生意気な後輩を泣かしたい!   作:もっふもっふもふ

21 / 33
20話 後輩と波乱の予感

 

 人生、上手くいくことの方が少なかったりするものだ。

 思い描いたシナリオ通りに出来事が進むことなんて、殆ど皆無に等しい。だから人はその道筋から大幅に外れないように、策を講じたり対応を練ったりするのだ。シナリオを守るために。

 

 しかし、その策や対応を見せる間もなく蹂躙された人間も長い歴史の中には何人もいるワケで。

 そうした人間の取る方法は、自ずと限られ、選択する権利が消失していく。

 

 それは過程も結論も。その両方の主導権を握られ、手札を見せる暇すらなく呑まれ続けた者の末路。

 

 即ち。

 

 完膚なきまでの敗北ってやつである。

 

 

「ふぅ……今日は大変満足しました。心の底より、貴方に感謝を」

「…………」

 

 長い長い時間も終わり。ロビーで妙に艶々した輝く後輩に、感謝の言葉を伝えられる。それに強く反発することなく、僕の顔は某ボクサーのように真っ白に燃え尽きていた。

 

 ……まさか、本当に一日中抱きしめられるだなんて思わないじゃん。

 昼食のときも、話をするときも、ゲームをするときも。ずっと僕のことを終始花が咲いた瞬間を見た時みたいにニッコニコで抱いてきた後輩のせいで、我が魂のSAN値はマイナス値まで削り取られていた。

 

 僕は、こんな血を吐きそうな思いをするために此処までやってきたワケじゃないのに。三月のバカに目にモノ見せてやるつもりで乗り込んだのに。

 結果として僕は敗北し、三月の言う通りアイツの『楽しい』に巻き込まれるだけの1日になってしまった。……なんて巫山戯た結末。

 

「なんだか随分と疲れていますね、何かあったんですか? 先輩」

「……お前のメンタルどうなってんの」

 

 誰のせいだと思っているんだ? 疲れてるから一々ツッコんだりしないけどさ……お前の方ももうちょっと心身ともに疲弊しててくれよ。状況によって体制は変えていたとはいえ、何時間くっついてたと思ってんだ体力底なしかよ……。

 

「いくら僕を辱めて無様な姿を見たかったとは言っても、自称清楚系で普段過ごしているお前にとっては、僕との密着なんて苦痛が伴う時間だったろうに。なんでそんなに明るいんだよっ……やせ我慢的なアレか?」

「……。あはは……やせ我慢かどうか確かめてみます? もちろん今度はさっきよりもキツく、深く、長く、苦しく。貴方のことをワカらせますけど」 

「ぜ、絶対やめろ!」

 

 威圧感のある笑みに、3歩くらい僕は後ろへ後退した。ど、どうして機嫌悪くなってんのさ、意味も沸点もワケわかんない奴だな……。

 

「今回は沢山摂取できたセンパイニウムに免じて見逃してあげます。が、次はありませんよ」

「センパイニウムってなんだよ!」

「私一人にだけ所有することの赦された、私を幸福にする成分です。──不足すると世界が滅びます」

「デメリット大きすぎんだろ!」

 

 なにさその危険すぎる成分。絶対存在しちゃいけないだろそんなもんっ。お前もお前で危ないのに手を出してんじゃねぇよ。

 

「先輩、私は本当に感謝しているんです。今日という1日はきっと。あの家で私が何も象ることなく笑うことのできた、唯一であり最高の思い出となるでしょう」

「な……ぁ……はあ!?」

 

 また、コイツは大袈裟なことを! 最高て……最高の思い出ってさあ! ほんとお前よくそういう恥ずかしいことをそんな真剣な顔で面と向かって言えるよね! 羞恥心ってものがないのか!?

 

「お、お前僕のこと抱きしめてただけじゃん! その他はゲームやったりアニメ見たりテ、テキトーに過ごしていただろっ。いつも放課後にやっているようなことばっかりっ。さ、最高の思い出だなんて……いい加減なことを言わないでッ」

 

「その『いつもやっていること』をあの家で先輩と出来たことが最高だと言っているんです。これは、からかいでも冗談でもない……紛れもなく私個人が抱く本心です」

 

「あっ……ぅ……ぐっっ」

 

 見透かすように射抜いてくる後輩の透明な瞳に耐えきることができず、僕は目を背けた。

 普段にはない『本気』を止めろ……『本気』をッ。僕それに弱いっつってんだろッ。なにさこの展開止めろ巫山戯んなッ。

 

「あの家にきてくれて本当にありがとう、日和先輩。おかげで私、これからも頑張っていけそう」

 

 屈託のない純白な笑みを向けてくる三月。

 

 本当に感謝しているのだと解るその雰囲気と表情、言葉に。顔を真っ赤にすることしか僕は出来なかった。

 

「は、恥ずかしいことばっかり言ってんじゃねーよ! み、三月のバカバカバーカ!! 舐めた口きいてんじゃねぇ! バ、バーカ!」

「あはは、動揺丸出し」

 

 誰のせいだと……! しかし言い返すほどの余裕が今の僕にはない。頭が沸騰して僕自身が何を言っているのか解らなくなっている。こんな状態でコイツと言い争うなどあまりにも無謀だ。

 

 何より、この何とも形容しがたい心情と空気に耐えることが出来そうになかった。

 

 これ以上此処に居たら……またチョロい呼ばわりされる!!

 

「も、もう帰る! 今日はお世話になりました!」

「──……そうですか。家まで送ってあげましょうか? 先輩一人だと誘拐されるかもしれませんし」

「余計なお世話だよ!!」

 

 一言煩い後輩を尻目に、早足で僕はエントランスを通り抜ける、そして。

 

 最後に一言物申すべく、三月のいる方へと振り返った。

 

 ……今日は散々な目に遭ったんだ。ずっと緊張して胸は苦しかったし、妙な感覚に心が騒がしかった。怪談話は始まるし、ゲーム等のリラックス要素もあったとはいえど、ずっと抱きしめられているせいで本当は集中出来ていなかった。 

 振り回されっぱなしで当初の目標は何一つ叶えることが出来なかったし、結果だけ見れば最悪な1日だ。間違いなく。 

 

 けれど。

 

「三月!」

「……何ですか?」

 

 さっきまでとは違い、あり得ないだろうけど寂寥感を漂わせているかのように思える後輩へ向けて、仕方なく僕は本心を伝えてやることにした。

 嘘偽りのない、本心を。

 

「き、今日は僕も……そ、その楽しかった! す、すっっごく楽しかった!!」

 

「──────」

 

「ま、また明日な!!」

 

 早口にそれだけを告げ、僕は駆け出した。

 

 

 ああ、もう! 心臓が痛い頬が熱い身体が沸騰しそう!!

 

 アイツにこれを言うのにどれほど緊張してるんだ!! 本心言っただけで他の人のときはこんな酷いことにならないのに! あれもこれも全部が全部! 三月のバカが悪いんだ! 必ず見返してやる! 

 

 明日こそは──絶対負けないんだから!!

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 誰も居なくなった自室。白を基調としたベッドに倒れ込み、三月は小さく息を漏らした。

 

「はあ……」

  

 思い返すのは、先程までの記憶。日和と過ごした一時のことだった。  

 

 声や表情、一つ一つの仕草を正確に思い返せるくらい、三月は彼のことをジッと観察していた。

 

 両親が充てがい、作り上げたこの部屋に関する記憶を全て上書きするように。共に話し、遊び、触れ合った思い出を死ぬまで残すために。日和のことをずっと見ていたのだ。

 

 はっきりと言えば、三月自身この部屋への思い入れなど皆無である。超が付くほどの高級タワーマンションの50階以上に住み。与えられた部屋も大きく綺麗で、一般的な人間の多くが羨むほどに、この部屋は全てが揃い整っている。恐ろしいほどの好待遇、他の人間が言うには喉から手が出るほど欲しいものらしい。

 

 しかし、三月の感性で判断すればそのようなものは全て唆られなかった。

 三月にとって大事なのは欲しいものが手元にあるかどうか。それさえ傍にあれば、場所なんて心底どうでもよかったのだ。最悪、住む家がなくなっても、その結果で欲しいものが一生手に入るのであれば。迷う余地など一切なかった。

 

「しかし……最後のはヤバかったね」

 

 別れの瞬間に言われた言葉。それを思い出し、溢れた想いを表すように三月は口角を上げた。

 

 あれほどまでに己が掻き立てられ、心が震える言葉や表情もそうそうない。

 

 やはり、本心を間接的ではなくストレートに伝える方が彼の心を掴むには有効そうだ。今までの経験則から、それが『良い選択肢』だと三月は判断していく。

 

 しかし、一方で『良くない選択肢』も捨て難かった。 

 何故なら、それを行ったときの反応を見てみたかったからである。

 

 良いも悪いも。彼の全てを余すことなくこの目で見たい。自分が与えるもの全部を彼に見て知って感じて傷んで笑って受け取って……足りない頭で一生懸命考えてほしい。私で、頭をいっぱいにしてほしい。

 

 そう思ったからだ。

 

 どこまでも独占的な、歪んだ欲求。

 

「──ああ、次はどんなことで私を愉しませてくれるんだろう」

 

 他人には見せることの決してない妖麗で恍惚とした表情を浮かべ、三月は嗤った。

 

 

 ──音が鳴る。

 

 

「ん……?」

 

 スマホの通知音だ。誰かからメッセージが来たときの音。それが耳に届き、三月の意識を引き戻した。

 

 いつもであれば、確認など暫くしない。どうせ『私』をぐるぐると巡る、似たような内容ばかりだからだ。

 

 しかし、今回はタイミングがタイミング。もしかしたら……先輩かもしれない。

 

 そう思い、三月はメッセージを確認した。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───気持ち悪いッ」

 

 

 

 

 

 全ての者へ呪詛を籠めるように、三月は一言吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あんたには白花(しろばな)なんて底辺高校じゃなくて、星王学院(せいおうがくいん)が相応しいわ。さっさと居るべき場所に帰ってきなさい。もし事情があって来れないのなら、私の方から迎えにいくから』

 

 





 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。