生意気な後輩を泣かしたい!   作:もっふもっふもふ

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13話 後輩と褒めてほしい

 

 

 夕日も沈み、暗く静謐な夜が始まる時間帯。

 

 帰り支度を終えた僕と後輩は、空き教室を後にしようとしていた。

 いつものようにドアを開けるべく、僕は取っ手部分に力を込める──が。

 

「ん……あ、あれ?」

 

 ドアが開かない。ガチャガチャと音が鳴るだけで、開いてくれる感覚が全くなかった。

 え、なんでどうして開かないの。このドアは手前に引くタイプの開き戸だから、取っ手を後ろに引っ張れば簡単に開くはずなのに。鍵も掛かってないし、いつも通りにやってるじゃん。何故ゆえこれ程までにビクともしないんだ。

 嫌な予感が止まらない、こんなの絶対可怪しい。

 

 も、もしかして……あれか。壊れちゃったのか? ドアノブを引いても扉が開かない以上、考えられる可能性はそれくらいしか思いつかない。と、とすれば今の状況滅茶苦茶ヤバくないかっ? 家帰れないじゃんッ。

 全力でドアノブを後ろに引っ張りつつ、想像もしていなかった不測の事態が唐突に発生したことに、僕は焦りに焦りまくる。

 

 駄目だ、やっぱり開かない。まるで途方もない力に押さえつけられているかのようにめっちゃ固いぞッ。

 ……ど、どうしよう、これ一体どうすればいいの!?

 

 不安感に支配された僕は、兎に角ドアが開かないというゴミすぎる情報を後輩に共有するため、後ろをバッと振り返った。

 

 

 そして、そこには。

 

 

 不安を一瞬で消し去ってしまう程の、とても心臓に悪い、驚愕と殺意が湧いてくる光景が広がっていた。

 

 

「……おい、お前なにやってんのっ」

「何がですか?」

「『何がですか』じゃねーだろ!! こ、この体勢もそうだが! 何よりその左手で前へ押しているのはなんだ!?」

「ドアですね」

「ドア開かなかったのお前のせいかよゴラア!!」

 

 僕の上から覆いかぶさるみたいな格好で、何故かドアを引っ張る僕に反発するようにドアを押している後輩。腕を曲げた状態で視線をドアノブにばかり向けていたから、この鬱陶しい光景に気が付くことが出来なかった。

 

 焦りに呑まれて視野が狭くなっていた僕も僕だけれども……それ以上にコイツほんとなにやってんの?? 巫山戯んじゃねーよ、腹立つことしやがってっ。『まるで押さえつけられているかのように』じゃなくて、マジで押さえられてたんかいッ。

 

 さっきまでの無駄な不安と焦りと時間分謝れよボケが。

 

「もう、そうカッカしないでください先輩。ドアが開かないのは私のせいじゃありませんよ」

「お前凄いな!? よくこの状況で言い逃れをしようと思えるね!」

「私だって困ってるんです。なぜドアは開かないんでしょう? 不思議でなりませんね」

「どこが不思議なのかな!? 不思議なのはお前の思考回路だ! ていうか離れろ近いんだよバカ!!」

 

 グイグイと、距離の近すぎる後輩の肩を押す。けれど、全く動く気配はない。いや動けよ、ドアが開けられないじゃんッ。しかも今の体勢、はたから見れば完全にアレだし、僕の心臓に悪いじゃろうがッ。どういうつもりだよこの摩訶不思議娘が。

 そして、そんな僕の渦巻く複雑な心情を見抜いてか、後輩は心底愉しそうにクスクスと嗤った。

 

「ふふ、なんですか先輩。ひょっとして打ち負かしたい相手に『壁ドン』されて照れてるんですかぁ?」

「!? そ、そんなワケねーだろ!! お、お前ドアが開かなくて困ってるんでしょう!? だったら今すぐ離れろ僕がその困りごとを解消してやるから!」

「お断りします♪」

「なんでさ!!」

 

 断る選択肢とかあるの!? お前にとって何も良いことないだろこの現状! つーか誰得なのさ今の体勢!

 

「さっきも言ったでしょう? ドアが開かないのは私のせいじゃないって」

「まだそういうスタンスでいくの!? だったらまずドアを押さえてるその左手を離そっかあ、そしたら答えが解るから!」

「机の上にこんな紙が置いてあったんです。恐らくここに記された内容を遂行しなければ、私たちが此処から出ることは出来ません。先輩も内容を確認してください」

「話を聞け貴様ッ」

 

 僕の話をこれっぽっちも聞くことなく、後輩は強引にどこか可愛らしいデザインの紙を僕へと手渡した。相変わらずのマイペースっぷり、ムカつくにも程がある。紙は関係ないだろ、全て手を離せば済む問題でしょーがッ。

 しかし、コイツは自分の要求を通すまでは、何時間掛かろうともマジで動く気はないだろう。ずっとこの壁ドン状態のまま、僕の顔を至近距離で見つめ、クスリと嘲り続ける筈だ。

 流石にそうなったら、僕の心身の方が持ってくれないッ。

 

 話を前に動かす為にも、僕は渋々ながらもその紙へ目を通した。

 

 こんなにも舐め腐ったことをしてくれやがったんだ、余っ程の内容じゃなければ絶対納得できな───

 

 

 

 

『ようこそ♪

 

 ここは、【超絶美少女な三月ちゃんを褒めないと出られない部屋】だよ☆

 

 可愛い三月ちゃんをたくさん褒めて、一緒に部屋から脱出しよう!』

 

 

 

 

 僕は無言で紙を床へ叩き付けた。

 

「あ! なんてヒドいことするんですか! メッ! 先輩メッ!」

「うっせ黙れボケェ!!!!」

 

 幼子を躾けるみたいに叱りつける後輩へ、僕はキレ散らかす。

 なぁにが【超絶美少女な三月ちゃんを褒めないと出られない部屋】だ! 巫山戯るのも大概にしろ! 

 

「先輩、現状は八方塞がりです。少しでも今の状況を変えるためには、この謎の指示に従うしかありません。……不安に思う気持ちも勿論分かります。けれど大丈夫、私と先輩、二人の力を合わせれば絶対に乗り越えられます。共に此処から脱出しましょう!」

「お前が喋ったらムカつきが半端ないからちょっと黙ってろっ」

 

 美談風に纏めてんじゃねぇよアホッ。

 

 何が現状は八方塞がりだ。お前が壁ドン止めれば済む話だろ!

 何が謎の指示だ。この紙に書かれた字、モロお前じゃねぇか!

 何が二人の力を合わせて脱出しようだ。こうなったの全部お前のせいなんだよ! お前が始めた物語なんだよこれは!!

 

 話す内容全てがバカにしてやがるッ。なにさこれ。茶番にも程があるだろ。

 

「お前は一体何を考えているの? 結局のところそれがわかんないんだよッ」

「? 逆に何が解らないんですか? 内容は見た通りです。知能レベルが幼児でも、そのくらいは理解してくださいよ」

「やってほしいことが解ったうえで言ってるの! なに褒めてほしいって! お前一番そういうのに長けてるし慣れてんだろ!!」

 

 そう、この学校においてコイツ以上に称賛の声を浴びている人間を、僕は知らない。接する人達殆どにコイツは好意的なことを言われている。

 容姿を褒める言葉だったり、成績や人間性を褒める言葉であったり。時には存在を褒める言葉を掛けられていることもあった。僕みたいな凡人には想像もつかない領域の話である。

 

 そんな、ありとあらゆる人間から多様な言い回しで『褒められる』を体験してきた後輩が、今更『褒めてほしい』?

 

 後輩と今まで一緒に過ごしてきた経験上、何か裏があるとしかおもえなかった。間違いなくトラップだろう。僕は詳しいんだ。

 

「きっと僕を陥れる策略を張り巡らせているんだろう! そうじゃなきゃ、こんなの理解出来ないもの! もし褒められたいのなら、お前の場合他の誰かのところに行けば済む話だし!」

「………」

「どう、僕の推理当たってるでしょ! 今回は僕の方が上手だったみたいだね残念でした!! 分かったらさっさと離れろバカ!」

「……私のコトを沢山考えて、弱々な知恵で一生懸命浅読みするのは嬉しいんですけどね」

 

 『答えはもっと深く単純です。一回しか言わないんで、よく聞いてくださいね』と、後輩は僕の頬に右手を添えた。

 離れろっつったじゃんかよ、なんで接触を増やしてくるの!? 心臓に良くないんだけどっ。それに一生懸命浅読みってなにさ、僕は一つも的外れなことを言ってなどいないぞッ。

 もし万が一間違いがあるのなら、僕の心が跳ねてしまうような答えを用意してみろってんだ。100不可能だろうけどなっ。

 

 ジッと僕のことを見据える後輩の澄んだ瞳に負けないよう、僕は後輩を睨みつけた。絶対、負けないッ。お前にだけは負けたくないッッ。

 

 そんな敵意剥き出しの僕に向けて、安らかな笑みを浮かべた後輩は、訥々と言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「先輩、私は───あなたに褒めてほしいんです」

 

「………ん?」

 

「他の誰でもない、あなたにだけ私は褒めてほしい」

 

「………へ??」

 

「あは、これが答えです。なんの偽りもない、私だけの答え。……頭弱々な人でも解るよう率直に述べたんですけど、ご理解いただけましたか、せーんぱい♪」

 

「………は、はあ!!?」

 

 な、な、な、なにを言っとるんじゃ貴様は!?

 1ミリも考えてなかった回答に、僕の心は跳ねるを通り越して飛んでいってしまった。

 

 僕に褒めてほしい? ダレが? ダレに? はあ!!?

  

 いや、いやいやいや落ち着け。それほど深い意味はない筈だ。きっとまた僕をからかっているだけに決まってる! 後輩の顔も完全にクスクス嗤ってんじゃん!

 冷静に平静を取り繕うため、僕は何とか声を絞り出した。

 

「ふ、ふーん。なあにお前、僕に褒めてほしいの?」

「はい、褒めてほしいです」

「ッ!! へ、へぇ~そっかぁ、ふぅ~ん」

 

 駄目だ、後輩の顔が見れない。壁ドン状態の至近距離で、からかっているのだとしても、そういう態度はズルくないか?

 

 せめて壁ドン止めようよ、ちょっと冷静になれないからさっ。

 

 ……あ、褒めないと壁ドン止めてくれないんだった。巫山戯んなよクソがッ。

 

 動揺が動揺を呼び、思考が上手く纏まらない。

 

 今、きっと僕はヒドい顔をしているだろう。顔が熱くて仕方ない、誰相手になんて情けない顔してんだ僕はッ。

 先輩の姿か? これが……。生き恥すぎんだろ。

 あーもー兎に角熱いの治って!

 

「っ……先輩、さっさと褒めてくれませんか? 主旨がブレてきちゃいました。これではどちらの耐久か分かりません」

「ほ、褒めろっつったって……なんて言ったらいいのか……わかんないしッ」

「誰も大層な褒め言葉など期待していませんよ。先輩は、簡単な言葉を届けてくれるだけでいいんです」

 

 『それでも先輩にはハードルが高いでしょうけどね♪』と、後輩は意地悪そうに言う。

 

 クソガキが好き勝手言いやがって……ぐっ、けれど僕の方もいよいよ心身の限界だ。覚悟を決めるしかない。

 いい加減この茶番を終わらせなければッ。

 

 妙な気恥ずかしさに襲われながらも、目と鼻の先にいる後輩へ、僕は拙く短い、簡単な思いを呟いた。

 

 

「い、いつも……凄く頑張ってるよ三月は。……本当に、偉いねっ」

 

「─────」

 

 そうして、僕は称賛というには弱すぎる言葉を後輩に届けた。

 

 僕の言葉を聞いた後輩は、何故か顔を上へ向け、僕から表情を窺い知れない様にしている。

 大方、僕の弱々な反応に嗤いが堪えきれなくなったんだろう。僅かに『えへへッ』とか言ってるし、ほんとに生意気な奴!

 

 

「……先輩」

「な、なにさ。も、もう用はすんだでしょう? さっさと離れてよッ」

「……私にあんな言葉を掛けるなんて、身の程を弁えてくださいね」 

「お前がやれつったんだろうが!!」

 

 なにコイツ滅茶苦茶か!?

 嗤い終えたのか、スンとした表情の後輩へ、僕はツッコミを入れた。

 

 

 褒めるんじゃなかった、もう二度とこのような茶番はゴメンだ!!

 

 

 





 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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