生意気な後輩を泣かしたい! 作:もっふもっふもふ
瀬下と三月を邂逅させてから数日。瀬下は僕と話すとき、やたらと周囲のことを気にするようになった。
不穏な影が忍び寄っていないか、注意深く構えては緊張している。どうやら、三月との接触はコイツにとって一種のトラウマに近いものとなってしまっているみたいだった。
気持ちは解らなくもない。傍で見ているだけでも、後輩の敵意はホントに刺さるものがあるから。直接それをブツけられたコイツは、僕の比じゃない恐怖を心身に刻み込まれたのだろう。自業自得だけど、ヤラれすぎなのも事実……そこは哀れんであげる。
「けれど話の途中で一々キョロキョロするのは止めてくれない? 聞いてくれてるのか不安になるから」
「き、聞いてる、聞いてるよ。俺が天使の言葉を聞き逃すワケないだろう?」
「じゃあ、さっき僕が言ってた内容覚えてる?」
「も、もちろん! えっと……………っ」
「せめてなんか言えよ」
冗談でも冷やかしでも何だっていいからせめて喋ってよ。どんだけ効いちゃってるのさ。
「怖かったのは解るけど、切り替えようよ。三月の『素』は基本あんな感じだから、気にし過ぎると倒れるぞ。アイツ真顔でタチの悪い冗談を平気で言えるタイプの子だし」
「……『素』か。意外だな、三月さんはもっとお淑やかで心優しいってイメージだったんだがな」
「ぜーんぶ的外れだね。お前もガチビビりするくらい本当の三月は強かで腹黒だぞ」
「ま、待って、俺はビビっているワケじゃない。あの時は少し気が動転していただけで、今会えばあれほどの醜態を晒したりはしない。当然、ビビることもだ」
「……変なプライド張るの止めな?」
「違う、違うぞ日和。俺はこんなくだらないウソを吐いたりはしな──」
「あ、三月だ」
「ヒィイイイィイイイ!!?」
超ビビってるじゃん……。
頭を抱えて蹲る瀬下を見下ろし、僕はシンプルな感想しか出なかった。にしても怖がってるな、図書室だよ此処。誰もいないけど静かにするというルールはどうしたんだ。こっちが悲しくなるほどビビり散らかしてるじゃん。
流石に悪いと思ったので瀬下の隣にしゃがみ、慰めるように僕は彼の背中を擦った。
「ごめん、今のはウソ……大丈夫か?」
「み、三月さんが……三月さんが来る……きっと来るぅ!」
「どこのホラー映画だよ」
これは重症だな。僕の声も届いていないみたいだし。僕が触れたら息を荒げて喜ぶという気持ち悪い衝動も出ていないのが、その異常性を物語っている。いや、出てはいるのか? 僕が触った直後から身体が小刻みに揺れて、徐々に熱くなった感覚がなんとなーくある。
無意識下でも解るものなのだろうか。どっちみち異常だね。
僕が触って喜ぶ理由がわからないよ。せーくんとの触れ合いなんて、数え切れないくらいやってきたのに。
「潰される……蟻ん子みたいにボクも踏み潰されちゃうんだぁ!」
「潰されないって……お前の中の三月のイメージどうなってんの。アレか、大怪獣的なアレか? ゴ◯ラなのか? 本人に聞かれたらお前呪われるぞ」
「呪われるんだぁ!」
「なんで負の発言だけは聞き取ってんだよ!」
メンドクサ! なんなんだよコイツ! いつもとは違うジャンルで鬱陶しいっ。話が通じるだけ普段の方がマシレベルまであるぞ。
「一旦落ち着けよ、ずっと蹲ってたらそれこそアイツに目を付けられちゃうことになりかねないぞ。僕が悪かったから……ほら、立とう?」
「……本当に、三月さんはいない?」
「いないよ。居たとしても、僕が護ってあげる。僕の責任でもあるからね」
「……うぅ、ボクの天使ぃ」
「!? ちょ、抱き着くな!」
お前実は余裕あるだろッ。
感極まったのか、僕のお腹へ抱き着いてくる気持ち悪いせーくん。引き剥がそうと身体を引っ張るものの、まるで動く気配がない。
つーか僕は天使じゃないし! お前ちょくちょく挟むよなそういうお巫山戯!
「あー……極楽……世界真理……天の頂……時間よ止まれっ」
「きもっっち悪いんだよテメーはっ。さっさと離れてッ」
「……やだ」
「『やだ』じゃないっ。………はあ」
頑なに離れようとしないせーくん。こうなってしまっては、僕が何を言っても離れてくれることはないだろう。
三月に負けず劣らず、せーくんも頑固だから。
「これが女子連中に『王子』って呼ばれてる奴の姿か……ほんと誰得なのさ、そのキャラ付け。幻滅されても知らないよ?」
「……キミの前だけだよ、『仮面』を外すのは」
「外すだけなら別に良かったんだよ。昔からずっとそうだったし。けど、最近のお前ははっちゃけすぎ。素は素でも欲望に忠実すぎて別人にしか見えないんだよ。切り替え早くないんだから、いつか絶対ボロ出すぞ。現に口調が戻ってる」
「……キミが可愛いのが悪いんだろう。ああ、良い匂いしゅる……」
「だからキモいんだよそれっ」
僕のお腹に顔を埋め、せーくんが匂いを嗅いでくる。
止めろ、マジで止めろ……怖気で鳥肌が立つだろうがっ。
「……そっか、三月さんも同じだったんだ。そりゃボクにキレて当然だよね。……罪作りな人だね、キミは。そういう人ばかり誑し込むんだもの」
「どういう意味さ? そんなことよりさっさと離れてくれるっ?」
「すー……はー……」
「吸うな!?」
僕は猫じゃないんだぞ! 吸ったって元気にはならないし、幸福な気持ちなんか味わえないぞ!
「……天使の匂いがするっ……キマるッ」
「意味分かんないこと言わないでッ」
天使の匂いってなんだよ、お前嗅いだことねーだろうがッ。
理解できないことばっかり言って、こっちの言う事なんて全く受け入れない……僕の周りホントこんなのばっかだ。癒しは山形先生だけだよ、後で会いに行こう。
「また、エロ漫画に出てきそうなキワドい天使の衣装を持ってくるから、それを着てくれないか。着て……ボクのことを抱き締めてくれ」
「黙れ」
欲望が尽きない奴だな、いい加減諦めろよ。何言われたってどうせ着ないよ、気持ち悪いこと言いやがって。お勧めの衣装マジでキワドいやつ多すぎるし。頼むから誰得か教えてくれ、お前の行動全般。
「はあ〜〜……そろそろ落ち着いた? 震えも止まったみたいだし」
「うん……情けないところを見せたね」
「ほんとにね」
情けないし気持ち悪かったよ、ホントに。
「落ち着いたのなら、離れよっか。もう十分満足したでしょう? ……いや満足ってなんだよ僕を吸って一体何に満足できるってのさ」
「ふふ……断る」
「拒否する選択肢とかないから! 離れろよ!!」
「やーだー! ボクはここに永住するんだぁ!」
「お前言ってること滅茶苦茶だぞ! はーなーれーろーーー!!」
「いーやーだーーー!」
へばり付いてくるせーくんを、僕は全力で引き剥がしに掛かる。しかし、しっかりとホールドされているため全くビクともする気配がなかった。
こうなるから嫌なんだよコイツの相手! 言ってることとやることがガキすぎて面倒くせぇ! もう、強引にでも引き剥がしてやる!!
「離れないと頬引っ張るよ!? 痛いことするよ!?」
「ああ、望むところだ! 暴力なら甘んじて受け入れよう!」
「受け入れんな! もっと自分を大事にしろ!」
「キミの懐で居られるのであれば、暴力は寧ろ最上のご褒美となる!!」
「ふざけたこと言ってんじゃ──」
「───そうですか、なら私の制裁も受け入れてくれますよね?」
二人で揉みくちゃになってやり合っている最中。突如響いた抑揚のない平坦かつ聞き慣れた声に、僕たちは硬直した。
心臓が止まったかのような感覚。不安と悍ましさが背筋を冷やしていった。ソイツに襲われながらも、二人揃ってゆっくりと声のした方角に恐る恐る視線を向ける。
そこには後輩がいた。
目からハイライトの消えた、感情の一切が視えない後輩が。……静かに佇んでいた。
そのとき、その瞬間だけは。
僕とせーくんの心は争うのを止め、たった一つに統一された。
「さて……覚悟は出来ていますか? お前ら♪」
──あ、死ぬ。
それしか、思い浮かばなかった。
な、なんで僕も……僕なんにも悪いことをしていないのに!! 注意していただけなのにぃ!!
たけすて!!!!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!