生意気な後輩を泣かしたい! 作:もっふもっふもふ
最近、後輩の子ども扱いが本格的に鬱陶しい。
事あるごとに頭を撫でてくるし、先輩体温は心を温かくするだのなんだの言って、抱きついても来やがる。そしてそれを拒否したら『あらあらまあまあ』みたいな、反抗期を見守るお姉ちゃん的な目でこっちを見つめるようになってきたのだ。
巫山戯るなよ、僕はお前より年上のお兄さんだぞ……? 無礼なのは今更としても、僕にもプライドというものがある。いくら負け続きの無様野郎でも、譲れない一線はあるのだ。
それに、年頃の娘っ子に一々癒し要員で抱き着かれるこっちの気持ちにもなってほしい。不本意だが、ガチで身体が反応してキツイんだよボケナス。このままじゃ、勝負云々以前に本当に身体の方が持ってくれない。
故に、どうにかしてあのガキの態度や認識を改めさせる必要がある。そのために必要なのは───
「僕自身が子ども扱いされないくらい、カッコよくなること! そうですよね山形先生!」
「ええ、そうね。そうに違いないと思うわ」
ズズッとお茶を啜る先生に向かって、僕は高らかに宣言した。
……今日ものほほん雰囲気が出てるな、全然いいんだけどさ。まだ若いのに、なんでこんなにのんびり感が凄いんだろうこの人? すげぇ毒気が抜かれるんですけど。僕なんかより、よっぽど癒し要員向きの性質をしている気がする。まあ、そんなことよりもッ。
「先生、僕がカッコよくなるためには何をどうすればいいと思いますか!?」
「うーん、そうねぇ……私の意見の前に、
「ぼ、僕自身がどんな風になりたいか、ですか? そ、そうですね……子ども扱いを脱却したいと言いますか……カッコよくなって、見下してくる奴らを血祭りに上げたいってところでしょうか」
「過激な目標ね……叶うかどうかは別として」
確かに過激だけれど、僕はそのくらいの意思を持って行動したいと思っている。唯でさえ体格で劣っているんだ、気持ちでまで負けるワケにはいかない。
「あなたのいう『カッコよさ』とは、誰かを打ち負かす物理的な力のことかしら? それとも誰からも子どもに見られない大人っぽさのこと?」
「どちらかというと、大人っぽい方でしょうか。大人っぽい人は総じてカッコいい、です!」
「ふむ、なるほど……」
僕の発言でなにかを理解したのか、山形先生は顎に指を当て思考に没頭し始めた。仕草カッコいいな……今度僕もやってみよう。
「だったら日和くん。あなたのするべきことは決まっているわ」
「な、なんでしょうか!?」
「コーヒーを砂糖抜きで飲んでみることよ」
「………え?」
珈琲を砂糖抜きで? え、どういうこと? 急になんなんだ……?
「せ、先生。それと僕のいうカッコよさって繋がりがありますか?」
「ええ、あるわ。大人っぽさを理解するには、何事も新しいことへの経験が必要なのよ。あらゆることへの経験から来る余裕こそが、大人っぽさに磨きをかけるの」
「は、はあ」
「そういう面で言えば、私だってまだまだ大人とは言えないわ。出来ないこともたくさんあるし、経験だって不足している。あなたの方が私より大人だと言える分野も確実に存在するでしょうね」
「………」
「そして、そうした経験を積むのは、本当に些細なことでいいのよ。そう、例えば普段は行かない服屋さんで服を選んだり、帰り道を変更して遠回りをしてみたり。ふふ、いつもは入れている砂糖を入れることなくコーヒーを飲んでみたり、ね」
『大人っぽいことなんて、子どもっぽいことから始まるものよ。飽くまで私の意見だけれどね』と、先生は朗らかな笑みを作った。
な、なるほど、新しいことへの挑戦と経験が余裕を生み、それらが大人っぽさに繋がると。なんともまぁ解りやすい繋がりだ。流石は山形先生、めっちゃカッコいい! 先生に相談して大正解だった!
「ありがとうございます……『大人っぽい』ことがなんなのか、少し解った気がします。だから先生、僕──砂糖抜きで珈琲を飲んでみます!! 早速自販機でブラックコーヒーを買って飲んでみますね! 今日は本当にありがとうございました!!」
『カッコいい』への最適な答えを得た僕は、大人になるべく、急いでブラックコーヒーを買いに保健室を飛び出した。
ありがとう先生。貴方のお陰で、僕は生まれ変われる。もう、子供っぽいだなんて言わせない。これからの僕は、経験豊富なニューダンディだ!
「あ、あら……まさか本当に? 私の言葉を疑いもしないなんて……純粋すぎる子ねぇ。あの子が可愛がる気持ちがよく解るわ……」
◆
先生から答えを貰った僕は、早速自販機で缶タイプのブラックコーヒーを購入した。丁度手持ちのお金ぴったり分で購入できたので、僕は非常に運が良いだろう。
ブラックコーヒーは、大人っぽい飲み物の代表格でもあるが、僕自身まだこの人生において一度も飲んだことがない。甘党の僕からすれば、苦い飲み物など飲もうとすら今の今まで思えなかったからだ。
けれど、そいつも今日までだ。僕は今から一つ大人の階段を登ることになる。まだ見ぬ未知の味と景色。それが如何様なものなのか……考えるだけで、今の僕は大人っぽくなれたかのような気分になった。
気持ちの良い微風が肌を撫でていき、頬が勝手に緩まる。
本当に、不思議なものだ。ちょっと前まではこんなこと、考えることもしてこなかったのに。新しいことに挑戦するだけで、世界とはこうも変わって視えるというのか。いや、それも違うか。世界は変わってなどいない。変わったのは僕の方だ。
僕が、この僕が大人になってしまったんだ。
そんな真理にも近い、ノスタルジアな気分に浸りつつ、僕はブラックコーヒーを口にした。
吐きそうになった。
え、苦……にっっっが。なんぞこれ!?
一口飲むだけで広がる、舌先を刺すような鋭い苦味。深い森に迷い込んだときみたいな、ふとした拍子に感じる濃密で冷たい余韻。一体なんなんだこれは、甘党の僕には余りにも辛い味わいぞこのブラックさは!
想定外だ、苦いとは聞いていたけれど、まさかここまでブラックな味わいとは予想だにしていなかった。
これが大人の味ってヤツなのか? だとすれば負けるワケにはいかない。これ以上、アイツに舐められるのだけは、我慢できないんだよバカ野郎ッ。
根性と執念と殺意で舌を支配する苦味に耐えながら、僕は今一度ブラックコーヒーを口にした。……う、うぐッ。
「に、にッッッがぁ……甘いの飲んで緩和したい……お金もっと持ってきたらよかったなぁ」
「なにやってるんですか、先輩」
「み、見て分からないの? ブラックコーヒーを飲んで───ひゃあぁあああああ!!?」
いつの間にか隣で僕の顔をジーッと見つめている後輩に驚き、情けない悲鳴を上げてしまった。コ、コイツ、また突拍子もない登場の仕方を!
「お前、一体どこから現れたの!?」
「普通に前方からですけど。ちょっと苦虫に身体を噛み潰されたような顔をしている先輩が目に入ったので」
「そんな顔してねーし!」
身体を噛み潰されたってそれもう断末魔を上げている顔やろがい! それほど顔面崩壊した覚えはないが!?
「そんなことよりも先輩、なぜブラックコーヒーを飲んでるんですか? 先輩は甘党で、苦いのは得意じゃなかったと記憶しているのですが」
「じょ、情報が遅いね……今の僕は、苦いのも得意なカッコいいダンディな『大人』になったんだよッ、ザマアみろ……ぐっ」
「とてもそうは見えませんが」
うるせーよ後輩、黙ってみてろってんだっ。今いいところなんだからよッ。
「に、苦い……けど! この苦さが大人の味ってものよ! 僕は今この瞬間に新しい経験を経て成長を果たした! 見識を広めた僕に死角はない!」
「見た感じ死角しかない気がしますよ。涙目だし」
「うるせ黙ればーかばーか!!」
舌に苦味が染み渡る中、要らぬタイミングで腹の立つ合いの手を挟む後輩を罵倒する。
しかし、そんなものもどこ吹く風。後輩は愉しげに笑みを浮かべた。
「私、さっき自販機で間違えてオレンジジュースを買っちゃったんですよね。よければ貰ってくれませんか? 私甘いのが苦手で」
「え、オレンジジュース!? ほ、ほし───! ダ、ダメだ、僕は新しい経験をしてカッコよくならなくちゃなんだよっ。飲み慣れたオレンジジュースなんかじゃあダメだッ」
「そうですか、残念です……」
「ぐっ……で、でもまあ? お前がどうしてもっていうのなら、先輩として断固たる処理を下すことも吝かでは──」
「ふむふむ、なるほど。じゃあ、このオレンジジュースは要らないということで──」
「ま、待って!」
いつもは些細なことで言い返すクセに、どうしてこういうときはすぐさま引き下がろうとするの!? もうちょい粘れよ! 先輩が困ってるよ!?
「なんですか、飲み慣れたオレンジジュースなんか要らないんでしょう?」
「ち、違……くはないけれどッ。お前がどうしてもって言うんだったら、僕だって手心を加える、よ? 先輩だしっ」
「『どうしても』ってワケではないですね」
「そ、そう。けど甘いの苦手で困ってるんだろ? お前の先輩として見過ごすわけにはいかないよッ。だからね、ねッ?」
「そうですか、けど別にダンディな先輩の手を煩わせる程じゃないです」
なんだこの頑なさは。頼むから譲歩してくれよ。もう白状するが、ブラックコーヒーまだ半分以上残ってるのに、既に滅茶苦茶舌が辛いんだよ! オレンジジュースで緩和しないと続かないと解るくらいにはな! けれど、あれだけ啖呵を切っておいて自分から甘いものを飲みたいとか絶対に言えないし、僕にもプライドがある。
どうにかしてコイツの心を変える言葉を送らなければ……コイツが僕にオレンジジュースをあげたくなるような魔法の言葉を。コイツが、僕に。オレンジジュースを。
…………。
そんな都合の良い言葉、ないな。ああーーもう!
「一丁前に遠慮なんてするなよ! はっきり言わないと解らない!? 僕はお前の助けになりたいの!! 僕みたいな辛い思いをしてほしくないって言ってるの!! それとも僕なんか必要ないってワケ!? 僕なんかどうでもよくなっちゃったんだ!? 後輩のアホ、バカ、三月!!」
「ッ……凄い勢いでカワイイこと言いながらキレられたっ……」
『それズルくないですかッ?』と、後輩は何故か眉を顰めて顔を伏せる。
必死過ぎて自分でもなに言ってるか途中解らなくなってきたが、絶対にズルくないッ。
この後、あまりにもしつこい僕に根負けした後輩は、オレンジジュースをおとなしく差し出すのだった。
大人な僕の初成果だな……やったぜ!
「ふふん、代金は明日払うからな!」
「いえ、それは別に構いませんけど……代わりに一つ条件があります」
「条件?」
「はい、私のことはさっきみたいな感じで、
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
因みに、後輩ちゃんは甘いものは苦手ではありません。