「ハリー!!」
五体満足で無事に立っている双子の兄の姿を見止め、ルークは泣きそうな顔をしながらバタバタと駆け寄った。
「大丈夫?! あぁ、もう、見ててすごく怖かったよ!」
「大丈夫だよ、ルーク落ち着いて」
「君が箒から落ちそうになった時は心臓が止まるかと思った……」
生徒たちが待ちわびた寮対抗クィディッチシーズンがついに始まった。そして今日はハリーの初戦でもあったのだ。
グリフィンドール対スリザリン。スポーツマンシップとは……と首を傾げたくなるようなスリザリンのラフプレイにも相当焦らされたが、ルークの心臓を容赦なく虐めたのはハリーの飛行だった。
いつもは安定して飛んでいるのに、右に左に上に下にと忙しなく暴れ回るハリーのニンバス2000。バランスを崩して片手でぶら下がり状態になってるのを見た時は思わず悲鳴をあげた。
それでも何とか終盤は安定を取り戻して見事勝利も掴んだのだが、試合が終わったあとも恐怖で心臓がバクバクだった。自分がプレーしている訳でもないのに、だ。
「でもなんで今日に限ってあんな……」
「それについてはもう分かってるよ!」
口を挟んだのは、ルークを追いかけて合流してきたロンだ。一緒にハーマイオニーも来ている。
「スネイプだ。スネイプがハリーの箒に呪いをかけたんだよ」
「…………え?」
「信じられないかもしれないけど、私見たのよ。スネイプがハリーから少しも目を逸らさないでブツブツ呪文を唱えてるところを。それで私、先生のローブに火をつけたの。そしたらハリーの箒は暴れなくなったわ」
先生のローブに火をつけた、のところは大いにツッコミを入れたかったが今はそこじゃない。
「スネイプ先生じゃないよ」
確固たる自信を持って、ルークは言い切った。
「先生は生徒に呪いをかけるような人じゃない」
「でもアイツはハリーを目の敵にしてるぜ。それにスリザリンの寮監だし、ハリーを退場させてグリフィンドールに勝とうとしたんだよ」
「そんな卑怯な真似しないよ!」
「スリザリンの奴らはみんな卑怯さ」
「──ロン」
窘めるように眉を下げたルークに、ロンは気まずそうな顔で視線を逸らす。
「そんな風に言わないでよ。別にハーマイオニーが嘘をついてるなんて思ってない。でも、もう一個可能性がある」
「可能性って?」
怪訝そうな顔をする双子の兄に、ルークは神妙な表情で向き直った。
「ハリーを狙っている誰かがいるとして、その誰かがハリーの箒に呪いをかけた。それで、スネイプ先生はそのことに気づいて反対呪文を唱えて呪いを打ち消そうとしてた。……どう?」
至極真面目に言ったつもりだが、ハリーやロン、そしてハーマイオニーにすらルークの考えは響かなかったらしい。
「うーん……」
「スネイプに決まってるよ。ハリーを守ってたって言いたいんだろ? あの人に似合わない」
「スネイプ先生が犯人だと断定することは出来ないけど……その第三者を炙りだせない限りスネイプ先生が一番怪しいと思うわ」
確かに、ルークの説は全て想像で状況証拠はない。これ以上言い返すことは出来なくて、拗ねたように唇を尖らせる。
「とにかく、ルークはスネイプに近づくのをやめた方がいいよ」
「えぇっ! 嫌だよ! 明日の特別試験をパスすれば魔法薬の調合の許可が降りるのに!」
「それだって何かの罠かも」
「ハリーもロンも、スネイプ先生を悪く言いすぎだよ。だいたい、スネイプ先生がハリーの箒に呪いをかけたかどうかだって定かじゃないんだから」
確かにそうだ、とハリーは眉根を寄せた。ルークはこう見えて意外と頑固だし、こうなったら意見は曲げないだろう。
「犯人が誰にせよ。箒に呪いをかけるような悪意を持った人がいるってことだから、ルークも気をつけて」
「……うん、わかった。でも誰よりも、ハリーが気をつけてね。頼むから無茶したり、危ないことしないで。今日のクィディッチ戦、本当に肝が冷えたんだから」
「あぁ、うん。心配かけてごめんね」
「──あ、そうだまだ言ってなかった」
少し神妙になりすぎた雰囲気を変えようと、ルークは小さく手を叩いた。
「ハリー、初勝利おめでとう。カッコよかったよ。父さんと母さんも天国で喜んで見てくれてたんじゃないかなぁ」
その言葉に、ハリーも思わずスネイプだの呪いだのといったことを忘れて破顔した。
色々な人に祝福の言葉と拍手を貰ったが、やっぱり双子の弟からの賞賛は比べ物にならないほどハリーの心を満たす。
「ありがとうルーク。──うん、だといいな」
***
──やっぱり、彼がハリーに呪いをかけただなんて信じられないな。
目の前で、たった今自分が調合した魔法薬をじっくりと見定めているスネイプをルークはそっと窺い見る。
試験ということで始まる前は緊張していたが、終わってしまった今は正直自信があるので落ち着いていた。
スネイプはルークの魔法薬を充分に見た後なにも言わず、今度は隣のマルフォイの大鍋の中身を確認し始めた。チラリとマルフォイに目を向けると、彼は緊張したように手を握ったり開いたりを繰り返している。
マルフォイの調合した薬の確認を終えたスネイプは、特に焦らすことも勿体ぶることも無くあっさりと、二人の合格を告げた。
思わずルークがマルフォイの方に首を向けると、彼も安堵したような表情をこちらに向けてきた。しかしすぐに、ハッとしたように目を逸らされてしまう。
「水曜と土曜の放課後、この時間に教室を空ける。しかしゆめゆめ、二人で、あるいは一人きりで調合を行おうなどとは思わないことだ。我輩の監督のもとで取り組むことを徹底するように。この教室にあるものに我輩の許可無く触れる、持ち出すことも無論禁止だ。これらのことが一度でも破られれば、二度とこのような機会は与えないということを確と心に留めおくことだな」
淡々としたスネイプの言葉に「はい」と返す言葉が二人分、ピタリと重なる。
「また、この特別授業でも参加の度に課題は出す。そちらにもきちんと取り組むように。──よろしい。我輩からは以上だ」
***
「マルフォイ!」
「……なんだ」
地下牢教室を出てすぐ、こちらを見ようともせずに背を向けたマルフォイをルークは慌てて呼び止めた。
億劫そうに、と言うよりむしろ鬱陶しげな表情すら浮かべて振り返る彼に一瞬怯むが、ルークはあえて気にせず言葉を紡いだ。
「二人とも試験をパス出来て良かった! これからよろしくね、えーと、友達として」
「……僕の目的は魔法薬学をより深く学ぶためであって、グリフィンドールの──それもポッターの弟と仲良くするつもりなんて、さらさらないね」
それなりの勇気を振り絞っての言葉だったが、マルフォイの返答はなんともつれないものだった。
咄嗟に言葉を返せず立ち竦むルークに、マルフォイはほんの僅かに気まずそうな表情を浮かべたものの、すぐにローブを翻しさっさとその場を立ち去ってしまった。
「……ハーマイオニーの時みたいに上手くは行かないかぁ……」
ぽつんと吐かれた寂しげな言葉は、誰の耳にとまることもなく石壁に呑まれて消えていく。特別試験の合格に浮かれきっていた気持ちは、こんな些細なことですっかり落ち着いてしまった。