生意気な後輩を泣かしたい! 作:もっふもっふもふ
その場は、ネジの外れた後輩による独壇場だった。
「知っていますか? 日和先輩は、首筋を撫でるととても良い声で鳴いてくれるんです。擽ったそうに身を捩り口では拒絶の言葉を言うのですが、身体の方は火照り心臓の音は熱く激しい鼓動を刻むんです」
「なっ」
「唇や脇腹、胸等の敏感な箇所に触れたときもそうです。少しそういう触り方をしただけで、彼は直ぐさま快楽に音を上げる。誘っているのかってくらい頬は上気し、瞳には雫が溜まっていくのです」
「な……はっ……ッッ」
「そしていざ止めると、物足りなさそうな顔で私を見つめてきます。意地悪をしないでほしいと、私の目に訴えかけてくる。……ご褒美をあげると、気持ち良さそうにしてくれるんです」
「か、かひゅー……こひゅー……」
「全て知っていましたか? いいえ、何も知らなかったんですね。ふふ、本当にごめんなさい。貴方のなんでも知っていると思い込んでいた大切でカワイイ純白な天使さんは───全部私の色で染め上げられちゃったんです♪」
「────ごふ」
発言内容に耐えきれなくなった瀬下は、過呼吸を起こしたのち崩れ落ちた。ダメージが凄かったようだ。血涙でも流してんのかってくらい悔しそうかつ怯えた形相をしている。ドンドンと床を叩き、天でほくそ笑んでいる後輩を地の底で睨みつけていた。『ボ……俺以外の女とぉ!』とか意味わかんないことを言いながら。巫山戯ないと気がすまないのか己は……。
しかし、今は瀬下の惨状など知ったことではない。それよりも僕は優先しなくてはいけないことがある。
怒っていたとはいっても、いい加減なことを言いすぎだ。この恥辱に塗れた心内……一体どう始末つけてくれようかッッ。
「私と日和先輩の思い出について尋ねたのは貴方の方です。だから、例え知りたくないことだろうと耳を塞いで蹲ろうとも……絶対に最後まで聞いてもらいます。貴方が何故己の心情まで偽っているのかは知りませんが、それは私には通じません。私は日和先輩のような他者を慮る気持ちが欠けているので、合わせてあげることもありません。屈辱に喘いだのち幼馴染らしく終わ───」
「ねぇ、三月。ちょっと黙ろっか♪」
目がまるで笑っていない三月の言葉を僕は強引に遮った。
全方位に攻撃をばら撒きすぎだ。マジで収拾がつかなくなる。あと勘違いさせるようなことを一々言うな。追い込んだら何仕出かすか解らないだろ……僕が! もう許す気は毛頭ないけど。
「何故止めるのですか? 先に仕掛けてきたのはこの人です。ならば、終わる覚悟も当然出来ている筈でしょう。その甘い幻想ごと──」
「お前も終わる覚悟は出来てる? 先に言っておくけど、多分お前より僕の方がキレてるからね?」
「……」
ニッコリと笑う僕に、スッと後輩は目を逸らした。おいこっちを見ろよこっちを。
「……嘘は何も言ってないのですが」
「言い方が悪いし、そもそもあんな話せーくんに言うな!! 気恥ずかしいどころじゃねーんだよ!!」
「……『せーくん』、ね」
瞳を細め、視線だけで人を殺すほどの圧を込める後輩。なんでさっきよりもキレてんだよッ、怒っている僕のことはガン無視か。ていうか隠す気すらないのかねコイツは。ちょっとは抑えて取り繕えよ、なんで今日はそんなにも威圧感盛々で直情的なのさ。
「お前……仮面は脱がないって言っただろ。なんで約束破るかな……せーく……瀬下ビビってんじゃん、やりすぎなんだよ」
「私にだって我慢の限界があります。名前を名乗った段階で、ずっとこの人は嘘を付いていた。名前も心も喋り方も何もかもを偽っていた。なのに先輩の理解者だと断言しきったところだけは虚偽が混じっていなかったんです。さも当たり前のことかのように。……腸が煮えくり返る」
「んなことで一々キレんなバカ!」
忌々しげに瀬下を睨みつける後輩へ、僕は猫だましをくらわせた。しょうもないことで怒りやがって……巻き込まれる僕の気持ちになってくれないかな。今のところ一番ダメージを負っているのは瀬下にいろいろ知られた僕なんだよ。
ほとぼり冷めたら絶対ウザいじりされる……。誤解とかねーと。
「……先輩、随分とこの人の肩を持ちますね。どういうつもりですか」
「それはこっちの台詞だよ。確かに瀬下はウザくてキモくてぶっ殺したくなるような野郎だけど──」
「
「……取り敢えず殺意引っ込めて」
どう接するのが正解なんだコイツ。昼休みからずっとそうだ。瀬下のことに言及する度にキレやがって。
言いたいことがあるのは分かるけど、それを全部抱えたうえで仮面をつけてくれって話だったじゃん。仮面つけるどころか、敵意とか諸々剥き出しすぎていっそ清々しいまであるぞ。
「……日和」
「ん? 漸く喋れる程度には回復したか」
三月への対応に難儀している中、蹲り口を噤んでいた瀬下に声をかけられる。
その目の色には絶望が揺ら揺らと蠢き、僕を離さないようにするためか、足元にべったりとへばり付いていた。
いや行動が気持ち悪いし、そういうことするから三月が殺意出すんだって。瀬下の場合無意識にコレをやっているので物凄くタチが悪い。見ろ見ろ三月のあの目……お前ガチで八つ裂きにされるぞ。
「キ、キミ……三月さんとヤッたのか。喪っちゃったのか……ヴァージンをッ」
「その言い方止めてくれる? 殺したくなるから」
「キミになら殺されてもいい……教えてくれ」
「……ほんと、接し方間違えたかな」
虚偽なしの即答に、僕は頭が痛くなった。昔はもっと普通だったよお前は。頼り甲斐があって一緒に居て安心ができた。一体何が原因でこんな頭が可怪しい奴になっちゃったのさ。
しかも何がヤバいって、こっちの方が恐らくせーくんの本心だと解ってしまうことだ。このトチ狂った方がせーくんの素だなんて……かなり認め辛い。あんなにクールだった奴が、罵倒したら喜ぶコスプレ推進野郎に身を堕とすとかウソだと叫びたくなる。
三月はもっと根本の虚偽を一目で見抜いたみたいだけども。何で気がつけるんだよ頭怪物かよ。
どうやら僕は色んなことを舐めていたらしい。何が真実か解らなくなる……昔から一緒にいた弊害もあるのだろう。もうちょい人のこと考えて動かないと駄目なのは僕も一緒ってことか。
「それで、ヤッたのか……ヤッてないのかっ」
「はあ……ヤッてない。恥ずかしいことあんまし聞かないでッ」
「ほ、ほんとに? ああ、よかったぁ! ボクの天使はまだ穢されていなかった!」
「穢されるってお前なぁ。……あと一人称と二人称、昔のに戻ってるぞ」
「っ!」
口元を抑えて、瀬下は謎の余韻に浸っていた。安心しきったのだろう、凄く表情が緩んでいる。去年から剥がれることは格段に増えていたけれども、口調とかも今日は一層素に戻ってきてる。
こうやって攻撃されるのは自業自得ではあるんだが、あんなに練習していたものがあっさり瓦解していくなんて、憐れめいたものを感じた。
「───瀬下先輩」
「ッ!!」
「3秒以内に日和先輩から離れてください。でなければ──解りますね?」
「ヒィ!? は、はい!!」
後輩に微笑まれ、怖気が背筋を迸ったのだと解った。瀬下は凄まじい速度で僕の隣から遠ざかる。
すげービビってるし、上下関係確立してやがる。あの数回のやり取りでこれほどせーくんを怯えさせるなんて、やはり三月はとんでもない。
「貴方の過去も理由も私は興味ありません。勝手に気持ち良く浸っておけばいい。しかし、その子に手を出すのなら相応の対応をします。簡単に言えば……その薄っぺらい仮面ごと貴方の存在を壊します。二度と立ち向かうことが出来なくなるくらい、完膚なきまでに」
「ピ、ピィ!?」
「三月ストップストップ落ち着けアホ!」
二人の間に入り、僕は三月を落ち着かせるように言葉を投げ掛けた。なんだこの魔王から村人Aを護るみたいな役割! 面倒臭い……面倒臭すぎてお腹痛いよホントに!!
「お前言い過ぎ! そんなキレること瀬下言ってないだろうが!!」
「いいえ、この世で最も私の癪に障る行為をされました。──私の所有物を、寝取ろうとした」
「だからいい加減なこと言わないで!」
「そ、そうだそうだ! ボクは純愛派だ! ふざけたこと言うな!」
「───あ?」
「ヒィ!? ご、ごめんなさいごめんなさい!!」
「お前弱いんだから僕の背後で変なこと言うなよ!」
頼むから大人しくしててくれ変に刺激するな! 状況が悪くなる! しかし、言い足りないことがあったのだろう。僕の肩より少し顔を出して、瀬下は震える声で後輩に言う。
「だ、第一キミが嫉妬したところでボクと日和が幼馴染で、キミの知らない日和のことをボクが沢山知っているという事実は変わらないんだ。この歳になっても、日和はボクのことを慕ってくれているし。つ、つまり一番日和を理解できているのはこのボ──」
「──日和先輩は、私に押し倒されたとき顔を紅くして『先にお風呂だけ入りたいッ』と懇願してきました」
「────ごはぁッ!!!!」
「お前弱すぎんだろ!!」
後輩の攻撃で瀬下は一瞬で致命傷を負ってしまった。白目をむき、身体は打ち上げられた魚のようにピクピクと痙攣している。勝てないのに向かっていきやがってッ。
あと三月お前はどれだけあの家に行った時のボクの醜態を暴露しちゃってるんだッ。アレは頭がボーッとして変なこと口走っただけだって謝ったじゃん! なんで蒸し返しまくるの!? 恥ずかしすぎて頭痛いんだが!
「三月、お前もうホントに黙って……このままだとせーくんが死んじゃう」
「あはは、もっと幻想を壊したかったのですが……しょうがありませんね」
「まだやるつもりだったの!?」
容赦がなさすぎる。せーくん、お前はまだ早々に倒れて幸福だったかもね……そんな意味合いを込めて、僕はせーくんの頭を撫でた。なんかニマニマし始めたんだが……やっぱキショいなコイツ。
「……先輩、ちょっと此方に来て下さいますか。調教する必要がありそうですから」
「はあ、いくらせーくんが気持ち悪いつっても、幼馴染なんだ。そんなこと見過ごせるワケ──」
「──日和先輩を」
「なんで僕!?」
あの流れで何故!? 意味のわからないキレ気味の後輩に、僕は身震いした。流れ弾的なアレか……? どうやら僕の戦いはまだまだ終わらないらしい。お腹が痛すぎて吐きそうになる……ああ、ほんとっ!
ほんと、会わせるんじゃなかった!!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!