生意気な後輩を泣かしたい! 作:もっふもっふもふ
夕陽が陰りを見せ、影を伸ばす暮れの刻。
冗談の通じない後輩に抱き潰された僕は、疲労を隠すことも出来ぬまま後輩と一緒に帰り道を歩いていた。
何時になっても、異性の……しかも、打ち負かしたい奴に抱き着かれていいように扱われるというのは、慣れないものだ。心臓に悪くて堪らない。
スキンシップは適切にしろと何度言ってもあの生意気娘は聞く耳を持ってくれんし。そもそも言うことを聞く気もないのだろうが。
勝負に負けた以上、それ程強く勝者の特権を拒否することはできないけれど……年頃の娘が男の僕に抱き着いてばかりとか、良いのかそれで?
「年頃とか関係なく、私は常日頃から先輩を抱きたいと考えているので、問題ありませんね。寧ろ抱き着く程度で我慢してあげていることを感謝すべきですよ先輩は」
「自然に心の声に返答すなっ。あと感謝なんかする要素何処にもないからな、ちょっとは慎みを覚えろってんだアホアホ娘」
何が『問題ない』だよ。お前のような存在が僕に抱き着くことが問題じゃなくて、何が問題になるってんのさ。お前の信奉者が見たら、火に油を注ぐ行為にも映るかもしれないんだぞ、そこら辺ちゃんと考えてるのだろうかコイツは。
唯でさえ面倒な事象が転がっているのに、これ以上の面倒事はイヤだ絶対。
「慎みを覚えて放置すると先輩、勝手に周囲に愛想振り撒いてキラキラしちゃうじゃないですか。そういうのは、厄介な性質を抱えた人を呼び寄せやすい要因になるんですよ。刺さる人にはホント刺さりますからね、先輩の可愛さ」
「僕は可愛くないし、そんなモンに刺さる奴は絶対頭が可怪しいね断言する」
「そうですね、人のモノに手を出す間者は、頭が可怪しいですよね」
「お前自分のことを棚に上げ過ぎじゃない?」
テメーはその筆頭だぞ。なに「私はマトモな美少女ですが文句ありますか?」みたいな面晒してんだ。文句は数え切れないくらいあるぞ一つずつ言ってやろうか。
「私は、先輩が無様を晒すところを傍で見れれば、それだけで愉しいんです。こんな人畜無害な美少女を、先輩は糾弾するつもりですか巫山戯ないでください」
「お前がふざけんなよッ」
人畜無害な奴の発言じゃないやろがいお前の発言全般。趣味の悪い愉悦狂いのクソガキめッ。
「……お前と喋ってると、常識的なやり取りが出来ないから疲れるったらねーよ」
「なら今から私の家に行って休みますか? 当然お泊りで。服は私のものを貸してあげます」
「全発言頭可怪しいなお前は」
ツッコミどころが多すぎる。何が悲しくて後輩の服着てお泊りしなくちゃならないんだ。前々から疑っていたけれど、コイツ同性の親友と勘違いしてないか僕のことを。
「親友に『印』を付けたりしないでしょう頭可怪しいんじゃないですか?」
「おっっっ前ホントむかつくな!」
怒りに任せて後輩を睨見つける。一々心を読んでは罵倒しやがって。コイツのこういうところがマジで腹立つッ。
目にもの見せてやり返したいが、今の心身ボロボロの僕ではコイツに一泡吹かせてやることすら難しい。
総てを制する力を……魂を極める必要があった。
「兎も角、今日は僕の負けだから退いてあげるけど、明日は負けないからっ。覚悟しておいて」
「……その台詞のあざとさに気が付けない限り、先輩は一生無知で愚かだということを覚悟する方が良いですよ」
誰もいない遠くの空を見つめ、三月は溜息混じりに呟いた。
意味わかんない……誰が愚かだ──
「そうね、貴女の価値を知らずに無礼を繰り返すのは、愚かな生命の証明に他ならないわね」
『───!!?』
真後ろから唐突に響く声。抑揚がない平坦な声であるのに、聞くものを魅了する清廉な声色に、僕と三月は同時に振り返った。
目に見えたのは、青の瞳。空よりも濃く澄んだ、調和の色。その調和を銀色の美しい髪と共に束ねた、芸術美のように綺麗で可憐な少女だった。
深く考える必要もなく解る。
この人……絶対普通の人間じゃない。三月と同様、凄い側の人間だ。あの紺色のブレザーも、どっかで見たことある制服だった筈。
色の付いた芸術美を前に、僕は息を呑んだ。
「久しぶりね、三月。卒業式のとき以来かしら」
「あはは……そうだね。久し振り、
三月に星色さんと呼ばれた少女は、煌めく笑みを浮かべる。
星みたいに輝いて見える人だな……浮世離れした容姿すぎて、釣り合う人間が数名程度しか思い浮かばない。……内面は別として。
あと、どうやら三月と知り合いらしい。なんか納得できてしまうのが、若干悔しかったりする。
「積もる話は沢山あるけれど……まずは一つ。なぜメッセージを返してくれなかったの?」
「………」
「貴女が既読無視するから、ふふ……私、とっても寂しかったんだから。ふとした拍子にエンエン泣いちゃうくらい寂しかったのよ」
「……ごめんね」
「謝る必要なんてないわ、貴女が決めたことだもの。よっぽどのことじゃない限り、私は肯定するわ。狭量な女は趣味じゃないものね」
「……ねえ、なんで此処にいるの」
「あら? 理由は大体メッセージで送ったと思うのだけど……言葉足らずだったかしら。ごめんなさいね」
ヒラヒラと手を振り、星の人は薄っすらと口角を上げた。
掴み所がないというかなんというか……発言全部が軽く感じる。三月もやり辛そうだ。
見た目はどっちも美少女で、浮世離れしているのに……相性はあんまし良くないのかな。三月が一方的にこの感じに苦手意識を抱いている感があるけど。
「大切な親友に会いに来ることに、大層な動機なんてないわ。只、会いたかったから。……ふふ、これが貴方の欲しかった回答かしら」
「そういうワケじゃないけど……」
「あら、そう? 久し振りの再会だから、軽めのスキンシップが欲しかったのだと認識していたわ。貴女は昔から、他の人達のために一線を引いてしまうところがあるものね」
「そんなところないよ私」
珍しくも困惑顔を素で見せる後輩。よっぽどやり辛いのだろう、かなり顔が険しくなっている。
なんか確執でもあるのか? 仮面が結構ズレ落ちてる。意外な一面だ……まあ、兎にも角にも。
「あ、あのすみません」
「ん? なにかしら」
「三月と知り合いなんですよね? 二人だけで話したいこともあるだろうから、僕は先に帰りますね」
僕が此処に居ても蚊帳の外だもの。気不味さも凄いし大分辛い。さっさと帰って、にゃんこ愛でよう。元々三月とは此処で別れるつもりだったし、僕には関係ないことだ。内容は気になるが、事の顛末は明日三月に聞けばいい。
「気を遣ってくれているの? ありがとう……では、御言葉に甘えようかしら。私と三月は、これから大事な話をする必要があるのよ。貴方が居たら、気を乱されてしまうわ……ふふ」
「あ、は、はい……」
僕のこと、今認識したみたいな顔で言われてもなぁ……人によっちゃ戦争開始の合図だぞそれは。いちいち僕は気にしたりしないけどね。
煮え切らない感情を抱いたまま、三月と星の人に軽く手を振り、僕は一人歩き始めた。
あー……ほんと疲れた。
そして、暫く歩いてからふと横を見てみると、何故か隣を三月が歩いていた。
………。
「……ねえ、なにシてんの」
「? なに、とは」
「や、だから……なんで僕に着いてきてんの。お前さっき別れたじゃん、大事な話し合いをするんでしょう。星の人そう言ってたよ」
「そうなんですか、大変ですね星の人」
「………」
「………」
一向に気にした様子のない我関せず状態の後輩の堂々たる振る舞いに、僕は唖然とした。
な、なんなのこの人……絶対ネジがニ、三本外れてるよ。あんな感じの雰囲気で、よく星の人を一人放置してこれたな。神経どうなってんだよ。
い、いや、それよりも!
「は、早く戻るよ! 星の人絶対困ってるじゃん!!」
「別にいいんじゃないですかね。大した用事もないみたいでしたし」
「そういうワケにもいかないだろうが! 折角来てくれたのに、気が付いたら一人で放置されてましたとかすげぇ可哀想だろ!」
「そんなに先輩があの女のことを心配する必要はありませんよ。アレの内面は、この程度のことで諦めるほど簡単じゃないですから」
「? どういう──」
「──もう、酷いじゃない。私のことを放って進もうとするなんて」
何もない空間に、いきなり響く声。眉を顰めた後輩と共に声のした方角を見つめる。そこには、最初と同様に変わらぬ笑みを見せる星の人がいた。
こ、後輩に負けず劣らずの隠密能力……やっぱりこの人もビックリレベルの凄い人だな。
「鬼ごっこがしたいのかしら三月は。ふふ、構わないわよ。久し振りだもの……郷愁の思い出に耽り、過去と現在を繋いで『幸福』を感じるのも悪くないわ」
「え、えっ……とぉ」
「あら、貴方もいたのね。先に帰ると言いつつ、やっぱり三月の後をつけたのかしら」
「え、い、いや逆」
「私達の『幸福』のお零れがほしいの? だったら初めから言ってくれれば少しは分けてあげたのに。次からは後をつけるような真似をしてはいけないわよ。わかった?」
「………」
あ、駄目だ……話が通じないタイプだ星の人。完全に僕が悪い感じの流れに持っていって、自己完結しちゃってる。諭すように言いやがって……な、なんでこんな目に遭わねばならんのだ僕が。
なんか悪いことしたかな……。
「貴女のお茶目で子ども心溢れるところも魅力的で素敵だけれど、時間なんて後の人生で腐る程あるわ。今は本題に入って構わないかしら」
瞳を細め、星の人が話を進める。
僕の立場からすれば、注釈も何もない意味の解らん状況なので、非常に巻き込まれたくない。星の人の性格も、これだけのやり取りですっごく厄介気質なのも理解できたし。こちとら後輩にずっと抱き着かれてたから、めっちゃ疲れてんだよ勘弁しろやッ。
「ねぇ、もうほんとに帰るからね……僕居ても意味ないし……三月ももう着いて来ないでね。明日話は聞いてあげるよ」
「ていっ」
「!? おい、なにすんだよ小娘!」
帰ろうとしたその直後、後輩に後ろから抱き締められた。何だよまだなんかあんのかよ!
ハグは疲れるつってんじゃんもういい加減にしろや!! お前達二人の会話に僕が居たって仕方ないじゃんよ!
「困っている後輩を見捨てて、一人意気揚々と帰るおつもりですか、舐めてるんですか」
「は、はあ!? お前に気を遣ってんだよ僕は! 学校の先輩が居たら話し辛いこととかめっちゃあるでしょ!」
「先輩に聞かれて困ることとかないですよ。私ほど素直で秘密のない美少女は居ないので。先輩は私の所有物らしく、私の手の中に居てください」
「お、まえなぁ──」
「──随分と、仲が良いのね??」
星の人の声で我に返る。
そ、そうだった……初対面の人が居る前だったッ。
辱められたような感覚に襲われつつ、僕は頬を赤く染めた。今が夕日の沈んだ暗闇でよかった……顔色が見え辛いもの。
「仲は良いよ、私と先輩は。……世界で一番『幸福』な程度にはね」
「………ふうん」
青の瞳が、暗闇の中で色を強める。
え、今三月の奴、煽らなかった? 星の人のこと煽らなかった? な、なんでそんなことするの?
厄介事イヤだよ……ほんとイヤだよ!?
けれど、僕の切実な心の叫びも意味を成すことはなく。現実は、只残酷なまでに突き進む。
「昔の貴女では考えつかないスキンシップに言葉、行動……そこの彼の影響かしら」
「どうだろうね」
「どっちにしろ、益々貴女を放置することは出来なくなったわ。……悪い影響は正さなければ、貴女の『幸福』が台無しになってしまうもの。メッセージで散々伝えたけれど、改めて伝えるわね」
星の人は、迷える子羊を救う聖女様のように、光り輝く幸福全開な笑顔で、三月に手を差し伸べた。
「──星王学院に来なさい、三月。貴女の本来享受する筈だった『幸福』を、こんなところで潰すのは親友として許容出来ないわ」
「………」
「心配しなくとも、貴女の『幸福』に纏わりつく塵芥は……私が処分してあげる」
星の人が、光の消えた怖気の走る瞳で、僕のことをジッと見つめてくる。
聖女っぽい表情はなくなり、代わりに沸いたのは、害虫を排除しようとする無機質で無慈悲な敵愾心。
どうやら僕は、ワケもわからぬままヤベー人を敵に回したらしい。
なんで……なんでこうなってしまうのだろうか。
ほんと……ホントにお家に帰りたい。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!