生意気な後輩を泣かしたい! 作:もっふもっふもふ
「……はあ? 何が楽しいことなのかが解らない?」
学校終わりの放課後、公園のベンチで。いつも通り無感情の虚無面をした少女が急にそのようなことを言い出した。
あの大雨の日から、特にお互い約束を交わしたワケでもなくこの公園でちょくちょく会うようになった僕達だけれども。この子が自分から話し出すなんて結構珍しい……というか初めてなんじゃなかろうか。大体は僕が勝手に喋って、この子が聞き役に徹しているのに。
しかし、言っている意味があんましよく解らない。妙にほっとけない年下の子がしてくれた最初の質問だ、答えたいのは山々なんだけど……『楽しい』が解らないって何だ?
「えっと……ごめん、もう少し詳しく説明してくれる? 『楽しい』が解らないってどういう意味?」
「……今日、学校のクラスでレクリエーションがあったんだ」
「レクリエーション? ああ、お楽しみ会みたいなもののことか」
ホームルーム等の時間を使って、クラスの仲を深めようっていうアレのことね。僕も結構そういう行事は楽しんだ思い出がある。
周囲の奴等よりも大人らしく、クールに適度に、だがね。
「レクリエーションの時間は、クラスの皆が沢山笑ってたんだ。和気藹々に溌剌と……本当に楽しそうに、笑ってた」
「へぇ、そっか、そりゃ良かったじゃん。素敵な思い出って、ふとしたときに心が温まるし、かけがえのない大切なものだよ。……もちろんキミにとっても──」
「けど私は全く楽しくなかった」
「ッッ」
何も光を映さない暗い瞳で僕のことを真っ直ぐに見つめてくる少女。その闇で塗り潰したかのような黒く虚無な雰囲気に、僕は言葉を詰まらせてしまった。ビ、ビビったわけじゃないよ?
しかし、この子レクリエーション楽しめなかったのか……正直なんとなーくそんな気はしてたけれど。この子絶対協調性やらコミュニケーションやらが得意なタイプじゃないし。馴れ合いみたいなのに興味がないって感じがする。年頃特有の強がりとかじゃなくて、マジで興味がなさそうなんだよね。
あからさまに闇が深いって解るもんなぁ、あと圧が強いっ。ほんとに強いッッ。
「何が楽しいのかが全く解らなかった。どうして皆はそこで笑うんだろう? どうして皆はこんなので精神的に満たされるんだろう? 笑ったり楽しんだりするタイミングは理解できるし実践もできたのに、その内側にある感情に瑕疵があって、いつも空洞なんだ」
「そ、そっか……?」
「理由も理屈も知る必要がないのは解っている。そんなものを知らなくても私は『私』を取り繕う事ができるから。出来てしまうから。なのでこれからも知識として知る必要性は感じなかったし興味もなかった。けれど人形遊びだけを行うのにも少し飽きてしまったんだ。欠陥品とはいえ私も人間だったらしい。だからこの先は『私』を含めたありとあらゆる人間の人生を使って適当に暇つぶしでもしながら生命を私なりに咀嚼してやろうと思ってた。その結果が破滅だろうとなんだろうと退屈凌ぎが出来れば私の人生はそれだけで満足だったんだ。でもあの日貴方に出会って貴方という一個の生命と触れ合って今までにないくらい私は『興味』という感情を抱い───」
「ちょっ、ストップストーーープ!!」
なんだコイツ、マシンガントークすぎないか!? 八割方なに言ってるのか分かんなかったんですけど!
説明してとは言ったけど、普段全然喋らない奴が急に闇を纏った虚無顔でマシンガン放ち出したら、恐怖以外の感情湧いてこないだろ!
「つ、つまり……キミは楽しいことがしたいってことでいい?」
「……うん。私は、もっと色んなことを知っていきたい」
僕を光のない目でジッと見つめた状態で淡々と述べる少女。
いや、あの……普通に怖いんだが。せめて何かしらの表情の変化くらいあっても良くない? 発言的に前向きに捉えても問題なさそうだけれども、目がこれっぽっちも前向きな姿勢の人間のものじゃないんだよッ。
この子のデフォルトがこれだって解ってるけれど、こんな『何もかもが退屈で虚無』みたいな雰囲気の子、僕の周囲に居ないから戸惑っちゃうんだけどっ。
暗い空気を変えるように、僕は一度パンと手の平同士を合わせて大きな音を鳴らした。
「じ、じゃあキミの楽しいと思えることを、今から一緒に探してみよっか!」
「……うん」
「え、えっと……まず『楽しい』を知るためには、キミ自身が自分への理解を深める必要があると思うんだ! だから、今から少し質問とかするけれど……構わない? も、もちろん答えたくないのなら言わなくてもいいよ!?」
「……いいよ」
「よ、よかったッ」
クソ……眼圧にビビってるのが丸分かりだ。中学生女子にビビるとかダセェぞ僕のボケがっ。怯えるな、もっと堂々と向き合えッ。
「初めに……その、趣味とかってある?」
「わからない」
「そっかわかんないかぁ……なら好きな食べ物は?」
「わからない」
「あ、あはは……嫌いな食べ物は?」
「わからない」
「ま、まあそういう人もいるよね……好きなスポーツは?」
「わからない」
「はは……好きなテレビ番組」
「わからない」
「……好きなゲーム」
「わからない」
「好きな漫画」
「わからない」
「好きな音楽」
「わからない」
「好きな動物」
「わからない」
「好きな──」
「わからない」
コイっっっっツ!! 真面目に答える気ないのか!? 全部『わからない』じゃねーか! 考える素振りもなく答えるとか舐めてんのか!! 最後に関しては質問すらしてねーよ!!
「別に、巫山戯ているワケじゃない。私はありのままの本心を答えているだけだよ」
「本心て……お前なんにも答えてないじゃんっ」
「だから、私はなにもわからないんだ」
「───……」
「私一人では答えを導き出せない。何度思考を反芻しても……わからなかった。私は、知らないことだらけだ。だからこそ貴方に訊こうと思った」
僅かに目を細め、少女は小さく息を吐いた。
わからないって……この子、本気で言ってるな。なんか、聞けば聞くほど闇が濃いぞおい。
「ウソじゃなさそうだし納得しておいてあげる……けどなんで、それを僕に訊こうと思ったの?」
「……いつも此処で」
「?」
「いつも此処で私と喋っているときの貴方が……何でもない日常を、あんなに楽しそうに話す貴方の姿が……酷く眩しかったから」
「……はあ?」
眩しいって……僕はそんな光的存在じゃないぞ。どちらかと言うと、僕はこの子よりの性質を持つ存在だ。僕本人がそういうんだから間違いない。
基本冷めたドライな大人なんでね僕は! 少女に話している内容だって、基本的に反発的な世の中クソみたいな話ばっかりだ。楽しそうになんて、まっっったく話していない。寧ろ顰めっ面の激怒状態だった筈だ。
今確信した、この子は完全に僕の顔を見ていない。
「僕は楽しそうになんてしてないっ。ちゃんと僕のこと見てなかったね闇深勘違い中学生!」
「や、闇深勘違いちゅうがくっ……私が? ……ふっ」
「……前も思ったけど、キミ自分が罵倒されたとき笑ってない?」
「笑ってないよ」
ほんとかよ。
今はスンってなってるけれど、罵倒直後は肩を震わせて口元押さえてたじゃん。無自覚なのだとしたら、相当厄介な性質持ちだぞこの子。
そんな厄介な子が『楽しい』を知りたい……か。ああ、もう。ほんとに大変なことに首を突っ込んだのかもしれない。
───けど。
「進む道が解らず困っている子どもを導くのは大人の役目だからね。なんにも知らないキミに教えてあげる! 『楽しい』がなんなのかを!」
僕はベンチから立ち上がり、満面の笑みで少女に手を差し伸べた。
客観的に見て、僕はそこまで頼り甲斐のある人間には見えないだろう。見た目的にも人格的にも。しかし、それでもこの子は僕を頼ってくれた。だったら僕のやることなんて決まっている。
例えどれだけこの子の抱える闇が、悩みが大きくても。そのようなものは些末なことだ、僕には関係ない。寂しそうな目をした子が伸ばしてくれた手を払いのけるなんてカッコ悪いこと、死んでもお断りである。
どんな難題だろうと、この僕がいる限り絶対諦めてなんかやらない。屈してなんかやらない。負けてなんかやらない。言うなれば、これは僕個人の意地だ。
だから。
「キミが満足するまで色んなことを一緒にしよう! 大丈夫だよ! 解らないことがあるのなら僕が側で一緒に考えてあげるから! どーんと頼って! なんたって僕はキミより長く生きていて、『楽しい』ことを沢山知っている、『楽しい』の先輩なんだもの!!」
この子を全力で導くこと。その思いに応えること。それこそが、僕の出来る唯一だ。
必ず、目の前の少女を笑わせてやる。『楽しい』を知らないまま過ごすなんて、とっても勿体ないものね!!
そして笑顔で告げた僕の全面協力します宣言に少女は暗い瞳を閉じ、消え入りそうな声で一言呟いた。
「……やっぱり、眩しいよ」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!