生意気な後輩を泣かしたい!   作:もっふもっふもふ

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12話 後輩とにゃん

 

 

 古来より『癒やし』というものは、負の感情に支配された人間の心を、浄化させる作用があると云われている。

  

 悲しみと不幸に満ちた今が視えていても。どんなに険しく、苦難に満ちた人生を歩んでいたとしても。その癒やしに触れ合っている瞬間だけは、人は苦痛を忘れ笑顔になることができるのだ。

 

 流石は癒やし。何とも素晴らしいことである。

 

 そして癒やしというのは多種多様であり、人によって感じる瞬間が様々だ。

 

 美しい景色を眺めることだったり、ゲーム・アニメを見ることであったり。常人では想像の出来ないホラー体験が癒やしだとする人もいるだろう。

  

 そのくらい癒やしは幅広く展開し、人々の心に安らぎと幸福を届けているのだ。

 

 かくいうこの僕も。癒やしを感じ、笑顔になる刹那が存在する。何物にも代え難い、幸福な一時が。

 

 それは───

 

 

 

『ミー……ニャア』

 

「あぁ~〜可愛い〜〜〜ッ」

 

 放課後の空き教室。ミツ……こ、後輩が来るまでの間、僕は可愛すぎて悶絶必須のにゃんこ動画鑑賞に耽っていた。

 

 画面いっぱいに広がる人類の上位種、猫神様。そのつぶらな瞳が画面越しに突き刺さり、耐え難い高揚感と多幸感に見舞われる。

 

 猫……この癒やしという概念がそのまま飛び出してきたような究極生命体に、僕は頬の緩みが抑えられなかった。

  

 猫は良い。顔、仕草、フォルム、性格。その他諸々の所全てが可愛くて、最高最強なのだ。

 

 僕の家にもにゃんこが一()いるけれど、何をされても可愛いと思えるのだから、もうこれは天性の才能といえるだろう。

 

 後輩に無様に敗北し溜まっていたフラストレーションも、このにゃんこを前にすればその刹那だけは忘却できる。毎日お世話になりっぱなしで本当に頭が上がらない。

 

『ミィ……ニャ』

 

 あ……あぁ、良き。実に良き生き物じゃッ。魂が安らぐ感覚を犇々と感じるっ。その癒やしの天使の破壊力と愛くるしさを持ってして、僕の顔と身体もとろけてしにゃ──

 

 

 

「お待たせしてすみません! 良い子にしてましたか、せんぱ──………なんですかそのカオ誘ってるんですか心身に深いダメージを負ったので今すぐ謝ってください」

「!? 入るならノックしてよッ!」

 

 癒やしに没頭している最中、忌まわしき後輩の声が響き、僕は慌てて蕩けた表情から通常状態へと顔を構築し直した。

 やらかした、この世で一番厄介な奴に見られたくない表情を晒してしまったッ。いくらにゃんこに夢中になっていたとはいえ、無警戒がすぎたか。

 い、一旦落ち着け、まだ立て直しは可能の筈。勝負前のこの段階から戦いは既に始まってるんだ、もっと気を引き締めていかねばっ。

   

「それで、何故先輩はそんな誘い喰われ顔をしてたんですか? 回答によっては裁きを下しますが」

「は、はあ!? 巫山戯んなし! なんで僕が裁かれなきゃいけにゃ(・・)いんッ……あ」

「………」 

「ぐ……っ」

 

 ああぁ、ヤバい。さっきの癒やし動画が脳内に残っていたせいで、猫要素が言葉の端に滲み出た。しかも、宿敵である後輩の目の前で。

 

 僕を見つめる、後輩の熱を無くしたような氷の無表情がめちゃくちゃ痛い。心に突き刺さりまくる。絶対脳内でバカにしてるだろコイツ。けれど醜態なのは事実だし、誤魔化しのきく言い訳も上手く思い付かない。何も出てきてくれない。さ、最悪すぎるっ。

 

 羞恥心や屈辱、悔しさやらが織り交ざり、僕の顔は真っ赤に染まった。

 

「あの、先輩……もしかして私の限界を試していたりしますか? 全然受けて立ってもいいんですけど、最終的にナくことになるのは先輩ですよ」

「う、うっさい、全部忘れろッ」

「絶対イヤです」

 

 ぐ、分かってはいたが、意地の悪い返答ばっかり返しやがる。

 顔が全く笑ってないから、いつもより妙な迫力があるな……。確かに僕の醜態はクソダサだったけど、何故そんなに怖い目で見てくるのさ。そこまで悪いことはしてないだろっ。

 

「あんな顔を見せつけて私の心を抉り、更には追い打ちまでしたんですよ? 人類史上一番悪いに決まってるじゃないですか。そのくらいの常識さっさと身につけてください」

「そんな常識聞いたことねーよ!!」

 

 ミスを晒しただけでなんで人類で一番悪い奴認定されなきゃならないんだよ! どこの世界の常識だ!

 

「私の世界の常識です。光を見出し、築かれた世界における私だけの常識。……だから先輩は、責任を取ってこの常識を遵守しなければなりません。ご理解いただけましたか?」

「できるワケねーだろボケがッ」

 

 徹頭徹尾なにを言ってるのか解らないよっ。理解する気がないワケじゃなくて、お前の場合難解過ぎて普通に解らないんだよッ。

 

「別に難解じゃないですし、先輩がバカなだけでしょう。自分の頭の足りなさによる罪を、他者に擦り付けるのは……ふふ、良くにゃ(・・)いですよ?」

「っ! き、貴様ァッ」

 

 人のミスを愉しそうに煽りやがってッ。ナチュラルに思考も読んできてるし、いよいよクソガキ能力全開か。

 このままではコイツに好き勝手場を蹂躙されるだけだ。

 しかし、そうはさせん、思い通りにはいかさんぞっ。……こうなれば、奥の手だ。僕と同じカオ、体験をコイツにも味わわせてやる。

 

「お、お前は大層僕のミスが面白く、気に入らなかったみたいだけれども、アレを見ればお前だって僕と同じ様な状態に陥るだろうよッ。間違いなくな」

「アレ? ……ああ、猫動画のことですね」

「な、ど、どうして──」

「いや、あんなに『にゃんにゃん』言ってて解らないワケないじゃないですかボケてるんですか」

「『にゃんにゃん』なんて言ってないが!?」

 

 ほんの少し噛んで言葉の端に『にゃ』が付いてしまっただけでしょうが! それをいい様に誇張しやがって、もうキレた、絶対に許さん覚悟しろっ。

 

「ぐっ……兎も角、だ。僕が悪いと宣うのならば、お前もこの猫動画を見てみるんだな。お前程度のレベルでは、あまりの尊さに身体が持ってくれず、溶けて消失ちゃうだろうけどね! 癒やしの天使の前に跪け、雑兵が! ふふん!!」

「あの、先輩……前振りが完全にフラグです。ヤラれ役乙の可哀想な人になっちゃってます。あ、それはいつものことでしたねごめんなさい」

「うっさいわバァーーカ! いいから見るぞ!」

 

 一言どころか全部の発言が癇に障る後輩の手を引き、僕は無理矢理後輩を隣の席へと座らせた。

 今に見ていろ……癒やしの天使が降臨すれば、貴様なんぞ一発でKOだ。そして顔が蕩けた瞬間、二度と煩い口を叩けぬよう全身全霊で指摘しまくってやるッ。

 

 そのような高尚かつ崇高な思惑を胸に、僕と後輩は並んで猫動画鑑賞を開始した。

 

 そして。

 

 

『ニャア……ゴロゴロゴロ』

 

 

 あぁあああ、カワイイ! カワイすぎてカワイイ!!

 

 画面の先で、喉を鳴らしながら寝転がるにゃんこの姿を視界に捉え、僕は蕩けながら悶絶しそうになった。

 後輩にされた鬱陶しい煽りによる怒りも、刹那の隙に吹き飛び、僕の心の内は幸福感と安らぎで満たされた。

 

 キマる……最高に「にゃん」ってやつだ。

 これほどまでに圧倒的破壊力、一緒に見ている後輩にも、取り返しのつかないダメージが入っている筈だ。

 

 多幸感に呑まれた僕は、フニャリと締まりのない笑みを浮かべた。

 

「ね? めちゃくちゃカワイイでしょ! 三月!!」

 

「─────」

 

 そうして、勝ち誇った感じで後輩へと視線を移したのだが……なんで無表情で固まってるんだコイツ?

 にゃんこを前にして無表情とか正気なのか。まさか……猫動画が効いてない? バカな、そんなの絶対ありえないぞっ。

 

 信じられない展開と反応に少し不安になっていると、後輩は頬杖を付き、疲れを表すように溜息を吐く。

 

 

 

「……先輩、ほんと責任取ってくださいね」

 

 

 

 『心臓、止まりそうになったじゃないですか』と、後輩は一言溢した。

 

 なにさ、やっぱり効いてたんじゃないかよビックリさせやがって!

 

 後輩へダメージを与えることに成功し嬉しくなった僕は、ニヤニヤと煽りを含む笑みで後輩を見つめる。それが気に入らなかったのか、後輩はムスッとした表情で僕の髪の毛をクシャクシャに掻き回してくるのだった。

 

 ヤ、ヤメロォ!!

 





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