生意気な後輩を泣かしたい!   作:もっふもっふもふ

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閑話 気持ち悪い人形劇

 

 

 ──その少女は、恵まれていた。

 

 何不自由のない出生、暮らし、人間関係。類稀なる美しい容姿に、一度見聞きしたことは必ず高度な完成度で出力出来るという要領の良さ。求められた1を、10にも100にもして返すことのできる天性の才能。  

 

 少女を構成するその全てが、神より賜ったものかのごとく、人々には眩しく光輝いて見えた。

 

 

 

 ──その少女は、優しかった。

 

 助けを求められれば必ず手を差し伸べ、一人一人に合わせたコミュニケーションで、常に相手の心情を慮った行動と言動を心掛けていた。

 

 困っている人がいれば、笑顔で寄り添う。見返りも打算も何もない、そこにあるのは善意だけ。誰しもが放っておく善行、それを当たり前のように実行できる、そんな人間だった。

 

 

 

 ──その少女は、愛されていた。

 

 色々なことで恵まれた才能を持つ心優しい少女は、どんなときも親や周囲の人間にそれ相応の愛を向けられていた。

 

 沢山の愛情を受け取り、少女は、はにかみながら御礼を言う。

 

 ありがとう、と。

 私も皆のことが大好きだ、と。

 

 絢爛な表情で、笑顔で。自分に関わってくれる総てに少女は感謝を伝えていた。

 

 少女と接したことのある人間は誰しもが言う。

 

 『彼女は素晴らしい人だ』──と。

 『彼女こそが人の上に立つべき人間なんだ』──と。

 『彼女は天に恵まれた存在だ』──と。

 『彼女は神に愛された人間だ』──と。

 

 

 何一つ不幸のない世界。恵まれた世界。優しい世界。愛だけの世界。笑顔で祝福を贈れる世界。

 

 

 皆が『私』を求めてくれる世界。

 

 

 それこそが、少女の居る世界だった。そんな世界でずっと少女は暮らしてきたのだ。

 

 多くの人間に好意を向けられ、好意を返して。困っている人を助け、ときに協力しあい友好を深めて。放課後は勉強会を開いたり、仲のいいクラスメイトと駄弁ったり、遊んだり。生徒会に所属し、多くの人と会話する機会にも恵まれたりして。

 

 皆の望む期待に応え、信じられないくらい沢山の愛に囲まれて、少女は生きてきた。

 

 

 何年も、何年も。晴れの日も雨の日も曇り空の日も雪の日も、なんてことない日も。そのような日々を、少女は繰り返し生き続けた。

 

 

 そして、少女は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気持ち悪い──と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生まれたときから、ずっと。

 

 私という生き物は気持ち悪かった。

 

 なにをシても聞いても見ても解っても関わっても馴染んでも話しても走っても繰り返しても傍に居ても。

 

 私には何も感じ取ることが出来なかったからだ。

 

 

 皆が美しいと感じることを、私は美しいと感じることができなかった。

 皆が嬉しい、楽しいと笑顔になることに、私は笑うことができなかった。

 皆が感動し涙を流すことに、私はこれっぽっちも共感することができなかった。

 

 

 なにをやっても進んでも、ずっとそうだった。

 

 どこか心に穴が空いているかのような感覚。それが、生きている間ずっと私の心の中にあって、何かをシテもその穴から全部、零れ落ちているみたいだった。

 

 嬉しい、楽しい、信頼、面白い、悲しい、怒り、驚き、恐怖、嫌悪、敬愛、友愛、親愛、充足感、達成感、満足感。それら感情に纏わる情報が、どうにも私には欠落しているようだった。

 

 受け取り、見聞きするもの全てに意味を見出さなかったワケじゃない。私にも心はあるし、考えることも笑うことだって出来る。

 

 只、心の底から笑ったり泣いたり怒ったりすることが出来なかった。することはあっても、それは何処かの誰かがそう在れと『私』に望んだことを、そのまま望まれるがままにデザインし、吐き出しただけの空虚な偶像にすぎない。

 

 心の底の私は、いつも冷めた目で周囲を見つめていた。

 こんな中身が空っぽな気持ち悪い人間の人形劇に、なぜこの人達はそれほど欣喜の感情を滲ませることができるのだろう──と。

 

 空っぽで気持ちの悪い毎日だなって。

 

 いつも、そう思っていた。

 

 そんな気持ち悪い私だけれど、周囲の人間から浮いたりすることはなかった。

 

 どうやら、私には諸々のところで『才能』と呼ばれるものがあったらしい。そのため大体のことはどうとでもなったので、感性の欠落による何か大きな間違いを犯すことはなかった。

 

 大多数の人間が望む理想の『私』をデザインし、常に私の身体を操った人形劇を実施することで、本当の中身を覆い隠したのだ。

 

 それを苦痛と思ったことはない。他にしたいこともなかったし、苦痛と感じるほど彼等にも自分自身にも興味関心がなかった。

 

 肉親だろうと友人だろうと、誰が何処で笑おうが泣こうが本当はどっちでもよかったし、この在り方が失敗して、『私』の人生が狂っても壊れても消し飛んだとしても。心底どうでもよかったんだ。

 

 私が感じたのは、只一つ。

 

 本質を視ようともしない他人も、されるがままな人形な『私』も。そして、欲しいものも大切なものも、空虚で何もかもがない本当の私も。

 

 

 その全てが、気持ち悪いと思っただけだった。

 

 私は、救いようのない人間だった。

 

 

 

 

 

 

 そうして、他人の望む私をずっと延々と演じ続けてきて。周囲の人間の行動や言動に合わせた、心優しい己を構築し続けてきた。

 

 何日も、何十日も、何年も。

 

 飽きもせずに好意を向けてくる周囲の人間たちに、相応の好意を述べた。

 

 人間というのは単純で、己の都合の良い姿を見せておけば、それが真実だと疑おうともしない。つまり取り繕った『皮』が重要であり、本音など知りたくもないのだろう。

 

 誰も彼も自分が気持ち良くなりたいだけ。私のような世間一般的に定められている「優等生」に好意の気持ちを向けられたいだけ。私の本性など、初めからどうでもいいのだ。

 

 だから、私の空っぽな演技を疑おうともしない。ノイズは生きていくうえで気が付かない方が賢いから。知らないまま生きているんだ。

 

 私の周囲が、私の影響で特別そうなったって可能性もあるが、そこは正直どっちでもいい。人間観察なんて趣味じゃないし、やる気にもならない。

 

 私を含め、両方気持ち悪いで片付く話だ。

 

 

 けれど、代わり映えのない日常を繰り返していると、どうしても思ってしまう。

 

 

 ──飽きた、と。

 

 

 信念も夢もなにも抱かない一貫性のみの生き方というのは、非常に退屈だった。  

 

 私はそれしかすることが特になかったからやってきたけれど、それと退屈なのは別問題だ。周囲の人間も興味を唆られる人は一人たりとも居ないし、飽きが満ちてくるのも仕方ない。

 

 夢や目標が一つもなく、いつも満たされない空っぽな私が、くだらないこととはいえ一つの感情が浮かんでいるのだから、良い傾向といえるのだろうか。

 

 少しは、私も人間らしくなったのかもしれない。

 しかし、私が人間だろうとそうじゃなかろうと、退屈なのは変えたい。

   

「三月! 今日もアンタは最強カワイイ天使様だね!」

「三月さん三月さん! この前隣のクラスの城山くんに告白されたんだって!? あの人女子に凄い人気あるんだよ! なんて返事したの!? ねーねー教えて!」

「三月、LINE交換せん? 生徒会の集まりの連絡とか……その、色々とあるしさ。ナンパじゃねーよ?」

「三月ー! 昨日の宿題やってないー! 靴舐めるから見せてお願いいい!!」

「さっすが三月さん! またテスト100点じゃん! もう脳みそ交換してよ! 私の45点のテストあげるから!」

「三月、一緒にご飯食べに行かね? お前にこの前助けられたから、その御礼ってことでさ。奢るから」

「まあ、三月さんなら出来て当然だよね」 

「はー、やっぱり生物としての格差凄いわ」

「三月さんが誰かの悪口言うわけないだろいい加減にしろや」

「三月さん好きいいいい」

 

 

 良い行いだろうと、意味のない行いだろうと何でもいい。少しの変化が欲しかった。一瞬で弾ける泡のような変化でも、ほんの僅かな未来を変化させたかった。

 

 誰にも見られなくていい、求められなくていい、信じられなくていい、認められなくていい。

 

 壊れて、全部滅茶苦茶になったって良いから。

 

『あはは、私も好きだよ皆のこと』

 

 

 皆が望むお人形な『私』が行わないような、気持ち悪い私だけの行動が。今の私には必要だと感じた。

 

 

 

 

「……………疲れた」

 

 

 

 

 

 ふと教室の外の景色を見てみると、大粒の雫が大量に降り注いでいた。

 

 ……別に、皆のことが嫌いなワケじゃない。皆普通の人間で、頭が可怪しいのは人の好意を『飽きた』で切り捨てるような、私の方だ。

 

 だからこそ、解る。

 

 きっと、これからもずっと。私は他人や自分に興味を示すことはないんだろう。

 

 誰かを心の底から欲したり、好意を向けたりすることはないのだろう。

 

 人並み以上に誰かを求めて、普通に幸福に暮らす心から笑顔を浮かべる自分の姿が。情景が。そんな未来が、どうしても私には想像できなかった。

 

 だって私は欠陥品で、誰にも理解出来ないし、何も欲しくはないのだから。

 

 

 その日、私は傘をさすことなく公園に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 少し先の未来。

 

「そういえばお前、今日めっちゃ仮面笑顔で人と話してたろ。もう少し真面目に笑ってあげろよ。目が笑ってなさすぎて見てて怖くなったぞ」

「! ふーん、よく解りましたね」

「いや普通解るだろ。どんだけお前の小憎たらしい顔見てきたと思ってるんだ。他の奴等は騙せても、この僕の目は誤魔化せないってことだ。はん、ざまーみろ!」

「───……ふ、ふふ、あはは。私の永久所有物のくせに、随分と粋がるじゃないですか。これはじっくりと躾てあげないとダメみたいですね♪」

「誰が誰の所有物だゴラ!?」

 

 

「───ああ、ほんとに欲しいなぁ」

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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