもべ妖精と二人──屋敷に残されるのを憂いたシリウスは大人気も無く不機嫌を撒き散らし、その憂鬱は濃い霧のごとく屋敷全体を包んでいた。
「シリウスには悪いけど、早くホグワーツに帰りたいな」
変身術の参考書に目を通しながら、誰に言うでもなくルークはそう零した。暖炉で薪が爆ぜる音に掻き消されそうな独り言だったが、すぐ傍でロンとチェスに興じていたハリーが耳ざとく拾う。
「そう? ホグワーツに帰ったところで待ってるのはアンブリッジの圧政だよ。僕なんていっそこのまま残りたいぐらいなのに」
「まぁ、それもそうなんだけどね。……あっ」
苦笑するルークの目の前で、ロンのビショップがハリーのクイーンを粉々に殴り砕いた。盤面を見るに、ここからの形勢逆転は難しいだろう。ロンが勝ち誇った笑みを浮かべ、ハリーは溜息交じりに肩を竦める。
「アンブリッジのことばかり意識してられないわ。わかってるの? O.W.Lまであと少ししかないんだから」
「おいやめろよハーマイオニー。少なくとも今は休暇中だぜ」
「あら、休暇は何も『勉強をしなくていい期間』ではないのよ」
耳の痛い話だ。ルークはわざとらしく変身術の参考書に目を戻す。しかし悲しいかな、理論をいくら浚ったところで杖が素直になってくれなければ意味が無い。
その時、客間の扉がノックされた。
「ハリー、ルーク」
モリー・ウィーズリーがどこか気難しいような顔を扉の隙間から覗かせ、ポッター兄弟を手招いている。
「下に降りてらっしゃい。スネイプ先生がお呼びです」
「えっ!!」
兄弟の声が重なった。しかし声に乗る感情はものの見事に正反対。
すっかり今にも歌い出しそうな浮かれ気分で魔法薬学の課題レポートを引っ張り出し始めたルークに呆れたロンは、心底嫌そうな顔で固まっているハリーへと視線を移した。
「今度は何をやらかしたの?」
「何もやってないよ!」
心当たりがあるとすれば休暇前の課題だ。学年最低評価点を取ってしまって延々嫌味を聞かされるのかもしれない──ハリーはますますホグワーツを自主退学してしまいたい気分になった。
「大丈夫だって。説教目的なら僕まで一緒に呼ぶ必要ないでしょ。ほら、行くよ」
「はぁ……」
目的が何であれ、ハリーにとってスネイプは天敵たる苦手な教師なことに間違いは無い。休暇中に見たくない顔としては堂々の一位と言っていい。
真逆のオーラを振り撒きながら部屋を出ていく兄弟を、ロンとハーマイオニー、ジニーの三人はやれやれと生温い目で見送った。
「あー……」
ハリーとルークは、ちらりと互いを探るように視線を交わす。伊達に十五年も双子をやっていないのだから、この時ばかりは完全に無言の意思疎通が叶った。
──帰っていいと思う?
──残念だけど、たぶん無理
居心地悪く兄弟が佇むダイニングルームでは、今まさにセブルス・スネイプとシリウス・ブラックが幼稚な言い争いに盛り上がっている真っ最中だ。
二人とも無駄に頭の回転が早いために、まぁよく口も回る。ポンポンとテンポのよい嫌味の応酬は一周まわってコントのようである──ハリーとドラコの口喧嘩の上位互換みたいな感じだな。ルークは頭に過った素直な感想をゴクリと飲み込んだ。
「ン、ン」
痺れを切らしたハリーが恐る恐る喉を鳴らすと、二人は面白いぐらいにピタリと口論を止めた。これ幸いとルークは精一杯の笑みを貼り付けて身を乗り出す。
「スネイプ先生。それで、僕たちになんの用です?」
「……ダンブルドアからの命を受けた」
自ら望んで来た訳じゃない、という感情がありありと滲んだ声だった。
「君たちに『閉心術』の訓練を施すように、と」
「閉心術?」
聞き馴染みの無いワードに、ハリーとルークが揃って首を傾げた。しかしダンブルドアからの指示と言われてしまえば、俄に緊張が走る。
「外部からの侵入より心を防衛する術のことだ」
「それって……」
「『例のあの人』が君の心に侵入を試みてる可能性があるとすれば……早急にこの術を学ぶ必要がある」
「…………僕も?」
おずおずと片手を挙げたルークを、スネイプは一瞥した。
「少なくともダンブルドアは、必要であるとお考えだ」
「あなたが……その、教えてくれるんですか?」
そう尋ねるハリーの声音には隠し切れない──否、隠す気のない拒絶が滲んでいる。
スネイプは意地悪く鼻を鳴らした。
「左様。……我輩から教えを乞うのはそんなにも不満かね?」
「あぁ不満だね!」
答えたのはハリーではなくシリウスだった。腕を組み、ハリーとは比べ物にならない程あからさまに顔を歪め吐き捨てる。
「どうしてダンブルドアが直接教えない?」
「校長は大変に多忙であられる。……あぁ、ここで大人しくお留守番している犬には、想像もできないことだったか」
「なんだと……! いいか、訓練に乗じてハリーとルークを酷い目に遭わせてみろ。私が黙ってないからな!」
声を荒らげたシリウスを、スネイプがせせら笑う。互いにローブの下で杖の柄を握っているのがわかり、兄弟は口角を引き攣らせた。第二戦は口論だけでは済まなそうである。
一触即発──と、その時ダイニングルームの扉が勢いよく開いた。
「退院だ!」
立っていたのは輝かんばかりの笑顔を浮かべたウィーズリー氏である。パジャマ姿にレインコートをひっかけた格好で、ご機嫌に腕を回している。──言葉を選ばす言うならば何とも間の抜けた姿だが、ルークには救いの神に見えた。
敬愛する師と名付け親が醜く幼稚に争う姿など、見るに堪えないものがある。
シリウスは毒気が抜かれたように椅子へ座り込み「そりゃよかったよ」と零した。
「訓練は休暇明けの月曜日、午後六時に行う。くれぐれも他言はしないことだ。魔法薬学の補講とでも言っておけ。それと──アンブリッジには決して悟られぬように」
スネイプは低い声でまくしたて、ハリーとルークの返事も聞かずにダイニングを出て行った。
課題について質問したかったルークの残念そうな声は、ウィーズリー氏の退院を祝いに降りてきた人々の声に掻き消されてしまった。