生意気な後輩を泣かしたい! 作:もっふもっふもふ
日曜日。
燦々と輝く太陽が熱く、日照りの強い日。僕は、後輩との集合場所である学校の校門前に向かっていた。
今日は後輩の家に招かれた混沌と勝負の一日。まず間違いなく、生半可な覚悟で挑んでは主導権を握ることすら叶わず、あの性悪生意気娘に弄ばれ続けることになるだろう。
この前の、家に誘われたときのやりとりがいい例だ。思考を誘導し、緩急を織り交ぜて人を馬鹿にする術に後輩は長けている。ほんの少し気を緩めただけで、その一瞬をハイエナのごとく奴は貪り食らってくるんだ。
今回、あの娘は『日曜日を愉しみたい』と語っていた。それが指すところはつまり、僕を弄り倒して嗤いたいということに他ならないだろう。後輩の言動と性格を考えて、僕はそう確信し、結論付けていた。
しかし、それをただ黙って許容するほど僕は甘くなどない。僕だって一介の勝負師。伊達に彼奴に勝負を仕掛けて戦ってきたわけじゃないんだ。
……恥ずかしい思いに身を焼かれてまで誘いに乗ってやった以上、アイツの思い通りになんて何があってもさせてやらない。そんなの、絶対、許さないッ。
今日の僕は、後輩がどんな策略を巡らせた罠を張ろうとも、その一切を薙ぎ払い鋼の精神で乗り越える覚悟がある。そして、それに伴う作戦も考えている。
即ち無敵かつ不動。
あのクソ生意気なガキも、今に後悔する筈だ。自分が誰を敵に回し、何を相手取らなければならないのか。歴然たる圧倒的戦闘力の差を実感したときに、ね。
僕は負けないし、屈しない。あのガキに必ずやり返し、どちらが上かをはっきりとワカらせてやるッ。
そのような固い意志を胸に僕は後輩と邂逅を果たした……のだが。
「おはようございます、先輩!」
「!? ……お、おはよ」
僕がやって来るのに気が付いたのか、自身の煌めやかな髪を指で掬いながら、神々しいとも思えるほど明るい笑顔で出迎えてきた後輩。全体的に清楚感の強い汚れ一つない純白の服装に身を包んでいるのも相まって、その後光に僕は初っ端から出鼻を挫かれ目を逸らしてしまった。
可怪しい、ガチで後輩が輝いて視えたぞ、こんなのもう一種の異能じゃん。コイツを慈愛精神の塊とみなし、神聖視する一部のヤベー奴等の気持ちが一瞬だけ解った気がする……三月の本質はまるっきり逆なのに。
なんか会っただけだというのに既に悔しい。誰か取ってくれこの謎の敗北感。
「会ってそうそう、なぜ負け犬面を晒しているんですか? 頭を撫でたくなるじゃないですか」
「もう撫でてんじゃねーかッ」
頭を撫でてくる後輩の手を払い除け、僕は眼前の相手を睨みつけた。
勝負はまだ序盤も序盤だ、此処からの巻き返しなど如何様にも方法がある。勝利を得るため、僕はコイツが放つ神々しさを凌駕する。どれだけ相手が強大だろうと、最後には必ず僕が勝ってみせるんだ。絶対に。
「先輩、さっきから百面相すぎますね。落ち込んだり怒ったり精一杯威嚇をしてみたり。私のことで頭がいっぱいになっているのが丸分かりじゃないですか。ほんと、いつもの日曜日とは大違いで堪らない……今日の私は、こんなに幸福で良いのでしょうか」
「え、今のどこに幸福を感じる瞬間があったの!?」
今のやり取りで幸福を噛み締めるのは可怪しくない!? お前負の感情を向けられてるんだよ? それが解っててなぜ故身に纏う光が増加してるんだワケがわからないよっ。
「では、早速家に向かいましょう。……ふふ、今日は生まれて初めてあの家で笑うことのできる、素晴らしい一日になりそうだね」
「……僕は素晴らしいとは真逆の一日になりそうだよ」
「あはは、では期待に応えなければなりませんね」
「そんなもんに応えんでよろしいッ」
愉しそうに嗤う後輩にジト目を返しつつ、僕は後輩と共に歩き始めた。目指すはラスボスの住む魔王城。
さて、僕の勝負はこれからだ。
◆◆◆
「ねえ、なんでお前は急に僕を自分の家に誘ったの?」
後輩の家に向かうその道中。僕は後輩に聞いておきたかったことを質問しておくことにした。敵を倒すには、まず情報収集からとも言うし、知っておいて損はないだろう。思わぬヒントとかもあるかもだし、うん。
僕の質問に対し、後輩は困ったような曖昧な笑みを浮かべた。
「なんで、と問われれば少し回答に困ってしまいます。……なぜ、そのような質問を?」
「回答に困るって何さ……いや、普通知っておきたいだろ。お前の危機感が薄いってワケじゃないのは納得しておいてやったけど、それを差し引いても理由が解らないんだもの。目的はどうせ僕に舐めた態度を取って、僕の返す反応を嘲笑いたいとかなんだろうけれど、それって別にいつものことでお前の家じゃなくても出来ることじゃん。……態々プライベートな場所に僕を誘うほどの理由が分かんないんだよ」
からかい倒すだけなら、コイツは何処だろうと出来る奴だ。それなのに自分の領域である家を舞台にするなんて、余っ程な理由がないとあり得ないと僕は踏んでいた。そして、そこに後輩打倒のヒントがあると。
後輩の反応から見ても、その予想は正しかったようだ。ふふん、流石はこの僕、直感もキレキレである。
「別に言ってもいいんですが……うーん」
「何を迷う必要があるの? 悪いことなんてお前常日頃からやってるじゃん。今更良心が咎めたのか? それとも、図星を突かれて悔しがっているのか? ザマアないね、ふふん!」
「いや、先輩の言っていること自体は的外れで滑稽で嗤えるんですけどね。私、悪いことは人生において一回もやったことないですし」
「僕への行いの数々は悪くないのか!?」
息を吐くように嘘をつくな! あれが悪くないなら、一体何をすれば悪い行為扱いになるんだよ!
後輩の嘘と妙な歯切れの悪さに、いよいよ僕も我慢の限界が訪れた。
「ああ、もう! この際そこら辺の問題は置いといてやるから、言い淀んでいることをさっさと言いなよ! 別に言っても問題ないんでしょう!」
「えー……そんなに気になりますか?」
「当たり前だろ! あの日から今日まで夜は眠れない日ばっかりだったんだからな! そのせいで授業中に眠っちゃって先生には怒られるし、皆にはクスクス笑われるしで散々な目にばっかりあったんだ! 責任取れバカ三月!!」
「……先輩、寝不足で頭が回っていませんね? カワイイことを暴露しすぎです」
喧しい、誰のせいだと思ってんだッ。早く理由を話せっ。
取り繕う余裕もなくなり、捲し立てる僕から後輩はスッと視線を逸らした。
「私、先輩のために黙っているのに」
「はあ? 僕のためぇ? 寝言は寝て言えや」
「寝たほうがいいのは先輩かと。後で一緒に寝ましょうか……私のベッドで」
「洒落にならない発言止めろ!」
いかがわしい意味にしか捉えられないんだよ確信犯だろ貴様! また僕をそっち方面の冗談で弄り倒すつもりか!
「冗談じゃないんだけどなぁ」
「だから止めろってそういうのッ。はあ……結局、家に誘った理由を説明するつもりはないのか?」
「ないってよりかは、先輩の心が心配なんです」
「……どういう意味さ?」
「だって先輩、弱々超ビビリだし!」
「はあ!?」
誰がビビリだって!? 巫山戯るのも大概にしろ、僕より勇敢な大人は中々居ないんだぞおい。僕の何を見て僕をビビリだと判断したんだ貴様!
「おい小娘、僕のどこがビビリなんだッ」
「あははっ、小娘て……心当たりが多すぎて、話し出すと日が暮れちゃうと思うんですけど」
「お前、僕を低く見積もってんじゃねーよ、お前の想像の中で収まる小さい男に見えるのかこの僕が!」
「想像じゃなくて、実体験なんですが。それに先輩、見るからに小さくてカワイイじゃないですか」
「心の話な心のっ」
ああ言えばこう言うなコイツ! 僕は可愛くないって何度言えばわかるんだよ!
「理由は、何れ解りますよ。ただ今は、傍に居たいんです。……私は、他の誰よりもあなたに笑っていてほしいんだ」
「まるで今の僕は笑っているかのような言い方だな、こっち見てみろ怒ってしかないぞ!」
「それはそれでカワイイんで目一杯愛でます♪」
何だコイツ滅茶苦茶の無敵か?
なんだかんだと言い訳をつけて、何も話そうとしないし。なら初めからそう言えや、なんでちょっと希望を持たせたんだっ。
「そっちの方が先輩のカワイイ反応が見られるかなって」
「確信犯なのは最初からかよ……ほんと生意気な奴ッ」
クスリと嗤う性格極悪娘を、僕はこれでもかと睨みつける。何が愉しいのか、後輩は僕の頭を両の掌で撫でつけてくるのだった。
絶対泣かす……ワカラせてやるっ。
「──誰もいない二人きりの世界で、あなたの手を、脚を、指を、爪を、髪の毛を、眉を、睫毛を、唇を、歯を、舌を、鼻を、頬を、目を、眼差しを、匂いを、呼吸を、喜びを、怒りを、悲しみを、笑顔を、温もりを、夢を、心を。あなたを構成する事柄その全てを。私だけが、独占したいから……そう言ったら、あなたはどんなカオをしてくれるんだろうね」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!