生意気な後輩を泣かしたい!   作:もっふもっふもふ

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25話 後輩と襲来

   

 

 暗闇の中、声が聞こえる。

 

 ああ、私は今夢を視ている。虚像のみを映す曇った瞳で少女──三月は、目の前の黒い像を眺めていた。

 

『誰しもが、望んだ場所に行けるワケではない。果ての底にある幸福な結末に辿り着ける人間なんて、それこそほんの一握りよ。しかし、そんな世界であるから明確で絶対的な【差】が生まれるの。生まれや才能、人格に生き方。全ては、才能のある者にだけ与えられる権利のようなものなのよ。貴方なら解るでしょう? 三月』

 

 声を掛けてきた人物の像は暗く、はっきりと輪郭が解ることはないが、その圧接の灯った声色は、三月の耳に不思議と残った。

 色の付かない暗い像は、三月の方へと手を伸ばし、頬を緩やかに撫でていく。

 

『貴方も私も、選ばれた側。幸福になることが約束された絶対で尊き身分の人間なのよ。私達は誰よりも幸福をその身に受け取る権利があるし、貴方は受け入れるだけで埒外の幸福を手にすることができる。それってとても幸せなことでしょう?』

 

 暗い像に僅かに色が付き始める。始めは靴、その後に下から上へと駆け上るように色は繊細な形で塗られていく。

 そして、顔の輪郭が顕になった。銀色の髪と青空のごとく澄んだ瞳。愉しげに上げられた唇。全てが像を結んだ。

 

『夢を叶えましょう、三月。私達は、夢より醒めたこの現実で、誰も成し得ない素晴らしい幸福を抱擁することができる』

 

 銀色の少女は笑みと共に、優しく温かく。冷たい三月の身体を抱き締めた。慈悲深く、慈愛を乗せて。

 

『もし来れないのなら、迎えに行くわ。──そこは貴方には相応しくない』

 

 

 鋭い不快感に襲われて、三月は目を覚ました。

 

     

 

 

 

 

 

 

 

     

 

 

「……最悪」

 

 今まで生きてきた中でも、トップクラスに最悪な目覚めだ。亜麻色の髪をクシャリと撫で、言いしれぬ感覚に三月は眉を顰めた。差し込む陽の光が鬱陶しい。

 

 このような胸につっかえた厭わしい気持ちは、何年ぶりだろうか。振り返ることすら億劫になり、三月はベッドから身体を起こした。

 

「………はあ」

 

 夢は夢、考えるだけで気分が悪くなる。それでも、先程の暗い光景と銀色の少女の姿が脳裏から離れなかった。

 誰も彼も興味を唆らない盤上の駒だと三月は考えていたが、今思えば確かに彼女だけは一際不快感の強い人物だったからだ。

 

 人の顔を覚えるつもりのない三月でも、彼女のことは思い出すことができている。そういう意味では、彼女も三月にとって特別な存在であったのだろう。歓迎できる特別ではもちろんなかったが。

 

 あの瞳も、表情も、髪も、性格も。今は全部が癪に障る。特に、あの独特で独裁者のような選定を気取った『幸福論』が。

 

 映像が乱雑で、思考が投げやりになる。厄介な事象というのは、いつも向こうからやってくるものだ。昔の三月であれば、そんな厄介事も暇潰し程度にはなると諦観し、愉しむ余裕もあった。

 

 しかし、今の三月にはそれが出来そうにない。

 

 面倒臭い相手に絡まれた。

 

 そうした湧き上がる苛立ちしかなかったのだ。

 

 当然、その理由は一つしかない。

 

「………日和先輩」

 

 スマホを取り出し、彼女は画面に写し出された、笑顔でリンゴ飴を頬張る白髪の子を愛おしそうに見つめた。

 

 護りたい者、手に入れたい者、幸福にしたい者。全ての要素を一身に担ってくれる現在の三月の生きる意味、『核』と断定できる愛しい子。

 

 その子との生活の安寧が、三月の心を揺さぶっていた。

 

 胸に迸る痛みなど感じたこともない。しかし、三月は『今』が壊れるかもしれないと想像しただけで、その感覚を容易く引き起こしていた。蹲りたくなるほど、絶望的に。

 

 それくらい、今の三月にとって彼と過ごす世界は大切だったのだ。

 

 故に。

 

 

「……私の邪魔をする奴は、誰だろうと赦さない。手を出してきたら──内に燃え盛るこの業火で灰になるまで焼き殺してやる」

 

 手段も倫理も選ばない。

 

 私の幸福は、私が守り抜く。

 

 

 灰が舞い飛ぶその先にある、彼と私の二人きりの世界こそが……私の求める幸福な結末なのだから。

 

 

 三月は望む未来を抱擁し、不安要素を排除することを決めた。

 

 

 

 炎が蔓延し、灰が降る黎明を追い求めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 幸福とは、幸福じゃない者が居て初めて成り立つものだとは一体誰が言った言葉だろうか。

 

 幸福に至るためには上へ昇るのではなく、己より他の生命を下へ突き落とせばいい。そうすれば、ソイツよりも幸福な人間が必ず一人は誕生する。

 

 これはつまり、相手を自分よりも不幸にすること。それが幸福に至るのに必要な最も確実な行為と言っているのである。

 

 ゴミみたいで、クズすぎる理論だ。言った奴は絶対性格が悪い。

 

 しかし、そんなゴミ理論を堂々と掲げる事が出来るくらい振り切れた人間の方が、人生を謳歌していたりするものだ。

 

 自分の考えに自信があり、断固として譲れない信念へと昇華できているということだし。そこだけは、僕も見習いたいと思うところだ。

 

 けれども、案外譲れない信念ってやつは自分の中では確立し辛い。

 

 譲れない=プライドってことだからね。プライドが完膚なきまでに叩き潰されてきた僕からすれば、そんなもん勝つためには何の役にも立たないって既に弁えている。

 

 寧ろプライドを放棄して、何が何でも目的を果たすぞ! って感じの在り方の方が今の僕にはしっくりくる。

 

 最低限の人権的プライドは当然欲しいけれど……。

 

 しかしながら、何を成すにしても余計な信念やらプライドが邪魔をして隙になってしまうなんて場面、漫画とかでよく見る展開だ。

 

 物語としては味があって面白いと感じるシーンだと個人的には思うけど、いざ現実に置き換えると、一気に真顔になる。特に大局を担う重要な場面では。

 

 今はプライド置いとけよ……みたいな感じになるのだ。

 

 己の恥と目の前の宿願、どちらが大事なのかと問いを投げてやりたくなる。

 

 プライドを捨てろとまでは言わないが、床に置いておけくらいは言いたい。

 

 

 簡単な話、信念やらプライドを置いておけない人物は、相応の才能に恵まれた何でもできると勘違いしている只の人間なんだ。

 

 僕とは程遠い種……やっぱり僕が最強ってことでいいですか?

 

 

「別にいいですけど、さっさと私を笑わせてくださいよ。私が笑った時点で、先輩の勝ちでいいと言っているのに」

「………ま、まって! 心の準備がいるんだよ!」

 

 頬杖を付いて退屈そうにする後輩を、僕は睨みつける。

 

 今回の勝負は亜種にらめっこ。互いに変顔を見せ合って戦う普通のにらめっことは違い、僕だけが変顔を見せて、それで後輩が笑ったら僕の勝ちというちょっと変則的なルールによる勝負だ。

 

 後輩はよく笑うし、今回は僕が勝つ絶好のチャンスなのは100%間違いない。だが、どうにも僕の渾身の変顔を後輩に見せるという事に対し、妙な抵抗感があった。

 

 これがプライドってやつだ……ごめんね、プライドを置いておけない皆。僕も同じだったよ……半端なクソ野郎だ……いや、それ以下だ。

 

「シ、シテあげてもいいけどさ……お前が笑い死ぬんじゃないかと不安なんだ」

「要らぬ心配です。先輩の変顔はカワイイと断言できますが、面白いとは絶対思わないでしょうから。思う存分に披露してください。抱き潰してあげますから」

「止めろ……止めろっ」

 

 怪しい色を瞳に宿らせんなよ……冗談でもタチが悪い。

 しかも僕の変顔がカワイイってなんだよ変顔にカワイイもクソもねーだろが、あるのは変で面白いという、信念を捨てた果てに辿り着ける勝利の味だけだ。

 

 完全に舐めてるな……こうなりゃ覚悟を決めて見せてやるぞ、我が必殺の変顔を!

 

 後輩よ、今回の勝負は僕がもらう!

 

「じ、じゃあ行くぞ……にーらめっこしーましょ、笑うと負けよ、アップップ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、僕は真顔の三月に抱き潰されたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

「な、なああの子滅茶苦茶可愛くね?」

「あ、ああ、それに、あの制服……星王学院のものだぞ……す、すげー……初めて生で見たよ」

 

 校門前にて。下校途中の生徒達がザワつく事態が発生していた。

 ザワつきが巻き起こった渦の中心にいるのは──銀色の髪に、青い瞳をした優しげな雰囲気の少女。

 見られていることに気が付いた少女は、人懐っこそうな笑みを見せ、馴染みやすく一人の男子生徒に話しかけた。

 

「こんにちわ」

「え、あ、こ、こんにちわ!!」

「ふふ、とても良い元気ね。……けれど少し硬くなりすぎかしら、緊張することはないわ。貴方には少し聞きたいことがあるの」

「へ、あ、き、聞きたいこと……ですかっ?」

 

 顔を真っ赤にし挙動不審にする男子生徒に向けて、少女は笑みを深くした。

 

 

「この学校に在籍している──三月という少女を知っているかしら」

 

 

 

 





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