生意気な後輩を泣かしたい! 作:もっふもっふもふ
図書室の中は、重く不穏な空気で満たされていた。
「ま、まって……ボ、ボクは……これは、ちが、違うんだ……」
「お、落ち着いて三月、僕たち何も疚しいことはしてないだろ?」
「………」
「こ、これはそう……ただのスキンシップだ! と、友達なら誰だってしている普通のコト……そ、そうだよね瀬下!? そうって言え!」
「あ、ああその通りだ! ボクたちは普段からこんな感じだ! 仲良しすぎるだけなんだ!」
「………」
「ボ、ボクの虚偽で固めた心を一瞬で見抜いたキミのことだ……ボクが嘘をついていないのもワかっているだろうっ?」
「気を……気を荒立てないで……鎮めろっ。ちゃんと話し合ったら、ちゃんと誤解も解けると思うから。だから──」
「もういい」
僕たちの何に対するものか解らない弁明を遮って、無表情のまま後輩はコキリと首を横に傾げた。
ド、動作……動作が怖い。ホラーのそれだよ完全に。この動きだけでも、話し合いが通じないことがよく分かる。ブチ切れだ……今、後輩はガチのマジでキレている。
これほどキレている後輩を見たのは、それこそ去年の夏祭りのとき以来か。
せーくんなんて、もう失神寸前だ。ガタガタと震えながら、僕の身体を苦しいくらいに抱き締めている。
耐性のある僕はまだギリギリ耐えられるけど、2度目の邂逅でこの扱いはいくらなんでもせーくんが可哀想だよ。
勝手に巻き込まれた僕も可哀想だけどさ!
「言い訳をするフリして、私のことを煽ってくれてどうもありがとう。お蔭で、全力で貴方たちのことを潰せそう」
「ま、まて、煽ってなんかない! せーくんと僕は唯──」
「また、『せーくん』ですか」
拳を握りしめ、プルプルと後輩が震え始めた。目が完璧に決まっており、ピキリと青筋も立っている。嵐が吹き荒れる前の静けさ、その恐ろしさを僕は実感した。
「先輩、貴方はそんなにも私を怒らせたいのですか? 今まで優しく丁寧に、自由を赦した結果がこれだというのであれば、手痛い失態であったと言わざるを得ませんね」
「し、失態……? て、ていうかお前僕への扱い基本雑だろうがっ」
「ま、まだ会ったばかりのボクの扱いなんてもっと酷いじゃないか! もうちょっと優しくしてくれたって──」
「ややこしくなるからお前は黙ってろ!」
せーくんの口を無理矢理塞ぐ。
コイツ、また火に油を注ぐような真似をしやがって! ちょっとは学習しろよ! 一番危険なのはお前なんだぞ!!
「無駄です。貴方はバカだから、そもそも抱き締めあった状態で、他者の唇に触れるという行為に何の違和感も抱かないのでしょうね」
「は、はあ!? お前やっぱり変な勘違いしてんな! ぼ、僕たちは昔から一緒にいる幼馴染なんだ! お互いの良いところや悪いところ、秘密にしたいこととかも沢山知っている! いわば家族に等しい存在なんだよ! そんな人に、邪な気持ちを抱くワケないでしょう!? 舐めたことを言わないで!!」
「ふーん、では瀬下先輩も同じ気持ちってことですか?」
「あったりまえでしょう! ね、そうだよね、せーくん! お前は邪な気持ちなんて全く持ってな───」
「んー……んー……(天使の手、柔らかくて良い匂いしゅる、食べたい)」
「と、言っていますが?」
おっっまえ今くらい空気読めやああああ!!
気持ち悪さと怒りに任せて、僕はせーくんの頭を掴み左右に振った。
いっつも気色悪いかつ空気を読まない真似をしやがって! 誰のせいでこんなことになっているとッ! お前なんか、頭を揺さぶられて気分悪くなってしまえばいいんだ!
「どうしていつもお前はそうなの!? ちょっとは我慢してよ! やっていいことと悪いことのタイミング程度は見れば解るでしょうが!」
「ご、ごめんキミの顔があまりにも近くて、興奮してしまったから」
「そういう理由も普通は隠すもんなの! なんだ、王子は下々の感性を理解できぬのか!? 箱入りなのですか!!?」
「い、いや近いんだ、顔を近付けて怒るのは止めてくれ……下手すれば鼻血が出てしまうっ」
「知らねーよ! 今のところ10:0でお前が悪いからな!」
「──これは9:1で日和先輩が悪いですね」
「なんで!?」
三月、お前は誰の味方なんだっ。この状況でなぜ僕が悪いことになるんだよ、可怪しいじゃないかどう考えても。
「要は日和先輩が無防備で、隙がありすぎるからこうした事態を招くのです。少しは己の面貌と性格が齎す影響を振り返って、賢い選択を選ぶことですね、バカ」
「ばっ」
「ボ、ボクは全然ウェルカムだよ! 普段は口が悪いけど、隙がありまくりで所々に優しさが見え隠れしている幸薄顔の性癖クラッシャー美少年とか、皆大好きじゃないか!」
「瀬下先輩、貴方は取り敢えず私が『良し』というまでその場で正座していただけますか。ああ、オムツを穿く時間程度は設けますよ」
「!? ……そ、それはいくらなんでもボクの尊厳が──」
「やれ」
「ヒュッ……は、はい……」
後輩に命じられ、その圧力に失神しそうになるほど呼吸の詰まったらしいせーくんは、冷や汗を流しながら大人しくその場で正座した。襲い掛かる結末を察したのだろう、哀愁がすごい……同情はできんけど。
「さて、次は貴方の番ですね、日和先輩」
「え!? ぼ、僕も正座やるのか……?」
「いいえ、正座はしなくとも良いです」
表情筋をピクリとも動かすことなく、淡々と静かに告げる後輩。
表情から窺い知れるのは、ビックリするくらいの『虚無』。なのになんっ、なんだ、この……この溢れんばかりの殺気は。声のトーンと表情、そして抑えるつもりのない殺気のチグハグ具合が、僕の心臓の音を早くする。
何か、とんでもないことを仕出かす……そんな言いしれぬ不安がした。
「───日和先輩」
「な、なに?」
「貴方は、仕方のない人ですね」
僕の方へと歩み寄り、後輩がポツリと呟いた。
「私は、自由に生きる貴方の姿が眩しいと感じたから、今の今まで束縛も足枷も使用しなかった。選択肢の候補にすら入れなかった」
「え、あ、足枷……?」
「結局のところ、何処で何をしようとも最後には貴方は私を選んでくれる。私の下へ帰ってくる。……そういった感情を抱いていたから」
「えっ……えッ」
所々に無視することの出来ない不穏な言葉がありますね……。なんか世紀末の覇王みたいなことを言っているし。
「しかし、その結果。……貴方は愛想を振り撒き、人間の縄に絡まることになった。夜を終わらせ照らす太陽の如く……その心に温かい陽の光を授けて」
「な、何を言ってるっ……あと愛想を振り撒いてるのお前ッ」
「貴方は知らないかもしれない。理解できていないでしょう。けれど、貴方はとても唆る人間だ。その輝きに触れた人間は、闇が深ければ深いほど灼かれることになる。……瀬下先輩や、私のように」
僕との距離を潰した三月は、僕を逃さないようにするためか、腰に手を回してくる。いつも通りやり口が強引で、恥ずかしくなった。……せーくんの前で止めてよホントっ。
「今更、鎖に繋がれろだなんて言うつもりはない。貴方から笑みを奪う行為を、許容することはできない。しかし、それでも。私には譲れないものがある」
ギュッと腰を引き寄せ、三月はそこで初めて無表情を崩し、妖麗な笑みを見せた。
「──貴方は、私のモノでしょう?」
「なっ───んぇ!!?」
吐かれた浮つくような台詞に頬が紅く染まる一瞬。
唐突に襲い掛かる首筋を吸われる感触。痛く、熱くなる感覚に、僕は目を見開いた。
み、三月、コイツ……なんで僕の首元を吸っているの!?
「お、お前何やってる……!?」
「んん……悪い虫が寄ってこなくなるおまじない♪」
「そ、それ洒落にならないやつッ! い、今直ぐやめて!」
「んっ……ふー……ふー!」
「話聞いてる!? 止めろって言ってんだよ!!」
「…………んぐっ」
ダ、ダメだコイツ話を聞く気が全くねぇ! ち、畜生が、力が強すぎて剥がせる気がしないし、首元を三月に吸われると、へ、変な気分になって力が入らないッ。公共の場である学校の図書室で、後輩にナニされてんだ僕は! 意味分かんない、どうにかせねばっ。
「い、痛いッ、痛いってば!! 歯を立てんなよぉ! あ! せ、せーくん! お願いせーくん助けて!!」
一抹の希望を乗せて、僕はせーくんに助けを求めた。……しかし。
「────」
「せーくん!?」
何故かせーくんは頭から湯気を出した状態で失神していた。
なんでだよ! お前何が原因で失神してんだよせめて僕を助けてから寝てくれよおい!!
肝心なときに役に立たないせーくんを心の中で罵倒しまくるも、それで三月に首筋を吸われている意味のわからない現実が変わるワケもなく。
この状態のまま、僕は三月の気の済むまで『印』を付けられるのだった。
だ、誰か……殺してくれぇ!!!!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!